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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

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配信88回目 借金だけは残る

喧嘩の翌日です。

距離は置きました。ちゃんと置いたはずでした。

でも請求書だけは、なぜか置けませんでした。

 翌朝、私はちゃんと学校に来ていた。


 来たくなかったわけじゃない。

 むしろ、来られてよかった。

 あの事務所に行かなくていいだけで、朝の空気がちょっとだけまともに思える。


 るなは(いつも通り?)朝からパンを二個食べていて、透羽とわは教室に入ってきた瞬間から「影森かげもり、今日ちょっとだけ人間っぽい顔してる」と失礼なことを言った。幽々《ゆゆ》は「ちょっとだけ、なんだ」と小さく追撃してきた。


 つまり、いつもの学校だ。


 それなのに、私は朝礼が終わった一時間目の始まる前から、やたらそわそわしていた。


 スマホが気になる。

 通知が来そうで嫌だ。

 でも来ないなら来ないで、それも妙に怖い。


「……何回見るの、それ」

 透羽が私の手元をのぞきこんだ。

「別に」

「別にの人、五分で三回画面見ない」

「見たくて見てるわけじゃないんだけど」

「じゃあ完全に依存だよ」

「やめて」


 るながのんびり首を傾げる。


「きのう、ちゃんとかえれたぁ〜?」

「帰れた」

「ねれたぁ〜?」

「……ちょっとは」

「じゃあえらいねぇ〜」

「るなの採点、甘すぎるだろ。幼稚園の先生か」


 そこで、スマホが震えた。


 私は反射で固まる。


「ほら来た」

 透羽が言う。

「言い方」

「だって顔」


 いやな予感しかしない。


 画面を見る。


 送り主は、知らないアドレスだった。


 件名。


 **【ご請求のご案内】十月前半分 仮締め明細**


「…………は?」


 思わず声が漏れた。


「何」

 透羽が身を乗り出す。

「何来たの」

「請求書」

「朝から?」

「朝から」


 るながパンを持ったまま目を丸くする。


「こわぁ〜……」

「ほんとにそれ」


 私はメールを開いた。


 PDFが一通。本文はやたら丁寧だ。


 **平素より夜見よろず相談事務所の業務へご理解ご協力をたまわり、誠にありがとうございます。

 下記、十月前半分の仮締め明細をお送りします。**


「誰が平素よりだよ」

 私は小声で言った。

そんな(平素)日、一日もないんだけど」


 透羽が横で吹き出す。


「待って、文面ちゃんとしてるのが余計怖い」

「ちゃんとしてる顔で殴ってくるやつなんだよ、あの職場は」

「うわ、出た。ブラックバイト経験者の重い一言」


 PDFを開く。


 そこには、整いすぎた明細が載っていた。


 蘇生費。

 呪符消耗費。

 臨時交通費。

 現場危険手当――は、ない。

 代わりに。


「……何これ」

「どれ」

「”感情的離席による業務停滞損害金”」

「なにそれ!最低すぎるでしょ!」

 透羽が即答した。


 るなも引いていた。


「えぇ〜……けんかしたのに、おかねだけ取るのぉ〜?」

「そう」

「それはぁ〜、だいぶやだねぇ〜……」

「だいぶじゃ済まない」


 スクロールする。


 まだあった。


 **事務所離脱に伴う清掃未了分**

 **臨時補助要員不在による配信準備遅延分**

 **精神的負担による作業効率低下は個人差として補償対象外**


「補償対象外って自分で言うんだ……」

 透羽が真顔になる。

「いやもう、普通に引くんだけど」

「私も引いてる」

「そこにいた本人が一番冷静なの逆に怖い」


 幽々が私の手元を見下ろしたまま、静かに言った。


「……でも、来ると思ってた」

「え」

「請求書」

 幽々は淡々と続ける。

「そういうのだけは、あの人ちゃんとやるでしょ」


 ぐうの音も出ない。


「否定できないのが腹立つわ~」

「うん」

「しかも“仮締め”って何。まだ増える余地あるってこと?」

「あるんじゃない?」

 透羽が肩をすくめる。

「最低だけど」


 スマホが、もう一度震えた。


 今度は別件だった。


 差出人名だけで胃がきゅっとなる。


 **毒島ぶすじま真琴まこと**


「えっ、追撃?」

 透羽が言う。

「追撃だね」

 幽々が言う。

「そんな実況いる?」


 私は恐る恐る開いた。


 本文は短い。


 **請求書は自動送信です。私の意思ではありません。

 あと、事務所の給湯器が壊れました。影森さんがいつも叩いて直していたので、誰も直せません。

 ついでに、シュレッダーも詰まりました。

 戻れとは言いませんが、壊れていることだけ共有しておきます。**


 私は天を仰いだ。


「これどういうことぉ~?」

 るなが聞く。

「給湯器とシュレッダーが死んだらしい」

「しらないよぉ〜……」

「私も知らないよ!」


 透羽が机をばんと叩く。


「いや最低すぎるでしょ、ほんとに! 喧嘩した翌日に送る内容それ!?」

「しかも戻れとは言ってないのが余計ずるい」

 幽々が小さく言った。

「困るって分かってて投げてる」


 その通りだった。


 戻れとは言わない。

 でも、いないと困る情報だけ寄越してくる。

 それでこっちが勝手に気になるなら、お前の判断だろって顔が透けて見える。


「……ほんと最悪」

 私は机に突っ伏した。


 るなが私の背中をぽんぽん叩く。


「ゆらちゃん、今日はぁ、行かなくていいよぉ〜?」

「行かない」

「ほんとにぃ〜?」

「……行かない」


 言い切ったのに、自分の声が少し弱い。


 そこへ、教室の後ろで誰かが小さく悲鳴を上げた。


「え?」


 振り返る。


 掃除用具入れの前にいた女子が、床を指差して青ざめていた。


「なんか……これ、動いてない?」

「は?」


 見れば、古い紙片みたいなものが床をずるずる引きずるように動いている。すごく弱い。すごくしょぼい。でも、普通に嫌だ。


 クラスの空気がざわつく。


「やだ、何あれ」

「虫?」

「紙じゃない?」


 私は反射で立ち上がっていた。


「あっ」

 透羽が言う。

「行くの?」

「……行くしかないでしょ、あれは」


 自分でもいやだった。


 もう距離を置くって決めたのに、こういう時の足だけは先に動く。


 私は掃除用具入れの前まで行って、しゃがみこんだ。


 紙片みたいに見えたそれは、誰かが雑に破って捨てた、おはらふだの切れ端だった。効き目が切れたまま、半端に残って、弱い気配だけ引っかけている。


「……()()()

「感想それ?」

 透羽が後ろから言う。

「でも、しょぼい」

 私は鞄の中を探る。

「え、何出すの」

「塩」

「なんで持ってるの!?」

「持つだろ、この街で生きてたら!」

「生きてたら普通、お料理以外で持たないよ!」


 小袋の塩をぱらっと撒いて、切れ端をティッシュで包む。ついでにゴミ箱へ入れようとして、手が止まる。


「だめだ、これ燃えるゴミじゃない」

「分別あるんだ……」

 透羽が引いた声で言う。

「あるよ。むしろそこ大事」

「そこだけ急にプロ意識出すのマジ勘弁」


 私は小さく息を吐いた。


「……ほら、終わり」

「終わったの?」

「今日はこれで終わる」

「“今日は”って何」

「聞くな」


 席へ戻る途中で、幽々が静かに言った。


「結局、完全には離れられてないね」

「うるさい」

「責めてない」

「それが一番刺さるんだよ」


 チャイムが鳴る。


 いつもの学校。いつもの授業。いつもの教室。


 なのに私のスマホには、請求書が残っている。

 机の中には塩の予備が入っている。

 シュレッダーが詰まった事務所の様子まで、勝手に頭に浮かんでくる。


 私はまだ、あの職場から完全には自由じゃない。


 喧嘩しても。

 距離を置いても。

 請求書だけは、ちゃんと残る。


 それが今日いちばん、笑えるのに笑えなかった。


挿絵(By みてみん)

ゆら「たぶん、こういうのは数えた時点で意味を持つ。」


■今回の登場人物

影森(かげもり)ゆら

 距離を置いた翌朝に請求書を食らった。しかも小さな学校怪異には普通に対処してしまい、自分でも完全には切れていないことが分かった。

夜宵(やよい)るな

 「けんかしたのにおかねだけ取るのぉ〜?」と素直に引いた。正しい。

夏目(なつめ)透羽

 請求書の最低さに全力でドン引きした。外から見るとほんとうにそう。

白澤(しらさわ)幽々《ゆゆ》

 「でも来ると思ってた」と静かに刺した。いちばん事実に近い。

毒島(ぶすじま)真琴まこと

 追撃メール担当。たぶん悪意は薄いが、タイミングが最悪。


■今回の帳面

・金の借金

 きっちり継続。しかも感情的離席による業務停滞損害金まで乗ってきた。最悪。

・死の帳尻

 死亡追加なし。学校の小粒案件だけなら、まだ日常側で処理できる範囲。

・なゆの状況

 直接登場はなし。ただし前話の告白以降、ゆら側の距離変化と事務所側の関係悪化で、“書かない側”としての負荷はむしろ増しているはず。

・白い帳面まわり

 人間関係は壊れかけても、借金と業務だけは妙に現実的に残る。ホラーのくせに事務処理だけ生々しい。


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異世界最強の節約勇者
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