配信63回目 冥が学校へ来る
またまた、私が学校で死んだ翌朝です。
しかも今日は、転校生の書類の件でなんだか揉めているらしい。
普通に見える学校も、こういう日はろくでもないことが起きそう。
目が覚めた瞬間、最悪の気分だった。
喉の奥が焼けるように痛む。胸のあたりも重い。頭の芯だけが遅れて戻ってくる感じがあって、身体がまだ半分どこかへ置き去りだ。
――死ぬのは、何度あっても慣れない。慣れたら一番イヤだけど。
「起きたか」
低い声に顔を向けると、朔夜が壁にもたれたままこっちを見ていた。昨日、学校の廊下で死んだ直後と同じ、あの心底嫌そうな顔である。
「......二日続けて校内で死ぬな」
「わたしも、好きで死んでないっての......」
「結果として学校側の線に引っかかってる」
「その言い方こわ。何、線って」
呻きながら起き上がると、後頭部がずきりと痛んだ。昨日は壁の角に頭をぶつけた。ああいう死に方は、見た目のわりに痛みが長引く。
ぬいが机の端から、やれやれとでも言いたげに尻尾を揺らす。
「若いのう」
「お前の感想、最近そればっかだぞ」
洗面台で顔を洗いながら、私は昨日のことを思い出した。夏目 透羽。明るくて、距離が近くて、普通にかわいい転校生。なのに、言葉の端と、反応のズレと、立っている位置だけが、ほんの少し変だった。
放っておけばいい。そう思うのに、そういう相手ほど放っておけない。
「……学校、行く」
朔夜が小さく息を吐く。
「だろうな」
「何その分かってた顔」
「お前はそういう時だけ、変にまっすぐだからな」
腹が立つ。腹が立つけど、否定しづらいのがもっと腹立つ。
結局、私はそのまま登校した。
―――――
学校へ着いた時点で、何か空気がおかしいのを感じた。
いつもの朝のように教室内は騒がしいが、それ以上に、職員室前だけ妙にざわついている。先生が二人、三人、書類を持って行ったり来たりしていて、その真ん中で転校生の透羽があっけらかんと立っていた。
「だから私、昨日もそう言いましたよね?」
笑っている。笑っているのに、職員室前の空気だけがぴんと張っていた。
るなが小声で言う。
「透羽ちゃん、なんかたいへんそうだねぇ……」
隣で幽々が眉を寄せた。
「転入書類。前の学校の記録と合ってないらしい」
「え」
「保護者欄も、緊急連絡先も変。書類だけ何回も打ち出し直してる」
そこで先生の一人が困った顔で首をかしげた。
「いや、さっきまでここに前籍校の欄が……」
別の先生が紙を覗き込む。
「消えてますね」
透羽は、まるで他人事みたいに笑った。
「だから言ったじゃないですか。たまにそうなるんですって」
ぞわっとした。
たまにそうなる、で済む話じゃない。書類の文字は、普通、消えない。
その時だった。
廊下の向こうから、ひときわ静かな足音が近づいてきた。
顔を上げた瞬間、私は思いきり顔をしかめた。
「うわ……あの人は――」
見間違えるわけがない。白すぎる肌、整いすぎた顔、黒い服。事務所で何度か見たことがある。いつも朔夜の自由を監視する側にいる、あの女。
白縫 冥だ。
初めて会った時みたいな「誰!?」ではない。むしろ逆だ。知っているからこそ、違和感しかなかった。
なんでこの人が学校にまで来てるの――?
先生たちは一瞬だけ言葉を止めた。保護者か、監査か、何かそういう“説明のつく大人”に見えなくもない。見えなくもないけど、ちゃんと見ればどこにも属していない感じがある。学校の廊下にいるだけで、そこだけすべての存在がおらず、彼女だけがあるかのような、異物感。
透羽が最初に口を開いた。
「……あれぇ?お姉さん誰?」
軽い調子だった。昨日のままの距離感で、冗談みたいに笑いかけようとしていた。
でも、冥が視線を向けた瞬間だけ、その笑顔が止まった。
止まって、それから少し遅れて消えた。
ほんの一拍。けれど透羽が、本気で引いたのが分かった。
「書 類 を」
冥は先生へ、かなりゆっくりそう言った。声は静かだが、逆らいづらい”圧”がある。気の弱そうな先生のひとりが半ば反射みたいに書類を渡してしまった。
冥は数枚めくり、すぐに私を見た。
「影森さん」
「……何」
「少しお時間を」
「嫌な予感しかしないんだけど」
「それは、いつものことでは?」
それを言うな。わかってんですよ、私だって。毎日ブラックバイトして、時給は300円で、死亡中は休憩扱いって、全部嫌なことだらけなんだから。
等と思いつつ、私はるなと幽々に目配せしてから、少しだけ冥のあとを追った。廊下の端、非常階段の前。人の気配が薄くなる場所で、冥は振り返る。
「あなたも含めて、最近は管理の逸脱が多すぎます」
「私は好きで逸脱してるわけじゃない」
「二日続けて学校で死んだ人間の台詞としては弱いですね」
「言い方!」
噛みつく私を、冥は冷たい目で見下ろした。
「転入生に近づきすぎないことです」
「透羽が何なのか知ってるの?」
「知っていることと、話すことは別です」
「それ!毎回みんなそれ!」
「もったいつけすぎ!!」
腹立たしい。けど、この人は本当に必要なことだけは言う。だから余計に腹が立つ。
「……あの子、何かが変なんだよ」
「ええ」 私が聞くと、冥は以外にも素直に認めた。
「ええ、って認めるんだ」
「あなたが気づく程度には」
その返しが嫌すぎて、私は一歩足を前に出した。
「じゃあ何なの。学校に入れていいの。放っといていいの」
非常階段の前には、細い銀の線みたいなものが張ってあった。たぶん結界か、封鎖か、そういう類だ。一般人なら気づかない程度の、薄い管理線。
「ゆらさん、そこ」
「えっ?」
「触れてはいけません」
私はその言葉の意味に気づかず、管理線に半歩踏み込んだ。
次の瞬間、喉が潰れた。
「……っ」
息が、入らない。
肺が閉じたみたいに、空気だけが外で止まる。膝が折れ、視界が一気に下がった。これ、知ってる。怪異にやられる時と少し似ているが、違う。もっと乾いた、管理される側だけを弾く感じ。
「だから触れるなと言ったでしょう」
遠くで冥の声がした。
冷たい床。階段の鉄の匂い。視界の端で光が細く滲む。
ああ、これ。死ぬやつだ。
思ったところで、意識が暗く落ちた。
―――――
次に目を開けた時、見えたのは見慣れた事務所の天井だった。
「ハァ……ほんと、お前学校内で死にすぎだろ」
呆れた声で朔夜が言う。私はもう反論する気力もなく、ソファに沈んだまま呻いた。
「私だって好きで当たりにいってない……」
「忠告を聞かなかった。自業自得だ」
その少し向こうで、冥が静かに立っている。
この人は、たぶんずっと見ていた。事務所でも、外でも、学校でも。そういう温度で私を見る。
「夜見朔夜」
冥が言った。
「夏の間に終わらせなさい」
その一言だけで、朔夜の顔つきが変わった。
私はソファの上から二人を見比べる。意味が分かっている顔と、意味を知っている声。その間に置かれているのが、自分と透羽なのだと、嫌でも分かった。
今年は、嫌な夏になりそうだ。
■今回の登場人物
・影森ゆら
二日続けて学校で死んだ女子高生。今回は「転校生を放っておけない」で学校へ行き、最後は管理線に弾かれて短く死にました。死因のバリエーションが増えていくの、全然うれしくない。
・夜見朔夜
学校で死ぬなと正論を言っているのに、結局また蘇生している怪異相談屋。今回はかなり不機嫌ですが、ラストの一言でそれどころではなくなりました。
・白縫 冥
学校にまで来た監視者。初対面ではなく、ゆらにとっては「事務所にもいる怖い女」が学校へ侵入してきた感じです。敵とも味方とも言えないのに、いるだけで全部の空気が変わる。
・夏目 透羽
明るくて軽い転校生。今回は書類の不備と、冥に対する一瞬の本気の引きで、普通ではない側の輪郭が一段はっきりしました。
・るな
たいへんそうだねぇ、で済ませる通常運転。こういう子がいるから学校がまだ普通に見える。
・白澤 幽々
書類の違和感に最初から引っかかっていた側。地味に毎回いちばん早い。
■今回の話の解説
63話は、62話で出した透羽の違和感を、**「本人の雰囲気」ではなく「書類・管理・制度の側」から現実化する回**です。保存済みの第三章設計でも、63話は**「冥が学校へ来る」「透羽の転入書類が妙に揉める」「ゆらへ管理の逸脱が多すぎると告げる」「ラストで朔夜へ期限を切る」**が芯になっています。
また、冥は蒐集商会側ではなく、**朔夜の監視者・看守・捕縛執行者**です。だから今回の怖さは、怪異そのものではなく「管理する側の線に、ゆらがもう弾かれる側へ寄っている」ことにあります。
【今回の帳尻】
・金銭帳尻:蘇生一回。たぶん請求されます。
・死の帳尻:また一件。学校での死亡記録、だいぶ嫌です。
・管理の帳尻:透羽もゆらも、学校という生者側の空間で無理が出始めました。
・冥の圧:夏の間に終わらせろ、という期限が切られました。
次回は、学校側での息苦しさと、冥・透羽・るな・幽々が同時にいる昼休みの最悪さが出ます。
にぎやかなのに、空気だけが全然おいしくないやつです。
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