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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第三章 花嫁の名前を知らないまま(夏~秋)

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配信78回目 針目はまだ笑っている

 通知は、鳴っただけでは終わらない。

 やさしい顔をした言葉ほど、逃げ道を細くする。

 そして今回も、たぶん私はちゃんと死にかける。


 銭原ぜにはらの店を出てからも、透羽とわのスマホ画面には、あの通知が消えずに残っていた。


【保全処理のご案内】

【現在の状態を、より安全に維持するためのご相談が可能です】


 文面だけ見れば、保険か行政の案内みたいだった。

 あいつらのやり口だ。だからこそ嫌だ。

 人を助ける顔をした文章ほど、こっちの逃げ道をせばめる。


「――消して」


 私が言うと、夏目透羽なつめ とわは「うん」と返した。けれど、指はすぐに動かなかった。


「……透羽?」


「いや、消すよ。消すけどさ――」


 画面の白い光が、透羽の頬だけ少し青く見せる。たった一瞬の間なのに、その躊躇ためらいに何か違和感を覚える。


 その時、歩道の向こうから、やわらかい声が飛んできた。


「少しだけ、お時間よろしいですか?」


 振り向いた瞬間、ぞっとした。


 感じのいい笑顔だった。明るすぎず、押しつけがましくもない。ベージュ寄りのスーツ、綺麗な名刺入れ、薄いタブレット。駅前で保険を勧めてくる営業か、マンション販売の担当に見えなくもない。


 でも私は知っている。

 あの笑顔は、人に向ける顔じゃない。値札を見る目だ。


 蒐集の手先、針目結はりめ ゆい――。


「……帰れ」


 私が即答すると、針目結はりめ ゆいは困ったように、でもまったく困っていない顔で首を傾げた。


「警戒されるのは承知しています。ただ、本日は勧誘ではなく確認です。最近、急な事故や、繰り返す危険に心当たりはありませんか?」


「あっても、お前に言うわけないだろ」


「そうですよね。でも、一度では済まない方ほど、先に選択肢を知っておいたほうが楽なんです」


 その“楽”に、透羽の肩がわずかに揺れた。


 見逃さなかった。

 たぶん針目も、そこへ言葉を置くために来た。


「夏目さん」


 針目の視線が、私ではなく透羽へ向く。


「戻されたあとの生活は、おつらいでしょう。周囲に合わせるふりを続けるのは、想像以上に消耗します」


 透羽の顔から、笑いが一枚だけ落ちた。


「……何の話?」


「ご本人なら、少しは分かるはずです。眠る前に、元の場所へ戻りそうになる感じ。知らない単語だけ、最初から知っている感じ。戻ってきたのに、どこか一部だけ置いてきた感覚」


 背中に、ぬるい汗が走る。


 そこまで言うな。

 そこまで、他人のズレ方を綺麗な言葉にするな。


「  () () ()  」


 私が低く言うと、針目はまた笑った。


「ですから、ご案内です。無理に普通へ合わせなくてもいい管理方法があります。保全下のほうが、むしろ穏やかに過ごせる方も多いので」


「保全って、都合よく言い換えてるだけだろ」


「言い換えではありません。保護と管理は似ていますが、別です」


「最悪なこと言ってる自覚ある?」


 透羽が、まだスマホを持ったままぽつりと呟く。


「……楽、なのかな」


 その声を聞いた瞬間、反射で手が動いた。私は透羽の手首をつかんで、画面ごと下げさせる。


「そっち見るな」


影森かげもり


「見るなって言ってる」


 針目は少しだけ目を細めた。


「影森さんは、拒否反応が強いですね」


「当然だろ。人を配ってるティッシュをもらうくらいの意識で扱ってる奴に、好感持つわけない」


「そのたとえ、乱暴ですね」


「お前らのやってることのほうがよっぽど乱暴だよ」


 針目はそこでタブレットを開いた。


 向けられた画面に、吐き気がした。


 名前が並んでいる。


 影森ゆら

 区分:越境接触個体/仮保全中


 夏目透羽

 区分:戻された個体/経過観察相当


 その二行が、同じ大きさで、同じ整ったフォントで、同じ白い画面に並んでいた。


「……は?」


「現時点の簡易整理です」


「整理って言った?」


「現場側では、把握しやすさも重要ですから」


「人をファイルみたいに並べるな!」


 思わず一歩踏み出した私を、透羽が逆に止めた。


「ゆら、待って」


「待たない。待てるわけないだろ」


 針目は、怒らせたつもりがないみたいな静かな声を続ける。


「影森さんは、『よく残る』。夏目さんは、戻されたあとが『まだ綺麗』です。どちらも乱暴に扱う気はありません。だからこそ、早めの保全が」


「うるさい。こっちの意思を尊重しろ!()()()()()


 自分でも、声が思ったより低く出た。


 針目の笑顔が、ほんの少しだけ薄くなった。

 でも消えない。あの人の笑顔は表情じゃなくて、機能だ。


「影森さんのように、繰り返し死の縁へ近づく方は、途中で壊れることがあります」


「……」


()()()()が減るだけでも、価値はあると思いませんか?」


「お前の“無駄”判定で、私の死に方を決めるな」


 言った瞬間、タブレットの端で何かが揺れた。


 白い画面の奥。

 査定表のさらに下。

 見えたのは一瞬だけだったけど、そこに数字と語句の列が流れる。


 損耗率。

 残存性。

 用途候補。


 くらっとする。

 視界の輪郭が、ほんの少しだけ遅れた。


「……っ」


「ゆら?」


 透羽の声が遠い。

 呼吸が、一拍ぶん遅れる。胸の真ん中に、冷たい針を差し込まれたみたいだった。


 やばい、と思った時には遅かった。


 心臓が、落ちる。


 世界の音だけが先に遠ざかり、足元の感覚が消えた。膝が折れる。アスファルトにぶつかる直前、誰かが名前を呼んだ。


「影森!」


 朔夜さくやの声だった。


 次の瞬間、何か細いものが胸の奥へ無理やり通された感覚がある。

 痛い。優しさの欠片もない。けれど、こっち側へ引き戻すための雑な線だと、本能で分かった。


「っ、ぁ……!」


 肺が勝手に空気を奪い込んだ。

 息が戻る。痛みも戻る。最悪だ。


「げほっ、げほっ……!」


「影森。見るなって言っただろ」


「……言ってない……!」


「言ったようなもんだ」


「毎回それ!説明不足!!」


 視界の端で、針目がほんの少しだけ息を吐いた。

 驚いた、ではない。確認した、の顔だったのが腹立たしい。


「やはり不安定ですね」


「人を殺しかけといてその感想!?」


「接触だけでここまで落ちるなら、急いだほうがいい」


「急ぐのはお前の帰宅だよ!」


 そこへ、イヤホン越しに真琴まことの声が飛び込んできた。


『位置、ほぼ絞れました。通知経路、相談ページ、保全案内、全部一個所に集約してます。表向きは資料保管室扱いですけど、中身は完全に仮拠点ですね』


 続いて、ミリアの声。


『外、見た。出入口ふたつ。警備カメラ三。正面は綺麗だけど、裏の搬入口、生きてる』


 めいはもっと冷たい。


蒐集しゅうしゅうを助ける気はありません。ですが、夜見。あなたが今ここで暴走するのも止めます」


「うるせぇな、冥――」


「そのまま突っ込めば、あなたごと閉じます」


「相変わらず言い方が怖いわ!」


 少し遅れて、白い帳面を閉じる音がした。なゆだ。


「……また書かないことになりますね」


 優しい声だった。だから余計に怖い。


「でも、次は帳尻が先に来ます。影森さん、もう猶予は薄いです」


「今その情報いる……?」


「必要です」


 針目はその会話を聞きながら、また営業用の笑顔へ戻っていた。何もなかったみたいに、名刺を一枚だけ差し出してくる。――前にもあったな。事務所で。


「本日はご案内までにしておきます。夏目さん。影森さん。選択肢は、多いほうが安心できますから」


 私は名刺を見る前に、朔夜がそれを指先で弾き飛ばした。


「くだらんエセ営業は終わりだ」


「では、次は施設側でお待ちしています」


 針目は一礼して去る。

 足音まで感じがいいのが、本当に腹立たしかった。


 透羽はしばらく黙ったまま、私の横にしゃがみこんでいた。顔色は悪い。たぶん私も同じだ。


「……ごめん」


「なんで透羽が謝るんだよ」


「一瞬だけ、そっちのほうが楽かもって思っちゃった」

「......わたしは、前にも経験してるし、ねっ」

精一杯から元気で私に伝える透羽は、少しだけ、震えていた。


「思うだろ。あんな言い方されたら」


「でも、思ったの最悪だなって」


 私はまだ痛む胸を押さえながら、息を整える。


「楽なんじゃないよ。あいつらは、選ばせないだけだ」


 透羽は小さく笑って、それからちゃんと頷いた。


「うん。だから、一緒に行く」


「え?」


「ここで逃げたら、たぶんあの笑い方ずっと残る」


 ミリアが鼻で笑う。


「いい顔するじゃん。やっぱ趣味悪い奴らは、こっちから殴り返したほうが早いのよ」


「殴るで済めば楽なんだけどな」


 朔夜が短く言った。


「役割いうぞ。真琴は記録係固定。ミリアは外周。冥は閉鎖補助。透羽は無理すんな。見えた違和感だけ拾え。影森」


「……はいはい、どうせ前の役だろ」


「前だ」


「知ってた!」


 少しだけ笑いが出た。ほんの一瞬だけ。

 でも、そのくらいでちょうどよかった。


―――――


 車で移動した先は、街の外れにある古いビルだった。

 再開発から半歩だけ置いていかれたみたいな、白くて、静かで、やけに空調の効いた建物。表の案内板には、資料保管室だの相談窓口だの、感じのいい文字が並んでいる。


 なのに、入口の前に立った瞬間だけ分かった。

 ここ、笑顔の奥が全部白い。


 透羽が小さく息を吐く。


「……ここだ」


 朔夜はドアの向こうを見たまま、低く言った。


「拾われる前に、こっちから入る」


 自動ドアの曇ったガラスの向こうで、まだ誰かが笑っている気がした。


 つづく


挿絵(By みてみん)

ここまで読んでくださってありがとうございます。

配信78回目は、蒐集商会側の“感じのいい顔をした回収”が真正面から来た回でした。

殴ってくる怪異より、笑って選ばせてくる相手のほうが、たぶんずっと質が悪いです。


今回の登場人物


**影森かげもりゆら**

死にたくないのに、またしても営業トーク経由で心臓を止められかけた女子高生。今回は「自分が嫌な目に遭う」より先に、「透羽を渡したくない」が動いた回でもあります。


**夜見よみ朔夜さくや**

相変わらず口は悪いし雑ですが、今回は“壊す”より先に“引き戻す”側へ寄ったのが少しだけ見えました。本人は絶対認めません。


**夏目透羽なつめ とわ**

“楽なほうへ行きたくなる気持ち”を一瞬だけ覗かせた転校生。だからこそ、そこで踏みとどまる意志が見えた回です。


**針目結はりめ ゆい**

営業スマイルのまま、人を区分と用途で並べてくる蒐集側の前線担当。今回いちばん怖いのはたぶんこの人です。


**鬼灯ほおずきなゆ**

今回も帳面に書くべきところを、ぎりぎりで書かない側へ寄った記帳官。ただし猶予は、もうかなり薄いです。


**紅坂ミリア/毒島真琴/白縫冥**

それぞれ別の理屈で蒐集へ対抗しつつ、次回の突入準備を整えた面々。ここから先は、もう逃げるだけでは済みません。


---


### 境界記録局四課・鬼灯なゆの帳面


**記帳対象**

影森ゆら


**今回の状態**

未記帳処理

※本来は記帳対象。今回も猶予扱い。


**記帳理由相当**

蒐集側端末との接触による短時間停止/帰還処理あり


**帳尻状況**

猶予、継続中

ただし余白は減少


**備考**

笑って差し出される選択肢ほど、死後側ではよく残る。

次回、突入処理に伴い追加記帳の可能性高し。


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