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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

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配信92回目 向こう側を設計したもの

 前任記帳官《鬼灯なゆ》は、もうこの案件に関与していない。

 そう言われただけなのに、街の温度まで一段下がった気がした。

 今回は、壊れた怪談の奥にある“正しい構造”の話です。

 昼休みの教室は、今日もとてもうるさかった。


 パンの袋を開ける音。椅子を引く音。るなが「ねぇそれ一口ちょうだぁい」と他人の弁当へ自然に手を伸ばして、透羽が「るな、もうそれ才能だって」と笑い、幽々が静かに牛乳のストローを刺す。


 たったそれだけの、普通の光景。


 なのに私は、そこへちゃんと乗れなかった。


「ゆら、今日ほんとに顔しんどいじゃん」


 透羽が机へ頬杖をついたまま、いつもの軽い調子で言う。


「――また、寝れてない?」


「寝た。寝たけど、起きてる感じしないだけ」


「それ寝れてないやつだよぉ〜笑」


 るなが心配そうに眉を下げる。


 私は曖昧に笑ってごまかした。説明しようがない。

 昨日から、何を見ても、何を聞いても、頭のどこかであの無機質な文言が反復している。


 ――前任記帳官は、現在この案件に関与していません。


 助けてくれる誰かがいなくなった、じゃない。

 書類がシュレッダーにかけられるかのように、綺麗に外された。

 それがいちばん嫌だった。


 ふいに、幽々が窓の外を見たまま言う。


「……今日、帰り道ひとりにしないほうがいいかも」


「え、なんで」


「理由はまだない。でも、そういう日の空気がする」


 透羽が冗談めかして肩をすくめた。


「わかる。その感じ。案内板とか、変な日に増えるし」


 私は反射的に顔を上げた。


「増えるって、何が」


「いや、今のは言い方。気にしないで」


 透羽は笑って流したけれど、その笑い方が半拍だけ遅れた気がした。


 嫌な予感が、じわじわと広がる。


挿絵(By みてみん)


―――――


 放課後。

 るなと透羽に引き止められたけれど、私は今日はひとりで帰ると言い張った。


 誰かと一緒にいる普通の帰り道が、今日は逆に怖かった。

 壊れたら困るものほど、近くへ置きたくない。


 高架下を抜け、地下街へ降りる。白すぎる照明が、磨かれた床を平たく照らしていた。人通りはあるのに、音がやけに遠い。広告、柱、案内板。全部がきっちり揃いすぎていて、むしろ息苦しい。


 その時だった。


 案内板のひとつに、見覚えのない文字が浮いた。


 接続待機。


「……は?」


 立ち止まる。

 次の柱には、こうあった。


 帰還保留。

 飢餓沈静。

 媒介導線。


 心臓が嫌な跳ね方をした。


「なに、これ……」


 周りの人たちは誰も見上げていない。スマホを見ているサラリーマンも、買い物袋を提げた女の人も、そこに何もないみたいに通り過ぎる。


 私だけが()()()()()


 そう考えた瞬間。足元が、ふっと抜けた。


 叫ぶより先に、視界の色が落ちる。地下街の白が剥がれて、その奥からもっと薄い、病院みたいな一面の白が出てきた。


 気づけば、私は長い廊下の真ん中に立っていた。


 壁は白。床も白。天井の光まで均一で、影だけが不自然に薄い。怖いのに、荒れていない。壊れていない。きちんと造られている。


 廊下の左右には、番号の振られた扉が並んでいた。


 一一二。接続待機。

 一一三。帰還不可。

 一一四。鎮静処理中。


「……やだ」


 喉がひりつく。

 怪異の巣なら、まだよかった。ぐちゃぐちゃで、間違ってて、壊れてるほうがまだ安心できた。


 これは違う。


 正しい施設みたいだった。


()()()()


 静かな声がして、私は振り向いた。


 玻璃はりが立っていた。

 いつもの通り、騒がず、驚かず、ただ最初からそこにいたみたいな顔で。


「ここ、どこ」


「向こう側の、奥へ行く前のところ」


「嘘。こんなの聞いてない。もっと、ぐちゃぐちゃしてると思ってた」


「前は、そういう場所ばかり見てたから」


 玻璃はそう言って、私の横へ並ぶ。


「壊れたままのほうが、怖いと思う?」


「思うよ」


「わたしは、逆」


 玻璃の視線は、廊下の先へ向いていた。


「きれいに作ってあるほうが、長く使えるから」


 ぞわ、と背中が粟立つ。


「……使う?」


「うん」


「何を」


 玻璃は少しだけ黙ってから、いちばん近いガラス窓を指さした。


 覗いた先には、大きな暗がりがあった。

 海みたいに広いのに、水じゃない。空洞みたいに深いのに、底だけが脈打っている。その縁へ、白い線が何本も何本も伸びていた。糸みたいに細い線の先には、扉、席、名前の欠片みたいなもの。


「足りないと、荒れるの」


 玻璃が言う。


「向こうは、お腹が空くから。ひとつ繋ぐと、少し静かになる」


「……ひとつ、『何』を、繋ぐの」


 聞かなくても分かった。

 それでも、聞かずにいられなかった。


 玻璃は私を見なかった。見ずに遠くを見たままこういった。


「生きてる側と、待ってる側。戻りたい側と、戻れない側。あいだに立てるもの」


 接続材。


 その言葉は、誰も口にしないまま、もうそこにあった。


「花嫁って……それのこと?」


「単なる生贄じゃないよ」


 玻璃の返事は、ひどく静かだった。


「置けばいい、じゃもたないから。つないで、持たせて、鎮めるの。そういうふうに出来てる」


「出来てるって、誰が」


 今度だけ、玻璃は少し困った顔をした。


「設計したもの」


「ものって何。神様? 怪異? 人間?」


「たぶん、どれでもない」


 廊下の奥で、何かがゆっくり鳴った。チャイムみたいな、処理完了音みたいな、感情のない音。


 私は思わず一歩下がる。


「こんなの、おかしいでしょ」


「うん」


「人を部品にして、正しいわけない」


「でも」


 玻璃が初めて、まっすぐ私を見た。


「そうしないと、もっとたくさん落ちる夜があったんだと思う」


 言葉が、すぐには返せなかった。


 間違ってる。絶対に。

 なのに、理屈だけは通ってしまう。

 それがいちばん気持ち悪かった。


 蒐集商会の値札も、査定も、充分ひどかった。けれどあれは、まだ“拾う側”だったのだ。

 こっちは違う。

 最初から、落ちる人数まで計算に入れて、穴の形を決めている。


 ふと、廊下の一番奥に、真っ白な扉が見えた。

 名前の札が半分だけ書かれていて、残りが空白だった。


 私の足が、無意識にそっちへ向く。


「だめ」


 玻璃が珍しく強い声を出した。


「そこはまだ見なくていい」


「まだって何」


「まだ、間に合うから」


 その一言と同時に、白い廊下が大きく揺れた。

 現実側から誰かに肩を掴まれたみたいに、身体が急に重くなる。


 咳き込んだ。肺に冷たい空気が刺さる。


―――――


 気づけば私は、地下街のベンチに座り込んでいた。

 通行人が二、三人、変な目でこちらを見て通り過ぎていく。スマホの画面には、十五分前の時刻が出ていた。


 たった十五分。

 なのに、向こうではもっと長くいた気がする。


 震える指で、朔夜さくやの連絡先を開く。

 文面を打って、消す。


 ――向こう側、設計されてる。

 ――花嫁って、接続材なんだって。

 ――玻璃が知ってた。


 どれも送れなかった。


 あいつに聞きたいことが多すぎる。

 でも、今この瞬間に頼りたくない気持ちも、まだ消えていない。


 頭上の案内板を見上げる。

 そこには、もう普通の出口番号しかなかった。


 それでも私は知ってしまった。


 向こう側は、ただ飢えているんじゃない。

 飢えるように、静まるように、誰かを繋ぐように――最初から、そう設計されている。


 冬の街は、やけに明るかった。

 なのに帰り道のどこにも、安心して立てる場所がなかった。


挿絵(By みてみん)


 

配信92回目でした。

 今回は“怪異の奥にある構造”を前へ出す回です。壊れたものの怖さではなく、整いすぎているものの怖さへ、少しずつ寄せています。

 今回の主な人物は、影森かげもりゆら、玻璃はり、そして名前のまだつかない“設計したもの”です。


【帳面】

・金の借金:請求継続中。距離を置いても、理不尽だけは律義に残る。

・死の帳尻:正式記録へ落ち切る前の接触一回。処理未確定。

・なゆの状況:前任記帳官としての直接関与なし。案件除外継続。

・白い帳面側の変化:記録だけでなく、“接続の配置そのもの”を管理する上位構造の気配が増大。


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