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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第三章 花嫁の名前を知らないまま(夏~秋)

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配信80回目 蒐集を閉じる人たち

 白い棚が、奥まで並んでいた。


 箱ではない。書類でもない。

 誰かの残り方だけを、書類で丁寧に仕分けるための棚。見た瞬間に分かってしまって、胃がきゅっと縮む。


「ようこそ、お待ちしておりました」


 最上段の影から、針目はりめが笑った。

 やっぱり感じがいい。だから、余計にこの女は最悪だ。


「……もう、帰っていい?」


「今さら無理でしょ」と透羽とわが言った。


「だよね」


 朔夜さくやは一歩前へ出たまま、低く言う。


真琴まこと。全部抜けるか」


『抜けます。というか、もう押さえてます』

 イヤホン越しの真琴の声は冷えていた。『査定語、損耗、用途候補、全部音声と画で確定しました。証拠集まったので、言い逃れ無理です』


『裏は私が引く』とミリア。『感じのいい回収班、今だけ相手してあげる。恩に着なさいよ』


「着ねぇよ」


『感じ悪、じゃあ今度コラボね』


 などとミリアが軽口をたたくその間にも、モニターの中の雨庭あまにわは淡々《たんたん》としていた。


「証拠、ですか。人は記録を残すと安心する。面白い習性ですね」


「お前らが人を棚に入れて管理するよりはマシだよ」


 私が吐き捨てると、雨庭は少しだけ首を傾ける。


「棚に入る前に分類しているだけです」


「結果は同じ事だろ!」


 めいの声が廊下の奥から落ちる。


「閉鎖を始めます。外へはアリ一匹逃がしません。夜見、壊すなら今です」


「命令すんな」


助言アドバイスです」


「嘘つけ」


 その時だった。

 棚の奥で、白い札みたいな紙片が一斉に浮いた。人名じゃない。番号でもない。査定語だけが、ふわふわと空中に散る。


 残留。損耗。仮保全。再利用。

 見てるだけで、頭が痛くなる。


影森かげもり


 朔夜が私を呼ぶ。


「あの中に、最初の一個がある。複写でも仮置きでもない、元の査定盤だ。見つけろ」


「また前に行かせられるの!?」


「お前しか無理だ」


「知ってたけど!」


 ぬいが肩の上で唸る。


「右奥じゃ。白すぎて逆に濁っとる」


 私は息を吸って、棚の列へ踏み込んだ。


 冷たい。

 温度じゃない。見られている感じそのものが冷たい。棚の隙間にあるのは、“保存”じゃない。“消えきらなかったもの”を、価値で押さえつけるための白さだった。


「……っ」


 奥の棚。三段目。

 綺麗な板の裏に、ひとつだけ傷の向きが違う。


 あれだ。


「朔夜! 右奥、三段目! 板の裏!」


 同時に、針目の笑顔が初めて少しだけ歪んだ。


「結い直しなさい」


 その声で、床が動く。

 白い棚板が音もなくずれて、私の足元を囲い込んだ。逃げ道を“作る”んじゃない。“選ばせる形にして塞ぐ”動きだった。


「うわ、性格悪っ!」


 針目がやわらかく答える。


「ありがとうございます」


「褒めてない!」


 そこへ、外からミリアの怒鳴り声が混じる。


『真琴、今! 表に流して!』


『もう流しました。相談窓口の看板ごと落ちます』


 直後、館内放送のスピーカーがノイズ混じりに鳴った。

 別の声だ。穏やかで、年配で、やけに落ち着いている。


『残念です。せっかく、きれいに残せると思ったのですが』


 天原あまはら久遠くおん

 姿は見えない。でも、今の声だけで分かった。


「うわ、元締めまで()()()()


『感じがいいのは大切ですよ。回収は最後、安心した顔から進みますから』


「嫌味もわからないの?......最悪ランキング更新だわ」


 朔夜が札を噛み切るようにして、呪具を開く。


「影森、今だ!」


 私はポケットから、銭原ぜにはらにもらった釘を掴んだ。


 ”原版追跡釘・真”オリジン・スパイク・トゥルー


 投げる。

 白い釘は傷の向きが違う板へ吸い込まれるように突き刺さり、そこで初めて、棚全体の白さがひび割れた。


挿絵(By みてみん)


 びき、という嫌な音。

 隠していた査定盤が、板の裏から露出する。白い円盤。きれいで、冷たくて、心底気持ち悪い。


「やっぱりそれか」


 朔夜の声が低くなる。


 次の瞬間、札が走った。

 白い円盤に黒いひびが入り、棚全体が揺れる。


 雨庭が初めて声色を変えた。


「待ちなさい。それは記録核メモリーコアです」


「知るか」


「壊せば、残量が全部――」


「だから壊すって言ってんだよ!」朔夜が叫ぶ。


 冥が、その言葉に重ねるように言う。


()()()()


 空気が変わった。

 棚の奥へ伸びていた白い通路が、一斉に細くなる。逃げ道じゃない。回収経路そのものが、冥に切られていく。


 針目が舌打ちした。

 初めて、営業の顔じゃない音をさせた。


「買付班、撤退――」


 その瞬間、私は横から突き飛ばされた。


 白い棚が崩れる。

 視界が真っ白になって、次に来たのは衝撃だった。


 あ、死ぬ。

 そう思うのに、慣れたくない。


 潰れる直前、朔夜の怒鳴り声が聞こえた。


「影森!」


 暗くなる。

 でも、今回は一瞬だけだった。


 胸の奥に、あの雑な白い線がまた無理やり通される。痛い。ほんとに雑。でも、こっち側だ。


「っ、が……!」


 息が戻る。

 目を開けると、朔夜が棚を蹴りのけながら私の襟を掴んでいた。


「毎回ちゃんと潰れかけるな、お前は!」


「そっちが前に出すからだろ!」


「口動くなら、死んでねぇな」


「判断基準が雑!バカ!」


 その奥で、査定盤が完全に割れる。

 同時に、スピーカーから流れていた久遠の声がぶつ、と切れた。


 器を失った。

 そうと分かる静かさが、一瞬だけ落ちる。


 雨庭の画面もひどく乱れた。

 整っていた棚の表示が、全部ずれていく。


「……査定不能」


 初めて、向こうの声にノイズが混じる。


「よかったじゃん」


 私は咳き込みながら笑った。


「そっちの庭、荒れたよ」


 雨庭は数秒だけ黙り、それから、やけに人間っぽく息を吐いた。


「本日分は、損切り(ロスカット)ですね」


 画面が落ちる。


 白い棚は、そのまま崩れきった。

 きれいに残すための場所が、ようやく普通に壊れる。


 冥が最後の閉鎖を切る。


「終わりです。人間側の回収経路は、ここで閉じました」


『外も片づいた!』とミリア。『感じのいい人たち、全員()()()()逃げたわよ!』


『データも確保済みです』と真琴。『人間側の敵としての蒐集は、ここで区切れるでしょう』


 透羽が私の隣へ来る。顔色は悪いままだけど、ちゃんと立っていた。


「……終わった?」


「たぶん、人間側は――」


 そう答えた瞬間だった。


 崩れた棚の奥。

 もう何もないはずの白い壁の向こうから、ほんの小さく、呼ぶみたいな気配がした。


挿絵(By みてみん)


 こっちへ。

 あるいは、まだ終わってない、と。


 背筋が冷える。


 朔夜も、それに気づいた顔をした。

 でも今回は、追わない。


「帰るぞ」


 低い声だった。


「借金増えたしな」


「最後の最後でそれ!?」


「現実確認だ」


「最悪!」


 それでも、少しだけ笑えた。

 蒐集は閉じた。人間側の値札屋には、ここで区切りがついた。


 でも、向こう側の呼び声は、まだ消えていない。


 たぶん次は、もっと根っこの話になる。


 それが分かる夜だった。


 つづく


ここまで読んでくださってありがとうございます。

配信80回目は、蒐集商会という“人間側の敵”に、いったん区切りをつける回でした。

怪異を起こす側ではなく、怪異のあとに残ったものへ値札をつける側。その嫌さを、ようやく正面から壊せた感じです。


【今回の登場人物】


**影森かげもりゆら**

またしても前に出され、またしてもちゃんと潰れかけた主人公。今回は銭原の呪具をちゃんと当てたのでえらいです。でも借金は最後に増えました。


**夜見よみ朔夜さくや**

壊す担当。今回は迷いなく蒐集の核を壊しにいきました。ついでに、ゆらをまた雑に引き戻しました。


**夏目透羽なつめ とわ**

揺れたまま終わらず、最後までゆら側で立っていた転校生。静かな方へ行かなかったのが大きいです。


**紅坂ミリア/毒島真琴/白縫冥**

ミリアは矢面、真琴は証拠、冥は閉鎖。全員役割が噛み合った回でした。


**針目はりめ結/雨庭あまにわ章/天原あまはら久遠くおん**

蒐集側。針目は撤退、雨庭は査定ごと崩れ、久遠は器を失いました。人間側の蒐集編としては、ここで一区切りです。


【今回の帳面と借金】


ひとつ目。

朔夜への金銭的借金。

突入費、呪符、移動、たぶん全部赤字です。減る気配はありません。


ふたつ目。

蒐集商会側の仮保全。

人間側の窓口と回収経路は、今回でいったん閉じました。少なくとも“感じのいい営業”に拾われる段階は一区切りです。


みっつ目。

なゆの帳面側の死の帳尻。

本来なら今回も追加相当です。ゆらはしっかり潰れかけ、戻されました。

ただし、なゆはまだ“書かない”側へ寄せている。つまり、そのぶん危ないです。


 要するに今回は、

 **蒐集の窓口は閉じたけど、借金は減らず、死の帳尻だけは相変わらず笑えない**

 という回でした。


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