未来への足掛かり
四月になって私たちは大学に入学し、一馬さんの後輩にもなった。
春の季節はあっという間に流れ、夏の足音が徐々に聞こえてくるようになる。
「今日は遅刻すると思った」
私が苦笑いを浮かべ肩を落とすと、野木君が呆れたような顔をしている。
「君は高校一年のときと、ほとんど変わらないよね」
「でも、身長も少し伸びたよ」
自分の姿を見て、客観的に違う部分を彼に伝えると、彼はこともあろうことか笑い出していた。
「何ミリ?」
「〇.七センチ」
必死に逆らってそう言うと、彼は呆れたように笑う。
「素直に昔と変わらないくらいかわいいと言えばいいのにね」
その声に振り返ると、大きめのバックを手にした百合の姿があった。彼女はすそにレースのある白のワンピースを太って見えることなく着こなしている。足元ではピンクのサンダルが淡い光を放っていた。
彼女は大学に入ってほんの少しだけ変わった。以前はかわいい洋服なんて着ていられないと言ったのに、今みたいな洋服をたまに着るようになった。誰に見せたいかはおのずと分かる。
まただ。彼女が来ると、人の視線が集まるのを感じる。野木君も目立つから一緒にいると視線は集まるが、百合が来るとそれ以上に肌で感じる。でも、当の本人はあまり気付いていないようだ。時々百合をじろじろ見ている人と目が合い、首を傾げることもある。
「そういえばこの前の写真できたよ。木原君と晴実にはメールでおくったんだけど」
といいかけた百合は鞄に手を入れ、その中をあさっていたが、すぐに動きを止める。
「ごめん。家に忘れちゃった。帰りに持ってかえる?」
「そうする」
百合の家は大学の帰りの通り道に当たる。野木君と百合の家は同じ中学だけあって結構近いらしい。
「百合」
朗らかな声が響き、振り返ると一馬さんが立っていた。集まる視線がもっと増えているような気がした。
百合の頬がわずかに赤く染まっていた。
「今から家に行こうと思っていたんだけど」
そこで、私と野木君の存在に気付いたみたいだ。
「由佳たちも来るんだって」
「じゃあ、何か作ってあげようか。ごはんでもおかしでも」
「何にしよう」
一馬さんがそういうことを聞くのはたいてい私に対してだった。
野木君は無反応だし、百合はあまり関心がない。
「帰りながら決めるといいよ」
そういうと、一馬さんと百合が歩き出す。私と野木君はその少し後を歩くことにした。
「そういえば、昨日雅哉からメールが来た」
「来月の初めに帰ってくるんだよね」
また彼と過ごせる夏がやってくる。いろいろと状況は変わったが、それでも夏という季節はどこか高校二年の夏を思い出す。
「晴実もそれくらいに帰ってくるらしいね」
「そういえばそんなメールも着ていたね」
野木君は表情を変えることなく、そう告げる。
晴実と野木君は友達としては仲がよく、二人はメールのやりとりもしているようだった。
友達もでき、授業も楽しいが好きな人はできそうにないとこの前、電話できいた。彼女はまだ野木君のことを思っているんだろう。
「また、遊びに行こうね」
「気が向いたら」
彼はあまりそんな誘いに積極的に乗ってくることはない。でも、誘えばきてくれることはきてくれる。
春の日帰り旅行もそんな感じだったから。私と晴実と百合が計画し、後から三人を誘ったのだ。
そのとき食べたシュークリームの甘味を思い出し、一馬さんにリクエストをすることにした。
「シュークリームが食べたい」
「いいよ。作ってあげる」
一馬さんは肩越しに振り返ると、笑顔を浮かべる。
この場所に木原君がいてくれたら。入学して数ヶ月で数え切れないほど思った。
でも、そのたびにいい聞かせるようにしていたのだ。
そのとき、ゆったりとした音楽が雑音に飲み込まれるように奏でられる。携帯を取り出すと、木原君にかってもらったくまのマスコットと目が合う。それからメールを確認し、思わず顔がにやつくのが分かった。
「雅哉から?」
野木君の言葉にうなずくと、携帯を閉じた。
私は百合の家に着くと、携帯を取り出しメールを送る。
さっき彼が送ってくれたメールを再び確認する。
彼は決して文章が下手なわけではない。むしろ私よりも上手だと思う。だが、私に送ってくるメールはどこか日本語がちぐはぐだった。ものすごく推敲を重ねたからこそ不自然さを感じるメール。そんなことも私の心をくすぐる。
少し考え、文面をうつ。そして、送ろうとしたけど、少しだけ考える。
味気ないかなと思い、いつもはあまり使わない絵文字から私の気持ちに一番ちかいものを選び出す。それを入力し、送信した。
それを鞄に片付けた。
そのとき、目の前にプリントアウトされた写真がいくつか並べられる。
百合が部屋から写真を持ってきてくれたのだ。それはゴールデンウィークに日帰りで行ったイチゴ狩りの写真でデジカメで撮ったものをプリントアウトしたものだった。
私と晴実ばかりが映っていて、少し離れたところに百合が立っている。百合は写真が嫌いなので、そんな構図になってしまった。写真を撮ってくれたのはほとんど一馬さんで、木原君と野木君はあまり積極的でなく、私達と少し離れたところにいて、話をしていた。
「これね。うつりがいいものをいくつか記録したよ」
百合は私と野木君にデータの入ったディスクを渡す。
私達はそれを受け取る。
しばらく経って運ばれてきたシュークリームに顔を綻ばせる。
笑っている友達がいて、楽しいと思える時間。
私は首もとで輝くネックレスに手を伸ばす。
木原君とこうした日々を送ることはあまりできない。
思い出を作る機会は少なくなるし、彼が傍にいないことを寂しいと思う。
でも、彼に夢をかなえて欲しいから。後悔をしないでほしいと思うからそんな気持ちをできるだけ抱かないようにしようと決めた。彼が私のことを気にして、あまり好きでないメールを良く送ってくれるのも分かるから。
だから今はこのささやかな幸せを満喫しようと思った。
そのとき、私の携帯にメールが届く。確認すると木原君からの返事だった。私の顔が思わずにやける。
「どうかしたの?」
「帰ってきたら遊びに行こうって。だから、行きたい場所があれば考えておいてって」
私の返事に百合は目を細めていた。
一つずつはとても細やかで、明日には記憶の片隅に追いやられることもあるかもしれない。
でも、そんな日常のささやかな約束の積み重ねが、未来への足掛かりとなってくれる、と。




