紅い瞳
どうしても気になることがある。
教会から出たあたしはラナに別の依頼をお願いしてそこを離れた。
街中を走る。たまに出会う顔見知りに手を振ったりしながら、あたしはあそこに向かった。途中何度か立ち止まってしまったけど、ほっぺを自分でぱんぱん叩いて歩き出した。
ある意味王都の中で一番思い出深い……そういってしまうと語弊があると思うんだけど……。印象深い場所。
ロイとの闘いで崩れた街。
今は復興作業しているって話だ。大工の親方があの近くでFランクの依頼を出して人手を募集していた。たぶん偶然じゃなくて、あたしに呼びかけていたんだと思う。今の時期にFランクの依頼なんて受けるのはあたしとか、もの好きだけだから。
でも、それをモニカが受けた。
受けさせてほしいって逆にお願いされたから……。たぶんモニカにも思うところがいろいろとあったと思うんだ。でも、モニカ自身が悪いことなんて何もない。それでも……あそこの人たちの魔族への感情は最悪だ。
どっちが悪いわけじゃない。
悪いとすればロイと、それを止められなかったあたしだ。
それでもモニカにまっすぐ見られたら止めることができなかった。ああーー、なんでそうしたんだろうって思うよ。
大丈夫かな。
大丈夫かなぁ。
心配だよ
今日はずっと何をしているときも気になってた。本当はモニカと一緒にいないといけないと思ったけど……そのモニカに「大丈夫です」って、
『マオ様はこれから多くの依頼をしなければならないはずです……私だけにかまっていることはできない。そうですよね?』
まっすぐに、正しいことを言われてぐうって言ってしまった。
槌の音がする。それに何か男の人が叫ぶ声が聞こえる。前に親方の作業場に行ったときにもこんな感じだった。あの街はもう近い。
☆
物陰に隠れて広場をうかがってみる。あたしは上着を頭にかぶってわからないように……いやわかるねこれ。あやしさ満点だもん。
意外と大勢の人がいた。依頼を受けたときは朝だったからまだ職人さんが数人しかいなかった。
今はもちろん職人さんも大勢いて、資材がいたるところに積んである。あ、役人もいる。鎧着ている人はなんだろ……兵隊かな。久しぶりに見た。あとは、貴族っぽいひともいるね。偉そうだからすぐわかる。
街の人もいるね。
そっか、あれだけの大穴が空いたんだから。大事件だよね。
人込みに紛れていけば……そう思ったけど、この周辺の人にあたしは顔がばれているからだめだ。あれ? なんでダメなんだろ、別に見つかっても何もないのだけど。
とりあえず見つからないようにモニカを探す。
意外と早く見つかった。……だって目立つもん。
ワインレッドの髪は綺麗で制服を着た女の子。人ごみに混ざっていたってわかりやすい。
でもそれ以上目立つ理由はモニカが大きな木材を軽々担いでいたから。小柄な彼女が大の大人でも苦戦しそうな資材を運んでいる。
魔族は人間よりも単純に力が強い。その体からはうっすらと魔力が出ている。あれは身体の強化をしているのだと思う。
それでもモニカを見る周りの目は冷たい。それが遠くから見ても感じる。
魔族は耳ですぐにわかる。それにここは魔族に破壊された場所だ。モニカをそういう風に見る人が多いのはあたしも……あの子もわかっていた。なのにあえてこの依頼を自分で受けるって言ってくれたんだ。
あたしはその場で唇をかんで、出ていこうか悩む。でも……ここで出ていくのは違う気がする。だからと言ってすぐにこの場を離れる気にもなれない。
前にも後ろにも行くことができない。物陰に膝を抱えて座り込んでしまった。
ふと思った。
もしかして数百年前にあたしが負けたあと……生き残った魔族たちはこんな風に人間に見られながら耐えてきたんじゃないかって。
いつの間にか胸元をぎゅっと握りしめていた。
今ここであたしができることはない。……昔にあたしができたことはない。
今の時代はその結果。あたしの今までの人生はほとんど魔族とのかかわりがなかった。旅を一人でできるほど力がないのもあった。
「いつか……『今』を見に行かないといけないよね」
魔族の自治領がある。そこに今の魔族たちがいるはず。あたしはそこに行かないといけない。……でももう少しだけ待ってほしい。わがままかもしれないけど。まだ。怖い。
あたしの誰かが立っている。ハッとして顔を上げるとそこには黒いコートを着た少女が冷たい目であたしを見下ろしている。赤い縁の眼鏡に黒の帽子。
出会った時とは違う恰好だけど、忘れるはずがない。2度も殺されかかったんだから。
「クリス……」
「は?……何きやすく呼んでんの? 殺すわよ」
『暁の夜明け』の一人であるクリスが目の前に立っていた。鋭い眼光であたしをにらみつける。その紅い瞳に強い魔力を感じる。
「あんたがこんなところにいるとは思わなかった」
それはこっちのセリフだよ。
反応もらえると頑張れます!




