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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第二章 花嫁候補とか、聞いてない(春~夏)

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配信44回目 白澤幽々のコレクション

 三年間、幽々は怪異の情報を集め続けていた。

 四百八十三件のデータが、今週一点に収束した。

 集められた側も、ちゃんと気づいていた。

 体育祭の翌週、幽々《ゆゆ》から連絡が来た。


 放課後、「ちょっと見てほしいものがある」と言われた。図書室の隅のテーブルで向かい合って、幽々がスマホを出してテーブルの上に置いた。


「幽々、どした?」


「これ......」


 画面に表示されていたのは、スプレッドシートだった。


 列見出しが並んでいる。日時。場所。目撃者の属性。怪異の種類。危険度。解決済みフラグ。備考。色分けもされていた。高危険度は赤、解決済みはグレーアウト。フィルター機能もついている。


「……幽々、これなに」


「怪異の目撃情報の管理シート」


「なんで管理してるの」


「再発しないように」


「何件あるの」


「今年度だけで、四百八十三件」


 私は画面を見たまま、しばらく何も言えなかった。


 四百八十三件。今年度分だけで。


「これ全部、学区内?」


「学校と学区内が中心。関連しそうなものは広めに集めてる。非公認の報告アカウントも何個か動かしてて、そこに情報が集まるようにしてある」


 幽々が静かに説明する。声のトーンが変わらない。自分がとんでもないことをしているという自覚が、全然ない顔だ。


「……いつからやってるの」


「中一から。クラスの子が変なものに触れて入院して、それがきっかけで」


「……」


「一週間で退院したんだけど。もし私が先に気づいていたら、って」


 それだけ言って、幽々は画面を戻した。


 三年間。一週間入院した友達のために、三年間続けてきた。


「そっか」


 私には、それしか言えなかった。


 幽々が「一個だけ、気になることがあって」と続ける。


「今週のデータを整理してたら、無関係な投稿が全部同じ場所を指してるのに気づいた。旧市民センターの跡地。骨格だけ残った廃墟はいきょで、今週だけで十七件、全部そこを指してる」


 画面に地図が出た。点が集まっている。全部、同じ場所に向いていた。


 先週の体育館裏と、同じパターンだった。


―――


 この件を事務所に持ち込んだのは、その日の夕方。


 夜見よみ朔夜さくやが地図を見て、少しだけ目を止めた。


「また収束型だな」


「この前の――体育館裏と同じ?」


「似てるが違う。あれは視線が集まった結果だ。こっちは逆だ」


「逆?」


 朔夜が幽々を一度見てから、机の上にメモを広げた。


お前(幽々)はいつからこのデータを集めてる」


「……三年くらい」と幽々が答えた。


「その間、集め続けたことで、向こうにも何かが溜まっている可能性がある。観測することは関係を作る。こちらから向こうへ意識が向き続けると、向こうもこちらを()()する」


「……つまり、幽々がデータを集め続けたことで、向こうも幽々を把握してるかもしれないってこと?」


「あります」と朔夜が言った。


「幽々が三年分記録してきた怪異が、最近幽々の側を見返し始めている。それが今週の収束の原因だ」


 幽々は画面を見たまま動かなかった。


 把握されている。三年間記録してきた側が、記録された側に、逆に把握されている。


「……そっか」


 声は変わらなかった。でも顔だけが、少し固まっていた。


―――


 話していると、ドアが開いた。


 入ってきたのは、銭原ぜにはら呪助じゅすけだ。柄シャツにくたびれたジャケット、頭にサングラス。見るたびに思うが、この人だけ季節感が独自路線だ。


「よう朔夜。ちょうどよかった、新入荷の話があってのう」


「今は取り込んでいる」


「知っとるよ。だから今来たんや」


 銭原が幽々をちらりと見た。


「ほう。霊感が薄いのに怪異に詳しい子やね。珍しい」


「関わるな」


「まあまあ。この子にぴったりのもんが入ってきてのう。霊感強化系の新入荷や。これを使うと気配の感度が上がる。ぼんやり感じる程度だったのが、はっきり分かるようになる」


「欲しい......」と幽々が即答した。


「幽々、待って」


「副作用は?」と私は銭原に聞いた。


「ちょっと鼻血が出るくらいじゃ」


「それ普通に危なくない?」


「本物の呪具に副作用がないほうが嘘っちゅうもんや。正直に言うと、霊感が上がった分だけ向こうからも見られやすくなる。感度は双方向やけんな」


「余計危ないじゃん!」


「でも、欲しい」と幽々が静かに言った。


 朔夜がそれを聞いて、止めなかった。


「朔夜、止めなくていいの」


「本人が判断することだ」


「そういう問題じゃなくない?」


「そういう問題だ」


 銭原がもったいぶった手つきで、薄い和紙みたいな素材の紙片を出した。


「名前は|"霊脈感応符"《センス・アンプ》や。霊脈の流れに感応して本人の霊感度を底上げする。効果は一週間。副作用は言った通りじゃ。あと寝起きに少し頭が痛くなることがある」


「「少し」の基準がこの人の中でどうなってるか、マジで不安なんだけど」


「問題ない範囲やけん」


「アンタのいう”問題ない”、1mmも信用できないわ」


 幽々が符を受け取った。その横顔を見たが、彼女は怖がっていない。副作用を聞いても動じていない。三年間、怪異に向き合い続けてきた人間の顔だった。


「……後で絶対後悔しないでよ」


「やってみないと分からない」


「それが一番怖い言い方だよ」


―――

 旧市民センターの跡地に来た。


 解体工事が途中で止まった建物だ。壁の一部が落ちて、鉄骨がむき出しになっている。昼間は作業員が来るらしいが今は無人で、非常灯(ひじょうとう)もなくスマホのライトだけが頼りだった。


 幽々が符を手に持っている。さっき貼ったらしい。


「何か感じる?」


「……見られてる気がする」


 初めて聞くトーンだった。幽々は普段あまり「感じる」タイプではない。それがはっきりそう言った。


「どこから?」


「分からない。でも、こっちを見てる」


 ぬいが肩の上で耳を立てた。


「おる。奥に濃い場所がある。三年分の記録を認識しとる。それだけ密度が高い」


 三年分。幽々が集め続けたデータの分だけ、向こうの認識も深い。


 朔夜が護符(ごふ)を構えた。


「封印処理に入る。二人は下がっていろ」


「幽々も下がって」


「うん」


 幽々が下がる。私も後ろへ引こうとした、その時だった。


 廃墟の奥の空気が、ぐっと重くなった。


 怪異の意識が向いた。


 幽々に、向いた。


 三年間の記録。四百八十三件のデータ。全部を把握している「最長の観測者」に向かって、向こうが動いた。


「幽々!」


 私は反射で前に出た。怪異の認識が、幽々から私に切り替わった。


「影森、下がれ!」


「間に合わない!!」


 体の輪郭が薄くなる感覚。引き込まれている。また、この感覚だ。


「まだ死ぬ予定じゃなかったんだけどなぁ......」


 足が止まらない。視界が白くなって——


 私は、いつもどおり。死にました。


     ◇


 向こう側は静かだった。


 廃建物の残骸もなく、ぬいの声もなく、ただ薄灰色の空間がある。どこかから視線がある。でも実体がない。この怪異は姿を持っていない。記録された記録として、意識だけが積み重なっている場所だ。


「……観測する側と、される側は表裏一体、か」


 誰も答えない。


 白い光が走った。


 |"境界切断"《ボーダー・カット》の光だ。空間が割れて——


―――


「っ、はっ——」


 地面が硬い。廃屋のコンクリートだ。


「生きておるか?」とぬいが聞いた。


「……生きてる」


「封印処理が完了した」と朔夜が言った。


 幽々が私のそばにしゃがんだ。


「ごめん」


「なんで謝るの、幽々のせいじゃない」


「でも私のせいで」


「私が勝手に飛び込んだ。それだけ」


 幽々が黙った。否定も肯定もしない顔だ。


 朔夜が幽々を見て、短く言った。


「データ収集は続けていい。ただし非公認のSNSアカウントは()()()()()


「……なんで」


「集めるだけなら一方通行だ。発信した時点で向こうも受信できる回路ができる。今夜の怪異が強化されたのは、お前が情報を発信し続けたからだ」


 幽々が少し間を置いた。


「分かった。閉じる。でも、集めるのはやめない」


「それでいい」


 私はその横顔を見た。朔夜も何も言わなかった。この二人、分かり合ってるな、と思った。何が、とは言えないけど。


―――


 帰り道、銭原がぬっと現れた。なぜいる。


「ちゃんと生きとったな」


「生きてますよ」


「あの子、なかなか面白い目ぇしとったな」


「関わるな」


「関わっとらんよ。呪物貸しただけや」


「それが関わってることじゃん」


 銭原がにやっとした。


「でもあの子、集めることをやめるタイプやないわ。これからも面白いことになりそうやな」


「面白くなってほしくない」


「お嬢ちゃんの希望通りにはならんよ、たぶん」


 その言い方が妙に確信めいていて、嫌だった。


 私は先を歩いた。銭原の笑い声が後ろに残った。


 面白くなってほしくない。でも、幽々があの顔で「集めるのはやめない」と言った時から、なんとなく分かっていた。


 近いうち、また何かが起きる。


■ 今回の登場人物


影森かげもりゆら

 今回も飛び込んで死んだ。「勝手に飛び込んだ」と言い張っているが、幽々に向いた怪異を前に選んだのは自分自身だ。


白澤しらさわ幽々《ゆゆ》

 今回のフォーカス回。中一から三年間、四百八十三件の怪異情報を管理し続けてきた。その行為そのものが今回の怪異を育てていたという逆説の当事者。「集めるのはやめない」の一言が、この子の全部だった。


夜見よみ朔夜さくや

 今回は分析担当寄り。幽々を止めなかったのは「本人が判断することだ」という立場から。ゆらには納得できないらしい。


・ぬい

 「三年分の記録を認識しとる」という一言が今回一番怖かった。


銭原ぜにはら呪助じゅすけ

 |"霊脈感応符"《センス・アンプ》を幽々に貸した張本人。「面白い目ぇしとった」という評価は、この人にとってかなり高い部類だ。今後に続く伏線でもある。


■ 今回の怪異について


 今回の怪異は**観測者認知型怪異(逆視さかさめ)**です。


 記録・収集・分析という観測行為を長期間受け続けた結果、「自分は観測されている」と気づき、次に「観測者を逆認識する」ようになる怪異です。幽々の場合は三年分の記録が積み重なっていたため、認知の精度が異常に高い状態でした。


 今回、怪異が強化された要因のひとつは「発信」です。データを集めるだけなら一方通行の観測ですが、SNSで発信した瞬間に「受信できる回路」が生まれます。情報が多くの人間の目に触れるほど怪異への意識も集まる。観測型と視線収束型の複合要因が今回の事態を招きました。


 封印は完了しましたが、幽々が「集めるのはやめない」と決めた以上、この種の怪異との関係は今後も続きます。


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異世界ゲームバー転生おじさん(42)
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