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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第二章 花嫁候補とか、聞いてない(春~夏)

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配信53回目 理事長が会いに来た【後編】

 理事長、後編です。

 今回は、ちゃんと死にます。

 でも説明されるより先に、引き戻されます。

「影森さん。本日中にお預かりした方がよさそうですね」


 一般財団法人 日本蒐集商会にほんしゅうしゅうしょうかい

 その理事長、天原あまはら久遠くおんは、営業先で保険の見直しでも勧めるみたいな穏やかな顔で、ひどく嫌なことを言った。


「誰が行くか!」


 反射で返した声が、思っていたより近くで跳ね返る。


 変だ、と気づいたのは、その直後だった。


 事務所の空気が、少しだけ浅い。

 息が詰まるほどじゃない。けれど、廊下の湿気とも、真琴まことさんの端末の熱とも違う、薄い膜みたいな違和感が、部屋の真ん中にぴんと張っていた。


 モニターの中の“私”が、まだ笑っている。


 その笑顔だけが、現実の私より一歩、先にあった。


「……朔夜さくや


「動くな、影森」


 低い声だった。

 怒鳴っていないのに、それだけで足が止まる。


 天原だけが静かにモニターを見ている。驚いた顔ではない。見慣れた現象を確認している顔だ。その平静さが、ぞっとするほど気持ち悪かった。


記録同期レコード・シンクですね」

「軽く言うな」

「軽くは言っていません。進行が早い、と言っています」


 天原の端末が白く光る。


 記録同期 進行

 対象保全措置 前倒し推奨


 見えた瞬間、背中がぞくっと冷えた。


「だから何で見える位置に出すんだよ!わざとか!?」

「本人に当事者意識を持っていただくのは重要です」

「最悪!ほんとに最悪!」


 ぬいが私の足首のあたりで小さくうなる。


「まずいのう……。これ、さっきの記録だけじゃない」

「は?」

「部屋の座標ごと、ずれとる」


 その言葉が終わるより先に、視界の右端で何かが重なった。


 今の事務所にはないはずの、古い金属ラック。

 七年前の映像にだけあった、右奥の棚。

 それがモニターの中だけじゃなく、現実の壁際にも半透明ににじんでくる。


「え.....」


 何かが来たのを感じて、一歩、避けようとした。

 でも、避けた先が悪かった。


 今の床と、昔の配置。

 今の空間と、過去の角。

 その二つが一瞬だけ噛み合って、存在しないはずの金属の角が、私のこめかみを真正面から割った。


 ごつっ、じゃない。

 ぐしゃ、に近い鈍い音だった。


「……あっ――」


 痛みは遅れて来た。

 熱い。ぬるい。視界が急に近い。くらくらする。


 床が斜めになる。

 真琴さんの椅子の脚。

 ぬいのへたれた耳。

 廊下側に立ったまま、少しだけ眉を寄せる天原の顔。


 最悪だ、と思った。


 死ぬ瞬間にまで、顔のいい男と、顔のいい嫌な男が視界にいるの、ほんと最悪――


 ドシャッ――

 私はどうやら倒れ、そこで意識は途切れた。


 ―――――


 白い。


 また、白かった。


 役所みたいな、病院の裏口みたいな、あの白い気配だけが先にあって、私はそこへ半分沈むみたいに立っていた。


「……また?」


「またですね」


 鬼灯ほおずきなゆが、白い帳面を抱えたままこちらを見ている。


「早くない?」

「今回はとても早いですね」

「感想みたいに言うな」

「感想ではありません。苦情クレームです」


 淡々とした顔で言われると、地味に傷つく。


「今回、説明してる時間ある?」

「ありません」

「だよね」

「あなたが帳面の外で死ぬ頻度が高すぎるので」

「そこは悪かったと思ってるけど、私のせいだけじゃなくない!?」


 なゆは帳面を開きかけ、すぐに閉じた。


「朔夜さんがあちら側に引いています」

「え」

「戻りますか」

「戻るに決まってるでしょ!」


 即答したら、なゆはほんの少しだけ目を細めた。


「そういうところが、いちばん厄介なんですよ」

「褒めてないよね?」

「褒めていません」


 白い空間が、その返事を最後に裂ける。


 引っ張られる。

 雑に。強く。あの男らしい勢いで。


 ―――――


 胸が焼ける。


「がっ……!」


 空気が無理やり肺へねじ込まれて、私は床の上で激しく咳き込んだ。頭が痛い。吐き気もする。こめかみの奥がずきずきして、目の奥まで鈍く響く。


「いっ、た……っ」

「戻ったか」


 見上げると、朔夜が真上にいた。


 片手に札。

 もう片方の手首には、浅い切り傷。

 床へ散った紙片の一部が、まだ淡い光になって消え残っている。


 術式の余熱みたいなものが、事務所の空気に薄く残っていた。


「……今、何した」

”収益変換”(マネタイズ)”位相固定”(フェイズ・ロック)

「さらっと高そうな術のこと言うな……」

「高いぞ」

「でしょうね!はい、わかってますとも!」


 半泣きで言い返した瞬間、頭痛がぶり返して額を押さえる。蘇生直後のこの感じ、慣れたくないのに、妙に慣れてきてるのが嫌だった。


 真琴さんが少し離れた位置から言う。


「出血は止まっています。意識も戻ってるので、とりあえず生還判定でよさそうです」

「生還判定って言うなぁ……」


 ぬいが私の肩へよじ登りながら、わりと本気で震えていた。


「おぬし、頭からいったぞ」

「知ってるよ! 今いちばん知ってる!」


 そして、その全部を見届けたうえで、天原はまだ廊下側に立っていた。


 逃げない。

 慌てない。

 引きもしない。


 ただ、観察するみたいな眼差まなざしで、蘇生された私を見ている。


「……やはり、よく戻る方だ」


 その一言で、ぞわっと鳥肌が立った。


「褒められてないのに、なんでそんなに気持ち悪いんだよお前」

「いい評価ですね」

「なお悪い!」


 朔夜の声が、今度ははっきり冷えたのを感じる。


「久遠。もう喋るな」

「そうはいきません。今のを見て、なお放置は非合理です」

「人を合理で運ぶな」

()()()()()()()


 天原の声は静かなままだった。

 けれど、その静けさの奥にあるものが、さっきよりずっとはっきり見える。


 この人は、人を助けたいわけじゃない。

 壊れる前に、使える形で残したいだけだ。


「影森ゆらさん」


 名前を呼ばれて、背筋が強張る。


「今の現象は偶発ではありません。あなたの帰還と越境が重なるたび、記録系との干渉は強くなる。今後は、事務所内にいるだけでも同種の事故が起こりえます」

「脅し?」

「説明です」

「説明の顔して脅してるんだよ、それ。知ってた?」


 天原は否定しなかった。


「弊会なら、あなたを固定しすぎず、壊しすぎず、保全できます」

「その“できます”が一番怖い」

「夜見さんのやり方は、毎回戻すたびに損耗を先送りしているだけです」

「知ってる」


 答えたのは、私じゃなかった。


 朔夜だ。


 短い、低い声。

 でも、その一言だけで事務所の温度がまた下がる。


「知っててやってる。だからお前らに渡す気はない」

「感情で判断している」

「お前は数字でしか見てない」

「数字にしなければ、失うだけです」

「値札を貼った時点で失ってる」


 空気が張る。


 真琴さんが端末を伏せる。

 ぬいが、私の肩の上で小さく丸まる。

 私は立ち上がろうとして、まだ膝に力が入らないことに気づいて、余計に腹が立った。


 天原は一度だけ黙り、私へ視線を戻した。


「本日はここまでにします」

「最初から来るな」

「ですが、次は“ご挨拶”で済まない可能性が高い」


 端末が閉じられる。

 薄い板の黒い画面に、一瞬だけ私の顔が映った。生き返ったばかりの、青白くてひどい顔だ。


「あなたはもう、拾われる側ではありません」

「は?」

「拾いに来られる側です」


 最悪だ。


 理事長は名刺も置かない。

 封筒も残さない。

 ただそれだけ言って、静かにきびすを返した。


 廊下の蛍光灯が白く照らす背中は、最後まで普通の営業マンみたいだった。

 だから余計に、現実味があって気持ち悪い。


 扉が閉まる。


 鍵がかかる。


 そこでようやく、私は大きく息を吐いた。


「……っ、やば……」

「今さらか」

「今さらだよ! 死んだんだけど!? 普通に頭かち割れて死んだんだけど!?」

「見てた」

「見てた、じゃない!」


 怒鳴ると、また頭が痛い。

 最悪だ。


 朔夜は少しだけ視線を逸らし、それから机の上の紙片を拾い上げた。


「今後、事務所内でも同期ズレが出る」

「対策は」

「考える」

「遅い!」

「今からだ」


 真琴さんが静かに補足する。


「とりあえず、七年前のアーカイブと現在の室内配置、重なるポイントを洗います。右奥の棚跡は優先ですね」

「仕事が早い……」

「早くしないと死ぬので」

「それはそうだね。ありがとう」

「仕事ですので」


 ぬいが、私の耳元でぼそっと言った。


「わしは最初から反対しとった」

「お前さっき震えてるだけだっただろ」

「理事長の匂い、嫌いじゃ」

「分かる」

「あと、あやつら本気でおぬしを持っていく気じゃぞ」

「知ってる」

「ほんで、おぬしはまた死ぬ」

「縁起でもない!」


 叫んだら、朔夜が心底うるさそうに眉を寄せた。


「静かにしろ。蘇生直後だ」

「誰のせいだと」

「同期事故」

「それをお前がどうにかしろって話してんの!」


 言い返しながら、机へ突っ伏す。

 頬に触れた木の冷たさが、今だけやけに生きてる感じをくれた。


 死んだ。

 戻った。

 それで終わりじゃなく、今度は蒐集商会の理事長に“拾いに来られる側”だと言われた。


 ほんとに、ろくでもない。


 しかも、この最低な事務所の男は。


「……影森」

「なに」

「次から、俺が許可するまで扉に近づくな」

「今さら保護者ぶるな」

「うるさい。死にすぎだ」

「その台詞、雇用主が言うと腹立つんだよ」


 朔夜は答えない。

 でも、机の端へ置かれた水だけは、いつの間にか私の手の届く位置にあった。


 そういうとこだよ、ほんと。


 腹が立つ。

 なのに、少しだけ安心してしまう。


 その時点で、たぶん私もだいぶ終わっていた。


 ともあれ――。


 次に来るのは、たぶん招待じゃない。


 そして借金も、当然のように増えていく。


挿絵(By みてみん)



■今回の登場人物


影森かげもりゆら

 今回もちゃんと死んで、ちゃんと戻された女子高生。頭からいったので怒っていい。


夜見よみ朔夜さくや

 顔はいいが性格と雇用環境は最悪な怪異相談屋。今回も即蘇生したが、たぶん請求はする。


天原あまはら久遠くおん

 日本蒐集商会の理事長。穏やかで丁寧なのに、言ってることが全部怖いタイプの大人。


毒島ぶすじま真琴まこと

 事務所の実務担当。こういう時に静かすぎて逆に頼もしい。


・ぬい

 小さくて偉そうで、強い相手にはちゃんとビビる。今回も生存本能は高かった。


■今回の話の解説


 後編では、理事長・天原久遠の“保全”思想を、説明ではなく会話と態度で見せる形に寄せました。


 蒐集商会は怪異そのものを起こす側ではなく、怪異のあとに残ったものを「どう残すか」で見ている組織です。だからこそ、戻ってきてしまうゆらは彼らにとって非常に魅力的な対象になります。


 そして今回は、その“記録とのズレ”が事務所の中で現実の事故として発生し、ゆらは短く死に、短く戻されました。ここから先は、怪異の外側にいる組織そのものが、ゆらを取りに来る段階へ入っていきます。

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