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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

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配信84回目 前任記帳官は過去にいた

今日は学校です。

でも、保健室の手前だけ、少し空気が違います。

優しい顔で静かな人は、だいたい本当に怖いです。

 昼休みの終わり、私は透羽とわに腕を掴まれていた。


影森かげもり、今日も顔しんどいやん。保健室いこ」

「そこまでじゃない」

「そこまでじゃない人は、そんな歩き方し な い」


 そのまま半分引きずられるように、透羽に相談室と保健室の間の細い廊下まで連れてこられる。


 ここだけ、学校の音が少し遠い。


「……やっぱこのへん、()

 透羽が小さく言った。

「何が」

「音。古いっていうか、残り方が変」


 今の私に、その言い方はやめてほしい。


 引き戸が静かに開いた。


 中にいたのは、鬼灯ほおずきなゆだった。


 白っぽい髪。白い帳面。穏やかな顔。今日もちゃんと優しそうに見えるのに、優しいだけで済ませると、たぶん間違う人だ。


「どうしました」

「影森が無理してます」

 透羽が即答した。

「してない」

「してる」

「してないって」

「そのやり取り、してる人のやつ」


 なゆの視線が、私で止まる。


 ほんの一瞬。いつもより、少しだけ長く。


 それだけで、胸の奥がひやりとした。


「座ってください」

「はい……」


 私が椅子に腰かける横で、透羽はなゆをじっと見ていた。遠慮のない目だ。でも今日は、その遠慮のなさに、少しだけ警戒が混ざっている。


夏目なつめさん」

 なゆが静かに呼ぶ。

「何か?」

「……いや」

 透羽は言いづらそうにして、それでも言った。

「この人、優しい顔して怖いやつだなって思っただけ」


 おい。よく言うな。


 でも、なゆは怒らなかった。


「よく見ていますね」

「否定しないんだ」

「必要がありませんので」


 さらっと返されて、透羽が一歩だけ引く。

 分かる。今のは、普通に怖い。


「影森さん」

 なゆが私へ向き直る。

「眠れていませんね」

「まあ、ちょっと」

「ちょっと、で済む顔色ではありません」

「みんな今日それ言うな……」


 机の上の白い帳面が視界の端に入る。


 閉じたままだ。なのに、今にも勝手に開きそうな気がした。


 その瞬間、胸の奥がすっと冷えた。


 呼吸が一拍、遅れる。


「……っ」


 視界の端が白くなる。椅子から落ちかけた私の手首を、なゆがすっと掴んだ。


「夏目さん、少し下がって」

「え、うん」

 透羽が素直に下がる。


 私は一瞬だけ、音のないところへ足を滑らせかけた。


 でも、今日は深く行かなかった。


「戻ってきてください」

 なゆの声が近い。

「今日は、まだ、そちらではありません」


 その言い方は、優しいのに、内容だけが全然優しくない。


 次の瞬間、肺に空気が戻った。


「げほっ……!」

「影森!」

 透羽が駆け寄る。

「今の何!?」

「大したことない……」

「大したことない人は、こんな風にならない!」


 その通りすぎて反論できない。


 なゆは手を離し、静かに言った。


「無理を重ねると、戻る手順が難しくなります」

「“戻る手順”って言い方がもう普通じゃないんだよな……」

「普通でないことが、もう普通になりつつありますから」


 困る。


 すごく困る。


「……ねえ」

 私は息を整えながら言った。

「なゆさんって、私にだけ甘くない?」

 透羽が横で「うわ」と手を口に当て、小さく息を()む。


 なゆは少しだけ笑った。


「そう見えますか」

「見える」

「困りましたね」

「否定はしないんだ」

「今日は保健室ですから。言い合いはおすすめしません」


 ずるい返し方だった。


 でも、そのずるさは嫌いじゃない。嫌いじゃないのが、ちょっと困る。


 透羽がまだ警戒したまま口を開く。


「この人、影森にはちゃんと戻りなさいって顔する」

「夏目さん」

「何」

「勘がいいですね」

「そういうのも否定しないんだ……」


 窓の外では、午後の授業へ急ぐ足音が聞こえていた。

 学校は普通に進んでいく。チャイムも鳴るし、教室も埋まる。みんなちゃんと次の時間へ行く。


 なのに私は、ときどきこうして別の場所へ足をかける。


 そのたびに、書くべきか、書かないでおくかを迷う人がいる。


「……前にも、ここにいたの?」

 気づけば、私はそう聞いていた。

「なゆさんの前は――」


 なゆの目が、ほんの少しだけ細くなる。


 机の端には、使っていない白いペンが一本、きれいに揃えて置かれていた。


「いました」

「今はいない?」

「ええ」

「でも、いたんだ」

 なゆは数秒だけ黙って、それから小さく答えた。

「そうですね、いました」


 それ以上は聞けなかった。


 聞いてしまうと、この部屋から今すぐ出ていかなければいけない気持ちになりそうだから。


 昼休みは終わる。

 学校は続く。

 でも、ここだけは、まだ何かを書き切っていない場所みたいだった。


挿絵(By みてみん)

ゆら「八十四回目。中途半端なくせに、妙に引っかかる。」

――――――


【後書き】


■今回の登場人物

影森(かげもり)ゆら

 昼休みにまた少し落ちかけた。大丈夫と言い張るが、全然大丈夫ではない。

鬼灯(ほおずき)なゆ

 穏やかで事務的。でも、ゆらにだけ止まる視線がちょっと長い。否定しないのがいちばんずるい。

夏目(なつめ)透羽

 「優しい顔して怖いやつ」と本能で見抜いた。こういう勘だけはやたら鋭い。


■今回の帳面

・金の借金

 学校内なので直接増減なし。ただし保健室送りでも請求されそうで嫌。

・死の帳尻

 本来なら一行増えてもおかしくない浅い落ち方。ただし今回は、また書かれていない気配がある。

・白い帳面まわり

 前任記帳官はもういない。けれど、この部屋にはまだ少しだけ“近さ”が残っている。


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