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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

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配信96回目 こちら側へ連れ戻す者

 呼ばれたからじゃない。

 自分で行くと決めた、その次。

 今回は、連れていく側じゃなく、連れ戻す側の話です。

 向こう側へ踏み込んだ瞬間、白さが肺の奥まで入ってくる気がした。


 冬の寒さのように、冷たいわけじゃない。むしろ温度はない。

 ただ、空気の全部が「ここは最初からこういう場所です」と黙っているみたいで、私はその静けさがたまらなく嫌だった。


 床も壁も白い。

 扉も白い。

 案内板だけが、病院の表示みたいに感情のない文字を浮かべている。


 接続待機。

 帰還保留。

 鎮静優先。


「……その表記、ほんとに趣味が悪いわ」


 独り言のはずなのに、声がやけに遠くまで響いた。


 ぬいが肩の上で小さく唸る。


「今日は昨日より濃いのう」


「昨日も十分最悪だったけど」


「今日は“席”じゃない。“座らせる側”が近い」


「言い方がずっと嫌なカンジなんだよ」


 でも、分かってしまう。

 この場所は、迷い込んだものを呑むだけじゃない。最初から誰かを置くために、形が整えられている。


 その通路の先に、玻璃はりはいた。


 白い扉の前。

 昨日と同じように静かで、でも昨日より少しだけ、こっちを見る目が疲れている。


「来たんだ」


「来たよ。自分の意志で」


「……そう」


 玻璃はそこで少し目を伏せた。


「それ、いちばん来てほしくないやつだよ」


「じゃあ、昨日ちゃんと止めといてよ」


「止めたよ」


「足りてないって」


 私が言うと、玻璃は困ったように小さく笑った。

 こういう時だけ、この子は年相応に見える。静かで、綺麗で、諦めが先に馴染んでしまっただけの子に。


「まだ戻れるのに」


「だから来たんだよ」


「戻れるなら、見なくていいものもある」


「見ないまま終わるほうが嫌なの」


 答えた瞬間、通路の奥で何かが鳴った。

 チャイムみたいな、処理開始の合図みたいな、冷たい音。


 白い糸が扉の隙間から溢れてくる。細く、何本も。床を這って、私の足首へ伸びてくる。

 ぞっとして一歩下がろうとした、その瞬間だった。


 糸が途中で止まった。


 誰かが、切ったみたいに。


「……来るなって言ったのに」


 思わず漏れた私の声へ、低い声が返る。


「お前が先に行ったからだ」


 振り向かなくても分かった。

 朔夜さくやだ。


 この白い場所に、あいつの黒い服はやけに馴染まない。

 だからこそはっきり見える。いつもの気だるい怪異相談屋じゃない。もっと腹を決めた顔で、こちらを見ていた。


 その斜め後ろには、めいもいる。

 長い影みたいに綺麗で、冷たくて、でも一歩だけ引いた位置で朔夜ごと監視している。


夜見朔夜よみさくや


 冥の声が、白い通路を細く裂く。


「ここから先は逸脱行為ですよ。必要なら、あなたごと止めます」


「《《知ってる》》」


「今のあなたは、前より危うい。利用するためではなく、戻すために先へ踏み込もうとしている」


「それも知ってる」


 朔夜は冥を見ない。

 視線はまっすぐ私へ向いている。


「影森、戻るぞ」


「まだ大事なことを聞けてない」


「聞かなくていいものもある」


「お前が勝手に決めるな!」


 言い返した瞬間、白い糸が一斉にこちらへ走った。

 扉の向こうで何かが脈打つ。通路そのものが、私を“席”に押し込もうとするみたいに細く締まり始めた。


 玻璃が、私の前へ半歩出る。


「待って」


「だめ」


 私は即答した。


「それ、昨日も言われた」


「昨日より本気で言ってる」


「私も昨日より本気で来た」


 玻璃の肩越しに、朔夜がひどく短く息を吐いた。


「……俺がやった」


 その一言だけで、通路の空気が変わる。


 私は顔を上げる。


「何を」


「送り込んだ。使った。戻せると思って、お前を何度も向こう側へ近づけた」


 冥は何も言わない。

 玻璃も、ただ静かに聞いている。


 朔夜は続けた。


「助けたいのも本当だった。だが、それだけじゃない。お前なら確実に戻れると信じた。お前なら核まで見えると思った。そうやって都合よく使った」


 胸の奥がじくりと痛む。

 知っていたことだ。もう、とっくに。

 でも今ここで、こいつが自分からそれを言うのは、少しだけ意味が違った。


「……最低」


「知ってる」


「今さらだなー」


 叫ぶより先に、声が静かになる。

 怒りが消えたわけじゃない。ただ、それより先に見たいものがあった。


 朔夜が一歩近づく。


「それでも、今日は違う」


「何が」


「今日は、お前を向こうへ置くために来たわけじゃない」


 白い糸が、今度は玻璃ごと私へ絡みつこうとした。


 その瞬間、朔夜の指先で札がひとつだけ光った。

 派手じゃない。眩しくもない。細い白い線が、暗い部屋へ針を通すみたいにすっと伸びる。


「……”帰還接続”(リターン・リンク)...」


 低い声と一緒に、その線が私の胸元へ刺さった。


 痛みはない。

 その代わり、現世の匂いがした。


 事務所の安いコーヒー。配信機材の熱。るなと約束したクレープの甘ったるさ。幽々のシャーペンのプラスチック。そういう、しょうもないこっち側の手触りが、一気に肺から全身へと駆け巡るように入ってくる。


「……っ」


 思わず息を呑む。


「一本だけだ」


 朔夜の額に、じわりと汗が浮いていた。


「強く引くな。まだ《《細い》》」


「説明が雑!いつものことだけど」


「今はそれでいい」


 白い糸と、朔夜の通した細い線が空中でぶつかる。

 向こう側へ押し込む力と、こちら側へ戻す力。その綱引きの真ん中に、自分がいるのが分かった。


 でも完全じゃない。


 足元の感覚はまだ薄い。

 玻璃の輪郭も半分は向こうへ残っている。

 戻れる。けど、まだ全部じゃない。


 冥がそこで初めて、小さく息を吐いた。


「……不完全ですね」


「最初から完全にする気はない」


 朔夜が返す。


「今日は、戻る線を通すだけだ」


 その言い方で、ようやく分かった。

 これは告白じゃない。赦しを乞う回でもない。立場の選び直しだ。


 使う側から、戻す側へ。

 自分の罪を持ったまま、そっちへ立ち直るための一歩。


 私は胸の奥の細い線を見失わないようにしながら、玻璃を見る。


「……まだ終わってないから」


「うん」


「次は、ちゃんとするから」


 玻璃が少しだけ笑った。昨日より少し、人間っぽい笑い方だった。


「それなら、今は帰って」


 通路が大きく軋む。

 朔夜の通した線が、今にも切れそうに震える。


 私は反射的に、その見えない線へ手を伸ばした。掴めるわけじゃない。ただ、見失わないために。


 帰る。

 今は、それでいい。


 足元が抜ける。

 白が剥がれる。

 最後に見えたのは、玻璃の向こうで半開きの扉が、少しだけこちらを覗いていたことだった。


 次に目を開けた時、喉が焼けるみたいに痛かった。


「……げほっ」


 固い床。見慣れた事務所の天井。散らばった札の燃えかす。

 戻ってきた。完全じゃないにしても、ちゃんと。


「戻ったか」


 朔夜の声が落ちる。

 その顔は、いつも通り嫌なほど整っていて、でも今日は少しだけ、ほんとうに疲れていた。


 私は咳き込みながら起き上がる。


「今回も――高そう.....」


「もちろん《《高い》》」


「お前、そういうとこだぞ」


「知ってる」 朔夜の眉と、口角が少しだけ上がる。


 ぬいが棚の上から偉そうに鼻を鳴らす。


「一本通しただけでその顔か。先は長いのう」


「うるさい。お前は昨日死にかけただろ」


「わしにその言い方をするな」


 真琴まことさんが端末から顔を上げる。


「……一応、帰還判定です。ただし薄いです。今の影森さん、かなり“戻った直後”の状態なので、今夜は絶対に一人にしないでください」


「本人の意思は」


「聞いてません」


「なんで」


「聞かなくても分かるので」


 最悪だ。

 でも、否定する元気はなかった。


 胸の奥に、まだ細い線の感触が残っている。

 切れていない。かろうじて、こっちに繋がっている。


 それだけで、今日は十分だった。


挿絵(By みてみん)


 ゆら「九十六回目。ここまで来ると、次の数字だけがやけに重い。」


――――


 配信96回目でした。

 今回は、朔夜さくやが「連れていく/使う側」ではなく、「連れ戻す側」へ立ち位置を選び直す前編です。告白ではなく、立場の反転を見せる回として組んでいます。


 今回の主な登場人物は、影森かげもりゆら、夜見よみ朔夜さくや玻璃はり白縫しらぬいめい、ぬい、毒島ぶすじま真琴まことです。


 今回初出の ”帰還接続”(リターン・リンク) は、派手な必殺技ではなく「戻すための線を一本だけ通す」ためのとっておきの秘術です。普段送り込むだけの朔夜が、戻すほうに完全に舵を切りました。


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【今回の帳尻】

・金銭帳尻:術式行使一回、札消費、深夜対応。どう考えても赤字。

・死の帳尻:正式記帳遅延中の帰還成功。ただし帰還状態はまだ薄い。

・なゆの不在:本人は出てこないが、最後の貸しの余白がまだ効いている。


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異世界最強の節約勇者
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