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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第三章 花嫁の名前を知らないまま(夏~秋)

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配信75回目 ミリアは趣味が悪いが目はいい

昨日、私はガラスの向こうから心臓を止められた。

なので今日は、反射するもの全部がちょっと嫌いだ。

あと最悪な女が、さらに一人増えます。

 朝の教室で、私は窓をなるべく見ないようにしていた。


 見たくない。昨日、ガラスの向こうから心臓を止められたせいか、反射するものすべてを避けたい気持ちが心の中にある。自分の顔が、自分より半拍ぶん遅れてついてくる感じ。ほんとに朝イチから最悪です。


「ゆらちゃん、今日もしんどそう〜……」


「しんどいよ。普通にしんどい」


 るながパンをちぎりながら言う。その隣で、透羽とわはいつもの明るい顔を作っていたけど、ロッカーの金属扉に自分が映る角度だけ、さりげなく避けていた。


 それを、幽々《ゆゆ》はちゃんと見逃さない。


「透羽、反射するもの、見てないよね」


「見てる見てる。……見たくないだけで」


「それ、ほぼ見てないって言うんだよ」


 私が返すと、透羽は肩をすくめた。


「影森、今日いつもより当たり強くない?」


「昨日死んだからね」


「朝イチで言う言葉じゃなくない?」


 軽い調子の返しだったのに、るなと幽々が一瞬だけ黙った。透羽も、そこでやっと少しだけ気まずそうな顔をする。

「ごめん、ちょっと言いすぎた」

「まぁいいよ、少し気持ちわかるし」と私が返した。


 守るって決めた翌日に、守られる側にそういう顔をされるの、ほんと面倒。でも、あまり引きずらないことに決めた。


「今日、みんなで帰ろぉ〜?」


 るなが、空気をほぐす発言をした。


「それがいいかもね」


 幽々がうなずく。透羽は少し遅れて、「うん」とだけ返した。


 その遅れが、私は妙に引っかかった。


 でも、今ここで言葉にしたら、たぶん余計に空気が悪くなる。私はそれ以上は何も言わず、机の上のスマホを伏せた。


 反射面が、今日はほんとうに嫌いだった。


---


 放課後。私たちは朝の約束通り、透羽を単独ぼっちにしないよう、夜見よみよろず相談事務所へ向かった。


「動くなら今夜です」


 事務所に入るなり、真琴まことさんがそう言った。


 机の上にはモニターが三枚。蒐集しゅうしゅう側の観測アカウントらしき一覧、妙に整いすぎた広告出稿ログ、駅前ビジョンの管理画面。見ているだけで頭が痛くなる。


 朔夜さくやは露骨に機嫌が悪かった。めいさんは壁際で腕を組んだまま、いつもの読めない顔をしている。棚の上のぬいは、珍しく口を挟まず、丸くなったままだ。


「反射面を使って仮保全タグを重ねる気ですね。昨日の続きです」


「やめて。その単語、聞くだけで()()()()


 私が言ったところで、事務所のドアが勝手に開いた。


「へえ。――やっぱ、蒐集なんだ」


 入ってきた女を見て、私は即座に顔をしかめる。


「うわ、出た!」


「うわ出た、って何よ。人を怪異扱いしないでくれる?」


 紅坂べにさかミリアは、今日も完璧に腹が立つ見た目をしていた。赤と黒を基調にした配信向けの服、きつめの目元、なにもかもが「私のほうが絵になる」でできてる女。悔しいけど、すべてにおいて負けてる気がしてる。


 朔夜の声が、すっと低くなる。


「ミリア――、お前は呼んでない」


「知ってる。でも来た」


「帰れ」


「やだ。面白そうだし」


「最悪」


 私が吐き捨てると、ミリアは鼻で笑った。


「相変わらずね、影森」


 朔夜が一歩だけ前へ出る。


「……なぜ知ってる」


 ミリアは髪をかき上げながら、あっさり返した。


「そんなの、私ほどになれば情報くらい入ってくるのよ」


「うそでしょ」


「うそじゃないわ。見せる側やってるとね、事故のあとだけ妙に足が早い連中(蒐集)の名前くらい、嫌でも耳に入るの」


 真琴さんが視線を上げる。


「蒐集商会のことを、前から?」


「名前と手口くらいは。怪異そのものを起こす連中じゃない。終わったあとを拾う連中。残ったものに値札つけるのが好きな連中」


 透羽の肩が、そこでほんの少しだけこわばった。


 私はその変化ごと睨む。


「知ってるなら先に言えよ」


「聞かれてないし。それに、こっちも確証まではなかった」


 ミリアは机の上の資料を一枚抜き、目を通した瞬間に顔をしかめた。


「……うわ。やっぱ無理」


「何が」


「これ」


 紙を指で弾く。接触深度、残留率、再利用可能性、損耗許容。昨日見た、あの最悪の査定表。


 ミリアは短く息を吐いた。


「数字は好き。でも、素材扱いは趣味が悪い」


 それは、さっきまでの軽さと少し違う、本気の声だった。


「映える死に方と、値札つけるやり方は別でしょ。私、見せ物はやるけど、部品扱いまでは趣味じゃないの」


「その線引きもだいぶ最低だけどな!」


「知ってる。でもあいつらよりはまし」


 冥さんが冷たく言う。


「比較で誇る話ではありません」


「でしょうね」


 ミリアはそこで初めて、透羽をまっすぐ見た。


「で、その子が再回収候補」


 透羽が笑おうとして、うまく笑えなかった。


「……そんなに回収したい感じ?」


「したいんでしょうね。戻りきってない子、好きそうだし」


 その言い方に、奥歯がぎりっと鳴った。


 朔夜が切るように言う。


「場所は」


「駅前のガラス張り商業棟。表向きは広告連動イベント、実際は観測面の更新テスト。たぶん今夜、仮押さえが入る」


 真琴さんがすぐモニターを叩く。


「一致しました。更新ログ、駅前ビジョンと館内サイネージだけ0.5秒遅いです」


 ミリアが口角を上げた。


「でしょ。趣味は悪いけど、目はいいのよ」


---


 夜の駅前は、明るいくせに嫌だった。


 ガラス。大型ビジョン。広告モニター。反射するものが多すぎる。そのどれもが、こっちを見返してくる気がする。


 透羽を真ん中にして歩く。るなと幽々は今日は外した。ここに連れてきたくなかった。


 ミリアが先に足を止めた。


「……あれ」


 正面のビジョンを指す。


「更新が遅い。映像じゃない。観測面にされてる」


 私にはまだ分からなかった。真琴さんが端末を覗き込み、息を呑む。


「タグ、乗ってます。仮保全候補、再観測、接触安定化」


「最悪!」


 透羽の足が、その場で止まった。


 ガラスの向こうの透羽だけ、少し遅れて顔を上げる。館内モニターの中の透羽も、同じ角度でこちらを見る。本人より、先に。


 来る。


「透羽、下がって!」


 叫びながら私は透羽を突き飛ばした。


 その瞬間、胸の奥へ冷たい札みたいなものが差し込まれた。


 息が、消える。


 痛いというより、塞がる。心臓に「仮押さえ済み」と紙を貼られたみたいに、内側から止められる。


「っ――」


 膝が折れた。


 ミリアが顔色を変える。


「ちょ、待って、それ本気マジのやつじゃん!」


 朔夜の声は低く、短い。


「見るな。影森。戻れ」


 札が切られる音。金の燃える匂い。現金と登録者数をまとめて削る、あの嫌な気配。


 私は一度、きれいに落ちた。


 白くなった視界の向こうで、ガラスの中の自分だけが立っている。その胸に、細い文字が見えた。


《仮保全 誤接続》


「ふざけ……んな……」


 次の瞬間、胸が無理やり引き裂かれるみたいに熱を帯びる。


「――っ、が、は……!」


 生き返った。咳き込む。喉が痛い。最悪だ。生き返るたびに、毎回最悪の気分更新される。


 透羽が真っ青な顔でしゃがみ込む。


「……ごめん」


「今それ言う!? 本人に聞こえるとこでやるなって話だよ!」


 怒鳴った声が少し掠れた。朔夜はまだ機嫌の悪い顔のまま、ビジョンを睨んでいる。冥さんは反射面への干渉だけを切って、こちらには目を向けない。


 ミリアが舌打ちした。


「やっぱ無理。ほんと嫌い、ああいうの」


 そして、私たちを見た。


「条件がある。私の配信網と裏ルートを貸すわ。代わりに、仮保全ルートの尻尾を今夜のうちに掴む」


「いらん」


 朔夜が即答する。


「そう言うと思った。でも、あんた単独ひとりじゃ、足りない」


 真琴さんが冷静に挟む。


「使えるなら使った方が早いです」

「私は信用しませんが」


 冥さんも切る。


「これは、協力ではありませんね。利害が一時的に一致しているだけのことです」


 ミリアは肩をすくめた。


()()()()()


 私は立ち上がりながら言う。


「めんどくさい女が増える未来しか見えないんだけど」


「奇遇。私もあんたのツッコミ、たいがいしんどいし」


「喧嘩売ってんの?」


「バリバリ売ってる。でも今は後回し」


 ミリアは透羽を見た。


「ああいうのに“保全”って言われた子、だいたいろくな戻り方してないの。だから今回だけ、ね」


 朔夜が低く言う。


「勝手なことをしたら切る」


「数字優先で動いたら次はない」


 ミリアは薄く笑った。


「お互いさまでしょ。でも今だけは、同じ敵がムカつくってことで」


 駅前ビジョンの光が、そこで一度だけぶれた。


 その向こうで、まだ何かがこっちを見ている。


 だったら次は、こっちから見返してやるしかない。


挿絵(By みてみん)


ここまで読んでくださってありがとうございます。

今回は、最悪な女がさらに一人増えました。ただし、蒐集の“人を素材として見る視線”に対してだけは、ちゃんと嫌悪を見せる回でもあります。味方化ではなく、あくまで**今だけ利害が一致した**形です。


今回の主な登場人物


影森ゆら

透羽を庇って、仮保全タグの誤接続を食らった結果、今回も短く死にました。勤務中です。


夜見朔夜

相変わらず機嫌が悪いですが、戻す時だけは迷わない男。


夏目透羽なつめ とわ

守られる側に入ってしまったことで、逆に居心地が悪くなっている転校生。


毒島真琴ぶすじま まこと

数字と観測ログから、蒐集の動きの速さを先読みする実務担当。


白縫冥しらぬい めい

協力はしない、信用もしない、でも蒐集の干渉だけは切る監視側。


紅坂ミリア《べにさか みりあ》

趣味は悪いが目はいい女。数字は好きでも、素材扱いは嫌い。


今回の帳尻


* **死の帳尻**:仮保全タグの誤接続による短時間停止、一回。

* **構造帳尻**:かなり重め。透羽だけでなく、ゆら側まで“仮押さえ可能”と見られたのが厄介。

* **記帳側メモ**:こういう“まだ持っていかれていないのに札だけ先に貼る”処理は、あとで面倒になります。たぶん、帳面の人も嫌な顔をしています。


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