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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

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配信87回目 知ってたの、って聞いてる!

 今日は、本気で喧嘩します。

 言い訳はあります。たぶん、筋も通っています。

 でも、筋が通っているから許せる話ばかりじゃありません。

 私は、その日の放課後、まっすぐ事務所へ向かった。


 昨日、なゆさんに言われた言葉がまだ胸の奥にしっかり残っている。


 ”好きなんです。困るくらいに。”


 あの人は、自分がこれ以上関われなくなることを、ちゃんと分かった上で言った。

 だったら私は、こっちも曖昧なままにしたくなかった。


 封筒の中身。

 朔夜さくやの筆跡。

 帰還補助。経過観察。候補性あり。


 知らなかったふりをするには、もう十分すぎる材料だった。


 夜見よみよろず相談事務所の扉を開ける。


 いつも通り、部屋は終わっていた。

 積みっぱなしの書類。空き缶。呪符じゅふ。配信機材。生活感と怪異対策が、今日も喧嘩しながら共存している。


 でも、今日はその雑さに少しも安心できなかった。


「遅い」

 朔夜が机の向こうから言う。

「来ると思ってた?」

「半々だな」

「へえ」


 私は鞄を机の横へ置いた。

 座らない。今日は座ったら負ける気がした。


「話がある」

「そうだろうな」

「逃げるなよ」

「お前相手に逃げるなら、もっと前にやってる」


 その返し方が、もう腹立たしい。


「じゃあ聞く」

 私は息を吸った。

「知ってたの?」


 朔夜は少しだけ目を細めた。


「何を」

「そうやって返すの、ほんと最低」

「質問の幅が広い」

「じゃあ狭める」


 机の上へ、昨日の紙を置く。


「私を死後側へ入れること。戻すこと。送り込むこと。その全部が、ただの救助じゃ済まない可能性」

 喉が少しだけ震えた。

「それが“花嫁候補を育てうる行為”でもあるって、知ってたの」


 沈黙。


 否定が来ない時点で、もうだいぶ答えだった。


「……全部じゃない」

 朔夜がようやく言う。

「でも、何も知らなかったわけじゃない」

「……そう」


 胸の奥で、何かがきれいに冷えた。


「じゃあ何を知ってるの?」

 私は声を荒げなかった。

 その代わり、言葉をひとつずつ置いた。

「助けたかったのも本当。戻したかったのも本当。で、使えるとも思ってた?」

「“使える”の意味による」

「そういう逃げ方するなって言ってる!」


 朔夜が机に手をつく。


「逃げてない。整理してる」

「整理の仕方がもう気に入らないんだよ」

「気に入る形で話せる内容じゃない」


 分かってる。

 分かってるから、余計に腹が立つ。


「最初から危ないとは思ってた」

 朔夜が低く言う。

「お前は向こう側へ触れすぎる。死後側へ入るたび、戻ってくるたび、何かが寄る。その可能性は見えてた」

「見えてたのに、やらせた」

「やらせたんじゃない。必要だった」

「必要の中に、花嫁候補になることも入ってたんでしょ!」


 ぬいがソファの背から、びくっと顔だけ出す。


「わし、今は喋らんほうがよい感じかの」

「絶対喋るな」

 私と朔夜の声が重なった。

「こわ」


 私は紙を掴み直す。


「これ、あんたの字だよね」

「そうだ」

「“帰還補助、一度まで”」

「そうだ」

「“送り込み判断は慎重に”」

「……そうだ」


 一個ずつ認める。

 一個ずつ認めるくせに、そこで止まる。


 それがいちばんきつかった。


「じゃあ、私の時は?」

「……」

「慎重だった?」

「できる限りは」

「できる限り、であそこまで行ったんだ」


 そこで初めて、朔夜の顔が少し歪んだ。


「お前を一回も向こう側へ入れないで済むなら、それが一番よかった」

「でも、そうしなかった」

「できなかった」

「同じだよ!」


 机を叩いた音が、狭い部屋に響く。


「結果として私がこうなってるなら、できなかったも、しなかったも、こっちから見たら同じなんだよ!」

「違う」

「何が!」


 その瞬間だった。


 事務所の奥の空気が、ひやりと冷える。


 扉は開いていない。なのに、白い気配だけが先に入ってきた。


 白縫しらぬいめいだった。


「続けてください」

 静かな声だった。

「私も、そこは聞いておきたいので」

「お前は帰れ」

 朔夜が低く言う。

「嫌です」

「このタイミングで来るな」

「来るべきタイミングなので」


 冥は部屋の端へ寄り、私を見る。


「影森ゆら。あなたが聞きたかった質問を整理しましょうか」

「……は?」

「この男が“危険を知らなかったか”ではなく、“危険を承知でゼロにはしなかったか”が、今の争点でしょう」

「お前、わざとやってるだろ」

 朔夜の声が低く沈む。

「ええ」

「最悪だな」


 でも、冥の言い方は残酷なくらい正確だった。


 私は朔夜から目を逸らさずに言う。


「そうだよ。私が聞いてるのはそこ」

「……」

「花嫁候補になる可能性、完全には切ってなかったんでしょ」


 数秒の沈黙のあと、冥が淡々と言った。


「排除はしていません」

 私より先に、答えたのは冥だった。

「少なくとも序盤から中盤にかけて、この男は“ゼロにできない”ではなく、“ゼロにしきらなかった”側です」


「黙れ」

 朔夜が言う。

「事実でしょう」

「言い方を選べ」

「選んだ上でこれです」


 私は息を呑んだ。


 やっぱりそうなんだ、と思う気持ちと、ちゃんと口にされると無理だ、という気持ちが同時に来る。


「なんで」

 声が少し掠れた。

「なんで、そんなの残したの」


 朔夜は目を閉じて、短く息を吐いた。


「助ける手段が、それしかない場面があった」

「……」

「戻せるなら戻したかった。生きてる側へ繋ぎたかった。そのために、お前の適性を使った」

「使った、って認めるんだ」

「今はな」


 今は。

 その言い方で、時間差の誠実さみたいなものまで腹立たしくなる。


「守るつもりだった」

 朔夜が言う。

「でも、使うのと完全に分けられてたとは言わない」


 それで終わりだった。


 言い訳はある。

 たぶん筋も通っている。

 でも、今ここで私が欲しかったのは、通った筋じゃない。


 最初からお前だけは違った、お前だけが特別っていう、雑でもいいから、そういう否定だった。


 それが、来ない。


「……無理」


 自分でも驚くくらい、声が静かだった。


「影森」

「今、名前呼ばないで」


 私は一歩下がる。


「それ、私にとって一番きつい形の正解だよ」

「聞け」

「聞いたよ、もう」


 喉が痛い。


「助けたかったのも本当。使ったのも本当。危ないって知ってたのも本当。切れなかったのも本当」

 笑えもしないのに、口元だけが歪んだ。

「最悪じゃん。ほんとに」


 ぬいが小さく身を縮める。

 冥は黙ったままだ。

 部屋の中の空気だけが、やけに白い。


「……私はさ」

 自分でも情けないくらい、小さい声で言った。

「危ないのに使われたことが嫌なんじゃないんだよ」


 朔夜が動かない。


「危ないのを知ってて、それでもお前なら戻せるって思われてたことが嫌なんだよ」

「……」

「戻れるから大丈夫、って。そういう計算の中にいたのが、いちばん無理」


 それは玻璃はりにも、なゆにも、冥にも言えなかった、本音だった。


 戻れるから。

 戻されるから。

 だからもう一回。あともう一回。

 その積み重ねの先に、私が何へ近づいていたのか。


 こいつは、全部じゃなくても知っていた。


「しばらく会いたくない」

 私は言った。

「え」

 ぬいが変な声を出す。

「いや、わしも?」

「お前はあとで考える」

「こわ」


 朔夜だけを見て、続ける。


「事務所にもいかない。私の前に現れないで」

「影森」

「無理。今はほんとに無理」


 朔夜が何か言いかける。

 でも、その前に私は鞄を掴いた。


「借金の話なら、あとで紙で送って」

「おい」

「いつもみたいに業務的に来ればいいじゃん!」


 最低な捨て台詞だと思った。

 でも、もっとひどいことを言う前に、それしか出てこなかった。


 扉へ向かう。


 手をかけたところで、後ろから冥の声がした。


「一度壊れるべきものはあります」

「今それ言う?」

 私は振り向かずに言う。

「はい」

「やっぱ嫌いだわアンタ」


 返事を待たず、扉を開ける。


 廊下の空気はぬるかった。

 でも、事務所の中よりはずっと息がしやすい。


 私はそのまま階段を降りた。


 呼び止める声は、最後まで来なかった。


 それが少しだけ救いで、少しだけ痛かった。


挿絵(By みてみん)


■今回の登場人物

影森(かげもり)ゆら

 ついに本気の対決。聞きたかった答えは来ず、いちばんきつい形の“正しい答え”だけを受け取って、朔夜を拒絶した。


夜見(よみ)朔夜さくや

 助けるつもりだったことも、使ったことも、危険をゼロにしきれなかったことも否定できない側。言い訳はできるが、完全否定はできなかった。


白縫(しらぬい)めい

 最悪のタイミングで、最悪の精度で争点を言語化する女。事実の切り方がいちばん痛い。


・ぬい

 今回も空気を読んで静かだったが、最後にだけちゃんと巻き添えを恐れた。小物として正しい。


■今回の帳面

・金の借金

 感情が壊れても減らない。たぶん請求書だけはちゃんと来る。最悪。

・死の帳尻

 死亡追加なし。ただし関係の帳尻は完全に崩れた。

・なゆの状況

 前話で業務としての均衡を失っている。ゆらと朔夜の決裂により、今後は“書かない側”としてさらに追い込まれやすくなる。

・白い帳面まわり

 人ではなく、関係のほうが先に壊れた。ここから先は、未記録や猶予だけでは支えきれない段階へ入る。


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