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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第三章 花嫁の名前を知らないまま(夏~秋)

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配信67回目 夏休みが始まったのに全然休めない

 夏休み初日くらい、普通に休みたい。

 なのに、こういう時ほど嫌な予感はちゃんと当たる。

 今回は、ちょっとだけ夏っぽくて、最後だけ最悪です。

 私は、夏休み初日の朝だというのに、ぜんぜん休んだ気がしていなかった。


 カーテンの隙間から差し込む光は明るい。ミンミンと蝉もうるさい。スマホの画面には、昨夜のうちに、()()たちから飛んできていたどうでもいいスタンプの山と、母さんからの生活感しかないレインが並んでいる。


【今日、昼いる?】

【冷蔵庫にそうめんあるよ】

【最近また顔色悪いけど大丈夫?】


「顔色悪いのは、まあそうだよね」


 独り言をこぼして、私はベッドの上で寝返りを打った。


 (のど)は、まだ少しだけ変だった。痛いというほどじゃない。でも、昨日の最後の引っかかりが、薄く残っている。息を深く吸い込んだ時だけ、喉の奥に白い糸みたいな違和感が触れる。


 あの帳面の空白も、まだ頭から離れない。


 書かれるはずの一行だけが白い。抜けているんじゃなくて、置き去りになっている感じ。あれを見てから、昨日はなんとなく眠りが浅かった。まだ寝たい。


 なのに、そんなタイミングでこれだ。


【暇なら来い】


 げっ。夜見よみ朔夜さくやからのレイン。

 四文字。雑。腹立つ。


「暇でも行かねえよ」


 私は既読だけつけて、スマホを顔の横へ放り投げた。


 その直後、今度はグループレインの通知が鳴る。


【るな】

きょう、みんなでどっかいきたぁい


透羽とわ

いいじゃん、行こ

夏休み初日なんだし、夏っぽいことしたくない?


【幽々《ゆゆ》】

人多いとこはちょっと苦手


【るな】

じゃあ、かわ〜!

おにく〜!


【透羽】

川と肉、夏界隈すぎる


 ベッドの上で、私はしばらく画面を見つめた。


 正直、だるい。暑いし、疲れてるし、喉も変だし、昨日は昨日で死後側の空白なんて見せられたばっかりだ。


 でも――だ。


 るなたちと、夏休み初日に川辺で肉を焼く。

 それは、どう考えても普通の女子高校生っぽい予定だった。


 普通。

 このところ、ちょっと遠かったもの。


【ゆら】

いや普通に暑いし、だるいんだけど


【透羽】

出た、休み下手な人


【るな】

ゆらちゃん、そういうとこあるぅ〜


【幽々】

それはちょっと思う


「なんで全員そっち側なんだよ」


 小さく悪態をつく。

 でも、その時点で、たぶんもう負けていた。


     ―――――


 三人と駅前で合流したのは、お昼前だった。


挿絵(By みてみん)

 るなは最初からテンションが高い。小さいリュックを背負って、帽子までかぶってきていて、どう見ても遠足気分だ。透羽は健康的に軽装で、暑いのに元気そうで腹が立つ。幽々は日焼け止めと飲み物をきっちり持っていて、こういう時だけ妙に抜け目がない。


「ゆらちゃん、今日ビジュちょっと元気ないよぉ〜?」

 るなが顔をのぞきこんでくる。


「ビジュって言うな。普通に寝不足」


「それ、寝不足の顔じゃなくない?」

 透羽がすぐ刺してくる。

「もっとこう……休めてない人の顔」


「初手で人のコンディション見抜いてくるのやめろ」

「だって分かるし」

「その感じ、だいぶ嫌なんだけど」


 幽々が私の手元を見た。

「喉、まだ変?」

「なんで分かるの」

「声」


 短い返事だったけど、当たっている。


 るなが気まずそうに私の顔と透羽の顔を見比べてから、ぱん、と手を打った。


「じゃあ、むりしない感じでいこぉ〜! 川辺で焼いてぇ、食べてぇ、ちょっとだけ水さわってぇ、だらだらするだけ!」


「それだけでだいぶ夏休みっぽいな」

 透羽が笑う。

「普通に良くない? てか、やっと高校生してる感じする」


 その一言に、私はちょっとだけ黙った。


 やっと高校生してる感じ。

 それはたしかに、少しあった。


「……まあ、だらだらするだけなら」


「よっしゃ、影森おとした」

「言い方」

「ガチで手こずったもん」

「お前、ほんと図々しいな」

「知ってた」


 るなが嬉しそうにスマホを掲げる。


「じゃあ、明日! 買い出ししてから行こぉ〜!」


 透羽がすぐに仕切り始める。


「肉、紙皿、飲み物、虫よけ……炭はだるいから簡易コンロでよくない?」

「川辺で簡易コンロって、大丈夫?」

 幽々が静かに返す。

「火、ちゃんと見ないと嫌」


「じゃあ見ててよ、幽々」

「なんで私が」

「その感じ、いちばん信用できるから」

「雑な信頼だね」


 私はそのやり取りを見ながら、少しだけ肩の力を抜いた。


 こういう会話、好きだ。

 怪異の説明も、死後の帳面も、護符の請求も入っていない、ただの夏休みの相談。ぜんぶ終わったあとに思い出したら、たぶんいちばん大事なやつ。


 ――その時、ポケットの中のスマホがまた震えた。


【来ないなら来ないでいい。だが、行く前に寄れ】


「最悪」


「どしたのぉ?」

 るなが首をかしげる。


「人の夏休みに口出してくる終わってる大人から」


「夜見さん?」

 幽々が聞く。


「うん」


「それ、行ったほうがよくない?」

 透羽が言う。

「あとからもっとだるくなるやつじゃん」


 ぐうの音も出ない。


「……顔だけ出す」


「えらい」

「えらくない」


「時間かかりそうだし、お楽しみは1日延期かな」

 透羽が言う。


「今日は飲み物とか買い出しだけしよっかぁ〜」

 るながにこにこしながら言った。


「透羽ちゃん、変な味のラムネ買おぉ〜?」

「いいね、地雷っぽいやつ欲しい」

「楽しみ方の方向がおかしいんだよ」


 そう私が悪態をついて、彼女たちと離れていつもの事務所に向かった。


     *****


 夜見よろず相談事務所は、昼でも薄暗かった。


 外はうるさいくらい夏なのに、ここだけ季節が一段遅いみたいに空気がぬるくて、古い紙と機材の熱のにおいが混ざっている。


「来たか」

 机に肘をついたまま、朔夜がこっちも見ずに言う。


「顔だけ出したわ」

「そうか」

「その態度なんなの」

「仕事ではない」

「余計こわいんだけど」


 ぬいがソファの背からぬっと起き上がった。


「外は暑い。却下じゃ」

「毛玉に決定権ないから」


 朔夜は引き出しを開け、細い札を二枚だけ机の上へ置いた。


 白い紙。端にだけ、細かい文字が刻んである。見た目は簡素なのに、嫌な感じだけがする。


「なにこれ」

「保険」

「は?」

「水辺だろ」


 私は眉をひそめた。


「なんで知ってんの」

「聞こえてた」

「盗み聞きかよ、変態」


 朔夜は無視した。


「最悪の時だけ使え。なくすな。高い」

「何その説明の浅さ」

「深く説明すると、お前は使う前から嫌がる」

「嫌がるようなもん渡すなよ」


「仮留めだ」

 ようやく少しだけ説明がきた。

「死んでも、一度だけ向こうに落ち切るのを遅らせる。完全蘇生ではない。時間稼ぎだ」


「二枚」

「二枚」

「あとで請求...だよね?」

「当然」


 ハァ、と肩を落としながら、私は札を見た。

 薄い。軽い。なのに、触ると指先が少し冷える。


「……夏休み初日にまで、死ぬ前提で物渡すのやめてくんない?」

「じゃあ死ぬな」

「出たよそれ」

「本音だが」

「知らんし」


 ぬいが札をじっと見上げる。


「よい匂いはせんのう」

「お前は食うな」

「食わんわ、腹が下る」


 そこへ、奥のデスクから真琴まことが顔も上げずに言った。


「夜見さん」

「なんだ」

「たまには休ませた方が数字が安定します」


 ぴたり、と空気が止まる。


 私は思わず真琴のほうを見た。本人はモニターを見たまま、キーボードを叩いている。


「というわけで、今日は連れ戻しません。案件も振りません。働かせすぎは視聴者の離脱率に響くので」


「人の人生を動画の分析に換えて言うな」

「でも合ってるでしょ」

「合ってるのが腹立つ」


 朔夜はほんの少しだけ嫌そうな顔をしてから、机に視線を落とした。


「……一枚使ったら、残りはちゃんと申告しろ」

「なんで使う前提なんだよ」

「水辺だからだ」

「その雑な不吉さ、ほんとやめて」


 私は札を二枚、財布の内ポケットへしまった。


 軽い。

 軽いのに、やたら存在感だけある。


     ―――――


 帰り道、空はまだ明るかった。


 買い物を終えたるなたちと合流して、飲み物やら紙皿やらを適当に決めて、解散したのは夕方近くだった。明日は川辺。肉。ラムネ。だらだら。普通の夏休み。


 家に帰ると、母さんはもう仕事に出ていて、テーブルの上にメモだけがあった。


【そうめんあるよ 遅くなるならレインして】


「はいはい」


 そうめんを適当に茹でて食べ、シャワーを浴び、ベッドに倒れこむ。スマホにはまだ、るなたちのどうでもいいやり取りが続いていた。


【るな】

おにく、たのしみ〜!


【透羽】

るな、肉しか見えてなくない?

てか買った肉の量やば


【幽々】

虫よけ持ってく


【ゆら】

それ助かる


 そこで、少しだけ笑った。


 普通の予定だ。

 ほんとに、ただの普通の予定。


 それを思ったところで、私はそのまま眠ってしまった。


     *****


 水の音がした。


 目を開けると、川辺に立っていた。


 まだ行っていないはずの場所だった。浅い流れ。夕方みたいな光。白っぽい空。レジャーシートが一枚、水際に引っかかっている。


「……は?」


 夢だ、とすぐ分かった。

 分かったのに、嫌だった。


 シートが、少し揺れた。


 風じゃない。

 下から何かが動いたみたいに、布の端だけがぬるっとめくれる。


 白い。


 白い、背中みたいだった。


「やだ」


 一歩だけ下がる。


 その瞬間、水際から白い手が伸びた。


 冷たい指が、足首を掴む。


「っ、いや――」


 引かれる。

 浅瀬のはずなのに、一瞬で足元が消える。


 水の中は暗かった。

 息ができない。

 叫ぼうとしても、(のど)の奥に水だけが流れこんでくる。


 白い背中が近い。

 それが布じゃなく、人の形に見えた瞬間、私はようやく理解した。


 あ、これ、死ぬ。


 肺が熱くなって、視界が暗くなる。


 その時、胸元で紙の裂ける音がした。


 ぱき、と乾いた音。


 一瞬だけ、冷たい白い線が水の中を走る。

 私の身体が、下ではなく上へ強く引かれた。


     ―――――


 飛び起きた瞬間、喉が焼けるように痛んだ。


「っ、げほ……!」


 部屋は暗い。エアコンの音。枕元のスマホの明かり。


 夢――じゃない。


 胸元に手をやると、財布の内ポケットから滑り出た白い札が、一枚だけ濡れたみたいに黒ずんで、端から裂けていた。


 残りは、一枚。


 私はしばらく、それを見つめた。


「……夏休み初日から、最悪なんだけど」


 (のど)の奥には、ほんの少しだけ、川の冷たい水の名残(なごり)が残っていた。

 

 明日は楽しい川遊び、BBQだけのはず、そうだ。絶対そうに決まってる。そうじゃなきゃ嘘だ。


 つづく


 ここまで読んでくださってありがとうございます。


 今回は、帳面や死後側のしんどさを少しだけ引いたうえで、「普通の夏休みっぽい予定」をちゃんと置く回でした。るな・透羽・幽々・ゆらの四人で動くと、ようやく高校生らしい空気が出るので、その分だけラストの嫌さも増したかなと思います。


 そして、今回は朔夜から二枚だけ渡された“保険の札”が出ました。便利な完全蘇生札ではなく、あくまで落ち切るのを遅らせるだけの仮留め。なので、助かったというより、まだ続くために引き戻された感じです。


 次回は、ちゃんと川辺に行きます。

 たぶん、楽しいだけでは終わりません。


■今回の登場人物


影森かげもりゆら

 夏休み初日くらい休みたかったのに、結局最後は夢の川辺で短く死にかけた女子高生。普通の予定に少しだけ救われて、その直後にちゃんと最悪を引く。


夜見よみ朔夜さくや

 人の休みにも平気で口を出す怪異相談屋。今回は案件は振らなかったが、代わりに高い“保険”だけ渡してきた。言い方は雑だが、だいたい悪い予感だけは当たる。


・ぬい

 外は暑いと文句を言いながら、結局ついてくる気満々の半寄生霊獣。護符の匂いだけは気にしていたが、役には立っていない。


夜宵やよいるな

 夏休み初日に「みんなでどっか行きたぁい」と言い出した張本人。川辺・肉・ラムネ、すべてに対してテンションが高い。こういう時のるなの一言は、だいぶ世界を日常側へ引っ張ってくれる。行くのは結局翌日になった。夏休みだから許される贅沢である。


夏目なつめ透羽とわ

 即乗る、即決める、即煽るの夏休み適性が高い転校生。明るい空気を作るのがうまい一方で、「休み下手」とか「寝不足の顔じゃない」みたいに妙に刺さることを言う。


白澤しらさわ幽々《ゆゆ》

 消極参加に見えて、虫よけや火のことはきっちり見ている実務側。四人の中ではいちばん静かだが、こういう普通の予定でもちゃんと必要なところにいる。


毒島ぶすじま真琴まこと

 今回は裏で強かった人。「たまには休ませた方が数字が安定します」で、朔夜の横やりを切った。発言が最低限なのに、いちばん効く。


■今回の帳尻


・金銭帳尻

 朔夜支給の緊急用護符二枚。高い。もちろん無料配布ではなく、あとで何らかの形で請求される見込み。


・死の帳尻

 夢内での溺死寄り接触あり。完全に向こう側へ落ち切る前に、保険札一枚で仮留め処理。


・境界記録局四課・帳面書き

 対象:影森かげもりゆら

 今回処理:完全死亡未成立/仮留め処理

 備考:水辺接触の前兆あり。継続監視推奨。


・構造帳尻

 普通の夏休み予定が立った直後に、まだ行っていない川辺の夢へ先に引かれた。楽しい予定そのものが、すでに怪異に先回りされている可能性が高い。


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