配信75回目 ミリアは趣味が悪いが目はいい
昨日、私はガラスの向こうから心臓を止められた。
なので今日は、反射するもの全部がちょっと嫌いだ。
あと最悪な女が、さらに一人増えます。
朝の教室で、私は窓をなるべく見ないようにしていた。
見たくない。昨日、ガラスの向こうから心臓を止められたせいか、反射するものすべてを避けたい気持ちが心の中にある。自分の顔が、自分より半拍ぶん遅れてついてくる感じ。ほんとに朝イチから最悪です。
「ゆらちゃん、今日もしんどそう〜……」
「しんどいよ。普通にしんどい」
るながパンをちぎりながら言う。その隣で、透羽はいつもの明るい顔を作っていたけど、ロッカーの金属扉に自分が映る角度だけ、さりげなく避けていた。
それを、幽々《ゆゆ》はちゃんと見逃さない。
「透羽、反射するもの、見てないよね」
「見てる見てる。……見たくないだけで」
「それ、ほぼ見てないって言うんだよ」
私が返すと、透羽は肩をすくめた。
「影森、今日いつもより当たり強くない?」
「昨日死んだからね」
「朝イチで言う言葉じゃなくない?」
軽い調子の返しだったのに、るなと幽々が一瞬だけ黙った。透羽も、そこでやっと少しだけ気まずそうな顔をする。
「ごめん、ちょっと言いすぎた」
「まぁいいよ、少し気持ちわかるし」と私が返した。
守るって決めた翌日に、守られる側にそういう顔をされるの、ほんと面倒。でも、あまり引きずらないことに決めた。
「今日、みんなで帰ろぉ〜?」
るなが、空気をほぐす発言をした。
「それがいいかもね」
幽々がうなずく。透羽は少し遅れて、「うん」とだけ返した。
その遅れが、私は妙に引っかかった。
でも、今ここで言葉にしたら、たぶん余計に空気が悪くなる。私はそれ以上は何も言わず、机の上のスマホを伏せた。
反射面が、今日はほんとうに嫌いだった。
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放課後。私たちは朝の約束通り、透羽を単独にしないよう、夜見よろず相談事務所へ向かった。
「動くなら今夜です」
事務所に入るなり、真琴さんがそう言った。
机の上にはモニターが三枚。蒐集側の観測アカウントらしき一覧、妙に整いすぎた広告出稿ログ、駅前ビジョンの管理画面。見ているだけで頭が痛くなる。
朔夜は露骨に機嫌が悪かった。冥さんは壁際で腕を組んだまま、いつもの読めない顔をしている。棚の上のぬいは、珍しく口を挟まず、丸くなったままだ。
「反射面を使って仮保全タグを重ねる気ですね。昨日の続きです」
「やめて。その単語、聞くだけでムカつく」
私が言ったところで、事務所のドアが勝手に開いた。
「へえ。――やっぱ、蒐集なんだ」
入ってきた女を見て、私は即座に顔をしかめる。
「うわ、出た!」
「うわ出た、って何よ。人を怪異扱いしないでくれる?」
紅坂ミリアは、今日も完璧に腹が立つ見た目をしていた。赤と黒を基調にした配信向けの服、きつめの目元、なにもかもが「私のほうが絵になる」でできてる女。悔しいけど、すべてにおいて負けてる気がしてる。
朔夜の声が、すっと低くなる。
「ミリア――、お前は呼んでない」
「知ってる。でも来た」
「帰れ」
「やだ。面白そうだし」
「最悪」
私が吐き捨てると、ミリアは鼻で笑った。
「相変わらずね、影森」
朔夜が一歩だけ前へ出る。
「……なぜ知ってる」
ミリアは髪をかき上げながら、あっさり返した。
「そんなの、私ほどになれば情報くらい入ってくるのよ」
「うそでしょ」
「うそじゃないわ。見せる側やってるとね、事故のあとだけ妙に足が早い連中の名前くらい、嫌でも耳に入るの」
真琴さんが視線を上げる。
「蒐集商会のことを、前から?」
「名前と手口くらいは。怪異そのものを起こす連中じゃない。終わったあとを拾う連中。残ったものに値札つけるのが好きな連中」
透羽の肩が、そこでほんの少しだけこわばった。
私はその変化ごと睨む。
「知ってるなら先に言えよ」
「聞かれてないし。それに、こっちも確証まではなかった」
ミリアは机の上の資料を一枚抜き、目を通した瞬間に顔をしかめた。
「……うわ。やっぱ無理」
「何が」
「これ」
紙を指で弾く。接触深度、残留率、再利用可能性、損耗許容。昨日見た、あの最悪の査定表。
ミリアは短く息を吐いた。
「数字は好き。でも、素材扱いは趣味が悪い」
それは、さっきまでの軽さと少し違う、本気の声だった。
「映える死に方と、値札つけるやり方は別でしょ。私、見せ物はやるけど、部品扱いまでは趣味じゃないの」
「その線引きもだいぶ最低だけどな!」
「知ってる。でもあいつらよりはまし」
冥さんが冷たく言う。
「比較で誇る話ではありません」
「でしょうね」
ミリアはそこで初めて、透羽をまっすぐ見た。
「で、その子が再回収候補」
透羽が笑おうとして、うまく笑えなかった。
「……そんなに回収したい感じ?」
「したいんでしょうね。戻りきってない子、好きそうだし」
その言い方に、奥歯がぎりっと鳴った。
朔夜が切るように言う。
「場所は」
「駅前のガラス張り商業棟。表向きは広告連動イベント、実際は観測面の更新テスト。たぶん今夜、仮押さえが入る」
真琴さんがすぐモニターを叩く。
「一致しました。更新ログ、駅前ビジョンと館内サイネージだけ0.5秒遅いです」
ミリアが口角を上げた。
「でしょ。趣味は悪いけど、目はいいのよ」
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夜の駅前は、明るいくせに嫌だった。
ガラス。大型ビジョン。広告モニター。反射するものが多すぎる。そのどれもが、こっちを見返してくる気がする。
透羽を真ん中にして歩く。るなと幽々は今日は外した。ここに連れてきたくなかった。
ミリアが先に足を止めた。
「……あれ」
正面のビジョンを指す。
「更新が遅い。映像じゃない。観測面にされてる」
私にはまだ分からなかった。真琴さんが端末を覗き込み、息を呑む。
「タグ、乗ってます。仮保全候補、再観測、接触安定化」
「最悪!」
透羽の足が、その場で止まった。
ガラスの向こうの透羽だけ、少し遅れて顔を上げる。館内モニターの中の透羽も、同じ角度でこちらを見る。本人より、先に。
来る。
「透羽、下がって!」
叫びながら私は透羽を突き飛ばした。
その瞬間、胸の奥へ冷たい札みたいなものが差し込まれた。
息が、消える。
痛いというより、塞がる。心臓に「仮押さえ済み」と紙を貼られたみたいに、内側から止められる。
「っ――」
膝が折れた。
ミリアが顔色を変える。
「ちょ、待って、それ本気のやつじゃん!」
朔夜の声は低く、短い。
「見るな。影森。戻れ」
札が切られる音。金の燃える匂い。現金と登録者数をまとめて削る、あの嫌な気配。
私は一度、きれいに落ちた。
白くなった視界の向こうで、ガラスの中の自分だけが立っている。その胸に、細い文字が見えた。
《仮保全 誤接続》
「ふざけ……んな……」
次の瞬間、胸が無理やり引き裂かれるみたいに熱を帯びる。
「――っ、が、は……!」
生き返った。咳き込む。喉が痛い。最悪だ。生き返るたびに、毎回最悪の気分更新される。
透羽が真っ青な顔でしゃがみ込む。
「……ごめん」
「今それ言う!? 本人に聞こえるとこでやるなって話だよ!」
怒鳴った声が少し掠れた。朔夜はまだ機嫌の悪い顔のまま、ビジョンを睨んでいる。冥さんは反射面への干渉だけを切って、こちらには目を向けない。
ミリアが舌打ちした。
「やっぱ無理。ほんと嫌い、ああいうの」
そして、私たちを見た。
「条件がある。私の配信網と裏ルートを貸すわ。代わりに、仮保全ルートの尻尾を今夜のうちに掴む」
「いらん」
朔夜が即答する。
「そう言うと思った。でも、あんた単独じゃ、足りない」
真琴さんが冷静に挟む。
「使えるなら使った方が早いです」
「私は信用しませんが」
冥さんも切る。
「これは、協力ではありませんね。利害が一時的に一致しているだけのことです」
ミリアは肩をすくめた。
「それで十分」
私は立ち上がりながら言う。
「めんどくさい女が増える未来しか見えないんだけど」
「奇遇。私もあんたのツッコミ、たいがいしんどいし」
「喧嘩売ってんの?」
「バリバリ売ってる。でも今は後回し」
ミリアは透羽を見た。
「ああいうのに“保全”って言われた子、だいたいろくな戻り方してないの。だから今回だけ、ね」
朔夜が低く言う。
「勝手なことをしたら切る」
「数字優先で動いたら次はない」
ミリアは薄く笑った。
「お互いさまでしょ。でも今だけは、同じ敵がムカつくってことで」
駅前ビジョンの光が、そこで一度だけぶれた。
その向こうで、まだ何かがこっちを見ている。
だったら次は、こっちから見返してやるしかない。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、最悪な女がさらに一人増えました。ただし、蒐集の“人を素材として見る視線”に対してだけは、ちゃんと嫌悪を見せる回でもあります。味方化ではなく、あくまで**今だけ利害が一致した**形です。
今回の主な登場人物
影森ゆら
透羽を庇って、仮保全タグの誤接続を食らった結果、今回も短く死にました。勤務中です。
夜見朔夜
相変わらず機嫌が悪いですが、戻す時だけは迷わない男。
夏目透羽
守られる側に入ってしまったことで、逆に居心地が悪くなっている転校生。
毒島真琴
数字と観測ログから、蒐集の動きの速さを先読みする実務担当。
白縫冥
協力はしない、信用もしない、でも蒐集の干渉だけは切る監視側。
紅坂ミリア《べにさか みりあ》
趣味は悪いが目はいい女。数字は好きでも、素材扱いは嫌い。
今回の帳尻
* **死の帳尻**:仮保全タグの誤接続による短時間停止、一回。
* **構造帳尻**:かなり重め。透羽だけでなく、ゆら側まで“仮押さえ可能”と見られたのが厄介。
* **記帳側メモ**:こういう“まだ持っていかれていないのに札だけ先に貼る”処理は、あとで面倒になります。たぶん、帳面の人も嫌な顔をしています。
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