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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第四章 死んでも終われない(秋~冬)

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配信81回目 組織が消えたのに、呼び声だけ近い

 私は、敵の会社を潰したら、少しは静かになると思ってた。

 でも、そういう時に限って、静かさの中身が変わるだけだったりします。

 今回は、終わったはずなのに終わっていない回です。

 蒐集しゅうしゅうのビルが落ちてから三日が経った。


 表向きには、事故だの設備不良だの、そういう言葉で片づいたらしい。ニュースでも扱いは小さい。ネットの話題も、もう次の新たな炎上ネタへ移っている。蒐集商会の名前を知らない人間には、ただの「ご近所の、変な施設が一個消えた」程度の出来事だった。


 なのに、私のまわりだけ、静かにならなかった。


「……ねえ」


 私は事務所のソファに突っ伏したまま、顔だけ上げた。


「終わったんじゃないの」


「人間側の窓口はな」


 朔夜さくやは机の上で端末を叩きながら、面倒くさそうに答える。


「蒐集の看板と回収経路は潰れた。だが、向こう側の飢えまで消えたわけじゃない」


「言い方、やだ」


「実際そうだろ」


 机の横では、真琴まことさんがノートPCを見下ろしていた。眠そうな顔のままなのに、画面を見る目だけは冷たい。


「関連ワードは減ってます。針目はりめゆい雨庭あまにわあきら天原あまはら久遠くおん……このへんの表の痕跡は、かなり切れました」


「じゃあいいじゃん」


「よくないです」


 即答だった。


「データは消えたのに、影森さんの周辺だけ、逆に接触ノイズが増えてます。組織がなくなったあとに呼び声だけ近づくの、余計嫌な形になってます」


「やっぱやだ」


 ぬいが窓際から鼻を鳴らす。


「組織がなくなったから残り香が薄まる、とは限らんからの。入れ物が壊れたぶん、むき出しになっただけかもしれん」


「そういうことを、その可愛い見た目で言うな」


「可愛いのは知っとる」


「自分で言うやつがあるか」


 ミリアは今回はいない。外で残滓ざんしのルートを洗っているらしい。めいは朝から二回来て、どちらも感じ悪く帰っていった。


 帰る直前、あの人は本当に冷たい声で言ったのだ。


「もう組織のせいにはできません」


 あれはたぶん、宣告に近かった。


 蒐集がいたから狙われた。蒐集が拾おうとしたから危なかった。そういう言い訳は、もう使えない。


 ここから先に来るものは、もっと直接、もっと個人的に、私へ触ってくる。


「……やっぱ、学校行きたくないな」


「行け」


「即答!」


「日常から離れれば、向こうが入りやすくなる」


「理屈は分かるけど気分が追いつかない!」


 でも、行くしかないのも分かっていた。


―――――


 学校は、驚くほど普通だった。


 チャイムが鳴る。先生が来る。小テストがある。るながパンを二個食べて、幽々《ゆゆ》がそれを静かに見ていて、透羽とわが「それ昼の量じゃなくない?」と笑う。


 昨日までと同じ。

 たぶん、みんなにとっては。


「ゆらちゃん、また顔しんどそぉ〜……」


 るなが心配そうにのぞきこんでくる。


「いつもより二割増しで死にそうな顔してる」


 透羽、お前は言い方がちょっとひどい。


「そう見える?」


「見える」と幽々が言った。短くて、逃げ場がない。


 透羽は窓の外を見ながら、ぽつりと呟く。


「会社がなくなっても、ああいうのって残るからね」


 私は顔を上げた。


「……透羽」


「なんか、そういう感じするだけ」


 そう言って笑う。でも、笑い方が少しだけ遅かった。


 窓の外は、まだ夏の名残なごりがあるはずなのに、光の角度だけが少し変わっていた。夕方が近づくのが前より早い。教室の端から、季節だけが先に秋へ入っていくみたいだった。


 みんなは同じ教室にいる。

 なのに、私だけ一歩ぶん遅れて取り残されている感じがある。


「ゆらちゃん?」


 るなの声で我に返る。


「……ごめん。ぼーっとしてた」


「最近それ多い」


 幽々が小さく言った。


「聞こえてる?」


「何が」


「誰かに呼ばれた時みたいな顔、してる」


 その言葉に、背筋が冷えた。


 私、今そういう顔してたのか。


 ちょうどその時、廊下で誰かの足音が止まった。


 ことん。


 軽い音。誰かが立ち止まっただけ。なのに、教室の空気が一拍だけ静まり返る。私は反射で振り向いた。


 誰もいない。


 でも、いないはずの場所に、確かに気配だけが残っていた。


 呼ばれた、と思った。


 名前じゃない。声ですらない。もっと曖昧な、でも逃がしてくれない感じの“こっち”だ。


「っ……」


 立ち上がろうとして、足元が揺れた。


「ゆら!」


 透羽が腕を掴む。


 教室の音が遠のく。先生の声も、椅子のきしみも、窓の外の部活の掛け声も、全部一段薄くなる。


 これはやばい。

 知ってる。死ぬ前の静けさに似てる。


 なのに今回は、怖さより先に、妙な懐かしさが来た。


 知ってる場所へ引かれている感じ。

 まだ見ていないのに、向こうが待っていると分かる感じ。


「影森!」


 誰かが遠くで呼ぶ。

 でも、その声より近いところで、別の気配がした。


 静かで、怒っていなくて、急かしもしない。

 ただ、そこで待っているだけの気配。


 その瞬間、視界が白く切れた。


挿絵(By みてみん)


―――――


 次に目を開けた時、私は保健室のベッドに転がされていた。


 天井が近い。消毒液の匂い。カーテンの色がやけに白い。


「……生きてる?」


「今は」


 ベッド脇に立っていたなゆが、白い帳面を閉じた。


「“今は”って何」


「そのままです」


 冷たくもないのに、余計に怖い言い方だった。


 少し離れたところで、朔夜が壁に寄りかかっている。顔色が悪い。いつもより悪い。


「学校で倒れるな。面倒が増える」


「面倒扱いするなよ……」


「戻した回数の話をしてる」


「そこもいやだ!」


 なゆが静かに言う。


「今回は、まだ書きません」


「……まだ?」


「でも、次は分かりません」


 その一言だけで十分だった。


 私は薄い毛布を握る。指先が冷たい。


「ねえ、なゆさん」


「はい」


「さっき、誰かいた?」


 なゆは少しだけ黙った。

 それから、珍しく即答しなかった。


「いました、とは言いません」


「言わないの怖いんだよ」


「でも、待っているものはあります」


 朔夜が、壁から離れた。


「次だな」


「いや、今倒れたばっかなんだけど」


「知ってる」


「知ってて言うな!」


 でも、私にも分かっていた。


 蒐集は閉じた。

 針目も雨庭も、少なくとも“会社の顔”ではもう来ない。


 それでも呼び声は近くなっている。

 じゃあ次に来るのは、もっと向こう側そのものだ。


 窓の外では、放課後の光が少しだけ薄くなっていた。


 秋が来る。


 たぶん、静かな顔で。

 でもその静けさの奥にいるものは、全然やさしくない。


 つづく




ここまで読んでくださってありがとうございます。

配信81回目は、蒐集決着後の「空洞」を出す回でした。

敵組織を潰しても全部は終わらない、むしろ容れ物が消えたぶん呼び声だけが近くなる、という嫌な入り方です。


【今回の登場人物】


**影森かげもりゆら**

主人公。学校へ行っても日常に戻りきれず、呼び声だけが近くなる側へ入ってしまった人。今回はしっかり保健室送りです。


**夜見よみ朔夜さくや**

蒐集後の残滓追い担当。口は悪いですが、顔色も悪いです。たぶんずっと嫌な予感がしてます。


**夏目透羽なつめ とわ**

「会社がなくなっても、ああいうのって残る」と言える側の転校生。戻された個体としての実感が、じわじわ効いています。


**夜宵やよいるな/白澤しらさわ幽々《ゆゆ》**

普通の日常側。普通に見えるからこそ、ゆらだけ置いていかれる感じが強くなりました。幽々の観察は今回も鋭いです。


**鬼灯ほおずきなゆ**

今回も“まだ書かない”側へ寄った記帳官。ただし、そろそろ本当に笑えません。


【今回の帳尻】

・金銭帳尻:保健室送り、迎え、たぶん事務所側の雑費も増えます。借金はいつも通り減りません。

・死の帳尻:今回は未記録寄り。ただし差額はさらに危険です。

・鬼灯なゆの胃痛:増えました。たぶん業務評価も悪化しています。

・でも、終わったはずなのに次が近い。そこがいちばん最悪です。


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