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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第三章 花嫁の名前を知らないまま(夏~秋)

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配信65回目 残った声だけ帰ってこない

 昼休みの軽口って、たいていはその場で消える。

 でも、たまに消えないものがある。

 しかも今回は、声の最後だけが帰ってこない。

 昼休みの教室は、今日もわりと騒がしかった。


 購買のパンの袋を開く音。机を寄せる音。誰かの笑い声。廊下を走る足音。そういう、どうでもいい音がいくつも重なって、教室の空気をちょうどよく軽くしている。


 だからこそ、昨日の白縫(しらぬい)めいの一言だけが、まだ机の下あたりに沈んだままみたいで気持ち悪かった。


「え、なにそれ。普通にこわ」


 夏目(なつめ)透羽とわがスマホを見ながら言った。


「うちのクラスの子がさ、昨日ボイスメッセージ送ったのに、最後だけ聞こえなかったんだって。“ごめ――”で切れてたらしい」


「それ、地味にいちばんやなやつなんだけど」


 私は牛乳パックを机に置いた。


「えぇ〜、やだぁ〜」

 るなが肩をすくめる。

「ちゃんと最後まで聞こえないの、しんどいねぇ〜」


 幽々《ゆゆ》は割り箸を止めて、小さく息をついた。


「……よくないね。最後だけないの」


 透羽は笑っている。笑っているのに、目だけ少し真顔だった。


「なんかさ、音声の尻だけ食われてる感じじゃん。そういうの、記録に残るとだるくない?」


 私は顔を上げた。


「今の言い方、普通の高校生はしなくね?」


「え、そう?」

「そうだよぉ~」るなも言う。

「そう」


 幽々まで重ねると、透羽は「うわ、二対一」と肩をすくめた。るなはその横で、あんぱんをもぐもぐしながら「でもぉ、ほんとに変だねぇ〜」とだけ言う。平和で助かるけど、その平和さがたまに逆に怖い。


 そのとき、ポケットの中でスマホが震えた。


 嫌な予感しかしない。


 画面を見た瞬間、私は顔をしかめた。


 夜見よみ朔夜さくや


【今から来い。軽い案件。寄れ】


「……軽い案件って言った時点で、もう全然軽くない」


「既読早」

 透羽がのぞきこんでくる。

影森かげもり、返し()()()()?」


「こいつには、必要最低限でい い の!」


 私は【いや】とだけ返した。


 すると間髪入れず、追撃が飛んできた。


【イヤホンで聞くな。一人で再生するな。先に触るな】


「なにそれ」


 思わず声が漏れた。


「急に保護者面してきたんだけど。普通にキモ」


「でもぉ、ちょっと心配してるっぽい〜」

 るながふわっと言う。


「るな、それにだまされると、死ぬからね?」


「もうだいぶ死んでる側でしょ~?」


 透羽が軽く言って、私と幽々が同時に黙った。


 透羽もそこで、やっと口をつぐむ。


 教室のざわめきだけが、妙に遠く聞こえた。


     *****


 夜見よろず相談事務所は、今日も終わっていた。


 書類。配信機材。飲みかけのコーヒー。半分だけ開いた引き出し。怪しい札。生活感と怪異対策とゴミが、ぜんぶ同じ机の上に同居している。どう考えても健全な職場ではない。


 ソファの背では、ぬいが丸くなっていた。私が入るなり、片目だけ開ける。


「来たか。今日は喉を持っていかれる匂いがするのう」


「嫌な予知すんな」


 机の前には、若い女の人が座っていた。大学生くらい。細い指を膝の上で握りしめていて、目の下にはうっすら隈がある。


「依頼人の相沢(あいざわ)さんだ」

 朔夜が短く言う。

「症状は聞いたな?」


「聞いてないから来たんだけど」


 私が睨むと、朔夜は面倒くさそうに、フゥと息を吐きながら、タブレットの画面をこちらへ向けた。


「送ったはずのボイスメッセージだけ、最後が消える――」


「うわ、学校で見たやつ、そのままだ!」


 相沢さんは唇を湿らせてから、小さな声で話し始めた。


「最初は、ただの不具合だと思ったんです。でも毎回なんです。『ごめん』の“ん”とか、『助けて』の“て”とか、『行かないで』の最後とか……肝心なところだけ、きれいに消えてて」


「相手側には?」

 私は聞いた。


「何か言われた感じだけ残る、って。音は切れてるのに、ちゃんと嫌な感じがするって言われました」


 机の上のスマホを、相沢さんが震える指で操作した。


 再生。


           『ほんとに、ごめ……』


 映像は、そこで切れた。


 次の瞬間、音声の最後に、誰のものでもない薄い息だけが残る。


 背中がぞわっとした。


「……気持ち悪」


「だろ」

 朔夜は私を見る。

「だから触るなと言った」


「急にそういうの何?」


 私はいらっとしてにらみ返した。


「今まで散々前に出しといて、ここで急に守る側ぶるの、まじで調子狂うんだけど」


 朔夜は一瞬だけ黙った。


「嫌な感じがする」


「雑」


「雑でも下がれ」

「それがキモいって言ってんの」


 ぬいが、やれやれとでも言いたげに尻尾を揺らした。


「めんどうな若いのう」


「お前は黙ってろ」


 相沢さんのスマホには、同じ症状の音声がいくつも残っていた。


『あとで、ちゃんと話……』

『ほんとは、す……』

『お願い、行かな……』


 どれも最後だけない。


 ただのバグっぽい。なのに、聞いていると落ち着かない。言葉そのものが消えているというより、言い切る直前の息とか、感情とか、いちばん濃い場所だけを誰かに摘まれている感じがした。


 私は再生画面の波形を見つめた。


 端が不自然だった。切れているようで、切れていない。削られているようで、向こう側へ引っ張られている。


「……これ、音が壊れてるんじゃない」


 私が小さく言うと、朔夜の眉が動く。


「最後に言おうとした側だけ、どっかに溜まってる」


「影森」


 止める声を無視して、私はスマホへ手を伸ばした。


 再生画面のいちばん端に、白い糸みたいなものが見える。削れた音の残骸だ。それはファイルの中に留まっていない。送信済みフォルダのもっと奥、誰にも届かなかった言葉だけが沈む、暗くて薄い場所へ細く垂れていた。


挿絵(By みてみん)


「これ、音声の終わりがないんじゃない。帰ってきてないだけ……」


 その瞬間だった。


 イヤホンもつないでいないのに、耳の奥で声が鳴った。


 ――いかな

 ――たす

 ――す


「っ」


 喉の奥に、何かが絡みつく。


 言えなかった言葉の切れ端が、私の声の通り道にまとわりついてくる。息を吸おうとしても、途中で止まる。悲鳴を上げるはずの場所だけ、きれいに空白になる。


「影森!」


 朔夜が立ち上がる音。


 私は手で喉を押さえた。


 苦しい。なのに、咳も悲鳴も、最後の一音だけが出ない。


 視界の端で、スマホ画面の波形が白く揺れていた。送れなかった「好き」も、「ごめん」も、「助けて」も、全部、途中で千切れたまま私の喉へ流れこんでくる。


「ぁ……っ」


 声にならない。


 ぬいが低く唸った。

「まずいぞ、それ、喰う側ではない」


 朔夜の札が飛ぶ。


 白い光が、視界の真ん中で弾けた。


”媒体遮断”(メディア・ブレイク)


 低い声が響く。


 でも、遅い。


 私の肺が最後の空気を逃がして、そこで世界が裏返った。


     ―――――


 白い帳面がある。


 開かれる前の、静かな手元だけが見えた。


 見慣れてしまった白。細い指。ページを押さえる仕草。そのすぐ下に、私の名前。


 線が並んでいる。


 積み上がっている。


 増えている。


 それなのに、今回書かれるはずの場所だけが、まだ空白のままだった。


 書くべきなのに、書いていない。


 その不自然な一行だけが、ひどく白かった。


 つづく


 ■今回の登場人物


影森(かげもり)ゆら

 死にたくないのに、今回も“嫌な予感”のど真ん中へ自分から手を伸ばした女子高生。言い切れなかった言葉の残骸に喉を絡め取られ、今回も短く死んだ。軽口は元気なのに、こういう案件だけ妙に相性が悪い。


夜見(よみ)朔夜(さくや)

 怪異相談屋。今回は珍しく最初から「触るな」「下がれ」を連発していた。守る側ぶるとだいたいゆらにキモがられるが、本人もたぶんやり慣れていない。術式の切り方だけは相変わらず容赦がない。


・ぬい

 半寄生霊獣。ソファでだらけていたくせに、「今日は喉を持っていかれる匂いがする」と最初から嫌な正解を出していた毛玉。文句は多いが、危険の嗅ぎ分けだけは妙に当たる。


夏目(なつめ)透羽(とわ)

 距離感が近くて、言葉選びがたまにズレる転校生。昼休みの軽口担当だったはずなのに、「音声の尻だけ食われてる感じ」など、普通の高校生はあまり言わない言い回しでまた引っかかりを残した。


夜宵(やよい)るな

 ふわふわしているのに、ときどき核心の手前を踏む親友。今回は「最後まで聞こえないの、しんどいねぇ〜」と、やわらかい一言で案件の嫌さを素直に言い当てた。昼休みの空気をまだ日常側へつなぎ止めてくれる子。


白澤(しらさわ)幽々(ゆゆ)

 静かな情報ハブ。今回も大きくは騒がず、「最後だけないのはよくない」と短く刺した。こういう地味に嫌な現象への勘が、やっぱり鋭い。


相沢(あいざわ)さん

 今回の依頼人。ボイスメッセージの最後だけが消える異常に巻き込まれ、ただの不具合では済まない違和感を持ち込んだ。派手ではないが、だからこそ嫌なタイプの“最初の被害者”。


鬼灯(ほおずき)なゆ

 境界記録局四課きょうかいきろくきょくよんか記帳官きちょうかん。今回は直接会話していないが、最後に白い帳面の気配だけが出た。書かれるはずの一行が空白のまま残る、いちばん笑えない役回りをまた引き受けている。


■今回の話について


 今回は、学校側の軽さを少し残したまま、かなり嫌な“音声案件”へ入る回でした。

 怪異そのものは派手ではないですが、最後の一言だけ帰ってこないという現象が、今のゆらにはかなり刺さる形になっています。


 また、朔夜が珍しく先に止めに入ったことで、ゆらとの距離感も少しだけズレました。守ろうとすると気持ち悪がられるし、いつも通り前へ出せばもっと怒られる。だいぶ詰んでいます。


 そして最後は、また帳面の話です。

 死んだこと自体より、書かれるべき記録がまだ書かれていないことのほうが、今回は少し怖い回になっています。


■今回の帳尻


・金銭帳尻:蘇生一回。術式使用あり。依頼自体は軽案件のはずでしたが、たぶん今回もまったく軽くありません。借金はいつも通り、いい感じに減らないと思われます。

・死の帳尻:本来は一件追加。ですが今回は、まだ未記録です。書かれるはずの一行が白いまま残っています。

・構造帳尻:蒐集側の大きな動きは表に出ていませんが、“言い切れなかったものがどこへ行くのか”という構造の嫌さだけは、少しずつ前に出てきました。

・鬼灯なゆの業務評価:たぶんまた下がります。本人は静かですが、胃は痛いはずです。

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