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今日から数話、マリーの過去の話になります
私の実家は、貴族とは名ばかりの貧しい家だった。
男爵家ではあったものの、その暮らしぶりは平民と差がなく、王都の華やかな貴族の暮らしは、多くの平民がそうであるように、私にとってもおとぎ話の世界の事のようだった。
それでも、小さいながらも私達や領民が食べていくくらいの実りはもたらしてくれる領地と、分家とはいえ、筆頭貴族であるラズウェイ公爵家に連なる家門であるという誇りを胸に、慎ましいながらも幸せに暮らしていた。
しかし、そんな幸せな暮らしは長くは続かなかった。
突然領地を襲った、原因不明の疫病。
多くの民が病に倒れ、必死に対策に奔走していた両親もまた、病に倒れた。
跡を継いで疫病に立ち向かうには、一人娘である私は幼すぎた。
民を守るべき領主一家がそんなでは、生き残った民も土地を捨てて逃げるしかなかったのは仕方ないと思う。
その事を恨む気持ちは全くないが、今でも悔しいし、申し訳ないと思っている。
結局、領地は召し上げ、爵位は王室の一時預かりとなり、私の身も公爵家に引き取られる事になった。
そもそも使用人もいないような家だったし、あのままでは私は孤児院に入るしかなかったから、引き取ってくださった公爵様には感謝しかない。
引き取られた当初、公爵家からは養女にならないかと言われた。
私の領地が大変な時に、本家としてほとんど力になれなかった。
その結果として、私の両親を死なせてしまったから、せめて貴女だけは幸せにしたい、と。
本当にありがたい話だったが、私は辞退した。
自分に公爵令嬢が務まるとも思えなかったし、何より両親や多くの領民が亡くなったのに、私だけが幸せになって良いのかと思っていたから。
そうして、私はラズウェイ公爵家の侍女として働く事になった。
まだ幼いながらにも、少しずつ侍女の仕事に慣れて来た頃、奥様からお嬢様付きになるように命じられた。
当時のお嬢様は4歳。対する私もまだ10歳で、周囲も私自身も驚いた。
公爵家の末娘として大切に育てられたお嬢様は、所謂典型的な我儘令嬢だった。
周りが大人ばかりでついつい甘やかしてしまうから、屋敷内では1番歳が近い私が側にいた方が良いのではないかという考えがあったとかなかったとか。
ともかく、そうしてお仕えし始めたセリーナお嬢様は、確かにものすごく我儘な方だった。
正直、本気で手を焼いていたが、それでも何故か憎めなかった。
私以外の使用人仲間もみんなそうで、苦労はさせられていたけど、お嬢様を嫌う人はいなかった。
使用人間では公爵家最大の謎とも言われていたが、しばらくお仕えしているうちにその理由に気が付いた。
お嬢様が我儘を言うタイミングは決まっていた。
誰かに何かをしてもらった時。
または、誰かに何かを頼む時。
そういう時になると、必ず我儘を言う。
そして、そんな時のお嬢様の顔は真っ赤になっているのだ。
それに気が付いてからは、もうどんな我儘を言われても気にならなくなった。
それどころか、真っ赤な顔をして喚き散らすお嬢様がとても可愛らしく思えた。
そうしてお仕えする事に慣れ始めて来た頃、お嬢様が突然高熱を出され、そのまま何日も熱が下がらない事があった。
公爵ご夫妻は、全ての予定をキャンセル。
財務卿を務める公爵様は、お立場上どうしても登城しなければならない日はあったが、それ以外はずっと御屋敷にいるようになった。
社交界の華と呼ばれる程に美しい奥様は、お嬢様の身を案じるあまり、その面影がなくなる程やつれてしまわれていた。
貴族学校の寮に入っていた坊っちゃまも御屋敷に戻って来ていた。
もしお嬢様の身に何かあれば、側近くに仕えていた使用人達の責任問題になる。
そうなれば、仕事だけでなく、最悪命すら失うかもしれない。
それにも関わらず、自分の身の心配をする使用人は1人もいなかった。
みんながただひたすらにお嬢様のご無事を願っていた。
真っ赤な顔で喚き散らす我儘なお嬢様。
その元気なお姿をもう一度見たいと。
付きっきりの看病を続ける奥様を始め、公爵家の全ての人間がただただその事だけを願っていた。
そんな人々の願いと、国内各地から集められた医師たちの必死の努力が実を結んだのか。
数日間昏睡状態だったお嬢様は、ある日の朝突然回復された。
医師たちは理由がわからないと首を捻っていたが、そんな事はどうでも良くなるくらい皆が喜んだ。
またあの愛らしい我儘が見られるのかと。
しかし、目を覚まされたお嬢様の様子がこれまでとは全然違っていた事に皆が気付くまで時間はかからなかった。




