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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

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配信83回目 冥は檻を知っている

 蒐集しゅうしゅうが閉じても、終わりではありません。

 今度は、こっち側にある“管理”の話です。

 顔のいいクズが、実はちゃんとおりつきでした。


 夜見よみよろず相談事務所の空気は、もともと良くない。


 古い雑居ビルの三階。薄暗い廊下の先。紙と機材と呪符じゅふと生活感が、ぜんぶ中途半端に積まれた部屋。人が働く場所というより、怪異かいいと貧乏と寝不足が同居している終わった巣だ。


 でも今夜は、その“いつもの終わり方”と少し違っていた。


 いつも以上に、静かすぎる。


 ぬいは机の端で丸くなったまま、珍しく一言もしゃべらない。私はソファの端で、ぬるいお茶を持ったまま、まだ息が落ち着かなかった。


 さっき見た。玻璃はりのいた、白い場所。


 待合みたいで、でも待つ場所じゃなかったあそこを。


「……ねえ」

「なんだ」


 朔夜さくやは端末から目も上げない。


「さっきの、三十秒って言ったよね」

「言った」

「私にはだいぶ長かったんだけど」

「そうかよ」

「そうかよじゃない。何あれ。前はもっと、普通に待合みたいだった」


 朔夜がようやく顔を上げる。


「で、今回は何に見えた」

「……置いていかれた場所」


 言った瞬間、自分でもぞっとした。


「待ってるんじゃなくて、待ったまま残されたものが積もってる感じ。あそこ、そう見えた」

「玻璃は何て言った」

「“わたしは連れていけない。帰り道が残ってるかどうか、教えるだけ”って」

「……そうか」


 その反応が、気に入らなかった。


「知ってたみたいに言うなよ」

「全部は知らない」

「“全部は”って言い方がいちばん嫌なんだけど」


 その時だった。


 ちり、と小さな音がした。


 蛍光灯が一瞬だけ明滅する。窓際の空気が、薄く切られたみたいに冷えた。ぬいがびくっと縮こまる。


「……来るの」

「誰が」

「嫌な女じゃ」


 事務所の扉が、勝手に開いた。


 ノックはない。遠慮もない。


 白縫しらぬいめいが、そこに立っていた。


挿絵(By みてみん)


 白っぽいコート。温度のない目。綺麗なのに、見た瞬間に安心より先に“管理”という単語が似合う顔。


「失礼します」

「もう失礼してる最中だろ」

 朔夜が低く言う。

「とっとと帰れ」

「嫌です」

「即答かよ」


 冥は部屋を見回し、最後に私で視線を止めた。


影森かげもりゆら。返事はできますか」

「一応」

「結構。まだこちら側ですね」

「言い方」


 冥はそのまま朔夜へ向き直る。


「夜見朔夜。お前はまた、自分がどこにいるか忘れた顔をしている」

「覚えてるよ」

「なら確認します」


 冥が指を鳴らした。


 ぱき、と乾いた音が走る。


 次の瞬間、事務所の壁じゅうに白い線が浮かび上がった。


「……は?」


 壁紙の下。天井の角。床の継ぎ目。窓枠。扉の内側。見えていなかっただけで、部屋のあちこちに細い線が走っている。円。枠。符号。檻の格子みたいな、白い封印。


「何これ……」

「固定です」

「固定?」

「この部屋は拠点であると同時に、封止でもある」


 意味が遅れて届く。


「……封止って、まさか」

「そうです」


 冥の声は静かだった。


「ここは夜見朔夜を休ませる場所であると同時に、逃がしすぎないための場所でもあります」


 私は朔夜を見た。


「え」

「そういう顔するな」

「するでしょ! ただの事務所じゃなかったの!?」

「ただの、ではないな」

「その言い方やめろ!」


 壁の線は、きれいというより都合がよかった。ここまでしか行くな、ここから先へ出るな。そういう管理の線だった。


「あなたはまだ、自分が閉じ込められていることを都合よく忘れられる」

 冥が冷たく言う。

「自由に見えるほうが動かしやすい。だから許されているだけです」


 私は言葉が出なかった。


 こいつはずっと、金にうるさくて、態度が悪くて、好き勝手な最低男だと思っていた。

 でもそれは、“自由な加害者”だからだと思っていた。


 まさか逆だなんて。


「……ずっと、管理されてたの」

「ずっとではありません」

 答えたのは冥だ。

「正確には、逸脱いつだつしすぎない範囲で運用されていた、です」

「人に使う言葉じゃないんだけど」

「人では済まないので」


「おい」

 朔夜が低く割り込む。

「それ以上喋るな」

「嫌です」

「お前ほんとそういうとこだぞ」

「ええ。知っています」


 空気が張る。


 大声じゃないのに、この二人が本気で噛み合わない時のほうがよほど怖い。


「……で」

 私は無理やり口を挟んだ。

「今日は何しに来たの」

「確認と警告です」

「何の」

「影森ゆら。お前は今、向こう側から見つかっている」


 背中が冷えた。


「それ、玻璃にも言われた」

「でしょうね。だから来ました」

「何しに」

「次にお前が呼ばれた時、自分から奥を見に行かないよう釘を刺しにです」


「最後ちょっと私のせいみたいに言ってない?」

「少しはそうです」

「腹立つ……」


 冥は続ける。


「この部屋の固定も前より浅い。外からの干渉は増えています。事務所ごと噛みに来るか、お前を餌にして内側から崩すか。そのどちらか、あるいは両方です」

「餌って言うな」

「適切な表現です」


「分かったなら帰れ」

 朔夜が言う。

「まだです」

「何がまだだ」

「お前への釘刺しが終わっていない」


 冥の目が細くなる。


「次にお前が“送り込む側”の判断を優先した場合、私はこの拠点を一時閉鎖します」

「は?」

「聞こえましたよね」

「聞こえた上で言ってる」


 私は息を呑んだ。


 閉じる。

 この事務所を。

 この檻ごと。


「……助言アドバイスを一つ」

 冥が扉の前で振り返る。

「見えたことは、もっと早く言いなさい」

「説教?」

「助言です」

「その二つ、今のあなたから言われるとだいぶ怖い」

「慣れてください」

「無理です」


 冥は答えず、静かに出ていった。


 扉が閉まる。


 やっと息ができる。


「……最悪」

 私が言うと、朔夜が短く返す。

「そうだな」

「そうだなじゃないんだよ」


 私は壁を見る。もう白い線は消えている。なのに、一度見えてしまった以上、前と同じには見えない。


 ここは拠点だ。

 でも同時に、こいつを留めるための檻でもある。


「ねえ朔夜」

「何だ」

「今まで、あんたのこと、だいぶ最低な自由人だと思ってた」

「だいたい合ってる」

「そこに“檻つきクズ”属性が追加された」

「やかましい」


 でも、笑えなかった。


 向こう側から近づいてくるものだけが敵じゃない。

 こっち側にも、勝手に見えて勝手じゃない檻がある。


 秋の空気は、思っていたよりずっと狭い。


 そんな気がした。



■今回の登場人物


影森かげもりゆら

 玻璃はりのいた白い場所を見たあと、その余韻が抜けないまま事務所で追加の現実を食らった。今回の感想は「最低な自由人におりがついた」。だいたい合ってる。


夜見よみ朔夜さくや

 ゆらを戻し、めいに事務所ごと固定を見せつけられた。軽口は叩くが、本気で冥には逆らいきれない。顔のいいクズのくせに、ちゃんと管理対象だった。


白縫しらぬいめい

 強制介入。事務所=拠点であり檻でもあることを可視化した。助言の顔をして圧をかけるのがうまい。怖い。


・ぬい

 「嫌な女じゃ」とだけ言って即座に縮こまった。危険察知だけは優秀。戦力にはあまりならない。


■今回の帳面


・金の借金

 蘇生そせい直後の経過観察と結界維持で、たぶん減っていない。むしろ微増の気配。


・死の帳尻

 今回は正式な死亡追加なし。ただし死後側接触の余熱が濃く、白い帳面側の視線は確実に近い。


・向こう側からの見つかり具合

 かなり悪化。玻璃にも冥にも「もう見つかっている」と言われた。良くない。


次は、前任記帳官と“まだ近いもの”の話です。

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