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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第三章 花嫁の名前を知らないまま(夏~秋)

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配信76回目 今だけは同じ敵がムカつく

 最悪な女が味方に入ると、空気はだいたい悪くなる。

 でも今回ばかりは、敵にならなくて助かった。

 あと私は、またちょっとだけ死にかけます。


 夜見よろず相談事務所の空気は、昨日よりさらに悪かった。


 原因は分かっている。

 紅坂べにさかミリアが、当然みたいな顔でソファに座っているからだ。

 私が主役よ、とでも言わんばかりの偉そうな顔で。


「で? 嫌そうな顔してるけど、使えるものは使うんでしょ」


「しょっぱなから、その言い方がもう嫌なんだけど」


 私が即返すと、ミリアは楽しそうに笑った。こっちは全然楽しくない。昨日、透羽とわをかばって仮保全タグを胸に食らったばかりで、まだ呼吸の奥が少しだけ重い。死にきってない日のだるさ。最悪の後味が残っている。


 朔夜さくやは机の向こうで、露骨に機嫌の悪い顔をしていた。


手短てみじかにしろ」


「はいはい。で、結論から言うと、蒐集しゅうしゅうの仮保全ルート、一本だけ尻尾が見えたの」


 そこで真琴まことさんがモニターを回す。画面には広告出稿ログ、配信通知の偏り、位置情報つき投稿の流れ。数字の羅列を見ただけで頭痛がしそうだったけど、ミリアはそこへ自分の端末を横から差し込んだ。


「こっち。廃墟映えで回ってる裏アカ群。昨日の夜から旧繁華街の外れにだけ、人が不自然に寄ってる」


「……この導線、重なってますね」


 真琴さんの声が、少しだけ本気になる。


「表は広告連動イベント。裏は配信者向けの映えスポット共有。候補個体を自然に歩かせるなら、確かに効率がいいです」


「でしょ?」


「悔しいですけど、話が早いです」


「嬉しくない褒め方ねえ、まあいいわ」


 この二人、絶対相性悪いのに、数字の話になるとだけ妙に噛み合う。見ていてなんか腹が立つ。


 壁際のめいさんが、冷たく割り込んだ。


「私はまだ、この女を戦力と認めていません」


「光栄ね。こっちも”()()()()”好かれたいわけじゃないし」


 透羽はそのやり取りを見ながら、いつもより少しだけ黙っていた。昨日までは守られる側に入った気まずさだったのに、今日は別の顔をしている。怖がっている、というより、思い出しかけている顔。


 真琴さんが次の画面を開く。


「仮保全の次は輸送です。本保管へ入る前に、一度どこかへ仮置きしてる。旧繁華街の外れ、ガラス搬入口つきの商業ビル跡。ここがたぶん中継点です」


 その地図を見た瞬間、透羽がぽつりと言った。


「……そこ、仮置きっぽい」


 全員の視線が集まる。


 透羽はしまった、みたいな顔をしたけど、もう遅い。


「なんで分かるの」


 私が聞くと、透羽は笑ってごまかそうとした。


「いや、なんとなく。倉庫っぽいし」


「今の“なんとなく”じゃなかっただろ」


「影森、詰めすぎ」


「詰めるよ。そういうの急に知ってる感じで言うな」


 透羽の眉が少しだけ寄る。


「じゃあどうしろっていうの」


 空気が止まりかけたところで、朔夜が立ち上がった。


「現地を見れば済む」


 それだけ言って、上着を取る。話を切る時だけは本当に早い。


 ぬいが棚の上で鼻をひくつかせた。


「いやな気配じゃな。人の、探してる匂いが濃い」


「その表現ほんとやめて」


「事実じゃ」


 最悪だ。


―――――


 旧繁華街の外れは、ネオンが消えたあとだけ変に広く見える。


 閉店した店。落書きの残ったシャッター。割れてはいないのに、汚れすぎて向こうが見えないガラス。人がいないわけじゃないのに、誰も長居しない場所。


 問題のビルは、そのはずれにあった。表向きは閉鎖された商業施設。けど、搬入口まわりだけが妙に新しい。ガラスの自動扉は止まっているのに、その内側だけ薄く明るい。


「……映えとか言ってここ来るやつ、正気じゃないっしょ」


「言ったでしょ。趣味悪い連中が回してるって」


 ミリアが当然みたいに返す。配信者としての実力は本物だ。それだけは認めるしかない。


 真琴さんが端末を見ながら低く言う。


「反応、あります。搬入口にだけ更新ログが残ってる。短時間で開いて、閉じてる」


 冥さんは一歩引いた位置から周囲を見ていた。


「本保管ではありません。仮置きです。ですが、結界の質は悪くない」


 朔夜が舌打ちする。


「面倒だな」


「その顔、ちょっと嬉しそうでもあるわよ」


「気のせいだ」


 その時、透羽の足がふらっと前に出た。


 搬入口脇のガラス。真っ黒に見えたそこにだけ、薄く矢印みたいな光が浮かぶ。私は見えなかった。けど、透羽には見えたんだと思う。


「透羽!」


 呼んだ時には遅い。透羽は一歩ぶん、そっちへ引かれていた。


 まずい、と思うより先に体が動いた。


 私は透羽の肩を掴んで引き戻す。そのまま自分が前へ出る形になって、ガラスの正面に立ってしまった。


 直後、胸の奥が冷えた。


 息が浅くなる。いや、違う。吸えてない。また呼吸が......


「っ、ぁ……」


 薄いガラスの向こうから、札みたいな文字が重なってくる。

 候補補正。仮押さえ。接触済。


 胸に、冷たい紙を何枚も貼られるみたいだった。


「影森!」


 透羽の声が遠い。


 膝が落ちる。視界が狭くなる。死ぬというより、分類される感じ。呼吸も鼓動も、そのために一回止められるみたいな、最悪の処理。


「ゆら!」


 朔夜の声だけが、そこではっきりした。


 札が切られる音。金を燃やす、あの嫌な気配。次の瞬間、胸の奥へ無理やり熱が押し込まれる。


「――っ、が、は!」


 私はその場で咳き込んだ。倒れたまま空気を吸う。吸える。痛い。戻された。


「は、っ……最悪……」


「一瞬持っていかれたな」


 朔夜は冷たい声のまま言ったけど、その手はまだ札を離していなかった。ミリアもさっきまでの軽口を捨てて、ガラス面を睨んでいる。


「今の見た? やっぱりこの子じゃなくても持ってく。仮保全の残り香だけでこれ」


 真琴さんが青い顔でうなずく。


「このまま正面から入るのは無理です。普通の呪符じゅふと配信術式だけじゃ、抜けません」


 冥さんも否定しなかった。


「正規の道具では、これ以上は進めません」


 透羽が、真っ青なまま私を見る。


「……ごめん」


「それ、今日二回目」


「だって」


「分かってる。分かってるけど――!」


 自分でも声が少し荒い。でも、ほんとにそうだ。こっちは死にかけてまで引っ張り戻したんだから、せめてそこで止まってほしい。


 ミリアが短く息を吐いた。


「じゃ、決まりね」


「何が」


「本物が要るってことよ」


 私と朔夜の顔が同時にしかめられた。


「うわ」

「最悪だな」


「あなたたち、息ぴったりじゃない」


「嬉しくない!」


 ミリアは肩をすくめる。


「でも他にないでしょ。普通のやり方じゃやれない。冥は持ち込めない。夜見は今ので無駄に消耗した。なら、裏から本物を買うしかない」


 真琴さんが静かに補足した。


「突破口は一つです。嫌ですけど」


 私はもう、その時点で嫌な予感しかしなかった。


「……ねえ、それってさ」


 朔夜が、ほんとうに最悪そうな顔で答える。


銭原ぜにはらの店だ」


 やっぱりだ。


 ガラスの向こうでは、まだ見えない手順が静かに動いている。

 だったら次は、こっちも最悪な手を使うしかない。


 ほんとに、ろくでもない共闘だった。


挿絵(By みてみん)

ここまで読んでくださってありがとうございます。

今回は、**一時共闘を実務に落とす回**でした。ミリアは相変わらず嫌な女ですが、真琴と数字面だけ一瞬噛み合う感じと、冥が最後まで信用しない温度差は、今後の蒐集との対決でも効いてきます。


#### 今回の主な登場人物


**影森ゆら**

 透羽を止めるために前へ出て、仮保全の残り香をまともに食らいました。勤務中です。

**夜見朔夜**

 嫌々共闘を飲み込みつつ、落ちかけたゆらだけは即座に引き戻す男。

**夏目透羽なつめ とわ**

 “見えるはずのない誘導”に反応してしまい、自分のズレがまた一段はっきりした転校生。

**毒島真琴ぶすじま まこと**

 現場は嫌いでも、数字と導線の読みでは頼りになる実務担当。

**紅坂ミリア**

 趣味は悪いが目はいい女。今回は配信網と裏ルートが普通に役立ちました。

**白縫冥しらぬい めい**

 協力はするが、信用はしない。規律側の線を最後まで崩さない監視者。


#### 今回の帳尻


* **死の帳尻**:未遂寄り。一瞬向こうへ引かれかけたが、朔夜が即時に引き戻したため“薄く引っかかる”程度。

* **構造帳尻**:重め。透羽だけでなく、ゆらも仮保全の残り香に反応することが確認されたのが厄介。

* **記帳側メモ**:帳面の人から見ても、こういう“未遂なのに処理だけ先に走る接触”はたぶん嫌なやつです。


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