表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/101

配信85回目 知ってたの?

 今日は、聞いてはいけないことの手前まで行きます。

 まだ問い詰めません。問い詰めたら、もう戻れないからです。

 でも、知らないふりも、たぶん今日で終わりです。

 朝から、気分が悪かった。


 体調が悪いとか、眠いとか、そういう一言で片づく感じじゃない。昨日、なゆさんに手首を掴まれて戻されたあの一瞬から、ずっと胸の奥に小さいトゲが刺さったままだ。


 なゆさんは、私にだけ少し甘い。

 朔夜さくやの事務所は、拠点であると同時におりでもある。


 急に知るには、どれも重すぎた。


影森かげもり、今日また顔しんど」

 透羽とわが朝一で言った。

「最近、顔合わすたび、それしか言わんなおぬし」

「だってほんとにそうだしぃー」

「ガチで寝れてないやつだよね」

 幽々《ゆゆ》まで静かに追撃してくる。


 るなだけが、パンをもぐもぐしながら首をかしげた。


「ゆらちゃん、今日あったかいの飲んだぁ〜?」

「飲んだ」

「じゃあ、ちょっとだけましだねぇ〜」

「その基準ゆるすぎるだろ……」


 笑って返したけど、ちゃんと笑えていたかは分からない。


 授業が終わって、放課後になる。るなと透羽は購買へ寄ると言って、幽々は図書室へ消えた。


 私は一人で、校門の外へ出る。


 そのタイミングを見計らったみたいに、自販機の横から声がした。


「お、今日もちゃんと死にそうな顔してるな」


 反射で足が止まる。


「……最悪」


 そこにいたのは、黒瀬くろせ 夜刀やとだった。


 帰還者。恋愛相談のってやるよみたいなフレンドリー顔で近づいてきて、人の神経を逆なでしてくる最悪の朔夜の先輩。今日も片手に缶コーヒーを持って、やたらくつろいだ姿勢で立っている。


「挨拶が雑だわ」

「お前に丁寧にしたくなる日、たぶん一生来ない」

「つれな、で、何?」

「お前、そろそろ知りたい頃かなって」


 嫌な言い方だった。


 でも、否定できないのがもっと嫌だった。


「何を」

夜見よみ朔夜が、どこまで()()()()()


 喉がひやりと冷えた。


「……何それ」

「知りたいんだろ」

「その言い方やめろ」

「じゃあ、続けるわ――」


 夜刀は薄い茶封筒を差し出してきた。


「これ、()()()

「その“拾った”、全然信用できんし」

「大丈夫。盗んだでも奪った、どっちもだいたい似たようなもんだ」

「大丈夫じゃないでしょ」


 受け取らないままにらむと、夜刀は肩をすくめた。


「見なきゃそれでいい。でも、見なかったら今度は、知らなかったふりしてるのがお前になる」

「……」

「それもだいぶ”きつい”ぞ」


 ずるい。

 はらわたが煮えくりかえるほど、ずるい言い方だった。


 悔しいけど、私は黙って封筒を受け取った。


「中、ここで見るなよ」

「なんで」

「お ま え、顔に出やすいんだって」


 夜刀は缶コーヒーを振って、少しだけ真顔になった。


「あと一個だけ。俺は別に、あいつを悪人って決めたいわけじゃない」

「じゃあ何」

「守ると使うが、最初からきれいに分かれてたわけじゃねえって話だ」


 その一言が、玻璃はりの声と重なった。


 ――似てる子はいたよ。

 ――同じじゃないけど。


 胸の奥で、嫌な線が一本つながる。


「……帰る」

「そうしろ。んで、もっと顔色悪くなれ」

「最低」

「フ――、知ってる」


 夜刀は手を振るでもなく、そのまま人混みに溶けていった。


---


 事務所に着くまで、封筒は開けなかった。

 開けたら、何かが戻れなくなる気がしたからだ。


 夜見よろず相談事務所は今日も薄暗くて、今日も散らかっていて、今日も生活感と怪異対策が無理やり共存していた。


 でも今は、その雑然さに少しだけ安心する自分がいる。


「遅い」

 朔夜が机の向こうから言う。

「私は客じゃないけどさ――、せめて“おかえりゆら”くらい言えない?」

「言えるが、言いたくない」

「知ってたわ!」


 ぬいがソファの背から顔だけ出した。


「ぬし、今日やたら重い匂いしとるぞ」

「それ今言う?」

「今しか言えん」


 私は鞄を置いて、封筒を机の上へ出した。


 その瞬間、朔夜の目が変わった。


 ほんの少しだけ。

 でも、見逃せないくらいにははっきり。


「……誰からだ」

「なんで」

「いいから答えろ」

夜刀やと


 数秒、沈黙が落ちる。


「捨てろ」

 朔夜が低く言った。

「即答なんだ」

「捨てろ」

「中身も見ずに?」

「見なくていい」


 その言い方で、逆に全部分かってしまう。


「見せたくない、の間違いじゃないの」

「影森」

「見なくていい理由、言って」


 朔夜は黙った。


 私は封筒の口を開く。


「おい、やめろ」

「やだ」


 中に入っていたのは、コピー用紙数枚と、古い写真、それから印字の薄い記録の切れ端だった。


 最初は何の紙か分からなかった。


 でも、二枚目で息が止まる。


 そこに並んでいたのは、日付と、簡単な案件名と、短い所見。無機質な一覧。なのに、その中の単語だけが妙に生々しい。


 浅層接触(せんそうせっしょく)

 死後帰還補助(しごきかんほじょ)

 再投入不可(さいとうにゅうふか)

 経過観察(けいかかんさつ)


「……何、これ」


 朔夜は答えない。


 紙をめくる。


 年齢欄は潰されている。名前も黒く塗られている。でも、対象の多くが若いことだけは分かる。女。未成年。学生。表記の揺れから、それくらいは読めてしまう。


 写真もあった。


 古いマンションの廊下。白い病室のカーテン。学校の階段。どれも、この街のどこかにありそうな場所だ。


 その中の一枚へ視線が止まった。


 裏側に、短い手書きがある。


 **帰還補助、一度まで。以降は深度上昇につき不可。**


 見覚えのある字だった。


 請求書の字だ。

 雑に早くて、妙なところだけ丁寧な、あの字。


「……これ」

 私は紙を持つ手に力を入れた。

「これ、あんた(朔夜)の字」


 朔夜は何も言わない。


 否定もしない。


 それが、何より答えだった。


「……知ってたの?」


 小さく出た声は、自分でも驚くくらい乾いていた。


 朔夜はようやく口を開く。


「全部じゃない」

「でも、何も知らなかったわけじゃない」

「……」

「ねえ」


 私は次の紙をめくる。


 そこには、赤線で消された記録があった。上から消しているのに、下の文字が透ける。


 **候補性あり**

 **帰還後も経過追跡**

 **送り込み判断は慎重に**


 候補。


 その単語を見た瞬間、頭の奥で玻璃の声がした。


 前にも、私みたいなの見たんでしょ。


 見ていたんだ。

 玻璃も。

 こいつも。


「影森」

 朔夜が低く言う。

「今日はそれ以上読むな」

「何で」

「今のお前には重い」

「今さら守る言い方するなよ」


 声が、少し震えた。


「そういうの、もう一番だるい」

「……」

「助けたって言いながら、送ってたの!?」

「違う」

「じゃあ何!?」


 朔夜は何も言わなかった。

 違う。

 たしかに、そうなのかもしれない。


 でも今の私には、その違いを整理できるほどの余裕がなかった。


「今日はこれ以上聞かない」

 私は紙を揃えながら言った。

「聞いたら、何か、壊れる気がするから」

「……そうしろ」

「でも、一個だけ分かった」


 顔を上げる。


「お前、何も知らなかった側じゃないって」

「……ああ」


 その短い肯定で、胸のどこかが静かに冷えていくのを感じた。


 外はもう暗い。

 事務所の蛍光灯は白い。

 ぬいが珍しく黙っている。

 いつもと同じ場所のはずなのに、机の向こうにいる男だけが、急に知らない顔になった気がした。


 私はまだアイツを問い詰めない。

 でも、お互いの知らないふりも、たぶん()()()()()()()()


挿絵(By みてみん)



■今回の登場人物

影森(かげもり)ゆら

 ついに“知らなかったふり”ができなくなった。まだ問い詰めないが、不信ははっきり始まっている。

夜見(よみ)朔夜さくや

 全部は知らなかったとしても、何も知らなかったわけではない側。今回は否定しきれず、黙ることで余計に答えてしまった。

夜刀(やと)

 最悪のタイミングで最悪の封筒を持ってくる男。やり方は腹立つが、刺し方だけはうまい。

・ぬい

 空気を読んで珍しく静か。こういう時だけ余計なことを言わないのはえらい。


■今回の帳面

・金の借金

 直接の増減なし。ただし精神的ダメージに対する手当は当然ない。

・死の帳尻

 今回は死亡追加なし。ただし“知ってしまった側”へ進んだことで、向こう側への傾きは別の意味で強くなった。

・なゆの状況

 学校側の業務顔はまだ保てているが、ゆらに書かない不正を重ねた反動は確実に近い。余白はもう多くない。次以降、なゆ自身の立場も危うくなる。

・白い帳面まわり

 前任記帳官の近さに続いて、今度は朔夜側の“知っていた履歴”が表へ滲み始めた。帳尻の崩れ方が、人ではなく関係そのものへ及び始めている。


少しでも楽しんでいただけたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。感想・評価・レビューお願いします!励みになります
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

異世界最強の節約勇者
異世界ゲームバー転生おじさん(42)
異世界Any%
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ