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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第三章 花嫁の名前を知らないまま(夏~秋)

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配信79回目 庭師が値をつける

 感じのいい建物ほど、中身が終わっている時がある。

 今回は、蒐集商会の“奥”へ入る回です。

 あと、値札をつけられる側の気分は最悪でした。

 そのビルは、近づくほど音が減っていった。


 街の外れにある、白くて静かな建物だった。外壁はまだ新しめで、入口の横からのぞくと「資料保管室」「相談受付」「閲覧室」と、誰も警戒しない言葉ばかりが整然と並んでいる。

 なのに、自動ドアの前へ立った瞬間だけ、喉の奥に薄い鉄の味がするような気がした。


「……ここ、笑ってる」


 思わずそう呟くと、隣の透羽とわが小さく頷いた。


「分かる。静かなのに、感じ悪い」


「感じ悪い建物ってなんだよ」


「でも、そういうことじゃん」


 彼女の言う通り、そういうことだった。

 廃墟みたいに露骨に怖い場所なら、まだ構えられる。ここは違う。病院や役所や企業の受付みたいな、ちゃんとしている顔のまま、人を人として見ない場所の気配がするのだ。


 朔夜さくやは入口を見たまま、短く言う。


「再度言うぞ。真琴まこと、記録固定。ミリア、外周。めいは閉鎖順だけ合わせろ。透羽は無理すんな。影森かげもり


「はいはい、前ですよね」


「前だ」


「知ってるし!」


 自動ドアが開く。

 中は、やけに明るかった。


 白い床。白い壁。観葉植物。待合ソファ。パンフレット台。受付カウンターの向こうには誰もいないのに、無人の感じがしない。どれもこれも“安心してください”のために置かれているのに、その安心の形だけが空っぽだった。


 私は胸元のぬいを押さえた。ぬいは耳を寝かせたまま、珍しく黙っている。


 受付の奥へ進むと、床の色がわずかに変わった。白から薄い灰色へ。歩くたびに、靴の裏を薄い膜が撫でていく。


「……案内、多くない?」


 透羽が廊下の分かれ道を見たまま言った。


 確かに多い。

 資料室A、資料室B、保全相談、一次閲覧、二次閲覧、経過観察、仮置室、査定室。言葉の意味は分かるのに、並ぶと急に、同じ人間の言葉とは思えない恐怖が襲う。


 イヤホン越しに、真琴の声が落ちてきた。


『図面ありました。でも表の建築図面にない区画が中に差し込まれてます。あと、保全対象一覧も抜けました。人名じゃなくて、全部コード管理です』


「……どんな項目?」


『接触深度、残留率、損耗許容、再利用可能性。そういうのです』


 吐き気がした。

 透羽の指先も、横目にも分かるくらい強くこわばっている。


 その時だった。


 ぶつ、と鈍い音がして、廊下の先のモニターが一斉に点いた。白い画面の中に、細身の男が立っている。


「――お嬢さんたちの入室確認。想定より少し早いですね」


 平坦な声だった。穏やかなのに、まったくやさしくない。


 雨庭あまにわあきら

 姿を見たのは初めてなのに、そうと分かった。


 年齢の分からない、薄い顔だった。スーツでも白衣でもない、無駄のない暗色の服。整っているのに印象に残らない。人間っぽいのに、他人へ興味がないことだけがはっきり分かる。


「非正規接触個体二、戻された個体一、規律側一、外周介入二。今日は……庭が騒がしい」


「は?庭?」


 私が反射で言うと、雨庭はほんの少しだけ首を傾けた。


「整えられるべき場所、人を、私は”庭”、そう呼びます」


「気持ち悪いな、その言い方」


「効率的でしょう」


 そう言って、画面の中の視線が私へ落ちる。


「影森ゆら。越境接触個体。仮保全継続。損耗大。残留性高。用途候補、複数」


 ぞわ、とした。


「……用途って言った?」


「言いましたよ」


 悪びれもしない。

 それがいちばん腹立たしかった。


「お前らなぁ、人を人として見ろよ!」


 私が吐き捨てると、雨庭はほんの少し考えるような間を置いた。


「見ています。だから分けるんです。戻れるもの、残るもの、使えるもの、消えるもの」


「最低」


「合理的、の間違いでは?」


 横で透羽が息を呑む。

 雨庭の視線は、今度はそっちへ向いた。


「夏目透羽。戻された個体。経過観察としては良好。日常適応、やや無理あり。再取得難度、低」


 透羽が半歩だけ下がった。

 その反応すら、向こうにとっては資料の続きみたいだった。


「安心してください。今回はあなたが主対象ではありません」


「安心、できるわけないでしょ……」


「ですが、良い比較例ではあります」


 そこで、朔夜が札を一枚、低く放った。白い光が走ってモニターの端を焼き、画面に一瞬だけノイズが混じる。


「喋りすぎだ」


 雨庭は避けもしない。ただ、画面の向こうで淡々と瞬きをした。


「夜見朔夜。相変わらず、拾えるものを壊したがる」


「うるさい。拾うなっつってんだよ」


「壊すより保つ方が安いのに」


「お前らの“安い”は信用ならねぇ」


 声だけでも朔夜が怒っているのが伝わってくる。――何に?何の、誰のために?...でも今はそんなことを深く考えている余裕はない。


 イヤホン越しにミリアが笑う。


『裏の搬入口、動いた。針目側の回収班、もう待機してる』


『証拠も押さえてます』と真琴。『“用途候補”と“再取得難度”、今の音声全部抜けました』


 冥の声は、いつも通り冷たい。


「夜見。やるなら今です。これ以上事態が深くなれば、閉じる順番を優先します」


「脅しかよ」


「事実ですよ」


 その直後、床が淡く光った。


 嫌な予感がした時には遅い。靴裏から冷たさが上がってきて、足首の形を、体温を、立ち方の癖を、何かに測られている感覚が走る。


「……っ」


 白い文字が床の内側から浮かんだ。

 残留、損耗、仮固定、適正外。


「影森、動くな!」


 朔夜の声。

 でも止まっていても気持ち悪い。動けばもっと深く掴まれる。ほんの一瞬で、判断が全部遅れる。


 呼吸が詰まり、喉だけが先に閉じた。悲鳴も出ない。


「ゆら!」


 透羽が私の手首を掴む。

 その瞬間、床の式が私だけじゃなく透羽までまとめて見ようとする気配に変わった。


 雨庭が、少しだけ残念そうに言う。


「比較例まで寄せないでいただきたい」


「比較って何だよ……!」


 かすれた声で怒鳴った、その時だった。


 ぬいが私の腕から飛び降り、床へ爪を立てた。


「おぬしら、測る相手を間違えとるぞ」


「……雑霊ですか。邪魔な」


「雑ではない!偉大な寄生霊獣様じゃ!」


 ぬいが吠えた瞬間、床の式が一拍だけ乱れた。ほんの僅か。でも十分だった。


 朔夜が細い札を指に挟む。壊す札じゃない。戻すための、感じの悪い白い線。


「ぬいぐるみ、よくやった」

「一本だけだ。戻れ」


 札が裂け、白い筋が私の足元と床のあいだへ差し込まれた。

 乱暴で、雑で、優しさはない。けれど、その線だけが“こっち側”だった。


 私と透羽は同時に式の外へ引きずり出され、床へ膝をつく。


「げほっ……!」


「っ、は……」


 呼吸が戻る。視界も戻る。最悪だ。


 雨庭はその様子を見て、初めて少しだけ興味を示したような顔をした。


「なるほど。壊すだけではなくなった」


 その一言で、朔夜の目が完全に冷えた。


「次それ言ったら、本気でブン殴る」


『夜見、今ちょっとだけ応援してる』とミリア。

『証拠追加です』と真琴。

 冥は短く告げる。


「外周の閉鎖を始めます。今ならまだ、人間側だけで切れる」


 そのさらに奥から、なゆの声が落ちてきた。


「……本来なら、もう書く側です」


 静かで、困ったような声だった。だから余計に怖い。


「でも、まだ()()()()()()()()()()()()


 私は荒い息のまま、透羽を見る。


 透羽は顔色の悪いまま、それでも私の手を離していなかった。


「……透羽」


「分かった」


「何が」


「静かな方が楽かもって、一瞬だけ思った。でも、あれ、静かなだけで息できないやつだ」


 少しだけ笑いそうになって、私は咳き込んだ。


「そう。それ」


「だから残る。そっち」


「うん」


 雨庭の目が、そこで初めて少しだけ細くなる。


「残る、ですか」


「残るよ」


 喉はまだ痛い。でも、言う。


「お前らが値札つけても、そっちには行かない」


 短い沈黙のあと、雨庭は予定変更を入力するみたいな声で言った。


「では、損耗込みでみ取るしかない」


 査定室の奥の扉が、ゆっくり開いた。


 白い棚が並んでいた。

 書類の棚じゃない。箱の棚でもない。

 “残ったもの”を入れるための場所だと、一目で分かる棚だった。


 吐き気がした。

 でも、足は止まらない。


 朔夜が前へ出る。

 私はその半歩後ろ。透羽が隣。ぬいは肩へ戻り、耳を伏せたまま低く唸る。


「ここから先、壊すぞ」


 モニターの向こうで、雨庭が薄く笑った。


「どうぞ。庭は、荒らされるたびに仕分けしやすくなる」


 その時、奥の最上段の棚影に、細い人影がひとつ立った。


 営業スマイルの針目だった。


「お待ちしておりました」


 やっぱり、笑っていた。


挿絵(By みてみん)

ここまで読んでくださってありがとうございます。

配信79回目は、蒐集商会の“奥”に踏み込んで、針目の上司である雨庭が本格的に前へ出てきた回でした。

怪異より先に、きちんとした顔で人へ値札をつける人間側の怖さを、ようやく正面から出せた感じがします。


【今回の登場人物】


影森(かげもり)ゆら

 主人公。今回は「値札をつけられる側」として真正面から見られましたが、それでも透羽を引っ張って、自分も踏みとどまりました。


夜見(よみ)朔夜さくや

 怪異相談屋。相変わらず口は悪いですが、今回は“壊す”だけでなく、“戻す線”を雑にでも通したのが少し変化です。


夏目透羽(なつめ とわ)

 “元・戻された個体”として揺らぎながらも、最終的にはゆら側へ残ることを選びました。静かな方が楽そうに見えて、実際は息ができない――そこを自分で言えたのが大きいです。


雨庭(あまにわ)あきら

 日本蒐集商会の査定監督官。現場を見ず、価値と損耗と用途だけで人を測る、本当に嫌な上司枠。今回から本格的に前へ出ました。


針目(はりめ)ゆい

 買付主任。奥で待っている側でも、やっぱり笑顔が感じよくて最悪スマイルお姉さんです。


鬼灯(ほおずき)なゆ

 境界記録局四課の記帳官。今回も“本来なら書くべき”ところを、まだ一行だけ空けています。やっていることはかなり危ないです。


【今回の帳尻】

・金銭帳尻:突入費、呪符、移動、たぶん全部赤字。借金はいつも通り減りません。

・死の帳尻:本来は追加相当。ですが今回は未記録寄り。差額はかなり危険です。

・鬼灯なゆの胃痛:また増えました。たぶん業務評価も最低です。

・蒐集商会側の保全圧:さらに上がりました。最悪です。


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