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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

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配信82回目 玻璃が待っている場所

 組織が消えても、呼び声だけは近くなる。

 今回は、玻璃(はり)がいる側の静けさへ、少しだけ近づく回です。

 助けるでも、連れていくでもない子が、そこに残っている理由の話。


 朝の教室は、あんなことがあったとは思えないほど――、思っていたよりずっと普通だった。恐怖の夜の次は、その落差で激しく感じるのかもしれない。


 窓際では誰かがプリントを回していて、後ろの席では小テストの答え合わせが始まっている。るなは机に突っ伏したまま「食べ過ぎたぁ、ねむいよぉ〜……」と溶けていて、透羽は朝から購買のパンを二つも抱えていた。


 昨日、保健室で白く切れたことなんて、教室の空気は知らない顔で先へ進んでいく。


 たぶん、それが普通だ。


 置いていかれてるのは、私のほうだった。


「ゆらちゃん、今日ほんと顔しんどくない?」

 透羽がパンの袋をぱきっと鳴らしながら、遠慮なく言った。


「朝一でそれ言う?」

「言う。だって普通に寝れてない顔してるし」

「寝れてないのは事実だけど、言われると腹立つな……」


 るなが机に頬をつけたまま、のそのそ顔を上げる。


「ゆらちゃん、保健室いったほうがいいよぉ〜……?」

「そこまでじゃない」

「そこまでじゃない人は、そんな顔しないよ」


 言ったのは幽々だった。


 教科書を閉じて、こっちを見る。大きな声じゃないのに、その一言だけ妙にまっすぐ届いた。


「今日のゆらちゃん、ちゃんとここにいるんだけど、たまに“今そこじゃない”感じする」

「……やめて。そういう言い方されると余計こわい」

「ごめん。でも、ほんとにそう見える」


 透羽も少しだけ真顔になる。


「分かる。返事はしてるのに、ちょこーっとずつ遅い時あるよ」

「二人して、人をラグい時のレインみたいに言うな」

「そこまでは言ってない」

「でも似たようなことは言ってるっしょ」


 分かってる。分かってるから、余計に嫌だった。


 私の中のどこかが、まだ昨日の白い切れ目に足を引っかけたままなんだろう。


 授業中も、ノートを取っているつもりで何度かペン先が止まった。先生の声は聞こえている。黒板も見えている。なのに一瞬だけ、教室の音が薄くなる。


 ざわざわした空気の真ん中に、自分だけ薄い膜を一枚かぶせられているみたいだった。


 三回目にそれが来た時、私は机の端をぎゅっとつかんだ。


「影森、具合悪いのか?」

 先生に言われて、慌てて顔を上げる。


「だ、大丈夫です」

「...無理そうなら保健室行けよ」

「はい」


 大丈夫じゃない。


 でも、何がどう大丈夫じゃないのか、自分でもうまく言えなかった。


―――――


 放課後、るなと透羽はコンビニへ行く約束をして、幽々は図書室へ寄ると言って別れた。


「ゆらちゃんも来るぅ〜?」

「今日はやめとく。なんか、ちょっと一人で帰りたい」

「そっかぁ……じゃあ、ちゃんと帰ってねぇ?」

「子ども扱いすんな」

「今日のゆらちゃん、ちょっと目が離せないもん」


 るなのその言い方が、変に胸に残った。


 駅前は夕方の人波でごった返していた。信号待ちの列。ガラスに映る空。コンビニ袋を下げた会社員。どこにでもある街の帰り道。


 なのに、横断歩道の向こうのビルのガラスへ目をやった瞬間、背筋が冷えた。


 映っている人の流れの中に、一人だけ動いていない髪があった。


 白い、長い髪。


「……っ」


 振り返る。誰もいない。


 もう一度ガラスを見る。今度は普通の通行人しか映っていなかった。


「やだな……」


 口に出した、その時だった。


 人の声が遠のいた。


 信号機の電子音も、車の走る音も、一瞬だけ水の底へ沈んだみたいに薄くなる。


 代わりに、ひどく近い場所で、誰かが息をした気がした。


 呼ばれた、と思った。


 名前じゃない。声でもない。

 でも、確実にこっちを見つけられた感じだけがあった。


 胸の奥がすっと冷える。足元が一歩ぶん遅れる。心臓が落ちるみたいに沈んだ。


「う、そ……」


 そこで景色が傾いた。


―――――


 気づいた時、私は白い椅子の並ぶ場所に立っていた。


 いや、立っていたというより、立たされていたに近い。


 蛍光灯みたいに明るいのに、病院とも役所とも違う。静かなくせに、静かすぎて耳が痛い。床も壁も白いのに、清潔という感じじゃない。ただ、長く色を失ったものだけが残っている場所。


 知っている。


 ここは、何度か来たことがある。


 戻れる線と、戻れない奥の、ちょうど境目みたいな場所。


「……また、ここ」


「うん」


 前を向く。


 そこには――玻璃(はり)がいた。


挿絵(By みてみん)


 今日も彼女はとても白くて、静かで、そこに立っているだけなのに、こっちが声を荒げるのをためらいたくなるみたいな顔をしている。


 でも今日は、その静けさが少し違って見えた。


 待っていたというより、ずっとここから動いていないものの静けさだった。


「来るの、少し早かったね」

「来たくて来てるわけじゃない」

「知ってる」

「知ってるなら、もうちょっと嫌そうにしてよ」

「難しいこと言うね」


 私は舌打ちしたいのを我慢して、周囲を見た。


 白い椅子。呼び出しを待つみたいに並んだ番号札。途中で書くのをやめたみたいな紙束。仕切り板の向こうの、見えそうで見えない奥。


 今までは、ただの“待合”みたいに見えていた。


 でも今日は違う。


 ここに置かれたまま、順番が来なかったものが、そのまま積み上がっている場所にも見えた。


「……ねえ」

「うん」

「前にも、私みたいなの見たんでしょ」


 玻璃は黙らなかった。

 でも、すぐにも答えなかった。


 その間が、逆に嘘じゃない感じを強くした。


「似てる子はいたよ」

「いた、で済ますんだ」

「同じじゃないから」

「どう違うの」

「戻りたがる理由が、少しずつ違う」


 その答え方が腹立たしかった。


 でも、怒鳴るほど間違っているわけでもないのが、もっと腹が立つ。


「じゃあ、あんたは何なの」

「わたし?」

「そう。いつも道だけ知ってる顔する。来るたびに、ここがどういう場所か分かってるみたいに立ってる。だったら、あんたは何もの?」


 玻璃は少しだけ目を伏せた。


 寂しいとか、困ったとか、そういう顔じゃない。もう何度も聞かれた問いに、また順番が回ってきただけ、みたいな静かな顔だった。


「わたしは連れていけない」

「……」

「帰り道が残ってるかどうか、教えるだけ」

案内人ガイドってこと?」

「そう。迎えじゃなくて、目印マーク


 分かりやすい説明なのに、そのぶんだけ冷たかった。


「助けるのとは違うんだ」

「違うよ」

「じゃあ、なんで毎回ここにいるの」

「......残ってるから」


 その一言が、いちばん重かった。


「待ってるんじゃないよ」

 玻璃が静かに続ける。

「残ってるだけ」


 私は言葉を失った。


 さっき見た椅子の列と番号札と紙束が、一気に別の意味を持ち始める。


 待っている場所じゃない。

 待ったまま、置いていかれたものの場所だ。


「……あんた」

「うん」

「それ、ずるいよ」

「何が?」

「そんな顔で、そんなこと言うの」


 玻璃は困ったみたいで、笑わなかった。


 ただ、ほんの少しだけ目を細めた。


「ゆらは、まだ戻れる」

「知ってる。……たぶん」

「たぶんじゃないよ」

「じゃあ、ちゃんと言って」

「帰れる線は、()()()()()()()


 その時、遠くで何かがきしんだ。


 白い空間のずっと向こう。こちら側と向こう側の境目あたりで、糸を強く引いたみたいな感覚が走る。


 次に聞こえたのは、低くて苛立った声だった。


「影森。そっちを見るな」


 朔夜(さくや)だ。


 姿は見えない。でも、声だけが細い線みたいにここまで通ってきていた。


「戻れ。今すぐ」

「命令口調やめろ!」

「返事できるなら動けるだろ」

「いや!」

「いいから来い」


 玻璃が、その声のした方へ視線を向けた。


「今日は、ちゃんと引っぱってくれてる」

「……前は違ったみたいに言うな」

「前は、ゆらのほうが先にこっちを見てた」


 その言い方に引っかかったけど、問い返す暇はなかった。


 白い床の向こうに、細い線が見える。


 朔夜が無理やり通した、“戻る側”の目印だ。


「次は、もう少し近いよ」

 玻璃が言った。

「呼ばれるんじゃない。もう見つかってる」


「それ、最悪の言い方なんだけど」

「知ってる」


 最後まで、玻璃は追ってこなかった。


 ただ、そこに立ったまま、私が線へ足を向けるのを見ていた。


 その立ち姿が、急に痛いくらい遠く見えた。


―――――


 目を開けると、私は駅の連絡通路(れんらくつうろ)の壁にもたれて座り込んでいた。


 喉が痛い。呼吸が浅い。視界の端がまだ少し白い。


 目の前にしゃがみこんでいた朔夜が、心底不機嫌そうに言う。


「何分引かれてたと思ってる」

「知らない……」

「三十秒ちょい」

「短っ」

「短いから戻せた」


 その言い方が、妙に頭に残った。


「……見たか」

「何を」

「お前が行った先だよ」


 私はすぐに答えられなかった。


 玻璃のいた場所を、待合と言っていいのか、もう自信がなかったからだ。


「……待ってる場所だと思ってた」

 やっと、それだけ言う。

「でも違った。あれ、待ってるんじゃなくて、置いていかれたものが残ってる場所みたいだった」


 朔夜の顔から、ほんの少しだけ軽口が消えた。


「そうかよ」


 短い返事だった。


 でも、それ以上は聞かない顔でもあった。


 通路の端で、ひやりと空気が冷えた。


 ゆっくり顔を上げる。


 人混みの向こう、柱の影。白っぽいコートの裾だけが見えた気がした。


 冥だ、と直感した。


 次は、もっと直接来る。


 そう思った瞬間、さっきまで戻ってきたはずの身体が、また少しだけ冷えた。


 秋はまだ浅いのに、空気だけが先に終わりのほうへ寄っていく。


 そんな感じがした。


 つづく



ゆら「回数が増えるたび、何かがちゃんと近づいてきてる気がする。」


――――


■今回の登場人物


影森(かげもり)ゆら

 教室にいても、ちゃんと今ここに立ちきれない回でした。生きている側の音を聞きながら、浅く死後側へ引かれています。


夜宵(やよい)るな

 ふわふわしているのに、こういう時だけ妙に核心へ近いことを言う子。今回の「目が離せない」は、かなり本質寄りです。


白澤(しらさわ)幽々(ゆゆ)

 ゆらのズレを、いちばん先に言葉にした側。「今そこじゃない感じ」は、この話の入口そのものです。


夏目なつめ透羽とわ

 軽く言っているようで、異常の遅れ方をちゃんと見ている子。ゆらの“半拍遅れ”を拾う役として効いています。


玻璃(はり)

 死後側の静かな案内人。今回は「道を教えるだけ」という役割を再確認しつつ、それでもその場に()()()()側の気配を強めました。


夜見(よみ)朔夜(さくや)

 今回は助けるというより、引き戻す側。姿は見えなくても、ちゃんと線だけは通してきます。


白縫(しらぬい)めい

 今回はまだ裾だけ。ですが、次はもっと近いです。


■今回の話について


 配信82回目は、玻璃接近回です。

 これまで“死後側の案内人”として見えていた玻璃が、ただ知っているだけではなく、その場所そのものに繋がりすぎている気配を前へ出しました。


 待合みたいに見えていた白い場所が、実際には「待ったまま置いていかれたもの」の場所かもしれない、とゆらが気づくことで、玻璃の切なさと本体側の不穏さが少しだけ重なっています。


 同時に、蒐集を閉じても終わらないことも確認する回です。

 会社や組織が消えても、呼び声は消えない。むしろ本体側だけが近づいてくる。その流れで、次回は冥がもっと直接介入してきます。


■鬼灯なゆの帳面


・正式死亡:未記帳寄り

・死後接触:加算の気配あり

・備考:今回は“呼ばれた”というより、“見つけられた”が近い


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