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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第三章 花嫁の名前を知らないまま(夏~秋)

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配信74回目 それ、怪異データじゃなくて査定表です(後編)

 放課後です。

 今日は、怪異より先に「記録の冷たさ」が怖い回です。

 あと、真琴さんが本気で現場を嫌がります。

 翌朝、鏡の中の私は、昨日よりもっとひどい顔をしていた。


挿絵(By みてみん)


 目の下の色が終わっている。喉はまだ少し焼けているし、頭の芯にも薄い痛みが残っていた。短く落ちただけ、と言えば聞こえはいい。けれど、落ちた先が“怪異”じゃなく“処理”だったせいで、嫌な感じだけが妙にきれいに残っている。


影森(かげもり)、今日マジにほんとビジュ終わってる。寝れてないでしょ」


 教室に入るなり、夏目(なつめ)透羽(とわ)が軽く言う。


「初手から人の顔に感想つけるな。毎度毎度」


「でもぉ、ほんとにしんどそうだよぉ〜?」


 るなが心配そうに覗き込み、白澤(しらさわ)幽々(ゆゆ)は黙ったまま私の顔を見た。その視線だけで、「また無理してる」が伝わる。やめてほしい。刺さるから。


 その時、透羽のスマホが震えた。


 通知は一瞬で消えた。でも、画面の端に見えた文字列が気持ち悪い。


 位置情報を()()しました。

 再配置先を()()しました。


「……今の、なに」


「え? あー、なんか変な通知。最近こういうの多くてだるいんだよね」


 笑って流そうとした透羽が、続けて何気なく言う。


「再配置されるのも、記録残るのもめんどいし」


 また、その言い方だ。


 幽々が小さく眉を寄せる。


「透羽、また変な言い方」


 透羽は一瞬だけ黙ってから、いつもの軽い顔に戻った。


「気のせい気のせい。そういう界隈(かいわい)の動画見すぎ」


 その“気のせい”の雑さが、今日はもう笑えなかった。


 私は席へ鞄を置くより先に、朔夜(さくや)へメッセージを送った。


『とわ、もう来てる』


 返事はすぐ来た。


『放課後まで一人にするな』


 命令口調、少し腹が立つ。でも――少しだけ、安心もした。


―――――


 夜見(よみ)よろず相談事務所に入ると、真琴(まこと)さんは昨夜と同じ顔でノートPCを(にら)んでいた。眠そうなのに目だけが起きていて、そのくせ機嫌は最悪。たぶんこの人は、炎上より嫌なものを見るとこういう顔になる。


「読めました」


 開口一番、それだった。


 画面には昨夜の続きの表が出ている。記録というより、管理シート。人間を見る目を失った事務仕事の残骸(ざんがい)だった。


「接触深度。残留率。再利用可能性。損耗(そんもう)許容」


 真琴さんは読み上げるたび、語尾だけ少し固くなる。


「これ、怪異の報告書レポートじゃありません。接触した人間の、その後の使い道です」


 私は机の縁を掴んだ。


「……は?」


「だ か ら」


 真琴さんは、言葉を切ってはっきり言った。


「それ、怪異データじゃなくて値段の() ()() ()()です!」


 空気が少し止まる。


 怪異の発生じゃない。被害の整理でもない。誰がどこまで向こう側に触れ、どれだけ残り、次にどこまで使えるか。その並び方が、あまりにも()()()だった。


「人に使う言葉じゃないだろ、それ」


「はい。かなり終わってます」


 珍しく、真琴さんも即答だった。


あいつら(蒐集)らしい言い方......」


 朔夜は画面から目を離さないまま、低く言う。


「続けろ――」


「透羽さんに繋がる整理番号、ありました。名前は抜かれてます。でも、再配置先が学校生活、接触安定、再観測継続。ここまでは一致マッチします」


「再観測ってなに」


「一度一般生活に戻した個体を、もう一回監視するってことです」


「監視する、で済ませちゃダメでしょ」


「済ませてません。正直、嫌な感じです」


 真琴さんは眉間を押さえた。


「あと、これ」


 画面が切り替わる。末尾の短い文だけが残っていた。


 再回収、検討。


 思わず立ち上がった。椅子の脚が嫌な音を立てる。


「ふざけんな」


 怪異より気持ち悪い。

 死ぬより先に、値札をつけられるほうが無理だ。


 朔夜がようやくこちらを見た。その目が静かすぎて、逆に怖い。


「放課後、迎えに行ってやる」


「本人に言うの?」


「黙って回収されるよりはマシだろ」


 答えたのは私のほうだった。

「助けられる?」


 朔夜は一瞬だけ黙り、短く頷く。


 その時、入口のほうの空気がすっと冷えた。


「――やりすぎですね」


 白縫(しらぬい)(めい)が、いつの間にか立っていた。


 相変わらず、現れ方が人間のそれじゃない。真琴さんが本気で嫌そうな顔をし、ぬいがソファの端で毛をブワブワァと一気に逆立てる。


「どっちに言ってる」


 朔夜の声は低い。


 冥は査定表を一瞥(いちべつ)し、少しだけ首を傾けた。


蒐集(しゅうしゅう)側に、です。()()()


 今回は、が余計だった。


―――――


 放課後、私たち三人(わたし、朔夜、冥)は校門の外で透羽を待った。


 るなと幽々は先に帰した。何も知らないまま巻き込むには、今回の相手は趣味も相手も悪すぎる。


「え、なに。ほんとに迎え来たの? このイケメン、保護者界隈?」


 出てきた透羽は笑った。笑ったけど、目の下にうっすら疲れがある。たぶん本人も、何かがおかしいことにはもう気づいていた。


「冗談言ってる場合じゃない」


 私が言うと、透羽は少しだけ表情を引いた。


「……なに見つけたの」


 その瞬間だった。


 駅前ビルの大型モニターが、ノイズもなく切り替わる。広告のはずなのに、映ったのは今ここに立っている透羽の後ろ姿だった。


 一拍遅れて動く、ガラスの中の透羽。


 その肩口に、薄いラベルみたいな文字が重なる。


 接触安定。

 再回収候補。


「透羽、下が――」


 言い切るより先に、私は透羽を突き飛ばしていた。


 次の瞬間、胸がきつく縮む。息が入らない。視界が白く(かす)れて、足元が抜けた。ああこれ、まただ、と思った時には、もう遅い。


 心臓が、止まった。


 短い落下だった。


 映像の裏側みたいな薄い層で、事務的な声だけが響く。


 再観測失敗。

 代替個体接触。

 回収優先――


「影森!」


 朔夜の声が、今度は遠くならなかった。


 強い衝撃と一緒に、胸の奥へ無理やり空気が叩き込まれる。痛い。喉が裂けそうで、咳き込みながらアスファルトに膝をついた。


「っ、げほ……!」


「二回も同じ手で拾わせるな」


「拾われたくて死んでるみたいに言うな……!こっちゃいやなんだよ!」


 透羽が、座り込んだままこっちを見ていた。顔が、初めてちゃんと青ざめている。


「……今の、私の」


「蒐集の候補だったんでしょアンタ」


 息を整えきれないまま、私は吐き捨てた。


「だから、放っとけないんだよ」


 透羽の喉が小さく動く。言い返さない。冗談もない。


 その沈黙の端で、冥がモニターを見上げて淡々と言った。


「もう相手は、隠す気もないようですね」


 駅前の光は明るいのに、ぜんぶ少し遅かった。


 その中で朔夜だけが、透羽の前へ半歩出る。


「今日は一人で帰るな」

「......仕方ない。ついていってやる」


 命令口調だった。いつものやつだ。なのに今だけは、少し違って聞こえる。


 透羽は、ほんの少しだけ震えながら笑おうとして、失敗した。


「……それ、普通に反則なんだけど」


 誰に向けた言葉かは、私にも分からなかった。


 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 今回は、真琴が蒐集側の“査定表”を言葉にした回でした。怪異の被害ではなく、接触した人間の残り方に値をつける側。かなり趣味が悪いです。

 あと、透羽を守る流れがようやく前へ出ました。ここから先、放っておいて済む相手ではなくなります。


【今回の登場人物】

影森(かげもり)ゆら

 透羽を(かば)って短く落ちました。今日も勤務中です。やっぱり死にます。最悪です。


夜見(よみ)朔夜(さくや)

 静かに切れて、静かに蘇生しました。こういう時はまた別の意味で怖いです。


毒島(ぶすじま)真琴(まこと)

 今回の主役その一。現場は嫌い。でも、記録の傷と項目の悪意を読むのはめちゃくちゃ強い人。


夏目(なつめ)透羽(とわ)

 蒐集の再回収候補と判明。軽いJKのままではいられなくなってきました。


白縫(しらぬい)(めい)

 今回も温度は低いまま。「やりすぎですね」だけで空気を全部持っていきました。


・ぬい

 今回はほぼ見守り枠。毛を逆立てただけでも、わりと仕事しています。


【今回の帳尻】

・金銭帳尻:放課後回収、交通費、応急蘇生一回。いつも通り、笑えないのに地味です。

・死の帳尻:短時間の心停止+引き抜き一回。長くはないのに、記帳としてはかなり面倒なやつです。

・構造帳尻:最悪寄り。透羽が“再回収候補”と判明し、学校生活そのものが再配置先として使われていたと分かりました。

鬼灯(ほおずき)なゆ:直接登場はなし。

 ただし今回は、通常の死亡記録に加えて、蒐集側の再観測と再回収候補が重なっています。四課(よんか)視点では、たぶん帳面を閉じたあとに静かに疲れる回です。かわいそうです。


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異世界ゲームバー転生おじさん(42)
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