表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢のペットに転生したら、令嬢が毎晩愚痴を言ってきます  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/40

第19話「冗談よ、と笑う人」

お茶会は成功した。


リゼットとリリアーナが中庭のテラスで紅茶を飲む姿は、翌日には学園中に広まっていた。「嫌がらせ」の噂は、二人が笑顔で談笑する現実の前にあっさり力を失っている。


ヴィクトリアは居心地悪そうに目を逸らしていたし、一年生の噂好きグループも「あれ、全然仲いいじゃん」と手のひらを返した。


人間というのは、噂より目の前の光景を信じる。それは前世のSNS時代も同じだ。テキストの告発より、笑い合う写真一枚の方が強い。


というわけで、ひとまず危機は去った。


——はずなのに。


今、私の心臓は全く別の理由でばくばくしている。


夜。リゼットの部屋。いつもの愚痴タイム。


リゼットは寝台に腰かけ、私を膝に乗せて、髪をほどいている。ブラシが銀色の髪を梳くたびに、薔薇の精油の香りが漂う。


ここまではいつも通り。


「ねえ、ミーシャ」


「にゃ?」


「今日、面白いことがあったの」


リゼットの声は穏やかだ。いつもの愚痴モードとも、甘えモードとも違う。静かで、どこか試すような響きがある。


「リリアーナさんが教えてくれたの。ミーシャが手紙を届けてくれたって」


うん、知ってる。私が届けたんだし。


「すごいわよね。猫が、手紙を咥えて、東棟の3階まで走ったなんて」


リゼットの指が私の背中を撫でる。ゆっくりと、丁寧に。


「偶然かしら。たまたまリリアーナさんの部屋の前に行ったのかしら」


……嫌な予感。


「でもね、ミーシャ。リリアーナさんの部屋は東棟307号室よ。あなたが一度も行ったことのない場所」


指が止まった。


「たまたま辿り着ける場所じゃないの」


静寂。窓の外で虫が鳴いている。規則的な、秋の虫の声。


リゼットが私を持ち上げ、目の高さに掲げた。


紫水晶みたいな瞳が、まっすぐ私を見ている。


「あなた、ただの猫じゃないでしょう」


——来た。


心臓が跳ね上がる。体が強張る。尻尾が意思に反してぶわっと膨らむ。


前世の記憶が走馬灯のように——いや走馬灯は大げさだけど、「バレた」ときの恐怖が全身を走っている。


どうする。どうすればいい。


否定する? 猫らしく「にゃあ」と鳴いてとぼける?


でもリゼットの目は笑っていない。あの「氷の薔薇」の目だ。嘘を見抜く、公爵令嬢の目。ナタリーと同じ種類の——いや、もっと鋭い光。


私は固まったまま、リゼットの顔を見つめ返すことしかできない。


1秒。


2秒。


3秒。


永遠みたいな3秒が過ぎた。


リゼットの口元が、ふっと緩んだ。


「……冗談よ」


軽い声。笑い声まじりの、いつもの甘い声。


「猫が手紙を届けるなんて、お利口さんね、ミーシャ」


私を胸に抱き寄せる。温かい。柔らかい。薔薇の匂い。


ほっとした——と思いたかった。


でも。


リゼットの顎の下に顔を押し付けられた状態で、私には見えない。彼女の表情が。


代わりに聞こえたのは、心音。


速い。


リゼットの心臓が、普段より明らかに速く打っている。


「冗談」と笑った人の心臓が、こんなに速く打つだろうか。


「さ、もう寝ましょう。ミーシャ、今日は一緒に寝てくれる?」


「……にゃあ」


リゼットは私を布団に入れ、明かりを消した。


暗闇の中、彼女の指が私の耳の後ろをくすぐっている。いつもの、眠る前の儀式。


「ミーシャ」


「にゃ」


「……何でもいいの。何者でもいいの。あなたがミーシャでいてくれるなら」


その声は震えていなかった。でも、指先が少しだけ冷たかった。


私は暗闇の中で、リゼットの手に額を押し付ける。


大丈夫。どこにも行かない。にゃあしか言えないけど。


——リゼットは気づいている。少なくとも、疑っている。


でも「冗談」と言った。問い詰めなかった。


それが優しさなのか、恐怖なのか、それとも——今の関係を壊したくないという祈りなのか。


わからない。猫の脳では、人間の心の機微を完全には読み取れない。


けれどひとつだけ。


あの目は、笑っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ