配信55回目 先輩が動いた【前編】
昨日、毛玉の昔みたいなテープを見ました。
今日はその続きで、知りたくない人の気配を追います。
たぶん今回も、ろくな大人が出ません。
昼休みの教室で、私は机に突っ伏していた。
眠いとかだるいとか、月に1度のとか、そういう可愛い不調じゃない。昨日の短時間死亡と頭の打撲と失血の余韻が、まとめて頭蓋の内側に居座っている感じだ。生き返ったあとまでちゃんと体調が悪いの、本当に労災でどうにかしてほしい。――あのクズのバイトで労災なんて出るわけないけど。
「ゆらちゃ〜ん……ほんとにだいじょうぶぅ〜……?」
親友の夜宵るなが、紙パックのいちごミルクを片手に、もう片手にメロンパン(3個目だ)を持ったまま、心底心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫じゃないけど、まあ授業は受けられる」
「その返事ぃ、ぜんぜん大丈夫じゃないやつだよぉ〜……」
その横で、白澤幽々《ゆゆ》が静かに私の額を見る。
「顔色、まだ悪い。今日ほんとに早退して帰ったほうがいいかも」
「帰れるなら帰りたいよ」
「帰れない理由がある言い方だね」
「あるよ。主に借金」
私が呻くと、るなが小さく首をかしげた。
「またあのひとぉ〜?」
「またあのひと」
そこでスマホが震えた。いやな予感しかしない。画面を見れば案の定、夜見朔夜からだった。
【来い。昨日の続きだ。交通費は自腹】
「最低!」
そう、即答すると、幽々が少しだけ眉を寄せる。
「その人、毎回ゆらの最低ランキング更新してない?」
「してる。更新速度だけなら配信者として優秀」
「褒めてないよね」
「当然でしょ」
るなが、ふにゃっとした所作で、レインを打つ真似をする。
「あとで“無事に生きてる”って送ってねぇ〜?」
「送る送る」
「生きてる、の基準、ちょっと怪しいけど……」
「そこは深く触れないで」
そう言って笑ったせいで、こめかみの奥がずきっと痛んだ。最悪だ。
―――――
放課後、夜見よろず相談事務所へ入った瞬間、私は机の上のメモを見て絶句した。
「……何これ」
「請求」
「見れば分かる! 内容を聞いてんの!」
紙には簡潔に、しかし腹立たしく書かれていた。
【昨夜分】
簡易蘇生費
同期ズレ補正
VHS再稼働
紙眼使用準備
雑費
「雑費って何」
「雑費だ」
「説明になってない! あと何でVHSデッキ再稼働まで私の借金に乗ってるの!?」
「お前の案件だからだ」
「世界の理不尽を凝縮したみたいな請求書やめろ!」
朔夜は壁際に寄りかかったまま、スマホの画面しか見ていない。
「昨日の短時間死亡加算はしてない」
「そこサービス枠みたいに言うな!」
「感謝しろ」
「するかボケ!くず!朔夜のバカ!」
机の端で、ぬいが偉そうに尻尾を丸めた。
「おぬしは昨日、綺麗に落ちたのう」
「実況するな毛玉」
真琴さんが、画面から目を離さず言う。
「喧嘩してる場合じゃないです。昨夜のテープ、別ログと突き合わせました」
「嫌な言い方やめて」
「嫌な結果なので無理です」
モニターに、いくつもの静止画が並ぶ。昨日見たVHSの棚、五十回記念配信のアーカイブ、古い未整理クリップ、どこから拾ったのか分からない荒いフレーム。無関係に見える映像の端に、全部同じ細い人影がいた。
「……何これ」
「同一人物の可能性が高いです」
「なんで無関係なものが全部同じ人を指すの」
「無関係じゃないからでしょうね」
その返しが、一番いやだ。
私は画面の一枚を指さした。壁の落書きみたいな数字が読める。別のフレームには古いラベル番号。さらに別の断片には、消えかけたテナント名。
「これ、場所?」
「はい。全部、同じ区画を向いてます」
中京圏の外れ、再開発から取り残された古い雑居ビル群。その中の一棟へ、映像もラベルも音声ノイズも、気味が悪いくらい収束していた。
「……知ってるやつなんだ」
私がそう言うと、朔夜は一拍だけ黙った。
「面倒な先輩だ」
「知ってるやつじゃん」
「今そう言った」
「敵?」
「面倒なやつだ」
「それ敵って言えよ!」
ぬいが、毛並みを少し逆立てる。
「昨日の影と同じ匂いじゃな」
「その匂い判定、もう少し早く欲しかった」
「理事長の匂いに気を取られとった」
そこはちょっと分かるのが腹立つ。
「で、行くんでしょ」
「お前は待機」
「この流れで待機ある!?」
私が立ち上がると、昨日の不調がまだ足元をふらつかせた。朔夜が露骨に嫌そうな顔になる。
「昨日お前二回死んでるからな」
「“二回死ぬ”って日本語としておかしいしな!」
「本来なら待機が妥当です」と真琴さんが補足し、「ただ、影森さんの感知が要る可能性は高いです」と容赦なく続けた。
「はい、結局行くやつ」
「だから嫌なんだよ」
結局、私は同行になった。
移動中、るなからレインが来る。
【帰りにプリンいるぅ〜?】
私は歩きながら返信した。
【いる 生きて帰れたら】
すぐに返ってくる。
【縁起でもないよぉ〜!】
その直後、幽々からも通知。
【場所、送れる?】
【無理ならいいけど、気をつけて】
私は一瞬だけ迷って、結局【あとで】だけ返した。
そういう普通のやり取りをしている最中に、向かっている先が怪異と最低な大人の待ち合わせ場所みたいな廃ビルなの、ほんとどうかしてる。
現地は、見た目だけならただの古い雑居ビルだった。階段の手すりは錆び、入口のプレートは色褪せ、半分剥がれたテナント案内が風に鳴っている。なのに中へ入ると、貼り紙の番号、床に落ちたラベル、誰かが消しかけた矢印までが、全部同じ階の奥を向いていた。
「何これ……。誰かが“ここ見ろ”って揃えたみたい」
「揃ってる時点で罠だな」
「分かってるなら帰ろうよ」
「帰る判断は奥見てからだ」
四階の奥。薄暗い通路の突き当たりに、半開きの扉があった。
その手前の壁には、見慣れたタグが貼られている。仮保全。査定待ち。刺激可。損耗許容。
「うわ」
「蒐集商会が先に入ってる」
「しかも文章が全部嫌だ……」
ぬいが小さく唸る。
「理事長の匂いは薄い。現場側じゃ」
「それで安心できる要素ある?」
「ないのう」
扉の向こうには、古い再生機器が一台だけ残されていた。テレビともモニターともつかない、箱みたいなやつだ。電源なんて入っていないはずなのに、私たちが部屋へ入った瞬間、ぶつっとノイズが走る。
全員が止まった。
「……来るぞ」
朔夜の声が低くなる。
画面が明滅し、砂嵐の奥から男の声がした。
『遅いな、朔夜』
ぞわ、と背中が粟立つ。
知らない声じゃない。知らないはずなのに、“知ってる側”の響きだった。軽くて、余裕があって、人を苛立たせる感じだけが妙に近い。
『まだそんな雑なやり方で戻してるのか』
「……あの野郎」
朔夜が、心底嫌そうに吐き捨てる。
私は息を呑んだ。
「先輩?」
「喋るな」
音声はそこで小さく笑った。
『その子、鍵としては悪くない。蒐集の連中が目をつけるのも分かる』
「使うって何」
思わず声が出る。
ノイズの向こうで、男は楽しそうに言った。
『連れ戻したいなら、同じ場所まで来い。お前も分かってるだろ、朔夜』
そこで音が切れた。
部屋はまた、嫌なくらい静かになる。
「……何、今の」
「帰る」
「は?」
「今日は帰る」
朔夜は即答した。
「帰れる空気じゃないでしょ」
「だから帰るんだ」
その言い方に、私は反論し損ねた。
部屋のさらに奥、ノイズの切れた向こう側に、もう一つ分の気配があったからだ。帰還者でも蒐集商会でもない、もっとじっと、最初からそこで待っていたみたいな静かな気配。
私はそっちを見た。
でも朔夜が先に私の肩を掴む。
「見るな。行くぞ」
「説明!」
「次だ」
「最悪!」
怒鳴りながら引きずられるみたいに部屋を出る。
帰還者が動いている。
蒐集商会も先に入っている。
そのうえ、あの部屋の奥には、まだ別の何かがいた。
ほんとに、ろくでもない。
そしてたぶん、次はもっと悪い。
つづく
ゆら「……今日で五十五回目らしい。そんなにやってたんだ、これ。」
―――――
■今回の登場人物
・影森ゆら
前回の失血と同期ズレの余韻を引きずったまま、今日も現場へ連れ出された女子高生。借金は減らないのに、死ぬ頻度だけは安定している。
・夜見朔夜
顔はいいが性格と雇用環境は最悪な怪異相談屋。今回は珍しく「行かせたくない側」に寄っているのに、結局ゆらを連れていくあたりがこの男です。
・ぬい
昨日の“毛玉の出所”に続いて、今日は別の気配に本気で嫌がった毛玉。偉そうなのに、やばい時だけ反応が分かりやすい。
・毒島真琴
実務担当。ログ、映像、断片情報を突き合わせて、「全部同じ場所を向いている」という最悪の結論を出した人。
・夜宵るな/白澤幽々《ゆゆ》
日常側からゆらを気にかけてくれる、普通の大事な繋がり。こういう連絡があるからこそ、今回みたいな場所の気味悪さが余計に際立ちます。
■今回の話の解説
今回は、54話のラストにあった「毛玉だけのテープじゃない」という違和感から、複数の記録や痕跡が**同じ場所へ収束していく怖さ**を前編として描きました。
怪異が直接出てくる前に、映像・ラベル・メモ・古い記録が全部同じ一点を指し始める、という“情報の揃いすぎ”が今回の不穏の核です。
そして、そこで待っていたのは蒐集商会の痕跡だけではなく、朔夜の過去側――“先輩”の声でした。
まだ本人は正面から出てきませんが、すでにこちらより先に動いていたこと、そしてゆらをただの巻き込まれ役として見ていないことだけは、はっきりしてきたと思います。
次回は、この「声だけの先輩」が、もっと面倒な形で前へ出てきます。
たぶん、ろくな再会にはなりません。
読んでいただきありがとうございます。
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