配信81回目 組織が消えたのに、呼び声だけ近い
私は、敵の会社を潰したら、少しは静かになると思ってた。
でも、そういう時に限って、静かさの中身が変わるだけだったりします。
今回は、終わったはずなのに終わっていない回です。
蒐集のビルが落ちてから三日が経った。
表向きには、事故だの設備不良だの、そういう言葉で片づいたらしい。ニュースでも扱いは小さい。ネットの話題も、もう次の新たな炎上ネタへ移っている。蒐集商会の名前を知らない人間には、ただの「ご近所の、変な施設が一個消えた」程度の出来事だった。
なのに、私のまわりだけ、静かにならなかった。
「……ねえ」
私は事務所のソファに突っ伏したまま、顔だけ上げた。
「終わったんじゃないの」
「人間側の窓口はな」
朔夜は机の上で端末を叩きながら、面倒くさそうに答える。
「蒐集の看板と回収経路は潰れた。だが、向こう側の飢えまで消えたわけじゃない」
「言い方、やだ」
「実際そうだろ」
机の横では、真琴さんがノートPCを見下ろしていた。眠そうな顔のままなのに、画面を見る目だけは冷たい。
「関連ワードは減ってます。針目結、雨庭章、天原久遠……このへんの表の痕跡は、かなり切れました」
「じゃあいいじゃん」
「よくないです」
即答だった。
「データは消えたのに、影森さんの周辺だけ、逆に接触ノイズが増えてます。組織がなくなったあとに呼び声だけ近づくの、余計嫌な形になってます」
「やっぱやだ」
ぬいが窓際から鼻を鳴らす。
「組織がなくなったから残り香が薄まる、とは限らんからの。入れ物が壊れたぶん、むき出しになっただけかもしれん」
「そういうことを、その可愛い見た目で言うな」
「可愛いのは知っとる」
「自分で言うやつがあるか」
ミリアは今回はいない。外で残滓のルートを洗っているらしい。冥は朝から二回来て、どちらも感じ悪く帰っていった。
帰る直前、あの人は本当に冷たい声で言ったのだ。
「もう組織のせいにはできません」
あれはたぶん、宣告に近かった。
蒐集がいたから狙われた。蒐集が拾おうとしたから危なかった。そういう言い訳は、もう使えない。
ここから先に来るものは、もっと直接、もっと個人的に、私へ触ってくる。
「……やっぱ、学校行きたくないな」
「行け」
「即答!」
「日常から離れれば、向こうが入りやすくなる」
「理屈は分かるけど気分が追いつかない!」
でも、行くしかないのも分かっていた。
―――――
学校は、驚くほど普通だった。
チャイムが鳴る。先生が来る。小テストがある。るながパンを二個食べて、幽々《ゆゆ》がそれを静かに見ていて、透羽が「それ昼の量じゃなくない?」と笑う。
昨日までと同じ。
たぶん、みんなにとっては。
「ゆらちゃん、また顔しんどそぉ〜……」
るなが心配そうにのぞきこんでくる。
「いつもより二割増しで死にそうな顔してる」
透羽、お前は言い方がちょっとひどい。
「そう見える?」
「見える」と幽々が言った。短くて、逃げ場がない。
透羽は窓の外を見ながら、ぽつりと呟く。
「会社がなくなっても、ああいうのって残るからね」
私は顔を上げた。
「……透羽」
「なんか、そういう感じするだけ」
そう言って笑う。でも、笑い方が少しだけ遅かった。
窓の外は、まだ夏の名残があるはずなのに、光の角度だけが少し変わっていた。夕方が近づくのが前より早い。教室の端から、季節だけが先に秋へ入っていくみたいだった。
みんなは同じ教室にいる。
なのに、私だけ一歩ぶん遅れて取り残されている感じがある。
「ゆらちゃん?」
るなの声で我に返る。
「……ごめん。ぼーっとしてた」
「最近それ多い」
幽々が小さく言った。
「聞こえてる?」
「何が」
「誰かに呼ばれた時みたいな顔、してる」
その言葉に、背筋が冷えた。
私、今そういう顔してたのか。
ちょうどその時、廊下で誰かの足音が止まった。
ことん。
軽い音。誰かが立ち止まっただけ。なのに、教室の空気が一拍だけ静まり返る。私は反射で振り向いた。
誰もいない。
でも、いないはずの場所に、確かに気配だけが残っていた。
呼ばれた、と思った。
名前じゃない。声ですらない。もっと曖昧な、でも逃がしてくれない感じの“こっち”だ。
「っ……」
立ち上がろうとして、足元が揺れた。
「ゆら!」
透羽が腕を掴む。
教室の音が遠のく。先生の声も、椅子のきしみも、窓の外の部活の掛け声も、全部一段薄くなる。
これはやばい。
知ってる。死ぬ前の静けさに似てる。
なのに今回は、怖さより先に、妙な懐かしさが来た。
知ってる場所へ引かれている感じ。
まだ見ていないのに、向こうが待っていると分かる感じ。
「影森!」
誰かが遠くで呼ぶ。
でも、その声より近いところで、別の気配がした。
静かで、怒っていなくて、急かしもしない。
ただ、そこで待っているだけの気配。
その瞬間、視界が白く切れた。
―――――
次に目を開けた時、私は保健室のベッドに転がされていた。
天井が近い。消毒液の匂い。カーテンの色がやけに白い。
「……生きてる?」
「今は」
ベッド脇に立っていたなゆが、白い帳面を閉じた。
「“今は”って何」
「そのままです」
冷たくもないのに、余計に怖い言い方だった。
少し離れたところで、朔夜が壁に寄りかかっている。顔色が悪い。いつもより悪い。
「学校で倒れるな。面倒が増える」
「面倒扱いするなよ……」
「戻した回数の話をしてる」
「そこもいやだ!」
なゆが静かに言う。
「今回は、まだ書きません」
「……まだ?」
「でも、次は分かりません」
その一言だけで十分だった。
私は薄い毛布を握る。指先が冷たい。
「ねえ、なゆさん」
「はい」
「さっき、誰かいた?」
なゆは少しだけ黙った。
それから、珍しく即答しなかった。
「いました、とは言いません」
「言わないの怖いんだよ」
「でも、待っているものはあります」
朔夜が、壁から離れた。
「次だな」
「いや、今倒れたばっかなんだけど」
「知ってる」
「知ってて言うな!」
でも、私にも分かっていた。
蒐集は閉じた。
針目も雨庭も、少なくとも“会社の顔”ではもう来ない。
それでも呼び声は近くなっている。
じゃあ次に来るのは、もっと向こう側そのものだ。
窓の外では、放課後の光が少しだけ薄くなっていた。
秋が来る。
たぶん、静かな顔で。
でもその静けさの奥にいるものは、全然やさしくない。
つづく
ここまで読んでくださってありがとうございます。
配信81回目は、蒐集決着後の「空洞」を出す回でした。
敵組織を潰しても全部は終わらない、むしろ容れ物が消えたぶん呼び声だけが近くなる、という嫌な入り方です。
【今回の登場人物】
**影森ゆら**
主人公。学校へ行っても日常に戻りきれず、呼び声だけが近くなる側へ入ってしまった人。今回はしっかり保健室送りです。
**夜見朔夜**
蒐集後の残滓追い担当。口は悪いですが、顔色も悪いです。たぶんずっと嫌な予感がしてます。
**夏目透羽**
「会社がなくなっても、ああいうのって残る」と言える側の転校生。戻された個体としての実感が、じわじわ効いています。
**夜宵るな/白澤幽々《ゆゆ》**
普通の日常側。普通に見えるからこそ、ゆらだけ置いていかれる感じが強くなりました。幽々の観察は今回も鋭いです。
**鬼灯なゆ**
今回も“まだ書かない”側へ寄った記帳官。ただし、そろそろ本当に笑えません。
【今回の帳尻】
・金銭帳尻:保健室送り、迎え、たぶん事務所側の雑費も増えます。借金はいつも通り減りません。
・死の帳尻:今回は未記録寄り。ただし差額はさらに危険です。
・鬼灯なゆの胃痛:増えました。たぶん業務評価も悪化しています。
・でも、終わったはずなのに次が近い。そこがいちばん最悪です。
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