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約束  作者: 沢村茜
エピローグ
51/51

未来へ

 それから四年の月日が流れた。

 今日はこれ以上はない快晴だった。


 今日のために購入したパールのネックレスを取り出そうとしたとき、銀色のチェーンのかかったベビーリングのネックレスをみつけた。


 それは二十歳の誕生日の一ヶ月後に親にもらったものだった。おばあちゃんが私が生まれたときに購入したのを、私が大人になったら渡して欲しいと頼んでいたらしい。


 一ヵ月後というのが私の親のルーズさをあらわしている気がする。


 私はただ驚いていた。そんなものがあるとは思わなかったからだ。姉の分もあったらしいが、姉がもらっていたことも知らなかった。


 そのとき、お祖母ちゃんのことを少しだけ姉と話をした。私がおばあちゃんに文句を言ったことで、おばあちゃんを傷つけてしまっていたんじゃないかという話だった。


 その話を聞いた姉は呆れたような笑みを浮かべていた。


「悪いとは思っていたと思うけど、そんなこと由佳が気にする必要はないと思うよ」


 それでもと気にしていた私の気持ちを一蹴する。


「だいたい私のほうがおばあちゃんを四年も長く知っているんだからさ、私の考えのほうが正しいに決まっている。おばあちゃんも由佳がそんなことを気にしていたほうが気にするとおもうよ。それに、そんなくだらないことを気にするなら木原君と幸せになればいいのよ。そっちのほうがおばあちゃんも喜ぶと思うよ。だってそれは由佳の幸せを願うリングなんでしょう」


 姉は私が親からもらったベビーリングを指し、そう会話を締めくくる。


 それが真実かは分からないけど、そうであったらいい。木原君と幸せになる。いつその日が来るのかは分からないけど。


 電話が鳴り、発信者を確認する。晴実からのメールだった。家の前に到着したらしい。

 私は引き出しを閉めると、ネックレスをはめ、ジャケットを手に家を出る。家の前には今までに何度か見た車があった。


 運転席には野木君が座り、後部座席には晴実がいる。私は後部座席に乗り込むと晴実を見た。


 彼女は長い髪を後方で後ろに結っている。ワンピースはレースをあしらったもので、彼女にしては珍しいものだった。珍しいといえば、彼女が化粧をしているのも珍しかった。もともとはっきりとした顔立ちなのだが、メイクをするとそんな顔がより引き立つ。なので彼女はあまり化粧を好まない。晴実の胸元にはシルバーのアクセサリーが瞬いている。


 運転席に座る野木君はダークスーツを着ている。


 私はベロアの黒のワンピースで、胸元にはさっきのパールのネックレスを見につけていた。


「やっぱりその服、似合うね。この前、由佳と買いに行ったんだ」


 彼女の言葉に照れながらうなずく。


 野木君は少し呆れたように笑っていた。


「雅哉が来るのは十時くらいだっけ?」

「そのはず」

「今から行けば間に合うか」


 野木君が車を走らせる。私達はドレスを着ていたのだ。野木君がその格好では目立つし、歩きにくいし、今日の目的地が郊外にあるということで彼が私達を迎えにきてくれることになっていた。


 今日、何があるかといえば、百合の結婚式だった。相手はもちろん一馬さんだ。


 だが、披露宴は行わずに挙式だけというシンプルなものだった。二人はあまり派手なものを好まず、本当は入籍だけにしようかと思っていたようだったが、二人の親に懇願されて仕方なく挙式をすることにしたらしい。


 私が家の車を出してもいいというと、野木君と晴実が嫌がり、野木君が親の車を借りることになったのだ。


 駅につくと私がジャケットをはおい、彼を迎えに行く。


 そして、改札口の前まで行くと、出てくる人の姿を眼で追い、見知った姿を探していた。人ごみの中に背の高い男の人の姿を見つけると、思わず声を漏らす。


 今日は野木君と同様にダークスーツに白のシャツで身を包んでいた。


 見慣れない彼の姿はどこかくすぐったい。


 彼は私と目が合うと、昔と変わらない笑顔を浮かべる。そんな彼に対する気持ちは不思議と数年前と変わらなかった。かわらないという言葉が的確でないかもしれない。数年前に比べ、穏やかなものへと変化をしていた。


「久しぶり」


 私の言葉に木原君は笑顔で応える。


 そして、駅を出ると駐車場で止まっていた車のドアを開ける。私が後部差席に、木原君が助手席に乗り込むと、車がゆっくりと走りだす。


「野村さんはその前の電車?」

「昨日は実家にとまった。これで電車に乗るのは嫌だなって思ってさ」


 晴実の言葉に苦笑いを浮かべる。


「確かに目立つね。俺も敦の家に泊めてもらえばよかった」


 彼は電車の中での出来事を暗示するような言葉をつむぐ。

 彼は今日、実家からやってきたのだ。日帰りができなくもないが、親とも話をしておきたかったんだろう。


「今日は泊まる?」

「その予定」


 木原君は野木君の言葉にそう応える。


 私と野木くんと百合は大学を四年で卒業した。晴実と木原君はそのまま進学した大学の大学院に進んでいた。


 木原君の両親も結婚式に呼ばれてはいたが、少し遅れてに来るらしい。だから彼だけが一足早く来ることになったのだ。


 一馬さんのお父さんも招待したらしいが、彼は断ったらしい。息子の祝いの席に自分が出ることは憚られたのかもしれない。彼は木原君のお母さんが亡くなって以降、一人で暮らしている。


 そんな父親を放っておけなかったのか一馬さんはたまに半年に一度程度だが、会っているらしい。一馬さんのお母さんもそのことを拒まず、好きにしたらいいと言っていた。百合も結婚が決まったときに彼と会い、そのときは喜んでくれていたと聞いた。


 過去の傷をなかったように綺麗に修復することはできないが、それでも彼らなりの答えを求めてそんな結論に達したのだろう。


 百合が大学卒業と同時に結婚すると言い出したときは私も晴実も驚いた。彼女はしっかりしていて、一見仕事をバリバリとこなしていきそうなタイプに見える。でも、彼女の内面はそうではなく、人一倍誰かと幸せな家庭を築きたいという気持ちが強かったのだろう。


 結婚を言い出した百合は今までにないような幸せそうな笑みを浮かべていた。きっと一馬さんなら彼女を誰よりも幸せにしてくれるだろう、と思うから彼女の結婚に反対する気なんて起きなかった。


 ドレスを着た彼女は頬を赤く染め、とても綺麗だった。



 二次会等も行わないために、結婚式を終えると、私達はそれぞれの家路につくことにした。


「百合、綺麗だったね」


 私はなぜか私の手にすっぽりと収まったブーケを見て、苦笑いを浮かべる。百合の友達の中で恋人がいるのが私だけだからかもしれないけど。


「百合にしてはがんばったよね。挙式さえも嫌がっていたくらいだから。あんなに綺麗なんだから普段からお洒落をしたらいいのに。贅沢なんだから」


 彼女にはあまり目立ちたいとか、彩りたいという気持ちはないみたい。でも、逆に飾り気のなさが彼女の美しさをより際立たせると思う。それは晴実にも言えることだと思うけれど。


 しばらく車が走ると、見慣れた景色が私の視界に飛び込んでくる。そして、運転をしてくれている野木君に声をかけた。


「この辺でいいよ」


 彼はこの後、晴実を家まで送るらしい。そうなると、ここでおりたほうが彼女の家に行くには便利だったからだ。


 彼は車を止めると、私達を送り出してくれた。


「夜、電話してから行くよ」


 木原君は野木君にそう告げる。


 野木君は分かったと言い車を走らせ去っていく。



 本当は直接野木君の家にいったほうがいろいろと便利なんだろうけど、私の親が木原君に会いたがったのでそういうことになったのだ。


 姉は結婚し、家を出ていた。今日は木原君に会うために家に帰ってくるらしい。


 相変わらず私の家族は木原君のことが大好きで、木原君が来るという話をしたとき、親には泊まっていけばいいと言っていたのだ。野木君の家に泊まると聞いた時はなんだかさみしそうだった。


 そのとき、私の視界に艶やかな桜が映る。そこは、女の子のぬいぐるみを捜した公園であり、高校の通学路になっているため、彼との学校帰りに何度も通った。


 その公園を囲むように咲く桜の花びらが舞い落ち、私の頬に触れた。


 同居をすることを聞かされ、戸惑い、彼の家族のことを知り、彼を好きになり、といろんなことがあった。そして、私達は今でも一緒にいる。


 夢を見ている彼にとって、私とのことは後回しになるかもしれない。


 でも、時間がかかってもいい。いつか百合たちのような結末にたどり着くことができるのだろうか。


 人生の一区切りとして……。


 私の少し先を歩いていた木原君の足が止まっていたのに気付いた。


「どうかしたの?」


 私は彼に追いつき、顔を覗き込む。彼は頬を赤く染め、何かを考え込んでいるようだった。


 私は首を傾げる。


「熱でもあるの?」


 そう言いかけた私の言葉を妨げる。


「俺が就職してからになるけど君さえよければ結婚しようか」


 そう囁くように告げた言葉が桜のはなびらに乗り、私の手にするブーケに舞い降りた。


 それはまだ不確かな未来の話なのかもしれない。


 でもいつかきっと。


 私は彼の言葉に笑顔で頷いていた。



            END

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