掃除するだけの話
うんしょうんしょ。
重たい。
あたしは水を満杯にした桶を持ってくる、なんでこんなことをしているかはわからない。
教会の中ではラナがしゃがんで床をなぞっている。……ラナは持っていた白くて短い棒みたいなので床に線を引いている。
それは近づくとわかる。教会の真ん中に魔法陣を描いているんだ。
その白い線の周りにあたしが持ってきた桶が並んでいる。魔法陣は魔力の通り道を作って魔法を構築するためのものだ。
魔法を構築するにはもちろん魔力が必要だけど、それを展開したり強化する方法には呪文と魔法陣がある。無詠唱で魔法が構築できるのはほんの一握りの優秀な魔力と感覚を持った人だけ。あたしの周りでは……ソフィアとラナくらいかな。
いや、よく考えると魔法できる人の知り合いが少ない。
「よしこれでいいわね」
ラナが手で白い棒を器用にくるくる回しながら言った。
「何をする気なの? ラナ。あとそれなに?」
「あ? ああ、これ? これはチョークっていう石灰を素材にしたものよ。まーなんの魔力もないから、単にこういう風に地面に魔法陣を描いたりすることにしか使えないけど。安いのよこれ」
白い線が放射状に広がっている。あたしはその魔法陣を見ると思う。
「ん-。ラナってすごいね」
「いきなりなによ」
魔法陣は魔力の通り道。だからそれをしっかり考えて描かないとバラバラになって魔法がうまく構築できない。いや、下手に描くと魔力と魔力はぶつかって魔法が弱いものになる。
でもラナが描いたそれは綺麗で、整ってて、なんか見ていると面白い。きっとここに魔力を通せばすっと流れていく。
ラナがこほんと咳払いした。
「それよりも試してみたいってのはあのいけ好かない魔族の男のやり方よ」
「ロイのこと?」
「そうそう。あいつ。あいつが使役していたスライムはもともとそういう生物だけど、疑似的にあれを造って仕事させるのよ」
「……そ、そんなことできるかな。だってここ水しかないけど」
「あんたならできるんじゃないの?」
「……!!??」
なにそのいきなりの無茶ぶり! あたし、そんなことしたことないよ!
「早くこっち来なさい」
「え、えー?」
あたしはラナの横に。いや。魔法陣の中心に立つ。
ラナが右手を上げる。
「水の精霊ウンディーネにラナ・スティリアが命ずる」
蒼い光がラナを中心にゆっくりと流れる。変かもしれないけどどこか穏やかな気分にしてくれる。
あたしは左手を上げて目を閉じる。ラナ右手に手を重ねて魔力の流れを操作する。
魔法陣に魔力が通っていく。
ラナの描いた放射状の魔法陣に水が流れるように、すぅっと魔力が通っていく。
周りに置かれた桶が揺れ始める。
「んん」
あたしは集中する。ラナが呪文を唱える音だけが聞こえる。
桶が揺れる。
描くのは人の形。あたしたちの代わりに掃除をしてくれる……ってすごいずぼらな感じだけど! このさいそんなことは気にしてられない。というかすごい難しいよこれ。だって、あたしが汲んだのただの水だもん!
ラナの体から放たれる蒼い光が強くなる。
まるであたしに催促してみているみたい。わかったよ。
線に魔力が通っていく。
桶がガタガタ揺れて。光を放つ。あたしは唇をかんで、頭が痛いくらいに集中する。
魔法陣がぱぁっとさらに強い光を出して、その時
ばあーーんと桶から水でできた「人形」が出てきた。その数体があたしとラナを囲んでうろうろと動き出す。
「ちゃ、ちゃんと掃除をして!」
あたしは魔力を調整する。すると人形たちはうおーって感じで手を挙げてモップを取り合ったり、殴り合いを始める。
「ちょ、ちょっとマオなにしてんのよこいつら」
「んんんんん、黙ってて! 操るのがすごい難しい!!!」
人形に意思なんてない。ただただあたしが操作しているんだ。頭が痛ぃ!」
人形たちが整列してモップを持つ。そうそう。そして殴り合う。違うってば!!
「はあはあ。このぉ」
なめるな。
マオ様を。
「なめるなぁ!」
水の人形たちにあたしは強い命令を送る。それぞれの人形に命令を振り分けて、魔力でそれを分ける。ただの水を人の形にするだけでも難しいのに掃除させるのすごく難しい!
人形たちはモップや布切れをもって掃除を始める。
すごいスピードで教会を掃除し始める。
「マオ。あんたってさ、やっおぱりす」
「ラナ! だまってて、今話しかけるとあたし、あたし……泣きそう!」
掃除は進む。これ教会の図面を頭に描かないといけない。
さっき言った通り人形に意思はない。つまり思考とかそういうのは全部あたし。ラナに供給してもらう魔力で人形とあたしたちの間に魔力の線を造って操る。だから視界から外れると困る。
あたしとラナは手を握ったままくるくると回ったり。動く。
掃除は人形がしてくれる。あたしたちは……ダンスでもしているみたい。
「これ、す、すごく恥ずかしんだけどマオ」
「あたしだって恥ずかしいよ! 言い出したのラナでしょ!!」
人形たちが窓を拭いている。やっと……慣れてきたよ。おんなじ動きで窓を拭いて。床をこする。
「はあはあ」
「ひぃひぃ」
あたしは頭が痛いけど、ラナは普通に魔力を吸いだされてきついと思う。でもじごーじとくだよっ!
人形たちはあたしたちの周りに集まってモップで魔法陣をこする。これを綺麗にして掃除は終わり。
「ま、マオ! あんたこれ消したら水を操ることが……できるの??」
「あ」
魔法陣が消えていく。もう止められない。魔力の線をそれぞれにつなげているけど、魔法陣はその起点だ。だから……このままじゃ!
ばしゃーん!
人形たちがはじけ飛んだ。
あたり一面はびしょぬれ。あたしとラナも。はじけ飛んだ時におもいっきり濡れた。
あたしとラナは顔を見合わせて。
「ぷっ」
お互いになんか馬鹿らしくて笑ってしまった。誰もいない教会であたし達だけの笑い声が響く。なんか楽しかった。
「ま、これで掃除は終わりってことでいいでしょ。乾かしとけばばれないから」
ラナがいけしゃあしゃあという。そして両手を上げて、呪文を唱える。
「風を統べるもの。シルフに命ずる――」
優しい緑の光。
ラナを中心に満ちていく。
そして生み出された風があたしをなでてくれた。




