五話
あっという間に時間は過ぎて、セリーナさんが授業を終えて寮へと戻って来た。
朝は睡眠不足やらで明らかに顔色が悪かったけど、何故か帰って来た時には顔色もすっきり。
理由を聞いてみたら、「あまりにも眠くて体調が悪いと言って救護室で寝てた」だそうです。
まぁ、それで体調が良くなったなら良いか……。
私はと言うと、普段通りにマリーさんと仕事をしていたけど、色々と緊張してしまって何をしていたかほとんど記憶に残ってない。
注意されたりもなかったから、たぶん普通に動けていたとは思うけど……。
「さて……と」
着替えを終えたセリーナさんが、いつものソファに腰を下ろす。
普段なら、お茶とお菓子の用意をして私とマリーさんは近くに控えて立っているんだけど、今日は違った。
「ミリ、私の隣に座って。マリーもそっちに座ってくれる?」
「あ、はい!」
「かしこまりました。でも、どうなさったんですか?」
訝しげにしつつも、マリーさんは私とセリーナさんと向かい合うようにして腰を下ろす。
私はと言うと、いよいよかと緊張がピークに達していて、心臓がものすごい速さでどくどくいっている。
と、その時。
セリーナさんがそっと私の手を握って来た。
昨日のように私を励ましてくれようとしているのかな?と思ったけど、すぐにそれは違うとわかった。
小刻みに震えているセリーナさんの手。
あぁ、そうだよね。私以上にセリーナさんは緊張してるんだ。
それなら、今日は私が力にならないと。
そう思って、その思いが少しでも伝わるようにとセリーナさんの手をぎゅっと握り返す。
少しびっくりしたように、一瞬手がビクッとなったけど、セリーナさんも私の手を強く握り返してくれた。
「お嬢様、何かお話があるのではありませんか?」
私達の様子がおかしい事や、ぎゅっと手を握り合っているのは絶対見えているはずなのに、そこには触れず優しく尋ねてくれるマリーさん。
その声音に安心したのか、セリーナさんがゆっくりと口を開く。
「うん、マリーに聞いて欲しい事があるの。
信じられない話だと思うんだけど……」
ゆっくりと一つ一つ言葉を選ぶように話すセリーナさんの手は、まだずっと震えていた。
それでも、マリーさんの目をしっかり見て話す様からはマリーさんへの真摯な想いが伝わって来る。
マリーさんもそれに応えるように、じっとセリーナさんの目を見て真剣に聞いてくれている。
5歳の時、突然前世の記憶が蘇った事。
前世の自分は、こことは別の世界で庶民として生きていた事。
突然性格が変わったように見えたのは、その前世の自分に性格や価値観が影響を受けた事。
そして、この世界は前世の世界で物語のような形で存在していた事。
そこでのセリーナさんは、王太子から婚約を破棄され、新たな婚約者となるサーシャへの不敬を問われ公爵家を追放される事。
ずっと黙って話を聞いていたマリーさんの表情が、セリーナさんの追放を聞いた時にぴくっと動いた。
やはりそれには思うところがあるみたいで何か言いかけたけど、ぐっと堪えてくれているのが見てわかる。
「ずっと黙っていて、本当にごめんなさい。
信じられない話だと思うんだけど……。全て本当の事なの」
最後の方は、セリーナさんの声が震えていた。
きっと涙を必死に堪えているんだろう。
だから私は、繋いだままの手をぎゅっと強く握った。
それが私に出来る精一杯だから。
「このお話、ミリは全部知っていたのね?」
「はい。知っていました」
「そう」
マリーさんはそれきり黙ってしまい、何も言わない。
その表情は怒ってるようにも悲しんでいるようにも見えた。
「マリー、怒った?」
沈黙に耐えられないと言うように、セリーナさんが尋ねる。
ゆっくりと顔を上げたマリーさんは、セリーナさんの目をしっかり見据えて口を開いた。
「そうですね。怒ってます」
「そうよね……。こんな話信じられないわよね……。本当にごめんなさ……」
マリーさんの厳しい言葉と表情に、セリーナさんが、涙声で謝罪を口にしようとしたその時。
「何故!!こんな大切な事を今まで教えて下さらなかったのですかっ!!」
初めて聞くマリーさんの怒声が響いた。
「……え?」
「お嬢様が公爵家から追放!?冗談じゃありません!!
それもあの王太子のせいでなんて、許せる訳がないじゃないですか!!」
「信じてくれるの……?」
呆然とした様子のセリーナさんが、恐る恐るマリーさんに尋ねる。
「当たり前じゃないですか。私がお嬢様を信じなかった事が、今まで一度でもありましたか?」
それに答えるマリーさんの表情は、いつもの穏やかで優しい笑顔。
セリーナさんの事を心から想い、大切にしているのが伝わって来るあの笑顔だった。
「マリー……」
よろよろと立ち上がり、マリーさんのところへ歩み寄るセリーナさん。
マリーさんも立ち上がり、セリーナさんを優しく迎え入れる。
「ごめん……。本当にごめんね……」
そのまま泣き出してしまったセリーナさんの背を、マリーさんはずっと優しく撫でていた。




