配信27回目 蒐集の影① 後ろの正解
解決した。
……たぶん、解決した。
たぶん、ね。
「影森」
朔夜が言う。
それだけで、だいたい分かる。
「……向こう側、核がまだ生きてるんでしょ」
「そうだ」
「今、死にかけから蘇生したとこなんだけど」
「知ってる」
「知ってて言ってるの」
「向こう側の入口が、まだ開いてる。お前が一度死んだぶん、境界が薄い。今が一番深部まで入りやすい」
……最悪の論理だ。
最悪だけど、反論できない。
「その“今が一番〇〇”って、毎回フラグじゃん!」
「フラグの意味が分からない」
「今どきフラグを知らないの、それはそれでやばくない?」
朔夜が無言でこちらを見る。
返答する気がないやつの顔だ。
溜息をついた。肺がまだ少し痛い。首のあたりの感覚も、さっきより戻ってきてはいるけど、まだ他人の首みたいな気がしてしょうがない。
でも、もう一度入る。――それは死ぬということだ。
「るなと幽々、頼んでいい?」
るなが「えぇー……」と言う。
いつもの「えぇー」と、ちょっと違う声だった。泣きそうな声。
幽々が静かにるなの腕を引いた。
それで十分だった。
「行ってくる」
朔夜の手で、再びあちらの世界へ――。
―――――
死後側は、コメント欄そのものだった。
もう少し正確に言うと、コメント欄でできた部屋だ。
四方の壁も、天井も、床も、全部が文字という文字で埋め尽くされている。
「後ろ見て」「見えてる」「開けて」「ほんとにいるじゃん」「こわっ」「え後ろ」「後ろ後ろ」「開けろって言ってる」「見て」「後ろ」「後ろ」「後ろ」――
延々と。
うねって。
折り重なって。
でも今更怖いとは思わない。
今更怖くなってどうする、という気持ちのほうが先に来る。
「玻璃」
「ここだよ」
いつのまにか隣にいる。
白い少女が。向こう側で何度も会った、向こう側の住人が。
「今回、核は?」
「小さいよ」
予想外の答えだった。
「小さい? あんだけ大きくなってたのに?」
「大きくなってたのは、表面だけ。視線を集めるほど増幅するタイプだったから、人間がたくさん見て、そのぶん育ってた。でも中身は最初からずっと小さいまま」
「……それって」
「うん。最初に一人が書いた。あとは他の人間が乗っかっただけ」
玻璃が壁のある一点を指差す。
一番古いコメント。
壁の端、色が褪せて今にも消えそうな文字。
「今あなたの後ろにいるよ」
一文だけ。
それが全部の始まりだった。
「……これが本体?」
「うん。最初に書いた人間は、もう忘れてると思う」
「最悪……」
玻璃が少しだけ目を細めた。
同意なのか、同情なのか、よく分からない。
「触れる?」
「……触る」
核に手を伸ばした瞬間、気配がした。
怪異の気配じゃない。
もっと、意志のある、冷たい何かだ。
ほんの一瞬。
指先が核に触れる、その手前で。別の何かが同じものに触れようとした――そんな感触。
怪異が食うとき特有の「引っ張る」感じとも違う。
もっと丁寧な、確認するような、軽い接触。
「っ、」
「大丈夫?」
「……なんか、いた」
「うん」
玻璃の返事が早かった。
知ってた、という声だ。
「気づいてた?」
「さっきから傍にいる。でも怪異じゃない。……確認してるだけだと思う」
「確認って、何を」
「あなたが、何をするか」
しばし、沈黙。
壁のコメントが、ざわりと揺れた気がした。
でも、止まらない。私は再度、核に触れた。
古いコメントの残滓が、砂みたいにぽろぽろと崩れていく。
あっけないほど簡単に。
それにつられて、壁の文字が一斉に薄くなっていく。
「後ろ見て」が消えていく。
「見えてる」が消えていく。
「開けて」が消えていく。
拍子抜けするくらい、静かに。
私の情報が現実側の朔夜に届いたのだろう。刹那――、体が帰路に引っ張られる感覚がした。
その直前に、あの「別の手」の気配が――消えた。
もう確認が終わった、とでも言わんかのように。
―――――
「……終わった?」
幽々の声が聞こえた。
天井が見える。
事務所じゃなくて、さっきまで配信してた部屋の天井だ。安堵と脱力が、同時にきた。
「終わった。たぶん」
「たぶん、はいらない」
朔夜の声は、いつも通りだった。
術式が通ったときの、いつも通り。
でも微妙に、ほんの少しだけ、何か違う気がした。
気のせいかもしれない。
気のせいということにする。
「……今回、蘇生二回目だけど、やっぱ請求書出る?」
「出る。当たり前だ」
「理由は?」
「案件が終わった」
「それ毎回同じこと言ってるよね」
「毎回案件を終わらせている」
もう言い返す気力がない。
るなが突然、泣きながら怒り始めた。
「ゆらちゃんが死にすぎぃ! もう! もう! びっくりしすぎてしんどい!」
「こっちがしんどいょ……」
「ゆらちゃんは軽く言わないで! るなはぜんぶ見てたんだよ!」
ぐうの音も出なかった。
幽々がるなの背中を静かに優しく叩く。
るなの泣き方が、だんだん食べ泣きみたいに変わった。
テーブルの上のスイーツを手に取りながら泣いてる。
「……食べながら泣ける?」
「泣きながら食べてんだよ!」
でも、その言い方に少しだけ救われた。
幽々が静かに言う。
「終わった?」
泣いてもいないし、喚いてもいない。
だから余計に、じわっとくるものがある。
「うん、終わった」
「そっか」
その一言だけで、十分だった。
―――――
しばらくして、ぬいが私の肩に戻ってきた。
どこか行ってたらしい。気づかなかった。
「様子でも見てたの?」
「おぬしが死ぬとこを高みの見物じゃ」
「死ねよお前」
「大丈夫そうじゃったから安心した」
「今の順番、おかしくない?」
ぬいが「ふふ」みたいな声を出す。
でもそのあと、少し間を置いた。
「……今回の怪異。中身はしょぼかったのう」
「そう。最初に一人が書いて、あとは人間が乗っかっただけなんだって」
「そのわりに、増幅が早かった」
さらりと言う。
でも「さらり」にしては、少しだけ重い。
「視線が集まりすぎた?」
「それだけなら早くない。……もう少し、別の理由があると思うとる」
「別の理由」
「まあ、今夜はよかろう。終わったことじゃ」
断ち切るように言った。
そんな中、朔夜が請求書を差し出す。
「今夜の分だ」
受け取った。
見た。
瞬きした。
「……また増えてる」
「蘇生が二回あった。死後側への潜入が一回。加えて今回は――」
「もういい、分かった」
分かりたくなかったけど、分かった。
るなが「あたしが払う!」と言う。
「なんで」
「だってゆらちゃんのせいじゃないし!」
「バイトとこのクズのせいだよ」
「バイト代もらってないじゃん!」
「――そうだね、なおさら払えない」
「だから、わたしが払う!」
「それはダメ」
すごい堂々巡りをしている。
幽々が静かに言う。
「二人とも少し黙って」
そういわれて、二人ともすぐ黙った。
幽々の「少し黙って」は、なぜか聞いてしまう。彼女の言葉には、圧がある。
スマホを見ると、コメント欄が動いていた。
配信はとうに切れているのに、アーカイブのほうに流れ込んでいる。
《え、これで終わり?》
《思ってたより普通に終わったな》
《いや怖かったよ》
《ゆらちゃん死にすぎ》
《所長、こういう時だけ普通に動くな》
「こういう時だけ、は余計だよね」
「いつもだろ」
朔夜が言う。
自分から言った。珍しい。
「うるさい」
―――――
その後、るなが少しお金を払うと駄々をこねたものの、幽々に説得されて、
荷物をまとめて、四人で外に出た。
夜の駅前。
普通の人の流れ。
信号。
コンビニ。
チェーンの居酒屋から漏れてくる声。
るなが「やっぱり外はいいねぇ」と言った。
その「外」に何の含みもないのが、今日だけは妙に沁みた。
余っていたプリンを一口食べてから気づいたら、
なんか抜けた気がして、私は急に泣きそうになった。
泣かないけど。
なんで泣きそうなんだよ、と自分で思う。泣かないけど。
るなが気づかないふりをしながらロールケーキを寄越した。
幽々が「味がするなら大丈夫」と言った。
意味が分からないけど、味はしたので、やっぱり大丈夫な気がした。
そこで、幽々が足を止めた。
「ゆら」
低い声だった。
いつもより少しだけ。
視線の先、駅前のベンチ。
若い男が一人、スマホを見ながら座っている。
何の変哲もない人間だ。二十代前半くらい。
でも顔色が悪い。焦点が、少しズレている。
「……なに」
「あの人、三日前にも同じ場所にいた」
「え」
「同じ時間帯に。同じ場所で。同じ格好で」
ぬいが私の肩の上で鼻をひくつかせた。
「…………」
「なに、ぬい」
「きゃつら、匂いが薄い」
「匂いが薄い、って」
「生きとる人間の匂いが。薄い。でも消えてるわけやない」
四人で静かに見た。
男は何もしない。ただスマホを見ている。こちらに気づいている様子もない。
「あれ、怪異?」
「分からん。でも、普通ではない」
朔夜が短く言う。
「見るな。すぐ帰れ」
「でも――」
「今夜は終わりだ。それ以上は引っ張るな」
いつも以上に、きっぱりしていた。
帰り道。
私の頭に、あの男の顔が残った。
怪異か、人間か、その境目にいるような。
匂いが薄い、という言い方が、どこかに引っかかっている。
そして――どこかで見た気がする、という感覚。
あの「別の手」の気配と、何か似ていた気がした。
でも、気のせいかもしれない。
でも、気のせいじゃない気がする。
「……なんか、今日多くない?」
「うん」
ぬいが静かに答えた。
肯定だった。
「うん、じゃなくて」
「終わらんのう」
「それが聞きたかったわけじゃないんだけど」
この日もさんざんだったのに、これがすべてのはじまりだった――。
続く――
◆登場人物紹介
■影森ゆら
本作の主人公。死んでは蘇る体質?の女子高生。前回今回あわせて蘇生二回。もはや数え方に慣れてきた自分が一番こわくなっているJK。
■夜見朔夜
オカルト専門の事務所の「所長」。今回も無表情のまま全部やった。でもほんの少しだけ、いつもより急いでいた気がする。
■白澤幽々《しらさわ ゆゆ》
ゆらの友人。静かな観察眼を持つ。「味がするなら大丈夫」の意味は本人にしか分からない。でもゆらには十分だった。
■夜宵るな《よよい るな》
ゆらの友人。泣きながら食べられる特技の持ち主。今回も一番大声で怒った。一番正直に怖かったということ。
■ぬい
朔夜の使い魔的存在。今回「増幅が早すぎた」とさらりと言った。さらりとしているが、重い。
■玻璃
向こう側の住人。「確認してるだけだと思う」と言った。彼女が知っていて言わないことは、たぶんまだある。
◆作中メモ
「後ろ見て」案件はいちおう決着。中身は拍子抜けするほどしょぼかった。でも、残ったものがある。あの「別の手」の感触と、駅前の男と、ぬいの「増幅が早い」という言葉。怪異はまだ終わらない。
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