二話
「そうか……。苦労したんだな……」
そう言うラッセル様の顔には私への気遣いが見える。
「いえ、公爵家の皆様はもちろん、セリーナ様にとても良くして頂いていますので」
実際にそうだし、全部が真実ではない身の上話で同情されるのも騙してるみたいで申し訳ないので、努めて明るい声でそう答える。
「そうか。それなら良いんだが……」
黙って考え込むラッセル様。
急にどうしたんだろ?
「いや、あのセリーナ嬢がな……と思って」
その言葉を聞いて、すっと血の気が引くのを感じる。
あの、って何。
ラッセル様もセリーナさんの悪い噂を信じてるんだろうか。
良い人だなって思ったのに、この人も王太子と同じなのかな。
「お前の前で言う事ではないが……。セリーナ嬢が貴族の間でどう言われてるか知ってるか?」
「……」
そんなのもちろん知ってる。
どれもこれもがめちゃめちゃな嘘の酷い話ばっかりだ。
本人は気にしてないって笑ってるけど、私はそんな風に割り切れてない。
ゲームの強制力だか何だか知らないけど、あんな良い人が何で周りから悪く言われなきゃいけないんだ。
あぁ、段々腹立って来た。
「彼女は稀代の……」
「セリーナさんはっ!!」
咄嗟に大声を出してしまった。
侯爵家のご子息になんて無礼。
セリーナさんの呼び方も普段のが出ちゃってる。
まずいな、とは頭の片隅で思ってる。
ラッセル様もびっくりしてるし、抑えないと。
でも、この後ラッセル様から出る言葉が想像出来て我慢出来ない。
だって、その言葉は絶対聞きたくないから。
あぁ、もうダメだ。
この前の王太子の態度と言い、ずっと我慢してたけど、もう限界。大切な人が理不尽に悪し様に言われるなんて。
なんでなの?ねぇ、どうして?
そんな感情が堰を切ったように溢れ出して来てちょっと止められそうにない。
「あの方はそんな人じゃありません!
私なんかを引き取ってくれて、お側にずっと置いてくれて!
まだまだ半人前なのに、ここにも連れて来てくれて!
いつも自分の事は後回しで私なんかの心配ばっかりしてくれて!
あんな良い人他にいないのに、なんでいつもみんなにそんな事言われなきゃいけないんですか!?
なんで……。なんでなんですか……」
あぁ、完全にやらかしちゃったなぁ。
そう思うけど、もうどうにもならない。
なんか頭は働かないし、目の奥は熱いし。
「わかった。わかったから泣くな。な?」
慌てた様子のラッセル様が、それでも優しい声で語り掛けて来る。
ん?私泣いてるの?
そう思って自分の頬に触れてみると、確かに涙が流れていた。
うわぁ、最悪……。
相手は侯爵家のご子息よ?
それを相手に怒鳴りつけた上に泣き出すとか……。
消えたいくらい恥ずかしい。いや、その前に不敬罪で消されるかな?
「今のは完全に俺の失言だ。すまない」
ラッセル様は謝ってくれてるけど、私はちょっとそれどころじゃない。あぁもうどうしよう。
「俺もわかってるんだ。彼女のこれまでの功績を考えても、社交界で言われてるような人間じゃないってことくらい。
でも、何故かは分からないが、彼女を前にするとダメなんだ」
「それは?どういう……」
「頭ではわかっているはずなのに、彼女を前にするとそう言う事が全部消えてしまうんだ。
そして、頭の中が彼女の悪い噂でいっぱいになる。噂なんかじゃなくて真実なんだってな」
「待ってください。そんなの……」
「ミリ?」
ラッセル様の言っている事が理解出来ず、詳しく聞き出そうとした私の言葉を遮ったのは、まさに今話題に上がっている人物。
セリーナさんだった。
「こんなところで何して……え?貴女泣いてるの?」
突然の声にびっくりして、反射的にそちらを向いてしまった。
涙もろくに拭ってないのに。
「あ、これは……。何でもありません。大丈夫です」
絶対信じてもらえないと思いながらもした言い訳は、案の定全く信じてもらえなかった。
「何でもない訳がないでしょ?貴女が泣くなんて。ほら、これ使いなさいな。
……って、え?ラッセル卿?」
小走りに近付いて来てハンカチを差し出してくれたセリーナさんは、そこで初めてラッセル様の存在に気が付いたみたい。
そして、ラッセル様の存在を認識した瞬間、セリーナさんの顔から完全に表情が消える。
「これはどういう事ですか?私の侍女が何故貴方の前で泣いているのです?
ラッセル卿、納得のいく説明をしてくださるのですよね?」
「俺が失言してしまったんです。本当に申し訳ない」
そう言って頭を下げるラッセル様だけど、セリーナさんはどこまでも冷たい目でそれを見下ろす。
「失言?何を仰ったのかは存じませんが、頭を下げる相手を間違えていらっしゃるのでは?」
自分ではなく、私に対して頭を下げろと言ってらっしゃる。
今日話したラッセル様の感じだと本当に私にも頭下げて来そうだけど、それはさすがに私の寝覚めが悪い。
「セリーナさん、私は本当に大丈夫ですから。ね?」
袖を引きながら言う私と、まだ頭を下げたままのラッセル様を見比べながら少しの間考え込むセリーナさん。
「ミリが良いと言うので、今日はもう失礼致します。
ですが、この事は後日必ず説明して頂きますので。そのおつもりで」
「はい、仰せの通りに」
「ミリ、行くわよ」
「あ、はい!ラッセル様、失礼致します!」
最後まで頭を下げたままのラッセル様に何とか挨拶をすると、私は半ばセリーナさんに引き摺られるように寮へと戻った。




