配信74回目 それ、怪異データじゃなくて査定表です(後編)
放課後です。
今日は、怪異より先に「記録の冷たさ」が怖い回です。
あと、真琴さんが本気で現場を嫌がります。
翌朝、鏡の中の私は、昨日よりもっとひどい顔をしていた。
目の下の色が終わっている。喉はまだ少し焼けているし、頭の芯にも薄い痛みが残っていた。短く落ちただけ、と言えば聞こえはいい。けれど、落ちた先が“怪異”じゃなく“処理”だったせいで、嫌な感じだけが妙にきれいに残っている。
「影森、今日マジにほんとビジュ終わってる。寝れてないでしょ」
教室に入るなり、夏目透羽が軽く言う。
「初手から人の顔に感想つけるな。毎度毎度」
「でもぉ、ほんとにしんどそうだよぉ〜?」
るなが心配そうに覗き込み、白澤幽々は黙ったまま私の顔を見た。その視線だけで、「また無理してる」が伝わる。やめてほしい。刺さるから。
その時、透羽のスマホが震えた。
通知は一瞬で消えた。でも、画面の端に見えた文字列が気持ち悪い。
位置情報を追加しました。
再配置先を更新しました。
「……今の、なに」
「え? あー、なんか変な通知。最近こういうの多くてだるいんだよね」
笑って流そうとした透羽が、続けて何気なく言う。
「再配置されるのも、記録残るのもめんどいし」
また、その言い方だ。
幽々が小さく眉を寄せる。
「透羽、また変な言い方」
透羽は一瞬だけ黙ってから、いつもの軽い顔に戻った。
「気のせい気のせい。そういう界隈の動画見すぎ」
その“気のせい”の雑さが、今日はもう笑えなかった。
私は席へ鞄を置くより先に、朔夜へメッセージを送った。
『とわ、もう来てる』
返事はすぐ来た。
『放課後まで一人にするな』
命令口調、少し腹が立つ。でも――少しだけ、安心もした。
―――――
夜見よろず相談事務所に入ると、真琴さんは昨夜と同じ顔でノートPCを睨んでいた。眠そうなのに目だけが起きていて、そのくせ機嫌は最悪。たぶんこの人は、炎上より嫌なものを見るとこういう顔になる。
「読めました」
開口一番、それだった。
画面には昨夜の続きの表が出ている。記録というより、管理シート。人間を見る目を失った事務仕事の残骸だった。
「接触深度。残留率。再利用可能性。損耗許容」
真琴さんは読み上げるたび、語尾だけ少し固くなる。
「これ、怪異の報告書じゃありません。接触した人間の、その後の使い道です」
私は机の縁を掴んだ。
「……は?」
「だ か ら」
真琴さんは、言葉を切ってはっきり言った。
「それ、怪異データじゃなくて値段の査 定 表です!」
空気が少し止まる。
怪異の発生じゃない。被害の整理でもない。誰がどこまで向こう側に触れ、どれだけ残り、次にどこまで使えるか。その並び方が、あまりにも物扱いだった。
「人に使う言葉じゃないだろ、それ」
「はい。かなり終わってます」
珍しく、真琴さんも即答だった。
「あいつららしい言い方......」
朔夜は画面から目を離さないまま、低く言う。
「続けろ――」
「透羽さんに繋がる整理番号、ありました。名前は抜かれてます。でも、再配置先が学校生活、接触安定、再観測継続。ここまでは一致します」
「再観測ってなに」
「一度一般生活に戻した個体を、もう一回監視するってことです」
「監視する、で済ませちゃダメでしょ」
「済ませてません。正直、嫌な感じです」
真琴さんは眉間を押さえた。
「あと、これ」
画面が切り替わる。末尾の短い文だけが残っていた。
再回収、検討。
思わず立ち上がった。椅子の脚が嫌な音を立てる。
「ふざけんな」
怪異より気持ち悪い。
死ぬより先に、値札をつけられるほうが無理だ。
朔夜がようやくこちらを見た。その目が静かすぎて、逆に怖い。
「放課後、迎えに行ってやる」
「本人に言うの?」
「黙って回収されるよりはマシだろ」
答えたのは私のほうだった。
「助けられる?」
朔夜は一瞬だけ黙り、短く頷く。
その時、入口のほうの空気がすっと冷えた。
「――やりすぎですね」
白縫冥が、いつの間にか立っていた。
相変わらず、現れ方が人間のそれじゃない。真琴さんが本気で嫌そうな顔をし、ぬいがソファの端で毛をブワブワァと一気に逆立てる。
「どっちに言ってる」
朔夜の声は低い。
冥は査定表を一瞥し、少しだけ首を傾けた。
「蒐集側に、です。今回は」
今回は、が余計だった。
―――――
放課後、私たち三人(わたし、朔夜、冥)は校門の外で透羽を待った。
るなと幽々は先に帰した。何も知らないまま巻き込むには、今回の相手は趣味も相手も悪すぎる。
「え、なに。ほんとに迎え来たの? このイケメン、保護者界隈?」
出てきた透羽は笑った。笑ったけど、目の下にうっすら疲れがある。たぶん本人も、何かがおかしいことにはもう気づいていた。
「冗談言ってる場合じゃない」
私が言うと、透羽は少しだけ表情を引いた。
「……なに見つけたの」
その瞬間だった。
駅前ビルの大型モニターが、ノイズもなく切り替わる。広告のはずなのに、映ったのは今ここに立っている透羽の後ろ姿だった。
一拍遅れて動く、ガラスの中の透羽。
その肩口に、薄いラベルみたいな文字が重なる。
接触安定。
再回収候補。
「透羽、下が――」
言い切るより先に、私は透羽を突き飛ばしていた。
次の瞬間、胸がきつく縮む。息が入らない。視界が白く掠れて、足元が抜けた。ああこれ、まただ、と思った時には、もう遅い。
心臓が、止まった。
短い落下だった。
映像の裏側みたいな薄い層で、事務的な声だけが響く。
再観測失敗。
代替個体接触。
回収優先――
「影森!」
朔夜の声が、今度は遠くならなかった。
強い衝撃と一緒に、胸の奥へ無理やり空気が叩き込まれる。痛い。喉が裂けそうで、咳き込みながらアスファルトに膝をついた。
「っ、げほ……!」
「二回も同じ手で拾わせるな」
「拾われたくて死んでるみたいに言うな……!こっちゃいやなんだよ!」
透羽が、座り込んだままこっちを見ていた。顔が、初めてちゃんと青ざめている。
「……今の、私の」
「蒐集の候補だったんでしょアンタ」
息を整えきれないまま、私は吐き捨てた。
「だから、放っとけないんだよ」
透羽の喉が小さく動く。言い返さない。冗談もない。
その沈黙の端で、冥がモニターを見上げて淡々と言った。
「もう相手は、隠す気もないようですね」
駅前の光は明るいのに、ぜんぶ少し遅かった。
その中で朔夜だけが、透羽の前へ半歩出る。
「今日は一人で帰るな」
「......仕方ない。ついていってやる」
命令口調だった。いつものやつだ。なのに今だけは、少し違って聞こえる。
透羽は、ほんの少しだけ震えながら笑おうとして、失敗した。
「……それ、普通に反則なんだけど」
誰に向けた言葉かは、私にも分からなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は、真琴が蒐集側の“査定表”を言葉にした回でした。怪異の被害ではなく、接触した人間の残り方に値をつける側。かなり趣味が悪いです。
あと、透羽を守る流れがようやく前へ出ました。ここから先、放っておいて済む相手ではなくなります。
【今回の登場人物】
・影森ゆら
透羽を庇って短く落ちました。今日も勤務中です。やっぱり死にます。最悪です。
・夜見朔夜
静かに切れて、静かに蘇生しました。こういう時はまた別の意味で怖いです。
・毒島真琴
今回の主役その一。現場は嫌い。でも、記録の傷と項目の悪意を読むのはめちゃくちゃ強い人。
・夏目透羽
蒐集の再回収候補と判明。軽いJKのままではいられなくなってきました。
・白縫冥
今回も温度は低いまま。「やりすぎですね」だけで空気を全部持っていきました。
・ぬい
今回はほぼ見守り枠。毛を逆立てただけでも、わりと仕事しています。
【今回の帳尻】
・金銭帳尻:放課後回収、交通費、応急蘇生一回。いつも通り、笑えないのに地味です。
・死の帳尻:短時間の心停止+引き抜き一回。長くはないのに、記帳としてはかなり面倒なやつです。
・構造帳尻:最悪寄り。透羽が“再回収候補”と判明し、学校生活そのものが再配置先として使われていたと分かりました。
・鬼灯なゆ:直接登場はなし。
ただし今回は、通常の死亡記録に加えて、蒐集側の再観測と再回収候補が重なっています。四課視点では、たぶん帳面を閉じたあとに静かに疲れる回です。かわいそうです。
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