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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

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配信97回目 上位設計者(ハイアーキテクト)

 今夜は一人にするなって、真琴まことさんは言った。

 その判断は、たぶん正しかった。

 正しかったのに、向こう側のほうが一枚上手だった。


 戻った直後の事務所は、妙に静かだった。


 配信機材の熱。燃えた札の紙くさいにおい。安いコーヒーの残り香。いつもどおり――見慣れた散らかり方をしているはずなのに、どれも薄皮一枚ぶんだけ遠く感じる。胸の奥に通された細い線が、まだ熱を持ったまま、かすかに脈打っていた。


 私はソファへ半分沈み込んだまま、毛布を肩まで引き上げる。


「……なんか、落ち着かない」


「落ち着く状況ではありません」


 端末を見たまま、真琴さんが即答した。


「今の影森さん、帰還判定は出ていますけど、かなり()|いんです。現世側の定着が甘い。寝たらそのまま引かれてもおかしくないです」


「サラッと怖いこと言わないで」


「ホントに怖いやつなので言ってます」


 彼女は、そのへんのドライは一貫している。


 ぬいが私の腹のあたりで丸くなったまま、低く唸った。


「昨日より近いのう」


「昨日も十分最悪だったけど」


「今日は“扉”がこちらを覚えとる」


「やめて、その言い方」


 部屋の隅では、朔夜さくやが新しい札を机いっぱいに並べていた。顔色はよくない。いつもみたいに気だるげな余裕で座っているくせに、指先だけが休みなく動いている。


 一本通しただけだ。

 強く引くな。まだ細い。


 白い通路で聞いた言葉が、遅れて耳の奥で鳴った。


「影森」


 朔夜が顔を上げずに言う。


「眠るな」


「言い方」


「今寝ると、向こうの夢を見る」


「もっと言い方なんとかならない?」


「事実だ」


 そこで、ずっと壁際に立っていためいが、白い指先で窓ガラスへ触れた。


「……来ますよ」


 ぞく、と背中が粟立つ。


「来るって、何が」


 答えは、すぐ目の前に出た。


 消してあったモニターの黒い画面、その奥に。

 半開きの白い扉が映っていた。


 反射じゃない。事務所のどこにも、あんな扉はない。なのに画面の向こうでだけ、昨日の最後に見たあの扉が、音もなくこちらを覗いている。


「うわ」


 喉が勝手に鳴った。


 次の瞬間、胸の奥の線がじりっと熱を上げる。


「っ、あ」


「逆探知です」


 冥の声は冷たい。


「夜見朔夜。あなたが通した帰還線リターンラインを、向こう側が辿っています」


 朔夜の手が止まった。


「……仕事が早いな」


「一本でも通せば、向こうから見れば“帰路バックドア”です。しかも今回は、対象が影森さんです」


「それ、最悪ってこと?」


「かなり」


 真琴さんが端末を引き寄せる。画面いっぱいに、意味不明なログが流れ始めていた。


 接続待機。

 帰還保留。

 媒介導線。

 鎮静優先。


「ちょ、待って。なんで事務所の端末にそれ出るの」


「向こう側の表示が、こっちへ滲んでます」


「なにそれ。最悪じゃん!」


「そう言ってます」


 ぬいが毛を逆立てた。


「閉じろ、朔夜! 早う!」


 朔夜は札を二枚、指の間へ挟む。


”逆探封鎖”(バックトレース)...!」


 低い声と同時に、札が白く燃えた。

 モニターの扉がぶれる。けれど、消えない。むしろ、さっきより輪郭だけがはっきりしていく。


 白い糸が、画面の向こうから這い出てきた。


 一本。二本。三本。

 細いのに、やけに迷いがない。机の脚を回り、床を舐め、まっすぐ私の足首へ向かってくる。


「いや、なんでこっち来るの!?」


「帰還線の終点エンドポイントがおぬしだからじゃ!」


「終わってるやん!」


 朔夜が舌打ちした。


「影森、立つな」


「今の私に器用なこと要求しないで!」


 立とうとして、ふらつく。

 床の感覚が、一瞬だけ抜けた。現世の事務所にいるのに、半分だけ白い通路の上へ立ってるみたいな、最悪の浮遊感。


 冥が一歩前へ出る。


”媒体遮断”(メディア・ブレイク)


 窓ガラスに白い亀裂のような模様が走り、扉の像が少し歪む。だが、それでも遅い。糸はもう私の足首へ触れていた。


 冷たい、ではない。

 温度がない。

 あの場所の空気そのものが、こっちへ細く伸びてきている。


「影森!」


 朔夜の声が、今度はほんとうに近かった。


 けれど次の瞬間、視界が反転する。


 事務所の天井。

 モニターの黒。

 真琴さんの端末の光。

 ぬいの金色の目。

 朔夜の黒い服。


 それら全部が白く剥がれて、私は線の内側へ落ちた。


*****


 ――そこは白い。とにかく、白かった。


 ただし今度は、さっきまで事務所にいた感覚がまだ皮膚に残っている。毛布の繊維。ソファの沈み。安いコーヒーの匂い。そういう“しょうもないこっち側”を引きずったまま、私はまたあの白い通路へ立たされていた。


「……最悪」


 息を吐くと、声だけが遠く転がった。


「また、来ちゃったね」


 前から、静かな声がする。


 玻璃はりは昨日と同じ白い扉の前に立っていた。けれど昨日より疲れて見えたし、私を見た瞬間の顔も、あきらめたみたいにやわらかかった。


「来たくて来たんじゃない」


「うん。分かるよ」


「分かるなら止めて」


「止めてる」


「全然足りてないって」


 私が返すと、玻璃は少しだけ笑った。笑ったというより、困って目元がやわらいだ、くらいの小ささだった。


帰還線あなたのうち、見つかっちゃったんだ」


 頭上の表示板が一斉に灯る。


 接続待機。

 帰還保留。

 媒介導線。

 個体照合開始。


 最後の一行だけ、昨日はなかった。


「……何、それ」


 玻璃は答えなかった。

 代わりに、白い扉の向こうで、チャイムみたいな冷たい音が鳴る。


 処理開始。

 そんな言葉が、音のないはずの場所で勝手に浮かんだ。


玻璃はり


 私は喉を鳴らす。


「昨日の続きじゃないよね、これ」


「続きだよ」


「嫌な意味で?」


「うん。嫌な意味で」


 白い糸が、今度は扉の向こうからではなく、通路そのものの隙間から滲み出る。昨日みたいに“席”へ押し込むための圧じゃない。もっと広い。もっと深い。最初からこの層全体が、誰か一人を選ぶために組まれているみたいな静かな手つきだった。


「……ここ、迷ったものを呑むだけじゃないんだね」


「うん」


「最初から、置く場所なんだ」


 玻璃は、白い床へ目を落とした。


「壊れないように、整えてある」


「誰が」


 その問いへ返ってきたのは、玻璃の声じゃなかった。


()です」


 空気そのものが喋ったみたいな、均一で、感情のない声だった。


 正面の空間がゆっくりと歪む。

 待合椅子みたいな白いものが一脚、また一脚と押し出され、輪になり、塔になり、最後には人の形に近い何かを作っていく。


 顔はない。

 でも、顔があるはずの位置だけが、白く明るい。


()()()()


 名前を呼ばれた瞬間、胸の奥の線が焼けた。


「帰還反復個体。照合を完了しました」


「完了してないけど!?」


「記憶の同意は不要です」


 私の周囲に、白い表示が浮かぶ。


 接触深度。

 帰還率。

 残留安定。

 媒介適性。

 損耗許容。


 人の評価じゃない。

 部品の査定だ。


「お前が」


 喉がひりつく。


「花嫁とか接続材とか、そういうの作ってる側?」


「作る、は不正確です」


 白い存在は淡々と訂正した。


「この層は飢えにより崩壊します。未帰還、未接続、未記録が蓄積すると、人間側の損耗も増える。維持のため、壊れにくい接続材が必要です」


 意味は分かる。

 でも、分かりたくなかった。


 これは、悪意で笑いながら食う怪物じゃない。

 壊れないために一人を部品へ変える、そのほうが効率的だから選ぶだけの理屈だ。


「……ふざけんな」


「先行個体・玻璃」


 白い存在が告げる。


「接続途中で定着失敗。

 ただし残留安定値が高いため、導線案内へ再配置」


 胸が詰まった。


 玻璃は否定しない。

 それが、いちばんきつい。


「やめて」


 私が言うと、玻璃は小さく首を振った。


「いいの。わたし、もう半分そういうものだから」


「よくない」


「ゆら」


「それ、もう言うなって」


 声が震える。怖いし、痛いし、今すぐ逃げたい。でも、ここで玻璃まで“足りるほう”へ行くのだけは、絶対に許したくなかった。


「先とか後とか関係ない。案内だけして消えるみたいな顔すんな。あんたが勝手に静かになって終わるの、こっちはぜんぜん納得してないから」


 白い通路が、しんと静まる。


「影森ゆらは、先行個体より高効率です」


 白い存在が続けた。


「反復帰還における損耗が少ない。

 人間側との執着も十分。

 接続後の安定維持が見込める」


「人を家電みたいに言うな!!」


 叫んだ瞬間、胸の奥の線が強く光る。


 白の中へ、ひび割れみたいな黒い線が一本走った。

 向こう側からじゃない。こちら側から、無理やり繋ぎ返してくる出力。


「……夜見」


 冥の声が、少し遅れて響く。


「これ以上は焼き切れます」


「黙って見てろ」


 次に届いたのは、朔夜の声だった。擦れているのに、昨日より迷いがない。


「そいつは渡さない」


 白い存在が、わずかにそちらを向く気配を見せる。


「管理外個体・夜見朔夜。お前は対象を複数回往復させ、成熟を促進した」


 喉の奥が熱くなる。


 そうだ。

 こいつが責めてるのは、私だけじゃない。朔夜だ。


 送り込んだ。戻した。利用した。守ると言いながら、結果として近づけ続けた。

 昨日、自分で認めた罪が、今度は上位側の理屈で突きつけられている。


「それでも」


 朔夜の声が、はっきり通る。


「もう違う。俺は連れていかない。そいつは、()()


「非効率です」


「知ったことか」


「夜見。感情で大局を見誤ってはいけません」


 冥の声は冷たい。


「あなたまで引かれたら、私が先に閉じますよ?」


「……好きにしろ」


「好きにはしません。規定通りやります」


 こんな時でも冥は冥だ。

 でも、その冷たさがかろうじて現実を残してくれる。


 私は息を吸う。


「私、来たの、ただ順番守りに来たんじゃないから」


 玻璃がこっちを見る。


「壊しに来たの。そういう“足りるほう”に勝手に置いて静かにする理屈ごと!」


 右手の先が震える。怖い。ほんとは泣きそうだ。でも、ここで黙ったら本当に部品の査定表だけが残る気がした。


「るなも、幽々も、ぬいも、なゆさんの貸しも、朔夜の答えも、まだこっちで終わってない。だから勝手に処理落ちみたいに片づけんな」


 白い存在が、ほんの少しだけ近づく。


「理解不能」


「そりゃどうも」


「最適化拒否の理由として、非合理です」


「人間そういうの、めっちゃやるから」


 その瞬間だった。


 白い床の奥、巨大な余白みたいな場所で、黒い文字が一行ぶんだけ落ちかけて――止まる。


 未記帳。


 白い存在の輪郭が、初めてわずかに揺れた。


 なゆの最後の貸し。

 まだ切れていない。

 でも、止まったんじゃない。遅れてるだけだ。


「外部遅延を確認」


 白い存在の声が、少しだけ深くなる。


「ならば先に接続を開始します」


 床が、口を開いた。


 手首の線が一気に引き絞られる。

 玻璃が私の手を掴む。

 どこか遠くで、朔夜が私の名前を呼んだ。冥が何かを閉じる音もする。


 それでも深い。


「影森ゆら。適性個体。接続処理を開始します」


 次の瞬間、私はさらに下へ落ちた。


挿絵(By みてみん)

ここまで読んでくださってありがとうございます。

97話は、96話で通した”帰還接続”(リターン・リンク)が、救助の線であると同時に、向こう側から見れば“帰路”にもなってしまった、という形で接続させました。

悪意の怪物というより、()()()()ための最適化として人を削る“上位設計者”の気持ち悪さを前へ出した回です。


### 今回の登場人物


**影森かげもりゆら**

戻った直後の薄い状態で、逆探知された帰還線ごと再度引かれた主人公。怖がりのまま、理屈の頂点に喧嘩を売った。


**夜見朔夜よみさくや**

自分が通した救助の線を逆に利用されながらも、それでも戻す側に立ち続ける男。


**玻璃はり**

“先だった側”であり、“案内へ再配置された側”の輪郭がかなりはっきりした回。


**白縫冥しらぬい めい**

感情ではなく構造と規定で動く監視者。今回は事務所側からの防壁役も担っている。


**上位設計者**

向こう側の飢えを鎮める構造そのものを設計した存在。悪意よりも最適化の理屈で人を削るタイプの怖さ。


### 帳面


**金の借金**

元ある借金+帰還線維持費+逆探遮断コスト。たぶんまた増えてます。そんなこと言ってる状況じゃありませんけど。


**死の帳尻**

正式記帳、()()保留。

ただし保留は猶予であって、免除ではない。


**なゆの状況**

不在。直接関与なし。

それでも最後の貸しだけが、まだ細く効いている。


**白い帳面/上位構造の変化**

影森ゆら、候補個体として本格照合開始。

帰還線は、救助の線であると同時に侵入経路にもなりうると判明。


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