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悪役令嬢のペットに転生したら、令嬢が毎晩愚痴を言ってきます  作者: 夜凪 蒼


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第13話「撫でられたら負け」

作戦名「近衛騎士から情報を引き出せ」。


 本日のターゲット:レオン・ガルデ。王子クロードの護衛騎士にして、学園一の猫好き。


 私はレオンが昼休みに使う中庭の東屋に向かっていた。足取りは軽い。計画は完璧だ。彼に甘えるふりをして近づき、さりげなく王子の近況を探る。猫スパイ、始動である。


 レオンは東屋の柱に背をもたれて、サンドイッチを食べていた。騎士の制服の胸元が少し緩めてある。学園では「寡黙な近衛騎士」で通っているらしいが、猫を前にするとその化けの皮は一瞬で剥がれる。


「あ」


 レオンが私を見つけた。


「ミーシャだ」


 声のトーンが3段階くらい上がっている。大の男が、しかも剣を腰に帯びた騎士が、頬を緩ませてこちらに手を差し出してくる。


 よし。計画通り——


 レオンの手のひらが、私の顎の下に滑り込んだ。


 ——あ。


 指先が、顎から耳の付け根にかけてゆっくり撫でる。圧の掛け方が職人級。猫が一番溶けるポイントをピンポイントで突いてくる。


 やば。


 気持ちいい。


 「情報を引き出す」って何の話だっけ。


「ミーシャは本当にいい子だなぁ。うちの実家にも猫がいてさ、でもあの子はこんなに素直に撫でさせてくれなかった」


 レオンの指が耳の後ろに移動する。そこは駄目。そこを掻かれると——


 ゴロゴロゴロゴロ。


 喉が勝手に鳴り始めた。止められない。元OLの理性が「任務中だぞ」と叫んでいるのに、猫の体が完全に支配権を握っている。


 気づいたら、私は仰向けになっていた。レオンの膝の上で、腹を晒している。猫にとって腹を見せるのは最大の信頼表現だ。いや違う、これは作戦じゃない。純粋に気持ちよくてひっくり返っただけ。


「お腹も撫でていい?」


 にゃあ、と返事をした自分が恨めしい。


 レオンがお腹を撫で始めると、もう思考能力がゼロになった。指が毛並みに沿って動くたびに、脳が溶けていく。前世の記憶も、ゲームの知識も、リゼットの破滅フラグも、全部どうでもよくなる。


 猫の本能、最強すぎない?


「ミーシャって頭いいよな。この前も殿下がリゼット様と話してるとき、殿下の足元にわざわざ行ったろ」


 レオンが独り言のように喋り続ける。


 ——待って。今、何か情報が。


 必死で思考を立て直す。腹を撫でられながら情報収集。これ、スパイ映画にもない状況だ。


「殿下、ああ見えてミーシャのことすげー気にしてるんだよ。『あの猫はいつもリゼットの傍にいるな』って、毎日のように言ってる」


 ゴロゴロ言いながらも、耳はしっかり立てている。


「俺に言わせりゃ、殿下は——」


 レオンの手が止まった。


 私の目が開く。え、なんで止めるの。いや、それより続きは?


「……いや、これは俺が言うことじゃないか」


 言って。頼むから言って。ここで止められると前世の週刊誌の次号予告と同じくらいもどかしい。


 私はレオンの手に頭を押しつけた。もっと撫でろ、の催促。でも本当の目的は「気を良くさせて続きを喋らせる」だ。猫のハニートラップとでも言おうか。


 レオンが苦笑して、再び撫で始める。


「殿下は本当は、リゼット様のことを——」


 レオンが声を潜めた。中庭に誰もいないのを確認してから、私の耳元で囁くように言う。猫に内緒話をする騎士。絵面が完全におかしい。


「すごく気にかけてるんだよ。冷たくしてるのは、照れてるだけだと思う。だって殿下、リゼット様の好きなお菓子とか紅茶の銘柄とか、全部覚えてるし」


 ——やっぱり。


 ゲームだと王子はヒロインに心変わりする設定だけど、この世界の王子は違うのかもしれない。


 レオンが慌てて付け足す。


「って、これ殿下に言ったら俺の首が飛ぶからな。聞かなかったことにしてくれ」


 猫に口止め。大丈夫、私は「にゃあ」しか言えないのでバレようがない。


 レオンが再びお腹を撫で始めた瞬間、また思考が蒸発しかけた。


 だめだ。そろそろ撤退しないと、本当にただの猫として昼寝コースに入ってしまう。


 名残惜しいが、起き上がる。レオンの膝から降りて、伸びをする。背中がぐーっと伸びる感覚が気持ちいい。


「もう行くのか。また来いよ、ミーシャ」


 レオンが寂しそうに手を振る。


 任務は——半分成功、半分大敗。情報は得た。王子は本当はリゼットを気にかけている。これは大きい。


 でも、撫でられて完全に骨抜きにされたのも事実。


 帰り道、自分の尻尾がまだ機嫌よく揺れているのに気づいて、恥ずかしくなった。


 ——次はもっとクールに行こう。情報を取ったら即撤退。腹は見せない。


 そう誓いながら東屋を振り返ると、レオンがまだこっちに手を振っていた。


 ……次も来ちゃうかも。

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