配信64回目 冥と転校生と、最悪の昼休み
昼休みは、普通なら少しくらい安心していい時間のはずだ。
でも最近の学校は、昼でも平気で息が詰まる。
今日の私は、昨日また死んだばかりなのに、なぜか転校生と監視者と同じ教室で昼飯を食うらしい。
昼休み前の授業ほど、眠気とだるさと人生への諦めが均等に混ざる時間はないと思う。だってもうすぐランチの時間。至福のひととき。
いや、訂正。
前日の学校死亡から蘇生した翌日の四時間目は、そこへ頭痛が足されるので、もっと終わっている。
私は机へ突っ伏しそうになる頭をどうにか支えながら、黒板の字を睨んでいた。内容は入ってこない。昨日、非常階段前で管理線に触れて死んだせいで、まだ身体の奥が少しだけ噛み合っていない感じがある。
朝、朔夜に言われたことを思い出す。
『今日は昼休みも含めて余計なものに近づくな』
無茶を言うな。
最近の学校、余計なもののほうから近づいてくるんだよ。どうしろと。
チャイムが鳴った瞬間、るながくるっと振り向いた。
「ゆらちゃ〜ん、おひるぅ〜」
「その一言だけで生き返る日もあるんだけど、今日はそうでもない」
「しんどそうだねぇ〜……」
「それ昨日から聞き飽きた」
そこへ、もう当然みたいな顔で透羽が椅子を半分ずらしてきた。
「今日も顔やばいね、影森」
「お前、会うたびにそれ、刺してくるのやめろ」
「だって事実だしぃ」
悪気がない顔で言う。そこが腹立つ。
るなは机の上へ何種類ものパンとおにぎり数個とゼリー飲料、デザートのプリンまで並べていた。相変わらず量がおかしい。
「るなそれ一人ぶん?」
「そうだよぉ〜?」
「毎度の事だけど、うそだろ」
「じゃあ、こっち半分いる?」
透羽が食いついた。
「いいの? やった」
「成立するの早っ」
私が突っ込むと、るなはえへへぇ〜と笑う。
幽々はその少し外で、いつもの静かな顔でサンドイッチの袋を開けていた。
「……透羽、昨日からるなに遠慮なさすぎ」
「るなが優しいからでしょ」
「そこを当然みたいに言うのがすごいんだよ....(ボソ)私には無理...」
教室の後ろの窓際で四人。形だけ見れば、ただの昼休みだ。
そこへ、さらに“ただの昼休みじゃなくする要素”がひとつ混ざっていた。
廊下の向こう。
教室の外から、冥が見ている。
入ってこない。話しかけてもこない。なのに、いるだけで空気がまずくなる。事務所でも何度か見ているはずなのに、学校にまでいると、怖さの質が違った。
るなが小声で言う。
「きれいなひとだねぇ〜……」
「今そこだけ拾う?」
「だってきれいだよぉ〜?」
透羽はパンをかじったまま、一瞬だけ動きを止めた。昨日ほど露骨じゃない。でも、ちゃんと止まった。冥を見る時だけ、あいつは本気で呼吸が浅くなる。
幽々は見ない。見ないようにしている。
「……あの人、また来てるんだ」
「知ってる人なのぉ?」
るなの問いに、私は少しだけ唸った。
「知ってるっていうか、事務所で見る人」
「なにそれぇ」
透羽が笑う。
笑う。その笑顔はやっぱり普通にかわいい。人懐っこくて、明るくて、こっちが警戒してるのが馬鹿みたいに見えるくらいには。
でも、笑ったあとの無表情が、やっぱりほんの一拍だけ遅い。
その時、透羽が窓の外を見ながら、ぽつりと言った。
「そいえばさ。この学校、音が古い場所多くない?」
私は箸を止めた。
るなは首をかしげる。
「おと?...古い?」
「うん。なんか、ここ。たとえば――教室は普通なのに、廊下の角とか保健室の前とか、たまに響き方が古い」
幽々が初めて透羽を正面から見た。
「……それ、どういう意味」
「えー、説明しづらい。新しい校舎の音じゃないっていうか」
「普通そういう言い方しないから」
「する人もいるでしょ」
「いないよ、変わってるね」と幽々が言う。
私もいないと思う。
るなだけがまったく分からない顔でゼリーを吸っていた。
「でもねぇ、保健室の前だけちょっとへんな感じするのは、わかるかもぉ〜」
「るなは分からなくていいところだけ分かるな」
「えへへぇ〜」
笑っている場合じゃない。いや、こういう時間に笑っていてほしいのがるななんだけど、だからこそ怖い。
ふと、教室の後ろの一角が気になった。
窓側、いちばん後ろの席。誰も座っていないのに、そこだけ空気がゆらっとして見える。クーラーは効いているはずなのに、あの一角だけ、夏の午後の残りみたいな熱が溜まっていた。
「……ねえ、あそこ暑くない?」
幽々が小さく頷く。
「前から少し」
「なんで言わないの」
「説明しにくいから」
透羽が興味を持った顔で立ち上がる。
「どれどれ」
「待て」
私が止めるより早く、透羽はその席の横へ行った。手をかざす。すぐに眉を上げた。
「ほんとだ。ここだけ変にあったかい」
るなまで寄ってくる。
「ほんとだぁ〜。なんか、寝たあとのおふとんみたい〜」
「その例え、ちょっとキモくね」
私は席の近くまで行って、ぞわっとした。
ただ暑いんじゃない。そこに一人ぶんだけ、体温の名残が残っている。長く座っていた人間の熱だけが抜けずに、席の形に沈殿してるみたいな。
透羽が何気なく椅子へ腰を下ろしかけた。
「座るな!」
思わず強く言ってしまって、透羽が目を丸くする。
「……影森?」
「そこ、だめ。なんか、だめ」
説明になってないのは分かっている。でも、説明できる感じじゃなかった。
その瞬間、廊下側から冥の声が落ちてきた。
「戻された個体は、戻りきったふりを覚える」
教室の空気が、ひやりとした。
るなは意味が分からない顔をしている。
透羽だけが、今度はちゃんと冥を見た。明るい顔のまま、目だけが笑わない。
「……誰に言ってるの、それ」
冥は答えない。
でも、あの一言は透羽だけじゃなかった。
私にも刺さった。
死んで、戻って、また学校に来て、普通のふりをする。昨日までと同じ顔で友達と昼を食べて、同じ教室に座って、同じ日常の続きみたいに振る舞う。
それが、ほんとうに“戻れている”ってことなのか。
考えた瞬間、足元がふらついた。
「ゆらちゃん?」
るなの声。遠い。
私は無意識に、例の席へ手をついた。熱が、一気に流れ込んできた。
熱い、じゃない。
熱だけが、誰かの時間ごと残っている。
息が詰まる。視界が白く滲む。
耳の奥で、知らない椅子を引く音がした。
「あ……」
まずい、と思った時には遅かった。
膝から力が抜けて、そのまま机へ上半身をぶつける。視界の端で、るなが立ち上がるのが見えた。
「ゆらちゃん、寝ちゃったぁ……?」
「違う!違うよこれ!!」
幽々の声が鋭かった。
透羽が初めて、本気で顔色を変える。
でも、その顔を見る前に、私はもう落ちていた。
昼休みのざわめきが遠ざかる。
教室の光が沈む。
熱の残る席だけが、最後まで妙に近かった。
■今回の登場人物
・影森ゆら
前日に学校で死んだばかりなのに、今日も昼休みで死にかけ、最後はちゃんと死んだ女子高生。最近、学校での死亡率が高すぎる。今更だけど、この学校やばくね?
・夏目 透羽
明るくて距離が近い転校生。るなと秒で仲良くなりつつ、今日は「音が古い」という妙な感覚と、熱の溜まる席への反応で違和感をさらに積みました。
・白澤 幽々
静かに見ている側。今回も最初に席の異常へ気づいていた人。声を荒げる回数が少ないぶん、たまに鋭く入ると強い。
・るな
昼休みの平和担当。パンを半分あげて、ゼリーを吸って、状況が分からないまま場のかわいさを保っていた。こういう子がいるから学校がまだ学校に見える。
・白縫 冥
教室へ入ってこないのに、いるだけで全部まずくする女。今回の一言は、透羽だけでなく、ゆらにも刺さる類のやつです。
■今回の話の解説
64話は、保存済みの第三章設計どおり、**るな・透羽・幽々・ゆらの4人昼休み**を使って、新しい学校側の会話テンポを固める回です。同時に、**冥が廊下から見ているだけで空気が悪くなること、透羽のズレが“普通の転校生”では済まなくなってきたこと、小粒怪異として「熱の溜まる席」が発生していること**を前へ出しています。
また、冥の
「戻された個体は、戻りきったふりを覚える」
は、透羽だけでなく、死んで戻って学校へ通い続けているゆらにも向けられた言葉です。ここが、昼休みコメディ回に見えてわりと苦い芯になっています。
【今回の帳尻】
・金銭帳尻:蘇生一回ぶん、たぶんまた請求です。
・死の帳尻:昼休みで一件追加。平和な時間が平和で終わらない。
・学校側の帳尻:教室の席に、一人ぶんの熱だけが残っていました。
・ゆら側の帳尻:普通のふり、たぶん思っているより上手くない。
次回は、昼休みの軽さの反動で、学校側の息苦しさがもう少し強く出てきます。
にぎやかなのに、どこにも逃げ場がない感じのやつです。
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