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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第二章 花嫁候補とか、聞いてない(春~夏)

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配信40回目 事務所に泊まる羽目になった――VHSの中の声が、知っている

 帰れない夜は、たいていろくでもない理由がある。

 深夜、古い機材から声が聞こえた。

 誰かが配信していた記録が、まだそこに残っていた。


 終電を逃したのは、私のせいじゃない。

 そこだけははっきり言っておきたい。


 夜見よろず相談事務所の机の上でメールの返信を打ちながら、時計を見たら日付が変わっていた。電車はとっくに終わっていた。帰れない。そういうことだ。


「……詰んだ」


「なんじゃ」とぬいが冷蔵庫の上から言う。


「終電なくなった」


「ふむ。まあ、そうなるじゃろうと思っておった」


「思ってたなら教えてくれよ!」


 朔夜はソファに沈んだまま端末を見ていて、私の方に目も向けない。


「泊まれ」


「え?」


「ソファがある」


「それだけ?」


「それだけだ」


 普通なら「帰れないならタクシー代出せ」と言うところだが、朔夜の財布のヒモの固さは私が一番よく知っている。


 るなにレインを送った。「今日帰れない」と。三秒でレスが来た。


『えぇ〜!朔夜さんとこ!?なになになに!?』


「何もないんだよ」と返したら「うそだぁ〜」が来た。


 母には「友達の家に泊まる」と送った。朔夜がそれを横から見て「嘘をつくな」と言った。


「じゃあなんて言えばいいの」


「怪異相談屋の事務所」


「そんなの言えるわけないだろ、バカ!」


 結局「友達の家」で押し通した。朔夜は一言「勝手にしろ」と言って、それきり関心をなくした。


 ぬいがソファの背でくるりと丸くなった。


「まあ、今夜はここにいた方がよかろう」


「なんで」


「……あの棚が、温かいのじゃ」


 事務所の奥、古い機材が積み上がっている棚。目を向けると、確かにその棚だけ空気が少し違う気がした。


「機材の熱とかじゃないの」


「電源が入っておらん機材が、温かいのはおかしい」


 朔夜が端末から目を上げた。ぬいの言葉を聞いていたらしい。


「今夜はここから出るな」


「え、なんで急に」


「何かいる。外に出た瞬間に、追ってくる可能性がある」


「それって私がおとりってこと?」


「事務所から出るなと言っている」


「答えろ! 守ってるの? 囮なの?」


 クズ(朔夜)は答えなかった。


 答えないことが、今夜は少しだけイヤだった。



―――


 日付が変わって一時間が過ぎた頃、棚が動いた。

 動いた、というより、音がした。


 がたり、という小さな音。棚の奥から、乾いた機械音が低く鳴り始めた。


「……朔夜」


「聞こえてる」


 朔夜が棚へ向かう。積み上がった機材をよけながら奥を探ると、一番奥に古いVHSデッキが一台あった。接続されていない。電源コードは抜けている。なのに、テープを巻き取るような音が、確かに中から鳴っている。


「触るな」


「触ってない!」


「ぬいも触るな」


「触らんわい」


 朔夜がデッキをじっと見た。数秒、動かない。


「テープが入っている。誰かが入れたのか、もともとあったのかは分からない」


「どうするの」


「確認する」


「再生するの?」


「コードを繋がずに確認する手段がある」


 朔夜は護符を一枚、デッキの上に置いた。薄く光る。それだけで、棚の周りの空気が少しだけ固まった気がした。


 ぬいが耳をぴっと立てる。


「……中に何かおる。強くはない。でも古い」


「古いってどういう意味」


「長い間、ここにあったということじゃ。誰にも見つけられんまま、ずっと」


―――


 朔夜がコードを繋いだのは、それから三十分後だった。


「再生するの?」


「少しだけだ。何が入っているか確認して、すぐ止める」


「止めきれなかったら?」


()()()


 強引な答えだった。でも朔夜がそう言う時は、たいていちゃんと止める。


 再生ボタンを押した。


 画面が砂嵐になった。


 音声だけ、鮮明に流れてくる。


「今夜も来てくれてありがとう。……この場所が、どれだけ続くか分からないけど」


 男の声だった。


 朔夜に似ていたが、朔夜じゃない。もう少し若くて、少しかすれている。


「……誰の声?」


 朔夜が答えなかった。


「配信してたの? 昔、誰かが」


 答えなかった。


 ぬいが、私の肩の上で小さく息を吐いた。


「……わしは、この声を知っとる」


 その一言で、部屋の空気が変わった気がした。


「どういうこと? ぬい、誰の声か分かるの」


「……今は言えぬ」


「なんで」


「”今は言えぬ”、と言っておる」


 音声が続く。


「……いつか、ここに誰かが来てくれるといい。俺がいなくなっても、この場所が」


 そこでテープが止まった。


 朔夜が電源を切った。コードを抜くと、静かになった。


「朔夜」


「なんだ」


「あの声、知ってる?」


「知らん」


「嘘っぽい」


「知らん、と言った」


 それ以上は聞かなかった。朔夜が「知らない」と言う時の声の温度を、私は覚えてきてしまっていた。本当に知らない時と、知っているのに言わない時で、同じ「知らない」でも少しだけ違う。


 今夜は、後者だった。



―――



 午前二時を過ぎた頃。


 朔夜は机で仕事を続けていた。私はソファで横になっていたが、眠れなかった。


 棚が、また鳴った。

 今度は音じゃなかった。


 VHSデッキの、電源を抜いたはずの画面が、薄く光った。


「……え」


 砂嵐じゃない。

 画面の中に、この事務所が映っていた。


 今のこの事務所が。机も、書類も、配信機材も、全部同じ配置で映っている。カメラが一台、三脚の上に立てられていて、そこから今の事務所を映している構図だ。


「朔夜」


「見た」


「あれ、今の事務所じゃないの」


「そうだ」


「どういうこと?」


「テープの中に、今の映像が入り込んでいる」


 ぬいが棚から跳び降りて、私の肩に乗った。爪が少し食い込む。


「……ゆら。あの画面を、じっと見るな」


「なんで」


「映ってしまうから」


 言われた瞬間、視線を外そうとした。


 でも遅かった。


 砂嵐の画面の中に、私の後ろ姿が映っていた。


 今のソファに横になっていた、私の後ろ姿が。


「……え」


 画面の中の私が、ゆっくりと振り向いた。


「いや待って、こっち向くな——」


 画面から、手が出てきた。


 VHSデッキの小さな画面から、人間の腕が出てくる。物理的にありえないサイズのはずなのに、出てくる。白くて細い手が、こちらへ伸びてくる。


 朔夜が護符を構えた。


 でも一瞬早かった。


 手が、私の首に巻きついた。


「っ——!」


 冷たい。指が細い。でも力が強い。


「離せ!」


「影森!」


 朔夜が護符を叩きつける。手がぶれる。でも離れない。むしろ一段強くなった。デッキが火花を散らす。護符が弾かれる。


 ぬいが叫ぶ。


「朔夜! 引き込もうとしている!」


「分かってる!」


 引き込もうとしている。画面の中へ。首を掴んだまま、向こう側へ私を引き摺り込もうとしている。


 もう一枚、護符が飛んだ。今度は手首に当たる。


 手が一瞬だけゆるんだ。


 その隙に、私は逃げようとした。


 一歩、踏み出した瞬間。


 手が、首を掴み直した。


 今度は全力だった。


 ぎし、と音がした。


 首の骨が、鳴った。


 嫌な音だった。聞いたことのない種類の音だった。自分の体の中から、ごきり、と固いものが折れる感触。


 痛みより先に、視界が白くなった。


「あ——」


 それだけ出た。


 声にもならなかった。


 意識が一点に絞られて、次の瞬間にはもう、何もなかった。


 私は、また死んだ。


―――


 気づいたら、テープの中にいた。


 古い事務所に似た空間だった。でも家具の配置が少し違う。壁紙の色が違う。窓の位置が違う。


 カメラが一台、三脚の上に立っている。


 その前に、椅子が一脚。


 ぬいが肩の上にいた。


「生きとるか」


「死んでるだろ」


「そうじゃったな。すまん」


「謝るくらいなら止めてよ」


「止められんかった。すまん」


 二度謝った。珍しい。それだけ今回がまずいということだ。


 部屋を見渡す。出口が分からない。来た場所、つまり画面の方向も分からない。


コアは?」


「あのカメラじゃ」


 ぬいが言う。三脚の上のカメラを見る。レンズが、こちらを向いている。


「あのカメラが核なの?」


「視聴者の怨念が積み重なっとる。見られ続けた記録が、怪異になった。見る側を取り込もうとしている」


「見られすぎて怪異になったって……」


「配信というものは、恐ろしい」


 カメラに近づく。レンズの中に、映像が見えた。今の事務所が映っている。朔夜が護符を積み重ねながら何かをしているのが分かった。生きている方の世界だ。


 そして、カメラの横に何かが見えた。

 棚の隅に、古いノートが一冊。

 配信記録だった。


 日付と、視聴者数と、一言だけのメモが続いている。

 最後のページに、一行だけ書いてあった。


『誰かが見てくれている間は、()()()()()()()


「……」


 私は朔夜の声を思い出した。


『今夜も来てくれてありがとう。この場所が、どれだけ続くか分からないけど』


 テープに残っていた音声。


 誰かがここで配信していた。見られることで、ここにいられた誰かが。


「ぬい」


「なんじゃ」


「この部屋、知ってるって言ったじゃん。さっき」


 ぬいが少し間を置いた。


「……後で話す」


「後でじゃなくて今」


「今は無理じゃ。今はそれより——」


「——逃げろ!」


 カメラのレンズが、赤く光った。


 録画が始まった音がした。


 記録される。映される。取り込まれる。


「走れ!」


 カメラから離れた方向へ走った。ぬいが肩に爪を立てる。部屋の端まで走ったが、壁だった。窓がある。外は砂嵐だ。


 外じゃない。画面の方向を探す。


 奥だ。暗い方。


「あっちか!」


 カメラの赤いランプが、こちらを追って向きを変えた。三脚が、誰も動かしていないのに回転している。


「気持ち悪っ!!」


「走れ!」


 走った。暗い方へ。壁に手をついたら、そこだけ温度が違った。


「ここ!」


「そこが出口じゃ!」


 外から、朔夜の術式が届いた。


 |"記録焼却"《ログ・イレイズ》。


 テープの記録が端から焼かれていく感触。部屋全体がぐらり、と揺れた。


 続いて、|"位相固定"《フェイズ・ロック》。


 出口の壁が、光った。


「行けっ!」


 壁に飛び込んだ。


 体が、向こう側(この世)へ出た。


―――


 事務所の床に叩き出された。


 体がある。生身だ。


 でも首が痛い。骨が折れているかもしれない。というか、折れた音を聞いた。でも動いているということは、蘇生処理が入っているということだ。


「がっ……くそ……!」


 床に手をついて起き上がろうとしたら、背中から朔夜の手が入って引き起こされた。


「起きるな。まだ補修が終わってない」


「補修って.....」


「首の骨が折れてた。接合した。痛いのは当たり前だ」


 当たり前じゃない。当たり前に言うな。


「……死んだ?」


「死んだ。一回だ」


「VHSに首折られた……」


「そうだ」


「最悪すぎる死に方してる私……」


「毎回最悪だ」


 フォローになってない。でも今は突っ込む気力もなかった。


 VHSデッキを見た。画面は消えている。テープが出てきていた。朔夜が焼いたのか、端が少し黒くなっている。


「……ぬい」


「なんじゃ」


「さっきの部屋、知ってるって言ってたじゃん。後で話すって」


 ぬいが私の膝の上に降りてきた。しばらく黙っていた。


「……今は言えぬ」


「また今は言えぬ」


「すまんの」


 朔夜が、ぬいを見た。


「ぬいに聞け。テープの中の部屋を知っているか」


 ぬいは朔夜の目を一瞬だけ見て、そらした。


「……知っておる。でも今は言えぬ」


「なぜ」


「まだ、わしにも整理できておらんから」


 朔夜は何も言わなかった。


 でも、何かを確認した顔をしていた。


 私には分からない何かを、二人は知っている。あのテープの中の声も、あの部屋も、何か繋がっていて、朔夜もぬいも、まだそれを言わない。


 今夜はここまでだ、と思った。

 聞いても答えが返ってこない夜がある。この事務所には、そういう夜が多い。


―――



 朝が来た。


 ソファの上で目が覚めた。体が痛い。首が特に痛い。昨日骨が折れたから当然だ。

 事務所には誰もいなかった。

 朔夜はどこかに出かけているらしい。ぬいも見当たらない。


 机の上を見ると、二つの『もの』が並んで置いてあった。


 トーストが一枚。

 請求書が一枚。


 ゆらはしばらく両方を交互に見た。トースト。請求書。トースト。請求書。

 請求書を手に取る。


 蘇生費。深夜割増。護符消費三枚分。VHSデッキ修繕費(焼損につき実費)。

 合計、増えた。


「…………」


 くしゃっと握り潰した。


 (やっぱりアイツはクズだ。死ね。)


 トーストを一口かじった。うまかった。


 ぬいが窓の外から戻ってきて、私の横に降りた。


「起きたか」

「起きた」


「トーストは」

「うまい」


「じゃあよかったのう」

「よくない。請求書もある」


「そうじゃのう」


 ぬいは私の膝の上に転がって、短く息を吐いた。


「……昨日のテープの話、いつか話す。まだ整理できておらんが、いつか」


「うん」


「それまで待ってくれるか」


「待つよ」


 私は窓の外を見た。五月の朝だ。事務所の窓から見える景色は、どこにでもある街の朝だ。


 でも昨日の夜、このビルの奥の棚に、誰かがずっといた。見られることでここにいられた誰かが。その記録がテープになって、ずっとここにあった。


 まだ何も分からない。


 でも、いつか分かる日が来るんだと思った。


「帰る前に、借金の今の総額聞いていい?」


 朔夜から、レインが来た。


『帰ったら計算する。増えてる』


「知ってる」


 トーストの残りをかじって、ソファから立ち上がった。


 私の人生初めての異性とのお泊りは、こうして最悪な死に方(デス・デート)で終わったのだった。


ゆら「配信っていうか、もう半分、業務報告だよね。――四十回。」


―――――


■ 登場キャラクター


影森かげもりゆら

VHSデッキの画面から手が出てきて首を折られた女子高生。今回の死に方は自分でも「最悪すぎる」と言っている。テープの中の部屋でカメラの核を確認し、朔夜の術式と連携して戻ってきた。朝のトーストはうまかったが請求書は握り潰した。


夜見よみ朔夜さくや

「出るな」と言った理由を最後まで「囮か守りか」どちらか答えなかった。テープの音声に一瞬だけ反応したが「知らない」と言い張った。朝のトーストと請求書を同時に置いて出かけた。性格は終わっている。


ぬい

「あの棚が温かい」と最初に気づいた。テープの中の部屋を「知っとる」と言いかけて「今は言えぬ」と引いた。54話への明確な伏線。朔夜にも同じことを聞かれて目をそらした。いつか話すと約束した。


■ 今回の話について


VHSアナログ怪異回です。テープの中に残っていたのは「視聴者に見られることでその場にいられた誰かの配信記録」が怪異化したもの、という構造にしました。見られることで存在できた記録が、今度は見た側を取り込もうとする、という反転が今回の核です。


死のシーンは首の骨が折れる音から意識消失まで、今回はっきり描きました。

また、ぬいが「この部屋を知っとる」と言いかけて引いた場面は、今後の伏線になりそうです。テープの音声・あの部屋・ぬいの出自が、後の話でつながります。


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