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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第二章 花嫁候補とか、聞いてない(春~夏)

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配信59回目 向こう側が選んだ【後編】

 前回の「なんで止めるの」の直後からです。

 今回は、怪異に襲われるというより、自分でそっちへ行きそうになる話です。

 笑える余地は、たぶんほとんどありません。

「なんで止めるの」


 言った瞬間、自分で息が止まった。


 高架下の白い扉。

 古い壁の隙間に、ありえない静けさで立っているそれ。

 るなも、幽々(ゆゆ)も、ぬいも、みんな同じものを見ているはずなのに、そこから感じる温度だけが、私にだけ違っていた。


 怖い。


    嫌だ。


 なのに、扉の向こうが少しだけ楽そうに見える。


 その気持ちごと口から漏れたみたいに、「()()()()()()()」が出てしまった。


 朔夜(さくや)は、私の手首を掴んだまま何も言わなかった。


 怒鳴られたほうがまだましだった。


 この人が何も返さない時は、だいたい本気でろくでもない時だ。


 るなが、ようやく小さく声を出す。


「ゆらちゃん……?」


 幽々は一歩だけ後ろへ下がっていた。顔色が悪い。


 ぬいは私の腕の中で毛を逆立てたまま、扉を睨んでいる。


「……最悪の流れじゃの」


 珍しく、その一言に軽さがなかった。


 耳の奥で、また夜刀(やと)の声がした。


()()()


 スマホは鳴っていない。

 通知もない。なのに、声だけが直接頭の奥へ落ちてくる。


『無理やりじゃないんだよ。向こうが選んでる。本人も嫌がってない』


「うるさい……」


 思わずつぶやくと、るながびくっと肩を震わせた。


「だ、だれぇ……?」


「夜刀だ。出るな」


 朔夜が低く言う。


 その声で、少しだけ現実へ戻る。


 でも白い扉の輪郭は消えない。見れば見るほどふつうの扉に見えるのに、近づくほど、そこだけが“帰り道”の顔をしていた。


「帰りたがってるのは事実だろ」


 今度は、ちゃんと外から声がした。


 高架の柱の向こう、暗がりから夜刀が出てくる。

 いつも通り軽い。笑っている。だけど今日は、笑っているほうが不気味だった。


「お前……毎回ほんとろくでもないタイミングで出るな」


「褒め言葉として受け取っとくよ」


「受け取るな」


 夜刀は扉の近くへ寄ろうともしない。ただ、私を見る。


「どうだった?」


「何が」


「静かだったろ。向こう」


 返事ができなかった。


 確かに、向こうは静かだった。


 昨日、死後側へ落ちた時もそうだった。白くて、冷たくて、薄いのに、妙に呼吸がしやすい。痛みも、騒がしさも、うるさい現実も少し遠くなる。


 それを肯定したくないのに、否定しきれない。


 その沈黙だけで十分だったのか、夜刀は小さく笑った。


「ほら」


 朔夜の手に力がこもる。


「おい、影森を見るな」


「見てるのはお前もだろ」


「お前とは意味が違う」


「そうかな」


 夜刀が肩をすくめる。


「俺はただ、先に失っただけだよ。だから分かる。この感じ。向こう側に選ばれたやつが、最初に何を欲しがるか」


「黙れ」


「黙らない。今さら綺麗ごとで塞げる段階じゃないだろ」


 その時だった。


 るなが、扉のほうを見たまま、ぽつりと言う。


「……あれぇ〜?」


 全員の視線がそっちへ動く。


「ここ、帰り道だったっけぇ……?」


 その一言で、空気が変わった。


 高架下の風が、急に薄くなる。

 通り過ぎる自転車の音も、道路の車の唸りも、半歩ぶん遠くなる。代わりに、見えないはずの“別の道”がそこへ重なった。


 白い扉の向こうだけじゃない。


 足元のコンクリートの継ぎ目。高架の柱と柱の間。自販機の横の影。帰れるはずの方角が、全部少しずつずれていく。


 幽々が、息を呑んだ。


「……空席が、増えてる」


「は?」


「ここ、さっきまで……人、いた」


 見る。


 高架下のベンチ。コンビニ袋。吸い殻。温い缶コーヒー。そこにいたはずの誰かの痕跡だけが残っているのに、人だけがいない。


 いなくなった、じゃない。


 最初から、そこだけが空いていたみたいに景色が滑っている。


「なにこれ……」


 私が呟くと、夜刀でも針目でもない、きれいすぎる女の声がした。


「正式にお迎えに参りました」


 針目(はりめ)(ゆい)だった。


 いつの間にか、車道側の明るいほうから歩いて来ている。昼間の学校よりもさらに整った顔で、営業スマイルのまま高架下の薄闇へ入ってくる様子が、逆に気持ち悪い。


「学校から追い返されたくせに」


「ですので、学校の外へ参りました」


「言い方が腹立つ!ペテン師!」


 針目は小さく頭を下げる。


天原(あまはら)理事長から正式な回収命令が出ています。これ以上は、ご本人の意思確認も含めた正規移送の段階です」


「本人の意思?」


 思わず笑いそうになる。

 笑えないのに。


「いつ私が同意したっていうの!?」


「今、()()()()()


 針目の視線が、私の足元へ落ちる。


 見れば、私は朔夜に掴まれたままでも、体の向きだけは扉へ寄っていた。


 自分で血の気が引く。


「これは違――」


「違わないよ」


 夜刀が言う。


「もう“引っ張られてる”じゃない。自分でそっち向いてる」


「黙れ、黙れ!!」


「事実を言ってるだけだ」


 ぬいが腕の中で本気で暴れた。


「どいつもこいつも好き勝手言いおって! 人の娘っ子を勝手にモノ扱いするでない!」


「珍しくいいこと言うじゃん、でもお前のもんじゃないし!」


「珍しく、は余計じゃ!」


 そのやり取りさえ、今日は少し遠い。


 扉の向こうが静かすぎて、現実の言葉が全部ざらついて聞こえる。


 帰りたい。


 その気持ちが、また胸の奥から湧く。


 どこへ帰るのかは分からない。ただ、ここじゃないどこか。静かで、何も責められなくて、頭が痛くなくて、呼吸の浅さを意識しなくて済むほうへ。


 最悪だ。


 そう思うのに、その最悪さえ少しずつ遠くなる。


「影森」


 朔夜が名前を呼ぶ。


「こっち見ろ」


 見たくなかった。


 見たら、現実に引き戻される気がしたから。引き戻されるのに、今の私はそれを少し嫌がっている。そのことが、さらに気持ち悪い。


「ゆらちゃぁん……」


 るなの声が、震えていた。


 その瞬間、扉の向こうの白さがふっと広がる。


 るなの足元が半歩、そっちへ滑った。


「え」


 るな自身は気づいていない。


 ただ、立っている位置だけが、現実の床から少しずれていた。影が薄くなる。輪郭が、向こうの静けさに溶けかけている。


 幽々が叫ぶ。


「るな、動かないで!」


「えぇ!? な、なにぃ!?」


 針目が目を細めた。


「……やはり臨界ですね」


 夜刀は逆に、少し面倒そうに眉を寄せる。


「違うな。呼ばれてるのはあっちじゃない」


 るなの輪郭がもう一段だけ薄くなる。


 空席が増える。景色の側が、るなを“最初からいない位置”へ滑らせようとしている。


 考えるより先に身体が動いた。


「るな!」


 私は朔夜の手を振り切って、るなの肩を掴んだ。


 押す。現実側へ、思いきり押し戻す。


「きゃっ」


 るなが後ろへよろける。幽々が慌てて受け止める。


 代わりに、私の足元から感覚が抜けた。


 あ、と思った時には遅い。


 白い扉の静けさが、一気に私のほうへ寄ってくる。


 違う。寄ってきたんじゃない。最初からこっちだけを狙っていて、るなを押し戻したことで、ようやく本命へ焦点が合ったのだ。


「やっぱりお前か」


 夜刀が、ひどく静かに言った。


 その一言が、妙に腹立たしかった。


「知ってたみたいに言うな……!」


「知ってたよ。だって向こうがそういう顔してた」


 最低だ。


 でも今はそっちに怒っている余裕すらない。


 足元のコンクリートが白に変わる。

 高架の柱が、番号札の並ぶ通路に重なる。

 耳鳴りみたいに紙をめくる音がして、身体の輪郭が薄くなる。


 息が、楽になる。


 その楽さが、いちばん怖い。


「影森!」


 朔夜が腕を掴む。


 でも掴まれたのは手首だけで、身体の半分はもう白い側へ引かれている。冷たくない。痛くない。ただ、静かだ。


「……さくや」


 自分でも驚くくらい、小さな声だった。


 怖い。

 帰りたい。

 ここじゃないどこかへ。だけどその“どこか”が何なのか、もうよく分からない。


 それでも、朔夜の顔を見た瞬間だけ、別の感情が混ざる。


 この人に、()()()()()()()()


 なんで今それが出るんだよ、と自分で思う。


 遅い。最悪のタイミングだ。借金を背負わせて、死後もこき使って、説明不足で、顔だけよくて、性格が終わってるこの男に対して、今ここでそんなこと思うの、ほんとに最悪だ。


 でも、その最悪さだけは妙に本物だった。


 針目が、少し離れた位置で微笑む。


「ご本人の選択が確認できました」


「ゆらは、選択してない!!」


 幽々が珍しく声を荒げる。


 るなは顔面蒼白で、でも何が起きているのかを理解しきれていないまま私の名前だけを繰り返していた。


「ゆらちゃん、ゆらちゃん……!」


 ぬいが白い側へ飛びかかる。

 弾かれて、地面を転がった。


「ぬい!」


「わしはええ! おぬし、そっち行くな!」


 朔夜の手にさらに力が入る。


 それでも、足りない。


 今までみたいに、術や蘇生や数字でまとめて処理できる距離じゃない。


 私はもう、案件の向こうじゃなくて、その内側へ半分入っていた。


 白い側の奥で、誰かが番号を呼ぶ気配がした。


 名前じゃない。

 でも、次に呼ばれるのが自分だと分かる。


 私は思わず目を閉じかけて、ぎりぎりで踏みとどまった。


 閉じたら、そのまま向こうを選びそうだったから。


「朔夜」


 ちゃんと呼ぶ。

 今度ははっきり。


 朔夜が、初めて本気で焦った顔をした。


 その顔を見たことがなかった。


 見たことがないのに、見た瞬間、胸のどこかが強く痛んだ。


 白い通路の奥で、静かな声がした。


「影森ゆら」


 呼ばれた。


 その瞬間、白が一気にこちらへ倒れ込んでくる。


 朔夜が私の名前を叫んだ。


 でも、その続きは、もう白に飲まれて聞こえなかった。


挿絵(By みてみん)


 ここまで読んでくださってありがとうございます。


 配信59回目は、「向こう側が選んだ」というタイトル通り、外から襲ってくる怪異というより、ゆら自身の内側へ“帰りたい”が入り込み、それが空間ごと発動する回でした。


 今回のポイントは四つです。


 一つ目は、針目の正式回収と夜刀の私的利用が同時に重なり、どちらもゆらを“人間のまま”見ていないこと。

 二つ目は、「行方不明」が誰かを連れていくのではなく、景色の側が“最初から空いていたことにする”形で起き始めたこと。

 三つ目は、るなを押し戻したことで、向こう側の焦点が完全にゆらへ合ったこと。

 四つ目は、ゆらがこの瞬間になって初めて、朔夜に対して別の感情を自覚しかけたことです。


 今回の登場人物メモです。


影森(かげもり)ゆら

 「帰りたい」が他人事ではなく、自分の感情として侵食してくる段階へ入りました。


夜見(よみ)朔夜(さくや)

 処理屋の顔では間に合わず、本気で“止める側”へ回り始めています。


黒瀬 夜刀(くろせ やと)

 失った側の先例として、ゆらの変化を見抜いている最悪の先輩。


針目(はりめ)(ゆい)

 最後まで笑顔のまま、回収を“正規処理”として進めようとする営業担当。


夜宵(やよい)るな / 白澤(しらさわ)幽々(ゆゆ)

 守りたい日常の象徴と、それが崩れる瞬間を最初に察する側。


・ぬい

 今回はかなり本気で止めました。やる時はやるのかもしれません。やっぱり迷惑ですが。


 次は、ここからどう引き戻すのか、あるいは引き戻せるのかの話になります。


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異世界最強の節約勇者
異世界ゲームバー転生おじさん(42)
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