配信50回目 7年前のアーカイブに現在がある ――見つけた違いから、こっちを見返してくる
五十回目です。
記念配信なのに、祝うどころか古い呪われ映像をみんなで見ます。
そして私は、節目でもちゃんと死にます。
「……ねえ」
私は、夜見よろず相談事務所のソファに座ったまま、机の上のノートパソコンと、その横に置かれた古いビデオデッキを見比べた。
「五十回記念配信って、普通もっとこう……ケーキとか花とか、ありがとうとか、そういう方向じゃない?」
「赤字案件のあとに、祝うことなどない」
夜見朔夜は、いつも通り気だるそうに答えた。
「私に感謝もない」
「してるだろ。機材には」
「まず、人間にしろ!」
私は机をぺちんと叩いた。軽い音がして、配信用マイクが少しだけ跳ねる。
事務所の空気は、まだ前回の旅館案件を引きずっていた。机の隅には、あの白い管理札が伏せられたままだし、朔夜は目に見えて機嫌が悪い。
なのに今日やることは。
「準備できました」
毒島真琴さんが、ほとんど温度のない声で言った。
「本日の企画は、五十回記念・七年前アーカイブ検証配信です」
「記念回でやる内容か、それ」
「節目ですので、放置していた問題に手をつけるのは理にかなっています」
「理にかなってれば何でも許されると思わないでよ……」
その横で、額に封印札を貼られたぬいが、クッションの上でふんぞり返った。
「主役はわしでもよいぞ」
「炎上元が何言ってんだ」
私は即座に切り返す。
昨日、こいつが副収入感覚で怪異断片を銭原に流していたことが発覚し、結果として“コピーぬい”があちこちに増殖した。見た目だけは可愛い。やってることはわりと社会害悪そのもの。現在も朔夜からの処罰継続中である。
そこへ真琴さんのスマホが震えた。
「紅坂ミリアさんからです」
「あー、やだ」
「なんて?」
「『五十回記念なら合同で盛ろうよ♡ 古い映像なら私のほうが映えるでしょ?』」
間髪入れず、朔夜が言った。
「断れ」
「返信済みです」
「早っ」
「今あれを混ぜると燃え方が悪い」
「既にだいぶ燃えてるよ」
私はため息をついて、モニターの前へ移動した。
問題の映像は、昨日の騒ぎのあとに真琴さんが保管機材から抜き出した七年前のアーカイブだ。
ざらついた画面。少し暗い室内。今の事務所に似ている。でも、棚の位置も壁の傷も、置かれている機材も微妙に違う。そして画面の隅には、今よりずっと輪郭の曖昧な、灰白色の小さいものが映っていた。
ぬいに、似ている。
似ているけど、同じとも言い切れない。
「では、行きます」
真琴さんが配信ソフトを立ち上げた。
タイトルは、
【50回記念】7年前のアーカイブ、何が違う?
だった。
「視聴者参加型の間違い探し配信、ってこと?」
「そうです」
「普通に聞くと楽しそうなのが腹立つな……」
「楽しいかどうかは視聴者次第です」
「他人事」
私がそういうはなから、朔夜が古い映像を再生する。
画面がぶつ、と鳴って動き出した。
コメント欄が流れ始める。
《50回おめ》
《記念回が呪い映像で草》
《ゆらちゃん今日もかわいい》
《毛玉いる》
《棚の位置違う》
《机の角度変じゃね》
《今の事務所っぽいのに古い》
《時計逆?》
《ぬいの先祖?》
「ぬいの先祖はちょっと面白いな」
「わしはそんなに古風な生き物ではない」
「今のお前が一番古風な喋り方してるんだよ」
私は画面へ顔を寄せた。
確かに、今の事務所に似ている。でも違う。机が少し壁寄りで、棚がもっと狭い。今あるはずの観葉植物がない。配信機材も一世代は古い。
なのに、妙に見覚えがある。
知らないはずの過去なのに、知ってる部屋みたいに感じる。
「やだな、これ」
「どうしました?」
「昔の映像っていうより、“今を古くしたもの”見てる感じする」
私がそう言った瞬間、コメント欄に似たような文が流れた。
《わかる》
《今の部屋の方が間違ってる気してきた》
《え、うちの棚も同じ位置に見える》
《このノイズいま聞こえた》
「……ん?」
真琴さんの指が止まる。
「ちょっと待ってください」
彼女はコメントログを一気に追った。
「差分を見つけた人ほど、文体が崩れています」
「は?」
「見つけた違いを、自分の部屋の配置に照合し始めています」
言われた瞬間、背筋がぞわりとした。
その時だった。
事務所の蛍光灯が、ぴし、と小さく鳴った。
白かったはずの光が、一瞬だけ黄ばんだ古い色に変わる。
「……今、変わったよね」
「変わったのう」
ぬいが珍しく低い声で言った。
私は振り向く。
棚の位置が、ほんの少しだけズレていた。
気のせいじゃない。壁との隙間が、さっきより狭い。
「ちょっと待って。待って。これ、笑えないやつでは?」
朔夜の目が細くなる。
「見つけるな。合う」
「何それ最悪」
真琴さんが即座に配信側の制御を始める。
「視聴者側にも微弱干渉が出ています」
《自分の部屋でも音した》
《今、画面の外で動いた》
《毛玉こっち見た》
《棚の下になんかいる》
《え、今のゆら?》
「え?」
私は反射的にモニターを見た。
巻き戻された七年前の映像、その棚の陰に、制服姿の誰かが立っている。
黒髪。細い肩。スカートの丈。
見間違えようがない。
私だ。
「は?」
私は間抜けな声を出した。
「いやいやいや。七年前に私いるわけないじゃん」
コメント欄がざわつく。
《今のゆらだろ》
《制服同じ》
《後ろ姿いる》
《こっち見た》
《やばい》
画面の中の“私っぽい影”が、ゆっくり首を回した。
向く。
こっちへ。
「――っ」
瞬間、事務所の空気が変わった。
棚。机。床の空き方。保管部屋へ続く通路の角度。
全部が一瞬だけ、映像側の配置に引っ張られる。
「真琴、配信絞れ」
朔夜の声が低く落ちた。
「やってます」
「毛玉」
「分かっとる!」
ぬいが珍しく素直に返事をした。
私はモニターから目を離せなかった。
画面の中の“七年前の部屋”の右奥。そこだけ、妙にノイズが濃い。ぬいの原型みたいな灰色の影より、もう少し右。棚の下の、何か。
「……違う」
私は呟いた。
「これ、過去映像じゃない」
「何だ」
朔夜が聞く。
「足されてる。ずっと」
言いながら、私は一歩前へ出る。
「昔の映像のふりしてるけど、今の情報も混ざってる。切り抜きとか、待機画面とか、配信の残り香とか……ずっと継ぎ足されてる」
「影森、そこで止まれ」
「核、右奥の棚の下だ!」
私は画面を指さした。
その瞬間、画面の中の“私”も、同じ位置を指さした。
背筋が凍る。
「朔夜! 今の――」
「動くな!!」
でも遅かった。
私の足元だけ、感覚がズレた。
現在の事務所では、そこは空いている。何もない。そう見えていた。
なのに次の一歩で、見えないはずの固いものに足先が引っかかる。
「え?」
七年前の映像側には、そこに金属棚の脚がある。
私の身体だけが、一瞬そっちへ合わされた。
体勢が崩れる。
咄嗟に横のラックへ手を伸ばした。でも、そっちも半端にズレていた。掴んだはずの位置がずれて、指先が滑る。
「待っ――」
ごっ。
鈍い音がした。
後頭部に、冷たくて硬い衝撃。
視界が一気に白くなる。
床の木目。古いノイズ。蛍光灯の色。朔夜の顔。真琴さんのキーボード。ぬいのへたれた耳。
全部が裏返ったみたいに遠ざかる。
そして、画面の中の“私”も、同じ角度で倒れた。
「……うそ」
口に出たのか、出てないのかも分からなかった。
血の気が引くとかいうレベルじゃない。音が遠くなる。床が冷たい。痛い、の前に理解が来る。
これ。
また、やった。
死――
―――
次に目を開けた時、私は床の少し上から、自分の身体を見下ろしていた。
「……あー」
死んだ。
節目でも、ちゃんと死んだ。
床に倒れている私。頭の横で広がる赤。真琴さんは一瞬だけ止まったけど、次の瞬間には配信遮断とログ保存の手を止めていない。朔夜は舌打ちしながらモニターへ札を投げている。
「”原版追跡釘”」
白い光が画面の右奥へ突き刺さる。
ぬいが、今度こそ本気で焦った声を出した。
「また死んだのう!?」
「お前、ほんとに毎回その確認するよな!死んでますよ!」
死後側から怒鳴ると、ぬいがびくっと耳を伏せた。
でも、私はその直後に見えてしまった。
画面の右奥。ノイズの奥。灰色の小さな影の、そのさらに向こう。
誰か、いる。
今の事務所にはいないはずの人影が、七年前の記録のほうに立っていた。
朔夜が、その影を見た瞬間だけ、顔を変えた。
私は息を呑む。
「……誰、それ」
返事は、なかった。
■今回の登場人物
・影森ゆら
五十回記念でもしっかり死んだ主人公。今回は“昔の記録”に身体の位置を揃えられて転倒死。
・夜見朔夜
祝う気はないが、止める気はある怪異相談屋。今回は記録怪異向けの対処に切り替えた。
・毒島真琴
配信・編集・ログ解析担当。今回いちばん冷静に“視聴者側の汚染”を把握していた実務担当。
・ぬい
封印札つきのまま参加。古い記録に見覚えがありそうなのに、まだ全部は喋らない毛玉。
・紅坂ミリア
今回はメッセージだけ登場。五十回記念を盛りに来ようとして、即断られた。
■今回の話の解説
50話では、49話ラストの「七年前のアーカイブにもぬいみたいなものがいる」を回収しつつ、
“間違いを見つけた人から、映像側の配置へ認識を揃えられる”怪異として描きました。
ラストのゆらの死因も、ただの転倒ではなく、そのルールに身体の位置まで合わせられた結果です。
そして最後に見えた人影が、次回へそのまま繋がります。




