配信76回目 今だけは同じ敵がムカつく
最悪な女が味方に入ると、空気はだいたい悪くなる。
でも今回ばかりは、敵にならなくて助かった。
あと私は、またちょっとだけ死にかけます。
夜見よろず相談事務所の空気は、昨日よりさらに悪かった。
原因は分かっている。
紅坂ミリアが、当然みたいな顔でソファに座っているからだ。
私が主役よ、とでも言わんばかりの偉そうな顔で。
「で? 嫌そうな顔してるけど、使えるものは使うんでしょ」
「しょっぱなから、その言い方がもう嫌なんだけど」
私が即返すと、ミリアは楽しそうに笑った。こっちは全然楽しくない。昨日、透羽をかばって仮保全タグを胸に食らったばかりで、まだ呼吸の奥が少しだけ重い。死にきってない日のだるさ。最悪の後味が残っている。
朔夜は机の向こうで、露骨に機嫌の悪い顔をしていた。
「手短にしろ」
「はいはい。で、結論から言うと、蒐集の仮保全ルート、一本だけ尻尾が見えたの」
そこで真琴さんがモニターを回す。画面には広告出稿ログ、配信通知の偏り、位置情報つき投稿の流れ。数字の羅列を見ただけで頭痛がしそうだったけど、ミリアはそこへ自分の端末を横から差し込んだ。
「こっち。廃墟映えで回ってる裏アカ群。昨日の夜から旧繁華街の外れにだけ、人が不自然に寄ってる」
「……この導線、重なってますね」
真琴さんの声が、少しだけ本気になる。
「表は広告連動イベント。裏は配信者向けの映えスポット共有。候補個体を自然に歩かせるなら、確かに効率がいいです」
「でしょ?」
「悔しいですけど、話が早いです」
「嬉しくない褒め方ねえ、まあいいわ」
この二人、絶対相性悪いのに、数字の話になるとだけ妙に噛み合う。見ていてなんか腹が立つ。
壁際の冥さんが、冷たく割り込んだ。
「私はまだ、この女を戦力と認めていません」
「光栄ね。こっちも”あなたに”好かれたいわけじゃないし」
透羽はそのやり取りを見ながら、いつもより少しだけ黙っていた。昨日までは守られる側に入った気まずさだったのに、今日は別の顔をしている。怖がっている、というより、思い出しかけている顔。
真琴さんが次の画面を開く。
「仮保全の次は輸送です。本保管へ入る前に、一度どこかへ仮置きしてる。旧繁華街の外れ、ガラス搬入口つきの商業ビル跡。ここがたぶん中継点です」
その地図を見た瞬間、透羽がぽつりと言った。
「……そこ、仮置きっぽい」
全員の視線が集まる。
透羽はしまった、みたいな顔をしたけど、もう遅い。
「なんで分かるの」
私が聞くと、透羽は笑ってごまかそうとした。
「いや、なんとなく。倉庫っぽいし」
「今の“なんとなく”じゃなかっただろ」
「影森、詰めすぎ」
「詰めるよ。そういうの急に知ってる感じで言うな」
透羽の眉が少しだけ寄る。
「じゃあどうしろっていうの」
空気が止まりかけたところで、朔夜が立ち上がった。
「現地を見れば済む」
それだけ言って、上着を取る。話を切る時だけは本当に早い。
ぬいが棚の上で鼻をひくつかせた。
「いやな気配じゃな。人の、探してる匂いが濃い」
「その表現ほんとやめて」
「事実じゃ」
最悪だ。
―――――
旧繁華街の外れは、ネオンが消えたあとだけ変に広く見える。
閉店した店。落書きの残ったシャッター。割れてはいないのに、汚れすぎて向こうが見えないガラス。人がいないわけじゃないのに、誰も長居しない場所。
問題のビルは、そのはずれにあった。表向きは閉鎖された商業施設。けど、搬入口まわりだけが妙に新しい。ガラスの自動扉は止まっているのに、その内側だけ薄く明るい。
「……映えとか言ってここ来るやつ、正気じゃないっしょ」
「言ったでしょ。趣味悪い連中が回してるって」
ミリアが当然みたいに返す。配信者としての実力は本物だ。それだけは認めるしかない。
真琴さんが端末を見ながら低く言う。
「反応、あります。搬入口にだけ更新ログが残ってる。短時間で開いて、閉じてる」
冥さんは一歩引いた位置から周囲を見ていた。
「本保管ではありません。仮置きです。ですが、結界の質は悪くない」
朔夜が舌打ちする。
「面倒だな」
「その顔、ちょっと嬉しそうでもあるわよ」
「気のせいだ」
その時、透羽の足がふらっと前に出た。
搬入口脇のガラス。真っ黒に見えたそこにだけ、薄く矢印みたいな光が浮かぶ。私は見えなかった。けど、透羽には見えたんだと思う。
「透羽!」
呼んだ時には遅い。透羽は一歩ぶん、そっちへ引かれていた。
まずい、と思うより先に体が動いた。
私は透羽の肩を掴んで引き戻す。そのまま自分が前へ出る形になって、ガラスの正面に立ってしまった。
直後、胸の奥が冷えた。
息が浅くなる。いや、違う。吸えてない。また呼吸が......
「っ、ぁ……」
薄いガラスの向こうから、札みたいな文字が重なってくる。
候補補正。仮押さえ。接触済。
胸に、冷たい紙を何枚も貼られるみたいだった。
「影森!」
透羽の声が遠い。
膝が落ちる。視界が狭くなる。死ぬというより、分類される感じ。呼吸も鼓動も、そのために一回止められるみたいな、最悪の処理。
「ゆら!」
朔夜の声だけが、そこではっきりした。
札が切られる音。金を燃やす、あの嫌な気配。次の瞬間、胸の奥へ無理やり熱が押し込まれる。
「――っ、が、は!」
私はその場で咳き込んだ。倒れたまま空気を吸う。吸える。痛い。戻された。
「は、っ……最悪……」
「一瞬持っていかれたな」
朔夜は冷たい声のまま言ったけど、その手はまだ札を離していなかった。ミリアもさっきまでの軽口を捨てて、ガラス面を睨んでいる。
「今の見た? やっぱりこの子じゃなくても持ってく。仮保全の残り香だけでこれ」
真琴さんが青い顔でうなずく。
「このまま正面から入るのは無理です。普通の呪符と配信術式だけじゃ、抜けません」
冥さんも否定しなかった。
「正規の道具では、これ以上は進めません」
透羽が、真っ青なまま私を見る。
「……ごめん」
「それ、今日二回目」
「だって」
「分かってる。分かってるけど――!」
自分でも声が少し荒い。でも、ほんとにそうだ。こっちは死にかけてまで引っ張り戻したんだから、せめてそこで止まってほしい。
ミリアが短く息を吐いた。
「じゃ、決まりね」
「何が」
「本物が要るってことよ」
私と朔夜の顔が同時にしかめられた。
「うわ」
「最悪だな」
「あなたたち、息ぴったりじゃない」
「嬉しくない!」
ミリアは肩をすくめる。
「でも他にないでしょ。普通のやり方じゃやれない。冥は持ち込めない。夜見は今ので無駄に消耗した。なら、裏から本物を買うしかない」
真琴さんが静かに補足した。
「突破口は一つです。嫌ですけど」
私はもう、その時点で嫌な予感しかしなかった。
「……ねえ、それってさ」
朔夜が、ほんとうに最悪そうな顔で答える。
「銭原の店だ」
やっぱりだ。
ガラスの向こうでは、まだ見えない手順が静かに動いている。
だったら次は、こっちも最悪な手を使うしかない。
ほんとに、ろくでもない共闘だった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、**一時共闘を実務に落とす回**でした。ミリアは相変わらず嫌な女ですが、真琴と数字面だけ一瞬噛み合う感じと、冥が最後まで信用しない温度差は、今後の蒐集との対決でも効いてきます。
#### 今回の主な登場人物
**影森ゆら**
透羽を止めるために前へ出て、仮保全の残り香をまともに食らいました。勤務中です。
**夜見朔夜**
嫌々共闘を飲み込みつつ、落ちかけたゆらだけは即座に引き戻す男。
**夏目透羽**
“見えるはずのない誘導”に反応してしまい、自分のズレがまた一段はっきりした転校生。
**毒島真琴**
現場は嫌いでも、数字と導線の読みでは頼りになる実務担当。
**紅坂ミリア**
趣味は悪いが目はいい女。今回は配信網と裏ルートが普通に役立ちました。
**白縫冥**
協力はするが、信用はしない。規律側の線を最後まで崩さない監視者。
#### 今回の帳尻
* **死の帳尻**:未遂寄り。一瞬向こうへ引かれかけたが、朔夜が即時に引き戻したため“薄く引っかかる”程度。
* **構造帳尻**:重め。透羽だけでなく、ゆらも仮保全の残り香に反応することが確認されたのが厄介。
* **記帳側メモ**:帳面の人から見ても、こういう“未遂なのに処理だけ先に走る接触”はたぶん嫌なやつです。
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