配信80回目 蒐集を閉じる人たち
白い棚が、奥まで並んでいた。
箱ではない。書類でもない。
誰かの残り方だけを、書類で丁寧に仕分けるための棚。見た瞬間に分かってしまって、胃がきゅっと縮む。
「ようこそ、お待ちしておりました」
最上段の影から、針目が笑った。
やっぱり感じがいい。だから、余計にこの女は最悪だ。
「……もう、帰っていい?」
「今さら無理でしょ」と透羽が言った。
「だよね」
朔夜は一歩前へ出たまま、低く言う。
「真琴。全部抜けるか」
『抜けます。というか、もう押さえてます』
イヤホン越しの真琴の声は冷えていた。『査定語、損耗、用途候補、全部音声と画で確定しました。証拠集まったので、言い逃れ無理です』
『裏は私が引く』とミリア。『感じのいい回収班、今だけ相手してあげる。恩に着なさいよ』
「着ねぇよ」
『感じ悪、じゃあ今度コラボね』
などとミリアが軽口をたたくその間にも、モニターの中の雨庭は淡々《たんたん》としていた。
「証拠、ですか。人は記録を残すと安心する。面白い習性ですね」
「お前らが人を棚に入れて管理するよりはマシだよ」
私が吐き捨てると、雨庭は少しだけ首を傾ける。
「棚に入る前に分類しているだけです」
「結果は同じ事だろ!」
冥の声が廊下の奥から落ちる。
「閉鎖を始めます。外へはアリ一匹逃がしません。夜見、壊すなら今です」
「命令すんな」
「助言です」
「嘘つけ」
その時だった。
棚の奥で、白い札みたいな紙片が一斉に浮いた。人名じゃない。番号でもない。査定語だけが、ふわふわと空中に散る。
残留。損耗。仮保全。再利用。
見てるだけで、頭が痛くなる。
「影森」
朔夜が私を呼ぶ。
「あの中に、最初の一個がある。複写でも仮置きでもない、元の査定盤だ。見つけろ」
「また前に行かせられるの!?」
「お前しか無理だ」
「知ってたけど!」
ぬいが肩の上で唸る。
「右奥じゃ。白すぎて逆に濁っとる」
私は息を吸って、棚の列へ踏み込んだ。
冷たい。
温度じゃない。見られている感じそのものが冷たい。棚の隙間にあるのは、“保存”じゃない。“消えきらなかったもの”を、価値で押さえつけるための白さだった。
「……っ」
奥の棚。三段目。
綺麗な板の裏に、ひとつだけ傷の向きが違う。
あれだ。
「朔夜! 右奥、三段目! 板の裏!」
同時に、針目の笑顔が初めて少しだけ歪んだ。
「結い直しなさい」
その声で、床が動く。
白い棚板が音もなくずれて、私の足元を囲い込んだ。逃げ道を“作る”んじゃない。“選ばせる形にして塞ぐ”動きだった。
「うわ、性格悪っ!」
針目がやわらかく答える。
「ありがとうございます」
「褒めてない!」
そこへ、外からミリアの怒鳴り声が混じる。
『真琴、今! 表に流して!』
『もう流しました。相談窓口の看板ごと落ちます』
直後、館内放送のスピーカーがノイズ混じりに鳴った。
別の声だ。穏やかで、年配で、やけに落ち着いている。
『残念です。せっかく、きれいに残せると思ったのですが』
天原久遠。
姿は見えない。でも、今の声だけで分かった。
「うわ、元締めまで感じいい」
『感じがいいのは大切ですよ。回収は最後、安心した顔から進みますから』
「嫌味もわからないの?......最悪ランキング更新だわ」
朔夜が札を噛み切るようにして、呪具を開く。
「影森、今だ!」
私はポケットから、銭原にもらった釘を掴んだ。
”原版追跡釘・真”!
投げる。
白い釘は傷の向きが違う板へ吸い込まれるように突き刺さり、そこで初めて、棚全体の白さがひび割れた。
びき、という嫌な音。
隠していた査定盤が、板の裏から露出する。白い円盤。きれいで、冷たくて、心底気持ち悪い。
「やっぱりそれか」
朔夜の声が低くなる。
次の瞬間、札が走った。
白い円盤に黒い罅が入り、棚全体が揺れる。
雨庭が初めて声色を変えた。
「待ちなさい。それは記録核です」
「知るか」
「壊せば、残量が全部――」
「だから壊すって言ってんだよ!」朔夜が叫ぶ。
冥が、その言葉に重ねるように言う。
「閉じます」
空気が変わった。
棚の奥へ伸びていた白い通路が、一斉に細くなる。逃げ道じゃない。回収経路そのものが、冥に切られていく。
針目が舌打ちした。
初めて、営業の顔じゃない音をさせた。
「買付班、撤退――」
その瞬間、私は横から突き飛ばされた。
白い棚が崩れる。
視界が真っ白になって、次に来たのは衝撃だった。
あ、死ぬ。
そう思うのに、慣れたくない。
潰れる直前、朔夜の怒鳴り声が聞こえた。
「影森!」
暗くなる。
でも、今回は一瞬だけだった。
胸の奥に、あの雑な白い線がまた無理やり通される。痛い。ほんとに雑。でも、こっち側だ。
「っ、が……!」
息が戻る。
目を開けると、朔夜が棚を蹴りのけながら私の襟を掴んでいた。
「毎回ちゃんと潰れかけるな、お前は!」
「そっちが前に出すからだろ!」
「口動くなら、死んでねぇな」
「判断基準が雑!バカ!」
その奥で、査定盤が完全に割れる。
同時に、スピーカーから流れていた久遠の声がぶつ、と切れた。
器を失った。
そうと分かる静かさが、一瞬だけ落ちる。
雨庭の画面もひどく乱れた。
整っていた棚の表示が、全部ずれていく。
「……査定不能」
初めて、向こうの声にノイズが混じる。
「よかったじゃん」
私は咳き込みながら笑った。
「そっちの庭、荒れたよ」
雨庭は数秒だけ黙り、それから、やけに人間っぽく息を吐いた。
「本日分は、損切りですね」
画面が落ちる。
白い棚は、そのまま崩れきった。
きれいに残すための場所が、ようやく普通に壊れる。
冥が最後の閉鎖を切る。
「終わりです。人間側の回収経路は、ここで閉じました」
『外も片づいた!』とミリア。『感じのいい人たち、全員感じ悪く逃げたわよ!』
『データも確保済みです』と真琴。『人間側の敵としての蒐集は、ここで区切れるでしょう』
透羽が私の隣へ来る。顔色は悪いままだけど、ちゃんと立っていた。
「……終わった?」
「たぶん、人間側は――」
そう答えた瞬間だった。
崩れた棚の奥。
もう何もないはずの白い壁の向こうから、ほんの小さく、呼ぶみたいな気配がした。
こっちへ。
あるいは、まだ終わってない、と。
背筋が冷える。
朔夜も、それに気づいた顔をした。
でも今回は、追わない。
「帰るぞ」
低い声だった。
「借金増えたしな」
「最後の最後でそれ!?」
「現実確認だ」
「最悪!」
それでも、少しだけ笑えた。
蒐集は閉じた。人間側の値札屋には、ここで区切りがついた。
でも、向こう側の呼び声は、まだ消えていない。
たぶん次は、もっと根っこの話になる。
それが分かる夜だった。
つづく
ここまで読んでくださってありがとうございます。
配信80回目は、蒐集商会という“人間側の敵”に、いったん区切りをつける回でした。
怪異を起こす側ではなく、怪異のあとに残ったものへ値札をつける側。その嫌さを、ようやく正面から壊せた感じです。
【今回の登場人物】
**影森ゆら**
またしても前に出され、またしてもちゃんと潰れかけた主人公。今回は銭原の呪具をちゃんと当てたのでえらいです。でも借金は最後に増えました。
**夜見朔夜**
壊す担当。今回は迷いなく蒐集の核を壊しにいきました。ついでに、ゆらをまた雑に引き戻しました。
**夏目透羽**
揺れたまま終わらず、最後までゆら側で立っていた転校生。静かな方へ行かなかったのが大きいです。
**紅坂ミリア/毒島真琴/白縫冥**
ミリアは矢面、真琴は証拠、冥は閉鎖。全員役割が噛み合った回でした。
**針目結/雨庭章/天原久遠**
蒐集側。針目は撤退、雨庭は査定ごと崩れ、久遠は器を失いました。人間側の蒐集編としては、ここで一区切りです。
【今回の帳面と借金】
ひとつ目。
朔夜への金銭的借金。
突入費、呪符、移動、たぶん全部赤字です。減る気配はありません。
ふたつ目。
蒐集商会側の仮保全。
人間側の窓口と回収経路は、今回でいったん閉じました。少なくとも“感じのいい営業”に拾われる段階は一区切りです。
みっつ目。
なゆの帳面側の死の帳尻。
本来なら今回も追加相当です。ゆらはしっかり潰れかけ、戻されました。
ただし、なゆはまだ“書かない”側へ寄せている。つまり、そのぶん危ないです。
要するに今回は、
**蒐集の窓口は閉じたけど、借金は減らず、死の帳尻だけは相変わらず笑えない**
という回でした。
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