配信77回目 銭原の“本物”は高い
正規の手で抜けないなら、裏の本物を買いに行くしかない。
そういう時に頼る相手が、いちばん信用できないのが最悪だ。
あと今回は、死なない代わりに別の意味で嫌な目に遭います。
夜見よろず相談事務所に戻って、最初に起きたことは、全員が同じ顔をしたことだった。
一律そろって――嫌そうな顔である。
「で、結論だけ言います」
真琴さんが、端末を机へ置いた。
「あそこ、正面突破は無理です。蒐集の仮置き地点、査定式と結界が二重。普通の呪符と配信術式だけだと、侵入前にこちらが記録されます」
「私側の道具でも、これ以上のことをするなら、越権行為となります」
冥さんが続ける。つまり、真っ当な手じゃ間に合わないってことだ。
ミリアが腕を組んだまま、当然みたいに言う。
「じゃあ裏の本物が要るってことね」
私は机に突っ伏したくなった。
「うわあ。全員で同時に嫌そうな顔するのやめてくれる?」とミリア。
朔夜は本当に最悪そうな顔で、短く言った。
「行くぞ」
「行きたくない」
「知ってる」
「じゃあやめようよ」
「やめない」
即答だった。ほんとに最低だ。
透羽はソファの端に座ったまま、まだ少し顔色が悪い。守られる側に入った気まずさだけじゃない。思い出したくない何かが、まだ身体の内側で擦れている顔だった。
ぬいが棚の上で、わざとらしく嫌そうに尻尾を振る。
「うわぁ、あそこか。あやつの店、匂いが終わっとるからのう」
「わかる。入る前から い や」
「おぬしは毎回いやばっかじゃのう」
「毎回嫌だからしょうがないだろ!」
結局、全員で事務所を出た。
―――――
銭原の店は、今日も表通りから半歩だけずれた場所にあった。
雑居ビルの一階。看板はあるのに読ませる気がない字体。ガラス扉の向こうには、骨董品屋みたいな棚と、フリマアプリの闇市版みたいな雑多さと、普通の人生ではたぶん一生関わらなくてよかったものたちの気配が、ぎっしり詰まっている。
扉を開けた瞬間、鈴が鳴った。
「おっ、なんや。今日はほんまにろくでもない顔ぶれやなあ」
カウンターの向こうで、銭原呪助が笑う。柄シャツ、金歯、目だけ笑ってない、いつもの胡散臭い男。安心感ゼロの常連みたいなものである。そんなの全然うれしくない。
「夜見お前、そんな顔しとると、高うつくぞ」
「売るなら売れ、ぼったら殺すぞ」
「ご挨拶やなぁ」
銭原は大げさに肩をすくめて、こっちを見回した。ミリア、冥、真琴さん、私、透羽。ぬいまでいる。
「うわあ。これ、蒐集か」
銭原の薄ら笑いが、そこで少しだけ薄くなった。
朔夜が要件だけを端的に伝える。
「蒐集の結界を抜く。査定式を誤魔化す。仮保全タグの追跡を逆算したい」
「はいはい、つまり普通の札じゃ足りん、と」
「足りない」
「知っとる」
銭原はカウンターを離れて、奥の棚へ消えた。戻ってきた時、手には三つの箱があった。どれも見た目は地味なのに、置かれた瞬間だけ、店の空気が一段沈んだ。
「今回は“本物”や。ありがたく思え」
「先に値段を言え」
「その前に中身ば見ん?」
「値段」
「ほんま可愛げなか男やな」
でも銭原は、ちゃんと蓋を開いた。
一つ目は細い釘だった。黒くて、先端だけが妙に湿って見える。
「《”原版追跡釘・真”》。複写も仮保全も、“最初の傷”だけ追う安もんやなか。受け渡し先ごと逆に暴く。本物は追うんやなくて、逃げ道ごと釘打つ」
二つ目は、曇ったフィルムみたいな薄膜だった。光を受けても反射が鈍い。
「《”視線濁し・真”》。見る側の査定を、ほんの少し濁すだけの代物やない。候補の輪郭ごと曇らせる。ばってん、こん本物は、隠すんやなくてそもそも”選ばせん”」
三つ目は、小さな糸巻きだった。
銀に見えて、角度を変えると白く消える。存在感が妙に薄いくせに、目を逸らすと逆に気になる。
銭原が指でつまんで見せる。
「で、これ。戻す側の線や」
それだけなのに、店の空気がまた少し重くなった。
朔夜の目が、そこで初めて止まる。
銭原はわざとらしく笑ってから、でも声だけ少し落とした。
「壊す札ばっか使うな。戻す線、一本くらい持っとけ」
その一言だけ、妙に静かだった。
私はそこへ割り込む。
「で、いくら」
銭原が満面の笑みを浮かべた。
「全部まとめて、学割つけても泣く額」
「学割が何の意味もない!」
ミリアが横から箱を覗き込む。
「副作用は?」
「あるに決まっとるやろ。効くもんに無傷なんかあるわけなか」
指を折って数え始める。
「追跡釘は、打った側も逆に“原版”へ引かれやすうなる。視線濁しは、使っとる間だけ反射面の距離感が狂う。戻す側の線は……」
そこで銭原は一拍置いた。
「失う側が強いと、切れる」
店の空気が一段冷えた。
その時だった。
透羽が、かすかに息を呑む。
私はそっちを見た。透羽は箱じゃなく、その並べられ方を見ていた。
等間隔。手に取る順番。ケース越しの視線。物としての値段より、用途が先に決まってる棚の組み方。見て選ぶんじゃない。もう選ばれたあとに、置かれている感じ。
「透羽?」
返事が遅い。
「……これ、知ってる」
「何を」
「値段じゃない」
透羽の声は、薄く掠れていた。
「並べ方。見られ方」
店のガラスに映った透羽が、ケースの中の呪具と同じ列に並んで見えた。名前じゃなく、使い道で区分けされる棚。値札じゃなく、用途で置かれる感じ。
吐き気でもこらえるみたいに、透羽が口元を押さえる。
「……っ」
私は反射で、透羽の肩を引いた。
「見るな」
朔夜も低く言う。
「思い出そうとするな。寄せられる」
銭原が、珍しく黙った。たぶん、察したんだと思う。透羽がどっち側の嫌な記憶に触ったのかを。
その沈黙ごと、私は腹が立った。
「人も物も、並べて見て選ぶの、ほんと趣味悪い」
銭原が肩をすくめる。
「わしは売る側や」
「最低の言い訳!」
「せやけど、あっちは違う。売らん。選んだ時点で、もう使う気や」
ミリアが鼻で笑う。
「それは否定できない」
「できないんかい!」
でも、否定できないのが最悪だった。
真琴さんが現実に戻すみたいに言う。
「突破口はこれだけです」
冥も冷たくうなずいた。
「信用はしません。ですが、必要です」
朔夜が箱を順に見て、最後に糸を取った。
「全部寄越せ」
「毎度あり。あ、支払いは現金優先やけん。カードは割増、なっ」
私は金額をみた。そして思った。
「お前、マジで死ねばいいのに」
「商売人に向かって酷かな、お嬢ちゃん」
「未成年相手にこの額吹っかけるほうが酷いわ!」
叫んだ、その時だった。
透羽のスマホが震えた。
本人より先に、私が嫌な気配に気づく。画面がまだ光る前から分かるタイプのやつだ。
透羽が恐る恐る見下ろす。
通知は一行だけ。
**保全処理のご案内**
その四文字を見た瞬間、店のガラスに一瞬だけ、知らない男の営業スマイルが重なった。
私は反射でそっちを見てしまった。
だめだ、と思った時には遅い。
視線が吸われる。
胸の奥が、ひゅ、と冷えた。
「――っ」
息が止まる。ほんの一拍だけ。死ぬほど深くじゃない。でも、死の借金の帳面に、薄く触れるには十分な停止。
朔夜が即座に札を切った。
「見るな、影森」
熱が押し戻される。私はカウンターに手をついて、荒く息を吐いた。
「……今の、ほんとにやめて……」
ミリアが笑う。楽しそうじゃない、本気で嫌そうな笑いだった。
「ほら来た。先回り営業」
朔夜は箱を掴む。
「帰るぞ」
ガラス扉の向こう、夜の街のどこかで、営業スマイルの気配だけが先に待っている。
たぶん次は、向こうから来る。
だったらこっちも、持っていくしかない。
最悪な本物を。
ゆら「数えるの、やめたかった。やめたところで減らないけど。」
―――――
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、蒐集決着前の**装備回**でした。すでに出ていた呪具を“本物版”として引っ張り上げる形にして、銭原の店でしか出せない嫌な強さを前へ出しています。透羽が「値段じゃない。並べ方」を思い出しかけたのも、この回の大事なところです。
#### 今回の主な登場人物
* **影森ゆら**
装備回なのに、最後できっちり嫌な接触を踏みました。勤務中です。
* **夜見朔夜**
最悪そうな顔で店に行き、最悪そうな顔で支払いをする男。
* **夏目透羽**
“商品として見られた感覚”に近いものを、店の棚の並び方から思い出しかけた転校生。
* **銭原呪助**
今回だけ“本物”を出した呪物商人。相変わらず最悪だが、最低限、嘘はつかない。
* **紅坂ミリア**
値段にうるさくて口も悪いが、蒐集相手にはちゃんと嫌そうな顔をする女。
* **毒島真琴**
導線と数字の整理担当。こういう嫌な準備回で一番仕事している。
* **白縫冥**
信用はしない、でも必要は認める。最後までその線を崩さない監視側。
#### 今回の帳尻
* **金銭帳尻**:地獄。今回の“本物”は、学割があっても泣く額でした。
* **死の帳尻**:最後に一拍だけ停止。深くはないが、帳面の端に薄く触れる程度の嫌な接触あり。
* **構造帳尻**:重め。透羽の“商品扱いされた感覚”が、棚の並びだけで戻りかけたのがかなりまずい。
* **記帳側メモ**:たぶん帳面の人は「またそういう薄い停止を増やす」と静かに嫌がっています。
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