配信32回目 既読がつく部屋【前編②】 ――それ、返しちゃだめ
既読は写真に映らなかった。気のせいかもしれない。そういうことにした。
でも夜は終わらないし、スマホを手放せない。
画面を見ているのは、こちらだけじゃないかもしれない。
既読表示はなかった。
私はそれを――気のせいだと思うことにした。
それ以外に、どうしようもなかった。
証拠はない。スクリーンショットにも映らなかった。
スマホの不具合かもしれない。睡眠不足で目がおかしくなっているかもしれない。
最近変なことがありすぎて、頭が勝手に「次も来る」と身構えているだけかもしれない。
配信アーカイブをBGMにして、ベッドに転がる。
外は風が少しある。
カーテンが微かに揺れていた。
ぬいがポーチから顔だけ出した。
「……まだ起きとるんかおぬし」
「寝れないんだよ」
「気配があるか」
「……分かんない。そういう感じでもないんだけど」
「そういう感じじゃないのが、いちばんたちが悪い」
また引っ込んだ。
ぬいの言う通りだと思う。
来てくれれば戦える。分かれば怖くても動ける。
でも「なんかおかしいけど証明できない」は、ただ消耗するだけだ。
スマホを手に取った。
幽々への返事、まだ打っていなかった。
キーボードを開く。
「幽」と打ちかけた。
でも最初に出てきたのは、「幽」じゃなかった。
「受付」
それから。
「帰還」
それから。
「承認待ち」
「……」
全部消して、キーボードをリセットした。
消したら、今度は出てこなかった。
「……こわっ」
声が小さく出た。
気のせいにするのを諦めた。
これは、気のせいじゃない。
―――――
配信アーカイブの音が聞こえる。
コメント欄が流れている。
朔夜の声が、何かを封じている音がした。
ふとアーカイブの画面に目を向けると、コメント欄に一文だけ混じっていた。
いつ投稿されたのか分からない、白いコメントが一つ。
「受付は下です」
「…………」
心臓が、嫌な打ち方をした。
コメント欄を上にスクロールして確認する。
そのコメントの前後は、普通のコメントだった。
「やばいww」「ぬい喋った!!」「心霊映像ガチ」。
その中に、一つだけ。
「受付は下です」
アーカイブ動画は一ヶ月以上前のもので、コメントはそれ以降に来るはずがない。
この動画のコメント欄は、二週間前から閉じてある。
それでも、そのコメントは、そこにある。
「……朔夜に連絡したほうがいい?」
ぬいがポーチから出てきた。
「出てきおった。出てきよった。仮保全の経路じゃ、これ」
「どういうこと」
「おぬしが向こう側に近いから、媒体を通じて引っ張ろうとしとる。スマホが今、向こうへ繋がっとる」
「は?」
「使うな。見るな。でも見てしまうんじゃろ」
「……見てしまった」
「知っとる」
ぬいが私の手からスマホを奪おうとした。
でも小さすぎて全然力がなかった。
普通に持ち続けた。
「伏せろ! せめて伏せろ!」
「分かった、分かった」
スマホを画面が下になるようにベッドに置いた。
暗くなった。
でも、バイブレーションが来た。
―――――
レインだった。
グループじゃない。個人。
グループレインを開いた。
「さっき幽々に訊きたかったんだけど、レイン送ってないのに既読ついた」
「どういうこと?」
「未送信のやつに既読ついた。送ってないのに」
三秒で返ってきた。
るな:「え、なんで??」
るな:「送ってないのにぃ??」
るな:「こわぁ〜……でもわたし送ってないよぉ〜??」
幽々の返事は、少し遅かった。
幽々:「それ、返しちゃだめ」
「返す?」
幽々:「既読がついたの。送ってない文に」
幽々:「それって、向こうから読んでるってこと」
幽々:「返事を待ってる」
「……誰が」
幽々:「見えてるとかじゃないと思う」
幽々:「返事を待ってる感じがする、と思う」
幽々:「うまく言えないけど」
次の文を打つ前に、るなから割り込みが来た。
るな:「えー!!怖い怖い!!」
るな:「ゆらちゃん大丈夫ぅ??」
るな:「返事しないほうがいいよぉ!!」
分かってる。
分かってるけど。
「返事って、どこに」
幽々:「それも分からない」
幽々:「でも夜、一人でいる時に画面見続けないで」
〈画像位置:夜の自室でスマホを握り、レイン画面を見つめるゆらの後ろ姿〉
脅しに聞こえない言い方だった。
だから余計に怖かった。
「……幽々、どうして分かったの」
少し間があった。
幽々:「向こうが覚えたものは、返事を待つから」
幽々:「待たれてる感じがする人の、スマホからは分かる」
幽々:「経験があるから」
その一言で終わった。
何の経験かは、書いていなかった。
訊けなかった。
―――――
それから一時間、特に何も起きなかった。
配信アーカイブも消して、スマホを伏せて、天井を見ていた。
換気扇の音。
窓の外のどこかで車が通る音。
普通の夜だ。
普通の、自分の部屋だ。
ぬいがベッドの上で丸くなって、片目だけ開けている。
「……ぬい」
「なんじゃ」
「返事しなければ、大丈夫?」
「しばらくはの」
「しばらくって、どのくらい」
「知らん。わしには分からん」
正直に言ってくれるのは助かるけど、全然助からない。
スマホを手に取って、ロックを解除した。
幽々への返事だけ打っておこうと思った。
グループレインを開く。
るなからメッセージが来ていた。
るな:「下、見て」
「……え」
るなにしては、一文だけだった。
絵文字もない。
言い淀みもない。
直後に、また来た。
るな:「ゆらちゃん? 今なんか送った?」
るな:「なんか通知来てたんだけど」
心臓が、止まりかける。
るな:「ゆらちゃんのアイコンで来たんだけど、「下、見て」って」
るな:「わたしじゃないよぉ……?」
「……ぬい」
ぬいがすでに立ち上がっていた。
「見るな。窓に近づくな」
「うん」
「絶対に近づくな」
「うん」
画面を持ったまま、立ち上がった。
窓際へ行く。
カーテンに手をかける。
「おい!!」
見るな、と思った。
でも、足が止まらない。――抗えなかった。
カーテンを開けた。
―――――
夜の道が見えた。
街灯。アスファルト。向かいのコンビニの明かり。
普通の道だ。
でも。
道の真ん中に、列があった。
白い。
ひどく白い。
顔が、よく見えない。
道路に沿って並んだ、人影の列。
番号を待つみたいに。
受付を待つみたいに。
整然と。静かに。
その奥に、窓口がある。
以前(※第29話参照)見た、白い受付の、あれだ。
列の真ん中あたりに、後ろ姿がひとつだけ見えた。
黒い髪。ミディアムボブ。
制服の後ろ姿。
「……」
私と、同じ制服だった。
スマホが鳴った。
グループレインの通知じゃなかった。
画面が白く点いて、表示が変わった。
さっきの「既読」の場所。
未送信のメッセージ欄。
「既読」が「受付済」に変わっている。
足元の感覚が、一瞬だけ変わった。
ベランダの床じゃない。
冷たくて、硬くて、白い床。
あの受付の廊下みたいな、あの感触。
一歩、踏み込めると思った。
そこに床があると思った。
そこが続きだと思った。
「ゆらちゃんっ!!」
るなの声が、スマホから漏れた気がした。
次の瞬間、一歩先には、夜の空気だけがあった。
私が――落ちる。
手の中でスマホの画面が白く光る。
「受付済」
その文字が、見えて、私の意識は遠くなった――。
次回(中編)へ続く。
■ 登場キャラクター紹介
▶ 影森ゆら(主人公・女子高生)
今夜も一人で家にいる。気のせいにしようとした夜が終わらない。「見るな」と自分でも思っているのに、足が止まらないのがゆらの一番の弱点でもあり、強さでもある。
▶ 夜宵るな(親友・日常側ヒロイン)
心配してレインを送り続けた。「下、見て」というメッセージを送った覚えがなく、本人もちゃんと怖がっている。るなが怖がっている時は、だいたい本当にやばい。
▶ 白澤幽々(親友・情報ハブ)
「返しちゃだめ」「向こうが覚えたものは返事を待つから」「経験があるから」。この子がこういうことをさらっと言える理由については、まだここでは触れない。
▶ ぬい(霊獣・マスコット)
「伏せろ!」と叫んだのに無視された。ゆらは伏せなかった。ぬいは知っていた、きっとそうなると。
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■ 今回の解説
前編②です。
「気のせいにする」というゆらの選択は、今回一番長く続きません。予測変換。アーカイブのコメント欄。それから幽々に連絡して、「経験がある」という一言だけが返ってきた。
幽々が「向こうが覚えたものは返事を待つ」と知っていることの意味は、今回の話では掘り下げません。でも、知っていた。
「下、見て」が誰から来たのか。見てしまった先に何があったのか。
次回・中編、ゆらはまた向こう側にいます。鬼灯なゆが出てきます。今度はいつもより少しだけ硬い顔で。
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