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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第二章 花嫁候補とか、聞いてない(春~夏)

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配信54回目 ぬいの話 ――巻き戻せないテープ

 前回の続きです。

 今日は毛玉の話です。

 たぶん少しだけ、不憫ふびんです。


 翌朝の事務所は、ひどく空気が悪かった。


 理事長が帰ったあとの静けさが、そのまま古い机や機材の隙間へ沈み込んだみたいで、書類の紙臭さも、配信機材の熱も、いつもより少しだけ重い。

 

 真琴まことさんは朝から同期ズレのログを洗い直し、朔夜さくやは露骨に機嫌が悪く、ぬいまで妙に静かだった。あの小悪党が丸まったまま喋らないせいで、逆に落ち着かない。


「……全員、湿しけった煎餅せんべいみたいな顔してる」


 そう言った直後だった。


 立ち上がった視界が、急に白く飛ぶ。


「え」


 床が遠いのか近いのかも分からない。次の瞬間には腰が抜け、そのまま事務所の床へ崩れ落ちていた。頭を打つほどじゃない。なのに息だけが、妙にきれいに止まる。


影森かげもり


 舌打ちが聞こえた。


 紙の擦れる音。冷たい指先。低い声。


”収益変換”(マネタイズ)

”位相固定”(フェイズ・ロック)


 胸の奥へ無理やり火を押し込まれたみたいに熱くなって、私は大きく咳き込んだ。


「がっ、げほっ……!」


 肺へ空気が戻る。のどの奥が焼けるみたいに痛くて、視界の端では星が散った。


「……今、死んだよね!?」

「短期でな」

「勤務時間の区分みたいに言うな!」


 半泣きで怒鳴ると、朔夜は心底うるさそうに眉を寄せた。


「前回の失血が思ったより残ってる。勝手に立つな」

「先に言え!」

「今言った」


 その返しにさらに文句を言おうとした瞬間、事務所のベルが鳴った。


 いやな予感しかしない。こういうタイミングで来る客に、まともなやつはいない。


 朔夜が扉を開けるより先に、私は相手が誰か分かった。


「おっ、生き返っとるやない」

「おいてめぇ、いい加減にしないと()()()」朔夜が言う。


 開口一番、それだった。


 扉の向こうに立っていたのは、いつも通り胡散臭い柄シャツにくたびれたジャケット、頭に細いサングラスを引っかけた銭原ぜにはら呪助じゅすけだった。

 

 見た目だけなら陽気な中古屋の兄ちゃんで通りそうなのに、やってることはだいたい最悪。前に情報を売って毛玉騒動を起こし、結果として蒐集商会しゅうしゅうしょうかいまでこっちへ寄せた張本人である。


「最低だな、ほんと」

「そこまで言うか、お嬢ちゃん」

「言うよ! 言うに決まってんでしょ!」


 私が怒鳴ると、銭原は肩をすくめた。


「まあ、妥当やな。今日は文句言われに来たっちゅうより、尻拭しりぬぐいの入口ば持ってきた」


 そう言って、机の上へ二つ置く。


 一本の古いVHSテープ。

 それと、紙の目玉みたいな奇妙な札。


「……何それ」

「《紙眼ペーパー・アイ》や。原版げんばんに残った視線ば拾う」

「名前だけは格好いいんだよな、毎回」

「そこ褒めるとこやぞ」

「名前負けしかしてないからな、大体」


 褒めてない。


 銭原はそこで、机の端に丸まっていたぬいへ視線を落とした。


「……あの毛玉の出所、知っとるか?」


 ぬいの耳が、ぴくりと動く。


「知らぬ」

「即答だな」

「知らぬもんは知らぬ」


 でも、声が少しだけ固かった。


 事務所の古い棚からVHSデッキを引っ張り出し、真琴さんが手際よく配線を繋ぐ。砂嵐みたいなノイズのあと、ざらついた映像が出た。


 暗い倉庫だった。


 棚。

 段ボール。

 封札の貼られた箱。

 湿った床。

 誰かの息遣いきづかい。

 手ぶれの強いカメラ。


「蒐集商会の保管庫……?」

「今みたいに綺麗きれいな組織ぶっとらん頃の、もっと雑な裏やな」


 銭原がそう言う横で、私は画面を凝視ぎょうしする。


 最初は何も分からなかった。ただ、古い箱と棚が映っているだけに見える。けれど真琴さんが巻き戻し、一時停止し、もう一度頭から流した瞬間、小さく息をんだ。


「……いた」


 棚の下。

 灰色の、小さなかたまり


「え、ぬいって昔から毛玉だったの?」

「違う。たぶん」

「そこで曖昧あいまいになるな」

「わしにも()()()()()


 さらに巻き戻す。


 今度は箱の上。

 もう一回見ると、カメラのすぐ後ろ。


 映像の端にずっといる。けれど、毎回少しずつ位置が違っていた。


 真琴さんが淡々と言う。


「棚から落ちた綿埃わたぼこりにも見えますが、移動量が説明できません」

「綿埃のほうが、よっぽど素直やろ」


 銭原の軽口に、誰も笑わない。


 私は腕を組んだ。


「これ、前のぬいコピー騒動と関係ある?」

「あるやろな」

「断定しろ」

「断定すると高うつくぞ」


 朔夜が舌打ちする。真琴さんが代わりに言葉を継いだ。


「ぬい本人が増殖したというより、原版側に残っていた“ぬいに似た残滓ざんし”が複写みたいに漏れた、と考えるほうが自然です」


 原版。複写。残滓。


 嫌な単語ばかり並ぶ。


「で、お前ほんとは何なの」


 私がそう聞くと、ぬいはしばらく黙った。


 いつもなら、そこで偉そうに「高位霊獣じゃ」と返すはずなのに、今回は違った。画面の中の毛玉を見たまま、へたれた片耳だけを少し伏せる。


「……狭かった気はする」

「は?」

「棚の下みたいなとこじゃ。暗うて、巻き戻しの音ばっかりして、たまに強い光が差す。……あと、声」


 そこで言葉が切れる。


「どんな声」

「“まだ使える”とか、“捨てるな”とか。そういうやつじゃ」


 事務所が静かになる。


「箱におったんか、画面におったんか、そこが曖昧なんじゃ。気づいたら、もうおった」


 私は、何も言えなかった。


 それは生まれた、というより。

 誰かが残してしまった、に近い。


 銭原が、妙に静かな声で言う。


「毛玉が生まれたんやない。残ったんや」

「……」

「録ったもん、閉じたもん、捨て損ねたもん。そういう残り方には値がつく。あれは怪異っちゅうより、“処分されんかった記録”に近か」


 最悪の言い方だった。

 最悪なのに、妙にしっくり来てしまうのがもっと最悪だ。


「不燃ごみみたいに言うなよ……」

「わしは、不燃ごみではない!」

「そこだけ元気か!」


 私が怒鳴った瞬間、真琴さんが画面を止めた。


「待ってください。最後、何かいます」


 テープの終端近く。

 ノイズの奥、棚の間。


 灰色の毛玉とは別に、細い人影みたいなものが立っていた。こっちを見ているのか、毛玉を見ているのか分からない。ただ、いる。確かにいる。


「……これ、毛玉だけのテープじゃないよね」

「はい。そこが問題です」


 真琴さんの返事が、やけに冷たく響いた。


 ぬいは、その影を見たまま固まっている。いつもの小悪党っぽい顔じゃない。何かを思い出しかけて、それでも届かない時の、妙に静かな顔だった。


 理事長。

 同期ズレ。

 蒐集商会。

 そのうえ、毛玉の出所まで過去の記録側から絡んでくる。


 ほんとに、ろくでもない。


 でも、たぶん。

 この小さくて偉そうなやつは、最初から好きに小悪党をやっていたわけじゃない。


 そう思った時点で、少しだけ腹立たしかった。情が移ると、ろくなことにならないのに。


挿絵(By みてみん)

■今回の登場人物


影森かげもりゆら

 前回の失血が尾を引いて、冒頭で短く死んだ。今日も勤務扱いである。もちろん時給は300円だ。


夜見よみ朔夜さくや

 顔はいいが性格と雇用環境は最悪な怪異相談屋。今回も即座に蘇生したが、たぶん請求はする。


銭原ぜにはら呪助じゅすけ

 情報漏洩と毛玉騒動の元凶。謝罪より先に、尻拭いの入口と厄介な真実を持ってきた男。


・ぬい

 ぬいぐるみみたいな見た目の小悪党。今回は少しだけ、自分の“過去”に触れた。


毒島ぶすじま真琴まこと

 実務担当。こういう回で淡々と怖いことを言う役。


■今回の話の解説


 今回は、理事長回の直後に入る“ぬい回”です。

 銭原が持ち込んだ古いVHS記録から、ぬいが単なる下級寄生霊獣ではなく、「録られたもの」「閉じられたもの」「捨て損ねたもの」の残滓かもしれない、という輪郭を出しました。

 同時に、49話の毛玉コピー騒動も、ぬい本人ではなく“原版側の残り方”から漏れた可能性が示唆されています。

 最後に映った人影は、ぬいの過去だけでは済まない不穏の種です。次は、その“毛玉だけではない記録”が問題になってきます。


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異世界最強の節約勇者
異世界ゲームバー転生おじさん(42)
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