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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

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配信91回目 前任記帳官は、現在この案件に関与していません

 今日は、なゆさんがいない回です。

 いないだけなのに、思っていたよりずっと冷たいです。

 優しさって、なくなってからやっと分かるものらしいです。


 吐く息が白く染まる季節――。

 次の日の昼休み、私は反射みたいに相談室の前まで来てしまっていた。


 来る意味は、たぶんない。

 昨日で終わったのだから。それを知っていたはずなのに。

 でも、足だけは前と同じ動きをしたのだ。


 私の足は、引き戸の前で止まる。

 名札が変わっていた。


 いつもの、やわらかい字で書かれた「鬼灯ほおずき」の札はない。代わりに、白いプレートが一枚だけ差し込まれている。


 **臨時記録対応**


「……うわ何これ」


 声が出た瞬間、背後から透羽とわがのぞきこんだ。


「何それ」

「見れば分かるでしょ」

「分かるけど、分かりたくないタイプのやつ」


 その言い方に、変な笑いが出そうになった。出なかったけど。


 るなも少し遅れて来る。


「なゆさん、ほんとにいないんだぁ……」

「うん」

「なんか、ちゃんといないねぇ……」

「それ、分かる」

 私は小さく答えた。

「消えたんじゃなくて、きっちり外された感じする」


 幽々《ゆゆ》はプレートを見たまま、静かに言った。


「優しかった人がいなくなる時って、一瞬だね」

「やめて。朝から刺さる」

「もう昼休みだよ」

「そこじゃない、いや昼は合ってるわ」


 軽いやり取りをしていたその時、引き戸が内側から開いた。

 出てきたのは、知らない人だった。


 白い服。白いファイル。顔はある。目も鼻も口もちゃんとある。なのに、一回見ただけでは印象が残らない。不思議なくらい“個人”の輪郭が薄い。


影森かげもりゆらさんですね」

 その人は言った。

「午後の授業終了後、記録確認があります」

「……は?」

「確認事項は《《以上》》です」


 それだけ言って、すっと引き戸が閉まる。


 透羽が真顔になった。


「怖っ」

「うん」

「今の、人っぽかった?」

「そこ言うのやめて、引きずる」


 るなが私の袖を引く。


「ゆらちゃん、行くのぉ……?」

「行かないと、たぶん後で余計ひどい」

「それ、もう職場の理屈だよね」

 透羽が言う。

「学校の昼休みに言う理屈じゃないって」


 ほんとうに、それだった。


――――

 

 午後の授業は、ほとんど頭に入らなかった。

 ――この一年、勉強に集中できた時間のほうが短い気がする。

 それでも何とか赤点を免れたのは、周りの友達のおかげだった。

 るなも、幽々も勉強は意外とできる。ノートを貸してもらったり、試験の時は出そうな問題をピックアップして私をサポートしてくれていた。持つべきものは友達だな。


 ――チャイムが鳴って、教室がほどける。

 みんな部活だの寄り道だの帰宅だの、普通の放課後へ散っていく。


 私はひとりで相談室の前に戻った。


 引き戸を開ける。


 部屋は前と同じ広さのはずなのに、少しだけ狭く見えた。


 白い机。白いファイル。白い記録票。

 お茶はない。マグカップもない。机の角にいつもあった、少しだけ生活感のあるものが何もない。


 白い人が座っている。


「着席を」

 言い方が、最初から最後まで業務だった。

「……失礼します」


 座る。

 向こうは名乗らない。こちらも聞く気が削がれる。


「対象名、影森ゆら」

 白い人がファイルを開く。

「直近接触履歴、確認済み」

「確認って」

四課よんか側の正式記録へ移行しています」

「……」

「前任記帳官による裁量猶予は、現在無効です」


 その一文だけで、喉が詰まった。


「待って」

 私は思わず言った。

「なゆさんは」

 白い人は目も上げずに答える。


「《《前任記帳官は、現在この案件に関与していません》》」

「……」

「繰り返します」

 白い紙の上を指が滑る。

「前任記帳官は、現在この案件に関与していません」


 腹が立つより先に、冷えた。


 これだ。

 なゆがいないって、こういうことだ。


 悲しそうな顔も、困った顔も、言いにくそうな沈黙もない。ただ、関与していません、だけが残る。


「確認事項を続けます」

「待って」

「発言は簡潔に」

「……はい」


 自分でも驚くくらい、素直に返事をしていた。


 相手が怖いからじゃない。

 相手の中に、こちらが怒る余白すらないのが分かるからだ。


「直近の浅層接触せんそうせっしょく一件」

「一件」

「監査後の未記録加算、差し戻し処理済み」

「差し戻し……」

「記録済み。貸しなし。猶予なし」


 その言い方があまりにも整っていて、逆に意味が頭へ刺さるまで少し時間がかかった。


 記録済み。

 貸しなし。

 猶予なし。


 なゆなら、そこで一拍止まった。

 言いづらそうにした。

 あるいは誤魔化した。

 でもこの人は、綺麗に切って、綺麗に置く。


「何か質問は」

「……ある」

「簡潔に」

「その、全部いちいち冷たいの、仕様なの?」

「業務ですので」

「仕様なんだ……」


 思わず力なく笑ってしまった。


 笑ったところで、向こうは少しも揺れない。


「確認は以上です」

「終わり?」

「はい」

「それだけ?」

「それ以上の何を希望しますか」


 私はすぐに答えられなかった。


 たしかに、それだけだ。

 こっちは対象。向こうは記録側。帳尻を合わせる。必要事項だけ伝える。終わり。


 でも、終わりすぎている。


「……前は」

 気づけば言っていた。

「もうちょっと、こう……あったんだけど」

「前任記帳官の運用は把握していません」

「把握してても、たぶん言わないよね」

「必要がありませんので」


 言い切られて、逆に少しだけ息が抜けた。


 ああ、本当に違うんだな、と思った。


 なゆさんは、業務でいるふりをしながら、最後まで業務だけにはなりきれなかった。

 この人は最初から最後まで、きっちり業務だ。


 だからこそ、今になって分かる。


 特別だったのは、私じゃない。

 特別に歪んでいたのは、あの人のほうだった。


「以上です。退室を」

「はい」


 立ち上がる。

 引き戸の前で、一度だけ振り返った。


「……ほんとに、関与してないの?」

「はい」

「前任記帳官は、現在この案件に関与していません」


 三回目。


 三回目で、ようやく諦めがついた。


---


 廊下へ出ると、夕方の空気が少しだけぬるかった。


 窓際に、透羽と幽々とるながいた。待っていたらしい。


「どうだった」

 透羽がすぐ聞く。

「最悪」

「それは知ってる。中身」

「ちゃんと最悪だった」


 私は壁にもたれて、息を吐いた。


「なゆさんは、もう来ない」

「うわ」

 透羽が顔をしかめる。

「それ、言われるとだいぶくるね」

「くる。ほんとにくる」


 るなが不安そうに見上げる。


「なゆさん、いないのぉ?」

「うん」

「もう会えないのぉ?」

「……そこまでは、まだ分かんない」


 幽々が静かに言う。


「でも、分かったでしょ」

「何が」

「なゆさん、ほんとに特別だったんだって」


 私は返事をしなかった。


 返事をしなかったけど、それがいちばん返事になっていたと思う。


 チャイムが鳴る。

 冬の入口みたいな風が、廊下の端を抜けていく。


 帳尻処理は、今日からちゃんと冷たい。

 貸しもない。猶予もない。

 それが正しい運用なんだろう。


 でも正しいからって、痛くないわけじゃない。


 優しさって、なくなってからじゃないと、だいたい気づけない。


 今日の私は、それを知るには少し遅かった。


挿絵(By みてみん)


ゆら「九十一回目。笑えない数字って、あるんだ。」


■今回の登場人物

影森(かげもり)ゆら

 臨時記録対応をまともに食らった。なゆ不在の冷たさを、ようやく実感した。


夏目(なつめ)透羽

 「怖」「仕様なんだ……」担当。外から見ても、ちゃんと冷たいものは冷たい。


白澤(しらさわ)幽々《ゆゆ》

 最後にいちばん静かに本質を言った。


夜宵(やよい)るな

 「もう会えないのぉ?」と、いちばん単純で痛いことを聞いた。


・臨時記録対応の人

 人っぽいが、業務だけが前に出てくる存在。優しくないのではなく、優しさを挟まない。


【今回の帳尻】

・金銭帳尻:直接請求なし。こういう回ほど、お金の話がないぶん別の冷たさが立つ。

・死の帳尻:記録済み。貸しなし。猶予なし。

・構造帳尻:前任記帳官は、現在この案件に関与していません。

・そして、いなくなってからようやく、なゆがどれだけ例外だったか分かった。最悪です。


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