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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

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配信95回目 行く理由と戻る理由

 今回は、私がちゃんと自分で決めるとき。

 呼ばれたからじゃない。押されたからでもない。

 戻る理由を持ったまま、あちら側へ行く話。

 今回は、私がちゃんと自分で決めるとき。

 呼ばれたからじゃない。押されたからでもない。

 戻る理由を持ったまま、あちら側へ行く話。


――――


 昼休みの教室は、信じられないくらいうるさかった。


 パンの袋を開ける音。机を引きずる音。廊下から聞こえてくる笑い声。誰かがスマホで見せている短い動画に、別の誰かが「それ昨日のじゃん」と突っ込んでいる。


 いつも通りの、どうでもよくて、だからこそ壊れたら嫌な音ばかりだ。


「ゆらちゃん、これ半分あげるぅ〜」


 るなが、クリームパンをちぎってこっちへ差し出してくる。

 私は反射的に受け取った。


「……ありがと」


「今日、素直だね」


 透羽とわがすかさず笑う。


「いつもなら『いきなり糖質で懐柔するな』とか言いそうなのに」


「お前の私への理解、嫌な方向に深いわ」


「深いよぉ〜?」


 るながえへへ、と笑う。

 その隣で、幽々《ゆゆ》は牛乳パックのストローを指でくるくると、もてあそびながら、じっと私を見ていた。


「ゆら。今日、もう決めてる顔してる」


 心臓がひとつ、変な打ち方をした。


「……何を」


「行くかどうか」


 教室の音が、そこだけ少し遠くなる。


 透羽が、冗談っぽい顔のまま言った。


「やっぱり? 私も思った。影森、今日ずっと“帰る前にどっか行く人”の顔してる」


「顔で分かるもんなの、それ」


「分かる時は分かるよ」


 透羽は軽い口調のままだったけれど、その目だけは少し真面目だった。


 私はパンを半分だけかじって、飲み込むまで少し時間がかかった。


「……まだ決めてない」


「嘘」


 幽々が即答する。


「決めてない人は、そんな言い方しない」


 るなが心配そうに、でもやわらかく私の袖を引いた。


「ゆらちゃん、どっかいくのぉ……?」


「放課後ちょっと」


「“ちょっと”で済む感じじゃないよぉ〜」


「そうだね」


 そこを否定できなかった。


 透羽が頬杖をつく。


「でも、行くならさ。呼ばれたから行くのと、自分で行くの、ぜんぜん違うよ」


 私は顔を上げた。


「……何が違うの」


「向こうに理由を握られるか、こっちに残すか」


 言い終わってから、透羽は「あー」と小さく息を吐く。


「ごめん。今の、ちょっと分かる人の言い方だった」


「いや、もう今さらだろ」


 私は苦笑して返した。


「お前が普通の転校生じゃないの、とっくに知ってるし」


「ひど」


「ひどくない」


 幽々が静かに口を挟む。


「でも、透羽の言うことはたぶん合ってる。呼ばれて行くと、向こうの理屈になる。自分で行くなら、まだ帰り道を持てる」


 その一言で、昨日の玻璃はりの顔が浮かぶ。


 ――あなたはまだ、向こうで名前を固定されてない。

 ――だから戻れる。


 戻る。

 その言葉が、今日は昨日より重い。


―――――


 放課後、私はすぐに教室を出なかった。


 るなが鞄を抱えたまま、私の机の横に立っている。透羽は窓際に寄りかかって、幽々はいつもより少し近い位置にいた。


 たぶん三人とも、私が先に何か言うのを待っている。


「……今日さ」


 先に口を開いたのは、私だった。


「たぶん、行くよ。」


 るなの目が丸くなる。


「やっぱりぃ……」


「うん」


「こわいやつぅ?」


「うん」


「しぬやつぅ?」


「……たぶん、《《そういう寄り》》」


 るなの眉が、きゅっと下がった。

 それを見た瞬間、胸の奥が少し痛くなる。


 透羽がそこで笑わなかったのが、逆にありがたかった。


「戻る気はある?」


「ある」


「じゃあ、みんなに、『言っといたほうがいい』よ」


「何を」


「”戻る”って」


 透羽は、視線を窓の外へ流したまま言う。


「向こうってさ。行く人の“行く理由”はすぐ太るけど、“戻る理由”は放っとくと痩せるから」


「その言い方、ほんと嫌なんだけど、妙に分かりやすいな……」


「でしょ」


 幽々が私を見る。


「誰か一人に向けてじゃなくていい。戻る理由、ちゃんと自分で数えといたほうがいいよ」


 るなが、そこで小さく手を挙げた。


「るな、ひとつ」


「……何」


「帰ってきたら、駅前のクレープいこぉ〜?」


 あまりにも、るならしい。

 拍子抜けするくらい、普通の約束だった。


「いま?」


「いま言っとかないとぉ、あとで『そういうの先に言え』って、ゆらちゃん絶対言うもん」


 思わず笑ってしまった。

 笑った瞬間、自分でも分かるくらい、少しだけ肩の力が抜けた。


「……行く。帰ってきたら」


「約束ぅ〜」


 るなが小指を出してくる。

 私は呆れながら、それでもちゃんと小指を絡めた。


 幽々は、机の上に置いていたシャーペンを一本だけ私へ差し出した。


「それ、昨日貸したやつじゃない?」


「うん。返してもらってないから、今返す」


「持ち主、お前じゃん」


「そういう意味じゃなくて」


 幽々は少しだけ目を細めた。


「こっちの手触り、忘れないように持ってって」


 プラスチックの安っぽい軸が、指に馴染む。

 学校でしか使わない、どうでもいい筆記具。

 でも、それがやけに効いた。


 透羽は最後に、私の肩を軽く叩いた。


「影森」


「ん?」


「向こうで誰かの代わりやろうとしたら、まじで怒るから」


「……何それ」


「私、その手の戻り方あんま好きじゃない」


 透羽のその言い方には、冗談じゃない重さがあった。


 私は少しだけ目を伏せて、それから頷く。


「分かった」


 るなが最後に言う。


「ゆらちゃん」


「なに」


「ちゃんと、帰ってきてねぇ」


 その一言が、いちばんまっすぐだった。


―――――


 事務所へ戻ると、朔夜さくやはすでに気づいていた。


 ドアを開けた瞬間、顔を上げもしないまま言う。


「行く気か」


「話早いな」


「今日はお前の足音が軽いからな。何かを決めた時の音だ」


「足音で分かるの気持ち悪いんだけどマジで」


「こっちの台詞だ」


 私は鞄を机の横へ置いた。

 ぬいが窓枠から片目だけ開ける。真琴まことさんは端末を閉じる寸前の姿勢で止まっていた。部屋の空気そのものが、もう答え合わせみたいだった。


「止める?」


「止める。」


 朔夜はそこで初めて視線を上げた。


「《《行くな》》」


 即答だった。

 命令口調で、でも前みたいな“使う側”の冷たさではない。そこが、逆に腹立たしい。


「それをお前に言われる筋合い、この期に及んでまだある?」


「ないかもしれん。だが止める」


「じゃあ私は行く」


「影森」


「呼ばれたからじゃない」


 自分でも驚くくらい、声は揺れなかった。


玻璃はりを置いていけない。なゆさんの最後の貸しを、何もしないまま潰したくない。お前に勝手に答え持たれたまま終わるのも嫌だし、るなも幽々も透羽も、こっちに戻ってくる理由は、もう、《《置いてある》》」


 ひとつ息を吸う。


「だから行く。私自身で決めて」


 部屋が静かになった。


 ぬいが、そこでぽつりと言う。


「ふぅ。だいぶ、面倒見よくて損するタイプじゃの」


「今さらそれ言う?」


「もう、今しかないじゃろ」


 真琴さんが小さく息を吐いた。


「……戻る理由、言語化できてるなら、前よりはマシですね」


「褒めてる?」


「状況としては最悪ですが」


 朔夜だけが、何も言わなかった。


 やがて、低い声で聞く。


「行き先は?」


「まだ細く繋がるところ。昨日と同じ手じゃない。なゆさんの貸し、たぶん一度だけ“遅らせる”ためのものだから」


 私は制服の内ポケットから、白い紙片を出した。


 紙というより、空白の切れ端みたいなもの。文字はない。罫線もない。ただ、持つと指先の温度だけが少し遅れる。


 最後の貸し。

 正式な記録へ落ちる前、一度だけ記帳を遅らせられる余白。


 朔夜の目が、それを見てわずかに細くなる。


「それを今使うのか」


「今しかない」


「帰路は細いぞ」


「知ってる」


「向こうが歓迎してくる」


「知ってる」


「お前一人で行って、全部解けると思うな」


 そこだけ、少し苛立ちが混ざっていた。


 私は口元だけで笑う。


「別に解きに行くんじゃない」


「何しに行く」


「見に行く。聞きに行く。帰る理由を持ったまま、あっち側へ立つ」


 朔夜はしばらく黙って、それからひどく不機嫌そうに言った。


「勝手にしろ」


「するよ」


「ただし」


 そこで一拍置く。


「戻る線を、自分から切るな」


 私はすぐには返事をしなかった。


 それは命令みたいで、でも少し違った。

 利用のための指示じゃない。たぶん、あいつなりにぎりぎり残した“こっち側”の言葉。


「……善処します」


「歯切れが悪いな」


「何も教えない、お前に言われたくない」


 ぬいが窓枠から飛び降りる。


「わしも行くぞ」


「だめ」


「なんでじゃ」


「お前、昨日ギリギリだっただろ」


「昨日ギリギリだったから、今日もギリギリでついていくんじゃろうが」


「全然頼りにならんな毛玉」


「知っとる、だがいないよりマシじゃろ?」


 ぬいはもう私の肩へ登ってきていた。

 追い払う気にもなれない。小さくて、ずるくて、でも昨日こいつも自分で選んだのを知ってしまったから。


―――――


 事務所の裏階段は、夜になると少しだけ古く見える。


 錆びた手すり。蛍光灯のちらつき。二階と三階のあいだにだけ、妙に風の抜けない踊り場がある。

 前に一度、ここで“階段が一段多い日”があった。薄い場所だ。たぶん今夜も。


 私は白い紙片を胸元へ押し当てた。


 ひやり、ともしない。

 ただ、自分の輪郭だけが少し曖昧になる。


「影森」


 背後で、朔夜が呼ぶ。


 私は振り返らなかった。


「なに」


「今ここで引き返すなら、まだ間に合う」


「そうだね」


「……それでも行くのか」


 その問いは、確認だった。命令じゃない。

 だから私は、ちゃんと自分の声で答えた。


「行く」


 白い紙片が、指先でふっと軽くなる。

 踊り場の壁が、水みたいに薄く揺れた。向こう側が近い。


「呼ばれたからじゃないからね」


 誰に向けて言ったのか、自分でも少し分からなかった。

 玻璃か。なゆか。朔夜か。

 あるいは、自分自身へか。


「帰る理由、置いてきたから」


 るなのクレープ。

 幽々のシャーペン。

 透羽の釘みたいな忠告。

 母の短いレイン。

 ぬいの重さ。

 まだ聞けてない答え。

 まだ壊したくない普通。


 全部、こっちにある。


「自分で決めたことだから」


 朔夜に言うようで、自分に言い聞かせた。

 一歩、踏み出す。


 壁の向こうから、白い静けさが滲んでくる。

 今度は落とされるんじゃない。自分で入る。


 その境目で、私は一度だけ目を閉じた。


「じゃあ、行ってくるね!」


 学校へ通学するかのような軽い気持ちでそう言った。

 その時――誰かが何か言った気がした。

 たぶん、朔夜だった。

 でもその言葉を拾う前に、世界の手触りが反転した。


 白い向こう側が、音もなく開く。


 私は自分で、その奥へ足を踏み入れた。


挿絵(By みてみん)


 配信95回目でした。

 今回は、ゆらが「呼ばれる側」から「自分で行く側」へ踏み替える回です。派手な戦闘や大きな怪異処理ではなく、理由を言葉にすることで終盤へ入る位置の話として組んでいます。

 今回の主な人物は、影森かげもりゆら、夜宵やよいるな、白澤幽々、夏目なつめ透羽とわ夜見よみ朔夜さくや、ぬい、毒島ぶすじま真琴まことです。


 95話では、るな・幽々・透羽の三人を、それぞれ別の「こちら側」として置いています。

 るなは“戻ったあとに食べるもの”という日常、幽々は“こっちの手触りを忘れないためのもの”、透羽は“向こうへ理由を握られないための釘”です。

 朔夜とはまだ和解していません。ただ、それでも「戻る線を切るな」という言葉だけは重たいです。


【帳面】


・金の借金:継続。今夜の深夜対応と結界待機で、ろくでもない明細が増える未来しかない。

・死の帳尻:正式記帳遅延の白い余白を使用開始。処理保留状態で向こう側へ侵入。

・なゆの状況:前任記帳官としての直接関与なし。ただし最後の貸しだけが、今なお効力を残している。

・白い帳面/構造側の変化:ゆらは“召喚される側”ではなく、“戻る理由を持ったまま自分で入る側”へ移行。最終局面の条件が一段進行。


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