配信45回目 本物がいるお化け屋敷 ――演出ですかって聞いたら、たぶん死ねる
GWです。
お化け屋敷に本物が混ざると、だいたいろくなことになりません。
あと今回の私は、かなりダサい感じで死ぬ予定です。
放課後、教室の後ろの窓際で、私は鞄に教科書を突っ込みながら、今日何も起きない世界線がないものかと真面目に考えていた。
夕方の光はやわらかくて、教室の空気も平和だった。
椅子を引く音。部活へ向かう足音。誰かが小テストの点数で騒いでいて、別の誰かはコンビニへ寄るだの寄らないだの。くだらないことをしゃべっている。
こういう、どうでもいい会話の中にいる時間が好きだ。
誰も死なないし。
壁の向こうから拍手もしないし。
スマホに勝手な既読もつかないし。
最っっっっっ高である。
……まあ、最近はその“最高”が長続きしないから困っているのだけれど。
前の席では、友達の白澤幽々《ゆゆ》が静かにキャンパスノートを閉じていた。数日前の件以来、本人は平気な顔をしているけど、まだ少し顔色が白い。大丈夫と言い張るやつほど、大丈夫じゃないのは知っている。
「幽々、ほんとに大丈夫?」
「うん。大丈夫」
「その返事、信用できないんだよなあ」
「でも、集めるのはやめない」
きっぱりした言い方だった。
私は小さくため息をつく。
まあ、知ってた。幽々はそういうやつだ。怖いからやめる、で止まれるなら、三年も怪異データを四百八十三件ぶんも積み上げたりしない。
その時だった。
「ゆらひゃ〜ん、みへみへぇ〜」
すぐ横から、もがもがした声がした。
振り向くと、夜宵るなが、片手に揚げたてっぽいホットスナック、もう片手に派手なチラシを持って立っていた。口の中には、たぶんそのホットスナックの大半が入っている。
「いや何ひと口でそんな詰め込んでんの」
「もが、もがもが」
「聞こえない聞こえない。食うかしゃべるかどっちかにしろ」
るなは、ぱちぱちと目を瞬かせたあと、ものすごく素直な顔で頷いた。
「……じゃあ、たべるぅ〜」
「そっち選ぶんだ」
そして本当に、しゃべるのをやめた。
もぐもぐ、というかわりと、もりもりだ。無言で、でも妙に幸せそうな顔のまま、るなはホットスナックを片づけていく。
「いや早い早い早い。飲み物なしでその速度いけるのなんなの」
「あとどんだけ食っても太らんよなお前」
るなは答えず、こくこくと頷きながら食べる。
食べる。
まだ食べる。
隣で見ていた幽々が、ぼそっと言った。
「見てるとちょっと怖い」
「分かる。全部、胸にいってんだよ栄養が」
ようやく最後のひと口を飲み込んでから、るなは満足そうに息をついた。
「おいしかったぁ〜」
「感想はいいから。さっきから何見せたかったの」
「あ、そうだったぁ〜」
るなが差し出してきたチラシには、でかでかと書いてあった。
『GW限定 呪われた旧校舎お化け屋敷』
「行こぉ〜?」
「やだ」
即答した。
「即答だねぇ〜……」
「当然だろ。私の人生のどこ見て、“お化け屋敷好きそう”って判断したの」
「えぇ〜……だってゆらちゃん、いつもそういうとこ行ってるしぃ……」
「好きで行ってるんじゃないの。ブラック労働なの。災害なの」
幽々がチラシを覗き込む。
「市内の大型モールか.....。来場者数、多そう」
「そこ注目ポイントなんだ」
「怪異が混ざるなら、最悪」
「そっちの意味で言ったの!?」
その時、スマホが震えた。
嫌な予感しかしない。
画面を見るまでもなく分かった。どうせあいつだ。
【今から来い。GWの簡単な回収案件だ】
「うわ」
「どうしたのぉ〜?」
「人の休日に“簡単な回収案件”って送りつけてくる顔だけいい男から連絡」
追加でまた震える。
【場所はチラシの会場。逃げるな】
私は無言でチラシとスマホを見比べた。
「……最悪。なにアイツ。こっちのこと見えてんの?」
「え、ゆらちゃんも行くのぉ〜?」
「行きたくないけど、行かないとあとで余計に借金増えそう」
「たいへんだねぇ〜……」
「人ごとみたいに言うな。だいたいお前が最初にチラシ持ってきたんだからな」
るなは、えへへぇ〜、と笑った。
その笑顔に罪悪感がなさすぎて、ちょっと腹が立つ。ちょっとだけだ。ほんのちょっとだけ。
―――
会場になっている商業施設は、GWらしく人でごった返していた。
フードコートには行列。イベントスペースには風船。館内放送はやたら明るい。そんな浮かれた空気の中で、お化け屋敷だけが不自然に薄暗い。
入口前では、施設のイベント担当者が、青い顔で朔夜に頭を下げていた。
「本当に助かります……。最初は演出の行き違いかと思ったんですけど、どう考えても人数が合わなくて」
「スタッフの配置表は?」
「こちらです」
朔夜は紙を受け取ってざっと流し見た。私の隣では、ぬいがトートバッグの口から耳だけ出している。完全に不審物である。
「客が迷い込んだのは何件?」
「軽い迷子が五件、立入禁止の裏通路へ入ってしまったのが二件です。どちらも“スタッフに出口はこちらですって案内された”と言っていて……」
「そのスタッフがいない、と」
「はい……」
「怖〜……」と私は素直に言った。
すると、聞き覚えのある高い声がした。
「あら。ほんとに夜見じゃない」
振り向くと、紅坂ミリアがいた。
相変わらず派手だ。髪もメイクも服も、全部が“見られる側”の人間の作りをしている。そのくせ、こういう最悪な現場にいると妙に馴染むのが腹立たしい。――過去には朔夜ともなんかあったみたいだし。
「なんでいるのミリア」
「GW特集。映えるお化け屋敷って企画」
「本物混ざってる疑惑ある場所に、“映える”で来るな」
「本物ならなおさら絵になるでしょ?」
「この女ほんとに終わってるわー」
朔夜が紙から目を上げずに言った。
「お前、客導線には入るなよ」
「入るわよ。現場見ないと分からないじゃない」
「死人が出たら困る」
「困るのはそっちもでしょ」
「私が本当に困るから朔夜、言ってるんだよ!」と私は割って入った。
施設担当者が気まずそうに咳払いした。
「ええと……実はもうひとつ。出演者の中に、“名札のない案内役”を見たという証言が何件かありまして……」
「名札のない案内役?」と私は聞き返す。
「驚かせるというより、静かに“出口はこちらです”と案内していたそうです。けど、そんな役は作っていなくて」
ぬいがバッグの中で、ぴく、と耳を動かした。
「嫌な感じじゃの」と小さい声で耳打ちする。
「分かる」と私は即答した。
朔夜は、ようやく顔を上げた。
「驚かせる側じゃなく、誘導する側か」
その言い方が、妙に気持ち悪い。
隣では、るながきょろきょろしながら入口看板を見ている。
「たのしそぉ〜……」
「お前は楽しむな」
「えぇ〜……?」
「今回は本気でダメな気配するから」
るなは少し考えてから、こくりと頷いた。
「じゃあ、おとなしくするぅ〜」
「信用ならない返事きたなあ……」
―――
お化け屋敷の中は、よくできていた。
旧校舎風の廊下。薄暗い保健室。開けると風だけ出るロッカー。理科室っぽいスペースには、液体の入った瓶と、どう考えても樹脂製の人体模型。壁には血糊。床には引きずったような手形。
最初は普通に“よくあるお化け屋敷”だった。
スタッフの悲鳴もそれっぽい。タイミングも合ってる。客もきゃあきゃあ言っていて、るなはそのたびに「ひゃあ〜」とちょっと遅れて驚いている。
でも、十歩くらい進んだところで、違和感が積もり始めた。
包帯男が二人いる。
いや、いるように見えた。でも片方は靴音がしない。
白衣のナース役が角を曲がったはずなのに、別の角から同じ背丈の白衣が出てくる。
血まみれの女学生役は、やたらこっちを見てくるくせに、ひとりだけ名札がない。
「ねえ」
私は足を止めた。
「何」とミリア。
「今、白衣二人いたよね」
「いた。でも片方はカメラの映像に乗ってない」
「そういうのをさらっと言うな、怖いわ」
ぬいが小声でぼそっと言った。
「おかしいぞ。一匹だけ、客を驚かせとらん」
「え?」
「あれは脅かし役ではない。出口の近くに立っとる」
私は背筋が冷えた。
前を歩く一般客の親子が、角のところで少し迷う。そこへ、ひとりの案内役がすっと出てきた。
白衣。名札なし。顔立ちは妙に普通。怖がらせる気が一切ない、接客業みたいな声で言う。
「お客様、出口はこちらです」
「……あ」
私の喉が勝手に鳴った。
あれだ。
演者はみんな、見られようとしてくる。叫んだり、飛び出したり、タイミングを合わせて客の前に出る。でもあれだけは違う。見せようとしていない。ただ、“帰れると思わせる”ためだけにそこにいる。
「朔夜」
「分かってる」
朔夜の声が低くなる。
ミリアも、カメラモニターを見たまま表情を変えた。
「……こいつだけ、映えてないわ」
「は?」
「演者なら、もっと“見られる動き”をする。こいつは違う。“気づかれずに誘導する”動きしてる」
「そんな分析いらない! でも合ってる!」
るなが私の袖を引っ張った。
「ゆらちゃん、あのお兄さん、やさしそうだよぉ〜?」
「だめ!! やさしそうが一番だめ!!」
親子が、その案内役の方へ進みかける。
私は全身の血がサーッと冷えていくのを感じた。
非常灯の緑が、やけにくっきり見えた。出口のプレート。開いた扉。暗い階段みたいなもの。
でも違う。
あれは、普通の出口じゃない。
「そっちへ行くな!!」
私は走った。
「影森、行くな!」
朔夜の声が飛ぶ。
ミリアが「ちょ、待っ――」と叫ぶ。るなが「ゆらちゃん!?」と間の抜けた声を上げる。全部まとめて聞こえたけど、間に合わない。
親子の腕を引っつかんで、横へ突き飛ばす。
「そいつスタッフじゃな――」
言い切る前に、自分の足が空を踏んだ。
「え?」
一瞬おいて理解する。
「あ、これ、非常口じゃなくて普通に落ちるやつじゃん」
理解した時には、もう遅かった。
「いや待って待って待ってこの死に方はダサい!!
お化け屋敷で一番ダサい!!
怪異にやられるんじゃなくて導線ミスで死ぬの聞いてな――」
落ちた。
上に、非常灯の緑。
白衣の案内役。
静かな声。
「出口はこちらです」
「うるっっっさいわボケ!!」
次の瞬間。
ごん、と、夢のない鈍い音がした。
私は、いつもどおり。
わりとちゃんと、死にました―――。
―――
向こう側は、廃校舎ではなかった。
無数の非常灯。
EXITの緑の文字。
避難経路図。
矢印。
案内板。
それだけが、だだっ広い暗闇の中に浮いている。
廊下も階段も扉もある。けど全部、どこにも繋がっていない。帰れると思った人間の認識だけを寄せ集めて、建物のふりをしたみたいな場所だった。
「……うわあ」
思わず声が出た。
「今回、だいぶ嫌なタイプ」
隣でぬいが、バッグではなく本来の輪郭に近い小さな獣の姿で耳を伏せた。
「脅かし役ではなかったんじゃな」
「分かるよ。だってここ、怖がらせる場所じゃなくて……」
「帰れると思わせて、喰う場所じゃ」
最悪だ。
少し先に、古びた誘導板があった。今のイベント用じゃない。もっと前、この施設が別の建物だった頃の、旧い避難経路図みたいな板だ。
そこへ、光の糸みたいなものが何本も吸い込まれている。
「……これだ」
私は走った。死んでるから足音はしない。でも焦る気持ちだけは、生きてる時と変わらない。
旧い誘導板に手を触れた瞬間、ぞっとした。
触った人間の“帰りたい”が、ここに残っている。出口だと思った。助かると思った。案内された。従った。そういう薄い希望だけが何層にも貼りついて、怪異の核になっている。
「朔夜!」
イヤホン越しに叫ぶ。
「核あった! 古い誘導板! 今のイベントじゃなくて、前の建物の避難経路図! 出口の認識、全部ここに寄ってる!」
雑音の向こうで、朔夜が短く答えた。
『十分だ』
現実側で、空気が切れる気配がした。
次の瞬間、灰色の空間に白い線が走る。
朔夜の術だ。
『”位相固定”』
出口表示の群れが一斉に震えた。続けて黒い裂け目みたいな線が入る。
『”境界切断”』
古い誘導板が、ばき、と嫌な音を立てる。
その瞬間、無数の案内表示が一斉に点滅した。緑、緑、緑、緑、消灯。緑、消灯。緑――。
ぬいが小さく身を縮める。
「おぬし、ほんにこういうのを見つけるのだけは上手いのう」
「褒めてる?」
「半分」
「半分かよ」
誘導板が割れる。
“出口はこちらです”という、あのやけに丁寧な声が、空間のどこかで歪んだ。怒ったみたいでも、泣いたみたいでもない。ただ、案内業務を中断された不満だけが残っている声だった。
私はぞっとする。
怖いものって、必ずしも怒鳴ったり笑ったりしなくていいんだな。普通に親切な声のまま、人を食えるのが一番嫌だ。
視界が白く弾けた。
―――
「っ、は……!」
肺に空気が戻る。
硬い床。人工的な匂い。遠くで泣く子どもの声。施設スタッフの慌てた足音。現実だ。
私はイベント会場の裏手に転がっていた。頭は痛い。蘇生のたびに思うけど、戻されるのって全然ありがたくない。痛いものは痛いからだ。
「生き返ったぁ〜!」
るなが一番に覗き込んできた。近い。
「お前、そういう時だけテンション高いな……」
「よかったぁ〜……」
「よくない。今回の私の死因、だいぶダサい」
ミリアが腕を組んだまま、ふんと鼻を鳴らす。
「ほんとにね。映えない落ち方だったわ」
「うるさい!」
朔夜は、壊れた誘導板の欠片みたいなものを袋へ放り込みながら言った。
「転落先が境界だった時点で怪異案件だ」
「いや理屈はそうかもしんないけど! もうちょっとこう、呪われたとか、喉絞められたとか、あるじゃん! なんで私だけ普通に足元なくなって落ちるの!?」
「お前らしい」
「嬉しくない!」
施設担当者が、半泣きの顔で何度も頭を下げていた。
「本当にありがとうございました……! むしろ今年一番お客様の反応が良くて……!」
「そこ感謝すんな!!」
ミリアが呆れた顔をする。
「商業施設って怖いわね。死人出かけたのに“反応が良い”でまとめるんだもの」
「お前はその側の人間だろ!」
「私はちゃんと死人は困る側よ」
そう言ってから、ミリアは少しだけ真面目な顔になった。
「……でも、あんたのおかげで客が死ななかったのは事実」
「え」
「別に褒めてないわよ。撮れ高取られたのが癪なだけ」
ひらひらと手を振って、ミリアはスタッフ側へ戻っていった。
なんだあいつ。感じ悪いのに、たまにだけ変な言い方するから困る。
その時、るながぽつりと言った。
「でもぉ、さいごの案内のお兄さん、やさしかったよねぇ〜」
その場の空気が止まった。
「……は?」
私はゆっくり、るなを見る。
「やさしいって何が」
「だってぇ、こっちだよぉ〜って、ちゃんと教えてくれたしぃ……」
朔夜の目が細くなる。
「お前、話したのか」
「ちょっとだけぇ〜?」
「ちょっとだけ、の基準を言え」
るなは、うーん、と考える仕草をしてから、小さく指で丸を作った。
「二言くらいぃ〜?」
「十分多い!」
ぬいが、私の肩の上で低く唸る。
「嫌な感じじゃのう……」
私はるなの両肩を掴んだ。
「他に何言われた」
「えぇ〜? そんな怖い顔しないでよぉ〜……」
「いいから!」
るなは困ったように目をぱちぱちさせたあと、あっさり答えた。
「帰り道に、別の扉もあるよぉ〜、って」
ぞわ、とした。
朔夜と私は、ほぼ同時に顔を見合わせる。
「……るな」
私の声は、自分でも分かるくらい低かった。
「その話、今すぐ詳しく聞かせろ」
るなは、きょとんとしたまま首を傾げる。
「えぇ〜? いまからぁ〜?」
「今からだよ!」
GWの浮かれた館内放送が、やけに遠く聞こえた。
嫌な予感がした。
ものすごく、ものすごく嫌なやつだ。
そして残念ながら、こういう予感はだいたい当たる。
私の人生は、ほんとうに、そういうふうにできている。
つづく
■今回の登場人物
・影森ゆら
今回も最初に異変へ気づいて、最後に一番ダサい形で死んだ。本人はかなり不服。
・夜見朔夜
回収担当。今回は“脅かす怪異”ではなく“帰らせるふりをする怪異”だと判断し、”位相固定” と ”境界切断” で処理した。
・夜宵るな
食べるかしゃべるかで「じゃあ食べる」を選んだ本日の平常運転担当。最後に一番嫌な情報を持ってきた。
・ぬい
「一匹だけ客を驚かせておらん」という一言が今回の核心。こういう時だけ妙に仕事をする。
・紅坂ミリア
GW取材で現場にいた配信者。感じは悪いが、今回はちゃんと死人が出るのは困る側だった。
■今回の怪異について
今回の怪異は、誘導偽装型怪異です。
お化け屋敷そのものに混ざった“脅かす役”ではなく、客が「出口だ」と信じる認識へ寄生し、“帰れると思った意識”をまとめて喰うタイプの怪異でした。
そのため、いちばん怪しくない“案内役”の顔で現れます。
怖がらせるより、安心させるほうが近道だった、というわけです。最悪ですね。
あと、るなが最後に聞いた「別の扉」の話は、たぶん次回やばいです。
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