配信35回目 AIスピーカーが答えを知っている
私は、今日もクズイケメンといつもの超低賃金・重労働バイトだ。
そんなある日、夜見よろず相談事務所の棚の上に、見慣れないものが鎮座していた。
丸くて白くて、スマートスピーカーと書いてある小箱。リビングに置くやつだ。いかにも家電量販店の特売コーナーにありそうな、どこにでもある機械。
「とうとう来ましたよコレ! 配信アシスト用に買ってきました!」
真琴さんがリモート画面の向こうで満面の笑みを見せた。親指を立てている。
「視聴者のコメントを読み上げてくれるんです! 天気とかレシピも調べられますし、BGMも流せますよ!」
夜見朔夜は机の前に座ったまま、スピーカーの方をちらと見た。何も言わない。ただ視線を向けるだけで「余計なことをした」という圧が出るのはどうなっているのか。
「朔夜、許可したの?」
「求めていません!」
朔夜が答える前に、真琴さんが元気よく即答した。胆が据わっていることか。あの守銭奴が、こんな浪費を許すはずがない。
ぬいが棚の端からのそりと顔を出して、スピーカーをまじまじと眺めた。そして、話しかけた。
「おぬし、何者じゃ」
沈黙。
「聞こえとるか? おぬし?」
スピーカーが、ぴ、と短く鳴った。
「ご相談内容を承ります。保全申請でしたら担当窓口へおつなぎします」
全員が止まった。
私はゆっくり真琴さんを見た。
「設定……ミスってる?」
「し、してません!! そんな設定ないです!!」
―――――
ぬいが尻尾をぶわっと立てて、スピーカーに詰め寄った。
「わしを窓口送りにする気か! 何者じゃ、答えろ!」
「霊体識別番号:未登録。分類:非登録式神。保全適用外」
「式神言うな! わしは精霊じゃ!」
「ご登録は担当窓口まで」
「窓口が何処にあるか言え!」
「お近くの担当者がご案内します」
「担当者とはどこの誰じゃ!!」
完全に噛み合っていない。私はそのやりとりを眺めながら、じわじわと笑いそうになるのをこらえた。朔夜は頰に手を当てて、遠い目をしている。
「ぬい、もういいって」私が言う。
「まだじゃ! こいつに謝らせてから終わりにする!」
「謝る機能はたぶんない」
「じゃあ壊す」
「待って」
私は気を取り直して、スピーカーに話しかけてみた。
「今日の天気は?」
「仮保全段階の確認が完了しています。正式取得のご案内を――」
「天気を聞いてるんだけど」
「候補登録を確認しました。影森ゆら様の、現在の――」
ぬいが反射的に飛びかかって口を塞いだ。
「名前を呼ばせるな!」
「なんで!?」
「こういうのは名前から本体に繋ぐんじゃ! 経路を作るんじゃ!」
朔夜が静かに立ち上がった。
「……話が変わった」
―――――
さっきまでの空気じゃなくなった。
「向こう側が経路を見つけて、音声応答を媒体にした。名前を引き出して本体へ繋ぐ仕組みだ」
「つまり……最初から蒐集の機械ってこと?」
「違う。ただの量販品だ。ただし、やつらに使われた」
「どこから入って……もしかして、真琴さんがオンラインで設定した時に?」
「経路はそこだろうな」
ぬいがスピーカーから距離を取った。
「コードを抜けば終わりじゃないか?」
「俺がやる」
朔夜が一歩踏み出したのと、私が手を伸ばしたのは、ほぼ同時だった。
早い方がいい、と思ったのは本当だ。それが盛大な判断誤りだった。
コードに触れた瞬間、青白い光が走った。
「あっ――」
声はそこまでだった。
体が後ろへ跳ねた。脚がもつれた。椅子の脚に引っかかって、背中から床に叩きつけられた。スカートが盛大にめくれた。
ごん、と後頭部が床を叩く音。
天井の汚れたシミが、ゆっくりと視界に映った。
「…………」
死んだ。また、死んだ。
しかも今回は格別にみっともない倒れ方をした気がする。
―――――
目を開けたら、また天井だった。
ぬいが胸元に乗っていた。蘇生後の、体の重さ。
「生きとるか」
「……生きてる」
体を起こした。朔夜が椅子に座って、こちらを見ていた。
ふと、さっきのことを思い出した。倒れた瞬間の、あの感触を。
私はゆっくり朔夜を見た。
「……見ただろ」
「何を」
とぼけた顔で言った。とぼけた顔が様になっているのがまた腹立たしい。
「とぼけるな。さっき倒れた時、見ただろ!」
「スピーカーの封印処理をしていた」
「距離的に絶対見えてるだろ!」
「呪符に集中していた」
「言い訳が細かすぎる!」
朔夜は眉一つ動かさずに言った。
「コードを俺より先に抜こうとするから、そういうことになる」
「話を逸らすな!!」
「事実を言っている」
「事実より先に謝れ!!」
「見ていないと言っている」
「じゃあ見てたら謝るつもりだったのか!!」
ぬいが棚の上でお茶をすすりながら呟いた。
「人として正しい反応じゃな」
「お前は黙ってろ!」
朔夜が短く息を吐いた。
「次から、コードに触れる前に声をかけろ」
「そっちの話をするな!!」
―――――
そこへ、モニターの向こうから真琴さんの声が戻ってきた。
「お疲れさまです! あの、スピーカーはどうなりましたか? 活躍しましたか?」
全員が同時に静止した。
朔夜は呪符を三重に巻きつけて押さえ込んだスピーカーを、無言のまま廃棄ボックスへ放り込んだ。
「壊れた」
「え!? なんで!?」
「コードが劣化していた」
「さっきまで動いてたじゃないですか!?」
「残念だな」
全然残念そうじゃない声だった。
私は廃棄ボックスの中のスピーカーを見て、一つ息を吐いた。
「……なんで蒐集の言葉、知ってたんだろ」
朔夜は何も言わなかった。
でも、少しだけ目が動いた。
「また考えてる顔してる」
「……ああ」
「どっちか分からないって言ったほうがまだましだよ」
「……そうかもしれない」
それだけだった。物足りない。でも、今日はここまでだ、という気がした。
ぬいが棚の上で丸くなりながら、小さく呟いた。
「次は真琴に許可を取ってから買わせよ」
「……給料から引いておく」
朔夜が一言で終わらせた。
続く。
■ 今回の登場人物
・影森ゆら
本作の主人公。「早い方がいい」という判断が今回も裏目に出た。感電して倒れ、みっともない死に方をしたうえ、蘇生後の第一声が「見ただろ」だった。ツッコミ役として、今回も優先順位がブレていない。
・夜見朔夜
怪異相談屋。見た・見ていないについては最後まで肯定しなかった。呪符に集中していたかどうかは本人のみ知る。
・ぬい
半寄生霊獣。「非登録式神」という分類に本気でキレていた。お茶をどこから出したかは不明。
・真琴(今回はリモート参加)
配信サポート担当。スピーカーの「劣化」説明を信じたかどうかは定かではない。
■ 今回の話について
全力コメディ回。
第三章以降へ向けた④AI・ディープフェイクトレンドの最初の導線として機能する回ですが、今回は本筋よりコメディを優先しています。音声応答が媒体になるという仕組みは、今後、「何かが成り代わる」恐怖へ繋がる布石です。
朔夜の末尾の沈黙は、34話「知ってることを隠すのはやめる」という約束の直後であることを踏まえています。まだ答えが出せない、でも誤魔化しもしない、という距離感を意識しました。
「少しでも楽しんでいただけたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!」




