六話
「マリーの服、濡らしちゃった。ごめん」
ひとしきり泣いたセリーナさんが、どこか恥ずかしそうに言う。
でも、その表情はすっきりとしていて、とても良い笑顔だ。
「このくらい大丈夫ですよ。
でも、ミリの方が先に知っていたのには正直妬けますね」
ちょっといたずらっぽく笑うマリーさん。
そうだ、お2人の様子に感動していたけど、私も自分の事を話さないと。
ちらっとセリーナさんに視線を送ると、大丈夫というように頷いてくれた。
「あの、その事に関して私からも話したい事があるんです」
「あら、ミリも?」
少し驚いた様子のマリーさんだけど、セリーナさんの話を聞いた後だからか、もう何を聞いても驚かないぞといった様子。
こっちに来て座りなさいと呼んでくれたので、マリーさんを真ん中にして、3人でソファに座り直す。
少し窮屈だったけど、今は密着した事で伝わって来る温もりがとても心強い。
「私は……」
ゆっくりと記憶を辿り。
元はセリーナさんの前世の世界にいた事。
ある日突然、気が付いたらこっちの世界の、あの森にいた事。
そこでセリーナさんに偶然出会って助けて貰った事。
「だから、私は記憶喪失じゃなくて、この世界の事を何も知らないから……。
嘘を吐いていて、本当にすみませんでした」
「そうだったのね」
私の話を聞き終えたマリーさんは、それだけ答えると、そっと私の頭に手を乗せた。
「突然何も知らないところに来て、辛かったでしょう?良く頑張ったわね」
そして、優しく頭を撫でてくれる。
「大切な人達と自分の意思とは無関係に引き離されてしまう辛さは私にもわかる。
だから、ミリがどれだけ頑張ってたのかも良くわかるわ」
マリーさんの手の優しさは、小さい頃に頭を撫でてくれた母のようで。
今までずっと考えないようにしていた、日本に残して来てしまった家族の事を、今だけは思い出してもいいのではないかと思わせてくれて。
「お母さんに……家族に会いたいです……」
心の奥底にずっと押し込んでいた想いが溢れ、涙が出るのを抑える事が出来なかった。
「ふふっ、すっかりびしょ濡れね」
セリーナさんに続き、私まで大泣きしてしまった為にマリーさんのエプロンは大変な事になっていた。
「「ごめんなさい」」
声を揃えて謝る私達に、それでもマリーさんは優しく微笑んでくれる。
「お気になさらず。
それにしても、まさかミリもねぇ。
でも、これでミリが着てた服の謎が解けたわ」
納得したようにうんうんと頷くマリーさん。
「私の服ですか?」
「そう。ほら、初めて公爵家に来た時に着てた服よ」
あ、そう言えばあの時私は日本の高校の制服を着てたんだ。
お風呂に入ってる間に片付けられてたから、そのまますっかり忘れてた。
「見た事もない素材にデザインだったでしょ?
ミリの顔立ちもあって、どこか遠い国のものなのかとも思ったけど、やっぱり少し気にはなってたのよね」
「そう言えば、あまり人の目に触れさせたくなくて隠してくれるように頼んだけど、今どうなってるの?」
マリーさんの後ろからセリーナさんがひょこっと顔を出す。
なんかさっきまでより更に目が腫れてる気がするけど気の所為かな?
「私の方で保管していますよ。お屋敷に残して来るのもどうかなと思って持って来てます」
「え!?まだ残ってるんですか!?」
森の中をさまよってたから汚れていたし、処分されてしまっているとばかり思っていたから、その言葉には驚いた。
「当たり前でしょ?ミリの物なんだから。
それに、今日の話聞いて残しておいて良かったって心から思ったわ」
当然のように言ってくれるマリーさんの気遣いが本当に嬉しい。
「私、お嬢様に言いましたよね?なんでミリに伝わってないんですか?ミリから何も言われないと思ってたら、お嬢様が話してなかったんですね?」とセリーナさんが怒られてるけど。
「えーと……。あっ!ミリ!」
制服の事でマリーさんから怒られていたセリーナさんが、何か企んでいる顔でこっちを向く。
なんだろう、嫌な予感。
「久しぶりに制服着て見せてよ!」
「はい?」
突然何を言い出すんだこのお嬢様は。
「お嬢様、まずは目を冷やしてください。
今冷やしたタオルをご用意しますから。このままだと明日大変な事になりますよ?」
さっきまでの優しい笑顔は何処へやら。
冷めた目でセリーナさんを見るマリーさん。
「ミリのも用意してあげるね」と私には優しいままだ。
「それなら自分でやるから!ね?良いでしょ?
ほら、マリー!ミリに着せてあげて!」
何故かしつこく粘るセリーナさん。
「髪型もこう言う感じに……」と更なる指示をマリーさんに出している。
そのあまりの熱意に、渋々と行った様子で自室へと案内してくれるマリーさん。
「はい、ミリ。これよ」
そう言って差し出してくれた箱を開けると、その中には綺麗に洗濯された、懐かしい制服が入っていた。
「こんな綺麗に……。ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。はいミリ。これ使って」
久しぶりに袖を通す制服に密かに感動していると、マリーさんからタオルを差し出される。
受け取ったそれはよく冷えていて、泣いた事で腫れている目元に当てると、ひんやりとして気持ち良かった。
「髪もセットしてあげるから、そこに座って。
その間、しっかり目を冷やしておくのよ?わかった?」
「あ、はい。ありがとうございます」
そうして目を冷やしつつ、大人しくセットされる事しばし。
多少は目の腫れも引いて来たところでセリーナさんに制服姿をお披露目しに戻る。
私は一体何をやらされているんだろうって思わないでもないけど、きっと考えたらダメなんだと自分に言い聞かせる。
「きゃー!本物の女子高生よ!可愛いー!!」
制服姿の私を見たセリーナさんの第一声がそれだった。
「ね!?すごく可愛いわよね!?マリーもそう思うでしょ!?」
公爵令嬢とは思えないはしゃぎっぷりのセリーナさん。
まぁ、可愛いと言われて悪い気はしないけど。
「可愛いと思いますが……。足が出過ぎではありませんか?」
マリーさんはスカートの丈の長さが気になるみたい。
確かに、この世界のスカートは基本的に全てロングスカートだ。
膝上丈の制服のスカートは、すごく短く見えるのも当然か。
「あっちじゃこれくらいが普通だったのよ。むしろ、ミリのは控え目な方じゃないかしら?」
じーっとスカートを見ながらセリーナさんが解説してるけど、さすがにそこまでじろじろ見られると少し恥ずかしい。
「そうですね、そこまで短い方ではなかったですけど……」
別に特別真面目な訳ではなかったけど、一応は校則で決まっていた範囲内だったはず。
ちなみに膝上10センチね。
「これで短くないんですか……」
びっくりしているマリーさんに、セリーナさんが「そもそもねー、制服の魅力っていうのはね?」などとよく分からない事を語り始めている。
どうしたもんかなと思うけど、とりあえず放っておいて私はお茶の用意でもするか。
そう思い、ブレザーを脱いでいつものエプロンを付ける。
あ、この格好、いつもバイトしてた時と同じだなぁ……。
店長元気かな?
「ミリ?どうしたの?」
いつの間にか自分の世界に入っていたみたいで、セリーナさんが心配そうに声をかけて来てくれた。
「あ、いえ!何でもないです。
お茶淹れたのでどうぞ!」
つい咄嗟に誤魔化してしまったけど、また日本の事考えてたって言ったら心配かけるだけだしね。
「本当に?」
私の作り笑顔が全く通じていないように、じっと目を覗き込んでくるセリーナさん。
「いや、その……」
「ずっと色々我慢して来たんでしょ?この際よ、全部吐き出しちゃいなさい」
セリーナさんの言葉に、せっかく引っ込んだ涙がまた溢れそうになる。
「大丈夫よ、ミリ。私もお嬢様もずっと一緒にいるから」
マリーさんのその言葉がダメ押しだった。
何とか堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出して来る。
「制服来て……。エプロン着けてお茶淹れてたら……」
涙が止まらず、上手く言葉が紡げない。
それでも、大丈夫と言うように私の背中を、頭を、優しく撫で続けてくれる2人の手の暖かさはとても心地よくて。
「店長に……。あの、バイトしてた喫茶店の
店長なんですけど……。
お茶の淹れ方とか……。どの葉っぱはどんな味でとか……。たくさん教えて貰って……。
すごく可愛がってくれて……」
「そう。ミリがお茶を淹れるのが最初から上手かったのはその方のお陰なのね」
「はいっ……そうなんです。
それで、家族にも飲んでもらって……すごい喜んでくれて……」
店長からお茶の事を学ぶたびに、家で実践して家族に味見してもらった。
習い始めのまだ下手な時から、文句1つ言わずに笑顔で飲んでくれたお母さん。
前回よりここが良くなったと、毎回成長を褒めてくれたお父さん。
その話を嬉しそうに聞いてくれた店長。
美里のお茶飲みに来たよとバイト先に来てくれた友達。
「みんな、みんな。私にはすごい大切な人達なんです……。
でも、もう二度と会えない……。お別れも言えなかった……」
残して来てしまった大切な人達。
思い出すと辛いから、極力考えないようにして耐えて来た。
涙と共に溢れ出した感情のままに泣き続ける私を、2人はずっと暖かく包み込んでくれていた。




