紅い瞳②
クリス。
最初はあたしの故郷の村の近くで、次は港に行く途中の街道で魔物を使役して襲撃をしてきた魔族の少女。……いや、たしより年上かもしれない。
「クリス……なんでここにいるの?」
あたしは立ち上がってクリスに対峙する。彼女は武器を持っているようには見えない。それは自分も同じことだ。たぶん取っ組み合いとかしたら普通に負ける。
クリスはジトっとした目であたしを見た。
「あんたに用事なんてない。ああ、恨みならあるけれど、ここで殺し合いをする気はない」
「……ロイとの闘いの跡を見に来たの?」
「は? あんな馬鹿のことなんてどうでもいいわ」
「暁の夜明け」としてロイとクリスはつながりがあるらしい。それは今の反応で分かった。……少し仲が悪そうなことも。
クリスは両手を組んで言った。
「そうね。そういえばあのバカはあんたのことをなんか言ってたわ。……あんた古代の魔族語が分かるんだって? どこで聞きかじったか知らないけど不愉快だわ」
「…………」
「ああ、不愉快。不愉快。何度思い出してもムカついてくる。お前のことをあのバカは魔王………魔族の生まれ変わりなんじゃないかってバカげた妄想を私にのたまったのよ」
息をのんだ。背中に冷たいものを感じる。
妄想……もしかしたらロイはそれをただの冗談として言っただけなのかもしれない。
「は、はは、そ、そんなわけないじゃん」
否定しにくい。声が少し上ずる。クリスはそんなあたしを無視して広場を見た。大勢の人間がいるここで流石にこの子も暴れないだろう。たぶん。
クリスの視線の先には復興に携わる大勢の人たちがいる。それぞれが役割をもって仕事をしている。もちろんモニカもその中にいた。
「お前ら人間はいいな」
「え?」
「私たち魔族はお前らに寒い、寒い北の地に押し込められた。母親はそこで死んだ」
「……」
「だから殺そうってあのバカの計画に乗っていろいろと準備をしていたのに。ああ、本当なら今日は人間どもの死体が山盛りでそこらに積み重ねているはずだったのに、ああ、残念。残念だわ」
クリスは頭を両手でかきむしりながら言う。
「そうだそうだ。本当なら3勇者なんて屑どもの子孫の首を並べて、ヴァイゼン様が王都を焼き尽くして、逃げた連中はスライムの餌になっていたはずなんだ。それをそれを」
クリスの右手があたしの喉を掴んだ。
「ぐぁ」
「お前が……お前らが邪魔をしたから」
ぐぐぐぐとすさまじい力で締め付けられる。クリスの血走った目。あふれ出る殺気にあたしは……彼女の意思を感じた。
「……ぁ」
首を絞めるつもりじゃない。これは折る気だ。あたしは必死に暴れる。
クリスにおもいっきり蹴りを入れる。くぐもった悲鳴をあげてクリスが下がった。
「げほげほげほげほ」
殺されるところだった。クリスは怒りに引きつった顔でゆらりと立つ。こめかみに手をあててなにかをぶつぶつとつぶやいている。
「違う、ここで殺すわけにはいかない。あの子がいる。落ち着け。私」
「はあはあ……あの子?」
「黙れ」
クリスの蹴りがあたしのみぞおちに入る。転がって、息ができない。痛い。それでも、立たないとまずい。
なんとか膝をついて体を起こす。あたしはその姿勢で見上げた。
クリスは両手で頭を掻きむしりながら、狂気に染まった眼でぶつぶつと言っている。この場所は暗い。だから爛爛と光る眼だけが不気味だった。
「ああ、全部殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したいだめだ、ここじゃだめだ、落ち着け。わかっている。ここじゃだめだ。あの子がいる。ダメだ」
あたしの脳裏にふわりと「あの子」の顔が浮かんだ。
それがあっているのかはわからない。
「……あの子ってもしかして……モニカのことじゃないの?」
あたしが言ったその言葉にクリスは歯をむき出しにして、憎悪がこもった眼であたしを見下ろしてくる。
紅い瞳なのに黒い憎しみが映っている……そう錯覚するほどその表情はゆがんでた。
あたしは立ち上がる。たぶん、この子の憎しみを生み出したのは「あの時負けたあたし」から始まっている。だからこの子の前に立たないといけない。
「…………あたしがさっきクリスに聞いたこと。ここで何をしているのかってことはさ、モニカのことを見に来たんじゃないの?」
「……黙れ。あの子と私は関係ない……あの子は私とは関係がない……私みたいなのじゃない……」
クリスは一瞬だけ、悲しそうな、苦しそうな、そんな表情をした。
「そっか……」
その時あたしはわかった。結局何も知らないんだってことを。
クリスがなんでこうなったのかも、今の時代に至った間のことも何も知らない。だからきっと今のあたしには彼女に向けるべき言葉が何もない。
……悔しいなぁ。
「……モニカはさ。あたしの友達だよ」
「あ、?」
クリスが後じさりした。
「出会ったのは数日前だけどそれでも友達だとおもっている。あたしなんかよりずっと優しい子だって思う」
「おまえ……おまえ!!」
クリスがあたしを指さす。
「友達だと……? お前に……お前なんかにあの子の何がわかる!! 人間風情が!! あの子の人間に対する気持ちがわかるものか!!! ふざけるな!!」
「……何も知らないよ。それでもこれから知っていくことはできる……」
「……」
クリスは睨みつけてきたまま黙り込んだ。それからあたしに近づいて肩をわざとぶつけてくる、
「お前はいずれ殺す」
ぼそりと耳元でつぶやいて、どこかに歩き去っていった。
流石に追いかける気がないよ。
はあ、なんかすごく疲れた。あたしはため息をついた。
「マオ様?」
「ん」
優しげな声がする。声のしたほうを見るとモニカが不思議そうな顔をして立っていた。そしてすぐにむっとした顔になる。
「なんでここにいるのですか? マオ様は今日一日でもっと依頼をこなさないといけないはずです」
「ご、ごめん」
「ここは私に任せておいてください」
モニカは両手を腰に当てて怒ったような口調いう。でもなんか温かみを感じる。
「わかったよ。ごめん。あたしはもういくね」
「はい…………マオ様」
「何さ」
「さっきここで誰かと話をしていましたか?」
「……いや誰とも」
クリスのこと、言っていいのかまだわからなかった。だからごめん、嘘をついた。
「そうですか……わかりました」
モニカはすぐに引き下がってくれた。あれ? なんか近くで様子をうかがっている子がいる。小さな女の子だ。あの子は……モニカが街の人に責められた時にもいた……。いや。はっきりいえばモニカを責めていた子だ。
「あの子ですか? ……私が作業をしていると手伝ってくれるというので……一緒にいます。……おかしいですか?」
「いや……いいと思うよ」
よかったって思う。




