表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/101

配信89回目 帳面の監査

 今日は、なゆさんが怒られる回です。

 しかも、ちゃんと業務の理屈で怒られます。

 それが一番、笑えません。

 次の相談室の予約表に、鬼灯ほおずきなゆの名前がなかった。


「……休み?」

 思わず口に出すと、保健室の先生が首を傾げた。


「今日は来てないよ。急に調整入ったみたいで」

「調整」

「うん。向こうの都合って言ってたけど」


 向こうの都合。


 普通の学校の会話に混ぜるには、妙に冷たい言い方だった。

 私は相談室の前に立ったまま、少しだけ嫌な汗をかいた。


 来ない。

 来るはずの人が、急に来ない。

 それだけで、この廊下はすぐに別の意味を持ち始める。


影森かげもり?」

 後ろから透羽とわの声がした。

「何してんの」

「……なゆさん、今日いないって」

「へえ。あの人休むんだ」


 透羽は軽く言ったあと、私の顔を見て少しだけ表情を変えた。


「いや、待って。影森、それ、ただの欠勤って顔してない」

「してない?」

「してない。普通にやばい想像してる顔」

「……たぶん、してる」


 授業中も落ち着かなかった。


 ノートの端へ書いた字が、自分でも分かるくらい汚い。

 るなが横から覗きこんで「今日のゆらちゃん、字までしんどそうだねぇ〜」と心配し、幽々《ゆゆ》は「連絡、来てないの?」と小さく聞いた。


 来ていない。


 それが逆に、嫌だった。


 昼休みを過ぎたころ、スマホが短く震えた。


 差出人表示はない。番号もない。白い画面に、たった一行だけ。


 **来るなら今です。ひとりで。**


 ぞっとした。


 なのに、誰から来たのかは、すぐに分かった。


「……行ってくる」

「どこに」

 透羽がすぐに聞く。

「ちょっと」

「ちょっと、の顔じゃないょ」

「大丈夫」

「その台詞、今日もう信用ないんだけど」


 るなが不安そうに袖を引いた。


「ゆらちゃん、ひとりでいくのぉ……?」

「うん」

「やだよぉ〜」

「私もやだけど」


 幽々が静かに言う。


「戻ってきて」

 その短さが、いちばん効いた。

「……うん」


 私は校舎の奥、使われていない旧相談室のほうへ向かった。


 今は倉庫扱いのはずの場所だ。

 でも今日は、引き戸が少しだけ開いていた。


 中は暗い。

 暗いのに、部屋の奥だけ白い。


 その白さを見た瞬間、息が止まりかけた。


「……なゆさん」


 部屋の中央に、白い机があった。

 その向こうに、なゆが座っている。


 ただし、いつもの相談室とは違う。


 机の上には、白い帳面が三冊。

 閉じた帳面が二冊。開いた帳面が一冊。

 そして向かい側には、もうひとり、白い手袋の人物が座っていた。


 顔は見えない。

 いや、ある。あるのに、印象だけが残らない。


 “監査官”という肩書きだけが先に分かる、そういう顔だった。


「あなたが――影森ゆらですね」

 白い人物が言った。

 声まできれいに温度がない。

「入って構いません。ただし、発言は求められた時だけ」


「……は?」

「監査中ですので」


 言い方が役所っぽすぎ。


 私は反射でなゆを見る。

 なゆは少しだけ困った顔をした。でも、帰れとも黙れとも言わなかった。


「なゆさん」

「来ると思っていました」

「来るに決まってるでしょ」


 白い監査官が帳面を一枚めくる。


「対象案件、影森ゆら」

 背筋がひやりと冷えた。

「未記録差額、複数。仮保全記録との不一致、継続。猶予の過剰使用、明白」

 淡々と、読み上げられる。

「説明を」


 なゆは静かに答えた。


「判断の余地がありました」

「毎回ですか」

「結果としては」

「結果として、ではありません。継続して、です」


 言葉が、一つずつ冷たい杭みたいに打ち込まれていく。


 私は思わず一歩前へ出た。


「待って、それ私のせいじゃん」

「影森さん」

 なゆが小さく制した。

「今は」

「今は、じゃないよ」


 白い監査官が初めて、私をまっすぐ見た。


「あなたのせい、という表現は不正確です」

「じゃあ何」

「原因の一部です」


 正確すぎて、逆に腹が立つ。


「帳面管理は記帳官の職務です」

 監査官が続ける。

「個人的感情、対象への執着、保護欲、特別扱いによって記録が歪められた場合、それは業務違反に当たります」

「……」

「今回の鬼灯なゆは、その条件を複数回満たしています」


 私は息を呑んだ。


 執着。

 保護欲。

 特別扱い。


 そういう単語になると、なゆさんから聞いた言葉が急に別の角度から刺さる。


 好きなんです。困るくらいに。


「異議はありますか」

 監査官がなゆへ問う。

「ありません」

 なゆは静かに答えた。

「記録に齟齬そごがあることも、私情が混ざったことも認めます」


「なゆさん」

 思わず声が出る。

「なんで、そこで全部認めるの」


 なゆは私を見る。


 責める目ではなかった。

 でも、庇う目でもない。

 私まで巻き込まないように、線を引く時の目だった。


「事実だからです」

「でも、それ」

「言い逃れをしても、私のやったことは、減りません」


 白い帳面が、ぱたんと一度だけ閉じる。


 その音が、やけに大きく聞こえた。


「処分案を通達します」

 監査官が言う。

「鬼灯なゆは、影森ゆら案件からの段階的除外対象となります」

「……え」


 頭が、一瞬だけ追いつかなかった。


「直ちに消去ではありません」

 監査官は事務的に続ける。

「ただし、直接接触、裁量猶予、未記録判断、単独対応の各権限を順次停止します」

「停止……」

「要するに」

 透き通るみたいな声で、監査官は言い切った。

「外されます」


 その一言が、いちばん痛かった。


 消える、のほうがまだ物語っぽい。

 いなくなる、のほうがまだ分かりやすい。


 でも“外される”は違う。

 業務の理屈で、そこにいられなくなる。

 それは死よりずっと現実的で、ずっと冷たかった。


「待ってよ」

 私はもう止められなかった。

「それ、私がいたからでしょ」

「因果関係はあります」

「じゃあ、なゆさんだけ切るのおかしいでしょ!」

「おかしくありません。管理責任の所在が明確ですので」


「影森さん」

 なゆがまた、静かに呼ぶ。

「いいんです」

「よくない!」

「よくはありません」

 なゆは少しだけ笑った。

「でも、順番としては妥当です」


 そんな顔で言うな、と思った。


 こんな時まで穏やかでいられるのが、ずるい。

 その穏やかさのせいで、余計に現実味が増すから。


白縫しらぬいめいは?」

 私は半ば怒鳴るように言った。

「知ってるんでしょ、これ」

「知っています」

 監査官が代わりに答えた。

「ただし、白縫冥は別系統です。監視者であって、記帳官の裁量違反をかばう権限はありません」


 どっちにしたって、庇わないよ。


 その一言だけで、冥の顔が浮かぶ。

 あの人はたぶん、ほんとうに庇わない。

 嫌いとか好きとかじゃなく、構造として、庇わない。


「……最悪」

 小さく漏れた。


「ええ」

 なゆが言う。

「最悪です」


 私は唇を噛んだ。


「私、どうしたらいいの」

 気づけば、そんな情けない言葉が出ていた。

「何もしないでください」「あと、できれば死なないでください」

 なゆが言う。

「それが一番、助かります」

「そんなの――」

「影森さん」


 なゆは白い帳面へ手を置いたまま、まっすぐ私を見た。


「お前のせいで私が困る、という言い方は簡単です」

「……」

「でも、そうすると私が自分で選んだことまで、全部お前に押しつけることになります」

「それは」

「嫌なんです」


 胸が痛かった。


 助けたいのに、ここで動くほど悪くなる。

 その理屈が分かってしまうのが、いちばん苦しい。


 監査官が立ち上がる。


「本日の監査は以上です。正式通達は後日」

 それだけ言って、白い帳面を閉じた。

「鬼灯なゆ。次回以降は裁量を控えてください」

「善処します」

「善処では足りません」

「でしょうね」


 監査官はそのまま、印象のない白さだけを残して去っていった。


 部屋の中に、やっと人間の沈黙が戻る。


「……ごめん」

 私は先に言ってしまった。

「謝らないでください」

 なゆはすぐに返した。

「今日それ言うの、二回目だよ」

「まだ足りませんか」

「足りないよ」


 なゆは少しだけ目を伏せた。


「外されるほうが、消えるより怖いですね」

 ぽつりと言う。

「でも、こういう仕事は、たぶんその怖さでできているので」


 その言い方が、いやに記帳官らしかった。


 私は何も返せなかった。


 今日、初めて知った。

 人がいなくなるより先に、役割から剥がされる怖さがあることを。

 そして、その順番で失うことのほうが、きっと長く痛いことを。


 部屋を出る前、なゆが私を呼んだ。


「影森さん」

「何」

「次も、たぶん会えます」

「たぶん、なんだ」

「保証は減りましたので」

「そういう言い方、今ほんとやめてほしい」

「すみません」


 少しだけ笑ったその顔が、昨日までより遠いのを感じた。

 その遠さが、いちばんこたえた。


■今回の登場人物

影森(かげもり)ゆら

 なゆの監査を目撃。自分のせいで“消えるより先に外される”怖さを初めて知った。助けたいのに動けないのがきつい。

鬼灯(ほおずき)なゆ

 未記録差額、仮保全記録との不一致、猶予の過剰使用を正式に追及された。初めて業務上ほんとうに危ない立場へ入った。

・監査官

 顔も声も印象が薄いのに、言うことだけは正確で冷たい。制度そのものの顔。

白縫(しらぬい)めい

 今回は不在。ただし別ラインゆえに庇わないことだけが、逆にはっきりした。


■今回の帳面

・金の借金

 直接の増減なし。請求より先に、別の帳尻のほうが痛かった回。

・死の帳尻

 死亡追加なし。ただし未記録差額の追及が始まり、ゆら案件そのものが四課側で危険案件化した。

・なゆの状況

 かなり悪い。ゆら案件からの段階的除外対象となり、直接接触・裁量猶予・未記録判断の権限停止が近い。

・白い帳面まわり

 “書かない優しさ”は、制度上はただの不一致として処理される。優しさがそのまま処分理由になるのが、いちばんこの仕事らしい。


少しでも楽しんでいただけたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。感想・評価・レビューお願いします!励みになります
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

異世界最強の節約勇者
異世界ゲームバー転生おじさん(42)
異世界Any%
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ