配信46回目 お泊まり女子会 ――るなは肉まんを買いに行っただけ
今夜は怪異案件、ではありません。
女子高生は、たまには普通にお泊まり会もします。
……朝四時までは、たぶん。
怪異案件の翌日というのは、だいたい二種類に分かれる。
ひとつは、まだ身体のどこかが痛い日。
もうひとつは、身体は戻っているのに、気分だけがずっと嫌なままの日。
今回は後者だった。
「ゆらちゃん、きょうもぉ……顔が終わってるぅ〜……」
昼休みの教室で、夜宵るなが心配そうにのぞき込んでくる。
「終わってるのは顔じゃない。借金だらけの人生」
「それは前からだよねぇ〜?」
「やかましいわ」
私は机に頬を押しつけたまま呻いた。
GWのお化け屋敷案件は、思い出すだけで腹が立つ。
怪異に喰われかけたとか、境界に落ちたとか、そういう深刻な部分も当然最悪なのだけれど、それ以上に、**死に方がダサかった。**
お化け屋敷で。
非常口だと思って。
普通に落ちて死んだ。
文字にすると改めてひどい――。
隣の席では、白澤幽々《ゆゆ》が静かに文庫本を閉じた。相変わらず表情の起伏は少ないけど、以前より少しだけ私の顔を気にしているのが分かる。
「まだ引きずってるんだ」
「引きずるよ。だって今回の私、怪異に敗北したっていうより、導線に敗北したんだよ?」
「事故死寄りだね」
「やめろ。自分でも分かってる」
るなが、机の上にぽすんとコンビニ袋を置いた。
「じゃあぁ、きょう、お泊まりしよぉ〜?」
「は?」
「前から言ってたでしょぉ?お泊まり女子会ぇ〜。なんか、そういう日じゃない?」
「どういう日?」
「ゆらちゃんが、しょんぼりしてる日ぃ〜」
「語彙がふわふわすぎる」
でも、少しだけ胸の奥がゆるんだ。言われてみると、ちょうど週末だし。
幽々が小さく首を傾げる。
「三人で?」
「うん。幽々もぉ」
「私は別に……」
「来るよね」
私が言うと、幽々は一拍だけ黙ってから、観念したみたいに息をついた。
「……行く」
「やったぁ〜」
「お前、最初から断られると思ってなかっただろ」
「うん〜」
るなは全然悪びれずに笑う。
そういうところだぞ、と思う。でもそういうところに、ちょっと救われてもいる。
私は鞄の中のスマホを見た。母からレインが入っている。
【今日夜勤。冷蔵庫に飲み物あるよ。友達来るならお菓子買ってっていいからね】
いつも通り短い文だ。
家に人がいないことも多いくせに、こういう時だけ妙に察しがいい。
「じゃ、うち来る?」
「行くぅ〜」
「行く」
「決定な」
こうしてその日の放課後は、怪異ではなく、お泊まり女子会になった。
―――
うちに着いた時には、空がすっかりオレンジ色になっていた。
母はもう仕事に出ていて、玄関にはレインどおり、スーパーの袋が置いてあった。ポテチ、チョコ、炭酸、アイス。完全に“友達来るならこれでしょ”の構成だ。
「ゆらちゃんのお母さん、分かってるぅ〜……」
「なにその上から目線」
「いいお母さんだね」
幽々がぽつりと言った。
「まあ、忙しいけどね」
「でも、ちゃんと見てる」
「……そうかも」
台所でコップを出している間に、るなはもうポテチの封を開けていた。
「早い!」
「いただきますぅ〜」
「まだ座ってもいないじゃん!」
るなは返事の代わりに、ばりばりとポテチを食べる。
ほんとに食う時だけ動きが早い。
幽々は持ってきたトートから、綺麗に畳んだパジャマと充電器と、なぜか筆箱を出していた。
「なんで筆箱あるの」
「癖で入れた」
「真面目か」
るながソファに座って、口いっぱいにポテチを詰め込んだまま、またしても、もがもが言う。
「ゆらひゃん、へれびへよぉ〜(テレビみよぉ)」
「だから食うかしゃべるかどっちかにしろ」
るなは、きょとんとしてから、こくりと頷いた。
「……じゃあ、たべるぅ〜」
「またそっち!?ほんと本能の怪異だなお前は」
そして本当に、しゃべるのをやめて食べることに専念した。
――しかし、いつものことだが。今日は特にるながゆったりした服を着ているのもあって、出ているところがいつも以上に、すごく主張している。
とてもじゃないが、私の貧相な山に比べて、かなわない富士山のようなソレは、私を少しだけ卑屈にさせる。そんな気分も、るなの食べっぷりを見ていると、すぐ吹き飛ぶのだけど。
ばりばり。
もぐもぐ。
ごくん。
またばりばり。
「見てるとちょっと不安になる」
幽々が真顔で言う。
「分かる。るなって、食べてる時だけ生命力が強すぎるんだよな」
やがて袋を空にしたるなが、満足そうに息をついた。
「おいしかったぁ〜」
「食レポありがとう。で、今日は何するの。映画? ゲーム?」
「恋バナぁ〜?」
「しない。というかない」
「即答」
「しない」
私は冷蔵庫から炭酸を出しながら繰り返した。
るなが、わざとらしく口を尖らせる。
「えぇ〜? 夜見さんの話とかぁ〜」
「しない」
「名前出しただけなのにぃ〜?」
「しないったらしない」
幽々がコップを両手で包んだまま、静かに言う。
「でも、ゆらちゃんがあの人の話になると声が一段階大きくなるのは本当だよ」
「幽々、お前までそっち乗るの!?」
「事実だけ」
「いやなデータの取り方すんな!」
るながきゃらきゃら笑う。
「だってぇ、夜見さん、顔はいいじゃん〜」
「それは認める! でもそこ以外全部終わってんの!」
「顔はいいんだぁ〜」
「会話の趣旨を拾え!」
くだらないやりとりをしているうちに、だんだん肩の力が抜けてきた。
こういう夜があるのは、たぶん助かる。
怪異の話をしなくてもいい夜。
誰かがすぐそばで笑っていて、ポテチの屑がソファに落ちて、どうでもいい話で騒いでいる夜。
そういうのが、ちゃんと“普通”なんだと思う。
その後、私たちは結局、恋バナ半分、学校の噂半分、動画一本、アイス二個、るなの追加おやつ二回という、かなり高校生らしい(最後は疑問だけど)時間を過ごした。
るなは途中でカップ焼きそばまで食べ始めた。
「まだ食うの?」
「これは別腹ぁ〜」
「その別腹、何個あるの」
「いっぱいぃ〜」
幽々が真面目な顔で言う。
「るな、将来どこかで食費が問題になりそう」
「今もうなってるわ」
時計が十一時を過ぎるころには、さすがにみんな少し眠くなってきた。
布団を三枚並べる。
電気を少し落とす。
るなは横になった三秒後に、もう「ねむいぃ〜」と言っていた。
「寝る前にトイレ行っとけよ」
「いくぅ〜……」
幽々は眼鏡を外して、珍しくちょっとだけ気の抜けた顔をした。
「……こういうの、久しぶり」
「お泊まり?」
「うん。普通の」
私は少しだけ笑った。
「私も」
幽々は、暗がりの中で小さく頷く。
「またやろう」
「うん〜……」
るなの返事はもう半分寝言だった。
夜は、そのまま静かに更けていった。
―――
次に目が覚めたのは、なんとなく嫌な静けさのせいだった。
部屋は暗い。
枕元のスマホを見ると、午前四時十二分。
早すぎる。
しかも、隣の布団がひとつ空いていた。
「……は?」
私は上半身を起こした。
るながいない。
隣では幽々も同じタイミングで目を開けたらしく、無言でこちらを見る。
「起きた?」
「うん。……るな、いない」
「……ほんとだ」
一瞬で眠気が飛んだ。
嫌な予感しかしない。
私は急いで立ち上がった。廊下を見る。洗面所を見る。トイレの電気は消えている。玄関に向かう。
靴が一足ない。
「うそでしょ」
レインが一件入っていた。
【コンビニ行ってくるぅ〜】
送信時刻、午前三時五十六分。
「なんでだよ!」
思わず声が出た。
幽々がレイン画面を覗き込む。
「行動が軽い」
「軽いじゃないの! 四時前の女子高生の行動じゃないの!」
玄関を開けて飛び出そうとした、その時。
外から、がちゃ、と鍵の音がした。
私は心臓が止まるかと思った。
扉が開く。
「ただいまぁ〜」
「るなぁぁぁ!!」
帰ってきた本人は、コンビニ袋をぶら下げて、いつも通りの顔で立っていた。パンたくさん、肉まん、プリン、グミ、あと何故かヨーグルトドリンクまで持っている。
「なんで行った!? なんで一人で!? なんでその量!?」
「おなかすいたからぁ〜」
「理由がシンプルすぎる!」
るなは少しびっくりした顔で瞬きをした。
「そんな怒るぅ〜……?」
「怒るよ!! 深夜! 一人! 最近のお前、怪異に好かれすぎなんだよ!」
「好かれたくて好かれてるわけじゃないよぉ〜……」
「それはそうだけど!」
幽々が、るなの持つ袋に目をやった。
「肉まん買ってる」
「買ったぁ〜」
「今食べるの?」
「今たべるぅ〜」
「まずそこなのか……」
私は玄関で頭を抱えた。
怒りたい。
でも無事だった。
無事だったから、怒り切れない。
ほんとにこういうのが一番よくない。
るなは靴を脱ぎながら、何でもないことみたいに言った。
「帰りにねぇ、変な扉あったよぉ〜」
私は固まった。
幽々も、ぴたりと動きを止めた。
「……何て?」
「へんな扉ぉ〜。知らないとこに、ぽつんってあったのぉ〜」
「どこに」
「マンションの外階段の横ぉ〜。ふだん、あんなのないよねぇ〜?」
ぞっとした。
るなの声は、あまりにもいつも通りだった。
だから逆に、怖かった。
「……開けた?」
私の声は、自分でも分かるくらい低かった。
「開けてないよぉ〜?」
「ほんとに?」
「ほんとぉ〜。でもねぇ、かわいいシール貼ってあったぁ〜」
「シール」
「猫のぉ〜」
「猫」
嫌だ。
嫌な情報が、細かく増えていく。
幽々が静かに聞く。
「扉の色は?」
「うーん……暗かったけどぉ、白っぽかったかもぉ〜」
「ノブは?」
「丸いやつぅ〜」
「何でそんなに見てるんだよ!」
「だって気になったしぃ〜」
そりゃそうだろう。るなだぞ。
気になるものがあったら見る。
危ないものでも拾う。
そして、そのことを悪いことだと思っていない。
私は深く息を吐いた。
「……もうその話、今はいい。とりあえず中入れ。鍵閉める。肉まん食うなら食え。もう外出るな」
「はぁ〜い」
るなは素直に返事をして、台所へ向かった。
幽々が小さな声で言う。
「ゆらちゃん」
「分かってる。朝になったら、すぐ言う」
言う相手はひとりしかいない。
そう思って立ち上がった瞬間だった。
寝不足のまま勢いよく振り向いたせいで、私はダイニングテーブルの角に、思いきりこめかみをぶつけた。
「いっっっ――」
鈍い音がした。
視界が白く弾けて、そのまま私は、びっくりするほど雑に死んだ。
「え」
「えぇ〜!?」と、るなが台所から顔を出した。
「……いや、待って。今のはだめ。だめだって。扉の話の流れで死ぬの、間が抜けすぎる……」
自分でそう思ったけど、死んだものは仕方ない。
幸い、こういう“勤務外の雑死”に備えて、朔夜が持たせていた簡易蘇生札が制服のポケットに入っていた。胸元が熱を持って、次の瞬間、私は床の上で咳き込んでいた。
「げほっ、げほっ……っ」
「ゆらちゃん!? だいじょうぶぅ!?」
「大丈夫じゃない……。今の、怪異じゃなくて、ただの寝不足による自爆……」
その後、るなが肉まんを食べ、プリンも食べ、ついでにグミも開けようとして私に止められ、私と幽々はほぼ寝直せないまま朝を迎えた。
―――
翌朝。
私は寝不足のまま、夜見よろず相談事務所のドアを開けた。
「おはよう。最悪」
「挨拶が雑だな」
ソファにだらしなく座っていた朔夜が、こちらを見る。顔だけは朝から無駄に整っていて腹が立つ。
「るなが見た」
私がそう言った瞬間、朔夜の目つきが変わった。
「何を」
「変な扉」
それだけで、空気がひやりとした。
ぬいが机の上で耳を伏せる。
「ほう」
「昨夜。明け方。コンビニ帰り。うちのマンションの外階段の横に、普段ない扉があったって」
朔夜は何も言わなかった。
その沈黙が、いちばん嫌だった。
「……ねえ」
私は少しだけ声を落とした。
「これ、やばいやつ?」
朔夜は短く息を吐いた。
「るなには絶対言うな」
「は?」
「“見つけた”って自覚させるな。名前も意味も教えるな」
「だから何なの、それ」
朔夜は数秒だけ黙ってから、低く言った。
「消えたい人間にだけ見える扉がある」
私は、ぞくりとした。
「それ、自殺とか、そういう」
「そこまで単純じゃない。帰りたい、逃げたい、消えたい、無くしたい。そういう“薄い離脱願望”に反応する。だから厄介なんだよ」
「るなが!?」
「だから言うなと言ってる」
私は言葉を失った。
るなは明るい。ふわふわしている。何も考えていないように見える。
でも、何も抱えていないわけじゃない。
そして、そういう隙間に怪異は平気で入ってくる。
朔夜が机を指で軽く叩く。
「見えた場所は後で確認する。だが先に釘を刺す。るなに“また見えるかもしれない”と思わせるな」
「……分かった」
「思い出させるな。探させるな。近づけるな」
「分かったって」
私は返事をしながら、昨夜のるなの顔を思い出していた。
**“かわいいシール貼ってあったぁ〜”**
あの調子で、次にまた見つけたら。
今度は、ほんとうに。
胸の奥が冷たくなる。
「影森」
朔夜が低く呼ぶ。
「次は、先に気づけ」
「……分かってる」
そう答えた時には、もう分かっていた。
この“お泊まり女子会”は、たぶん普通の思い出では終わらない。
楽しかった夜のぶんだけ。
きっと、この先はろくでもない。
つづく
■今回の登場人物
・影森ゆら
久しぶりに“普通の女子高生”をやろうとしたが、結局最後は怪異案件の入口を抱え込むことになった。
・夜宵るな
食べるかしゃべるかでだいたい食べる方を選ぶ。今回は朝四時にコンビニへ行き、変な扉を見つけて帰ってきた。
・白澤幽々《ゆゆ》
お泊まり会でも静か。だが朝四時の異変には一瞬で起きた。こういうところが情報ハブ。
・夜見朔夜
朝から嫌な情報を聞かされる側。今回は「るなには絶対言うな」の一言で不穏を持っていった。
・ぬい
机の上で耳を伏せる担当。今回は比較的おとなしい。
■今回の話の解説
今回は第二章の中ではかなり日常寄りの回です。
るな・幽々・ゆらの三人が普通に笑って、食べて、だらだらしている時間をきちんと描くことで、その後に来る不穏の入り口がより嫌なものになります。
そして最後に出た「変な扉」は、次の怪異案件へ繋がる小さな導線です。
まだ扉は“ある”だけ。
でも、見つけたのがるなである時点で、たぶんろくでもありません。
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