表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
約束  作者: 沢村茜
第八章
34/51

気付かなかった想い

 翌日、私達は電車で少し離れたところにあるショッピングモールに買い物に行くことになった。家を出たのが昼前。百合のおばあちゃんは知り合いの家に行くらしく、私達は昼食も外で済ませようという話になっている。


「切符はどこまで買えばいいの?」


 晴実は切符売り場の上に掲示されている料金表を見つめながら、百合に問いかける。彼女もあまり詳しくなかったのか、眉をひそめ料金票を眺めていた。


「多分、ここまでかな」


 彼女の指先が、料金所のところにある駅の名前を押したとき、百合の名前を呼ぶ男の人の声が聞こえた。


 私は思わず振り向いていた。


 そこに立っていたのはグレーのシャツに黒のパンツをはいた、体格の良い男性だ。彼は私達と目が合うと、優しく微笑んだ。だが、その目には強い意志を秘めているように感じ取れる。瞳と、顔の輪郭、通った鼻筋に薄紅色の唇を見て、彼が誰か分かってしまった。


 百合は彼を見ても喜ぶことなく、頬をわずかに膨らませると顔を背けていた。


 彼が百合に言葉をかけようとしたとき、聞き馴染みのある声が耳に届く。駅の改札口からもう一人、見慣れた人がやってきたのだ。


「一馬さん?」


 私は驚き、彼の名前を呼んでいた。


 彼は最札口に切符を通すと、私達のすぐそばで足を止める。そして、苦笑いを浮かべた。


「タイミングが良かったね」


 だが、百合は顔を背けたま目を合わせようとさえしなかった。


 百合のお父さんは困ったような笑みを浮かべると、私達を見る。


「百合の友達ですか?」


 私と晴実は戸惑いながらも、自己紹介をすませた。彼も名前は知っていたのか、軽く相槌を打つ。


「よかったら、ごはんでも一緒にどうかな」


 彼は、料金は自分が払うからと言う。おごってもらうのも悪いと思ったが、断るのも気が咎め、話の流れで一緒に食事をすることになった。


「百合も大丈夫?」

「分かった」


 父親の問いかけに、ため息混じりにうなずいていた。百合は私達を見て、困ったような笑みを浮かべるが、まだ一度も一馬さんの方向をみていない。


 一馬さんも百合を見ることを避けているようだった。


 彼は百合に行き先を告げ、タクシー乗り場まで一緒に行く。五人が乗れる大型のタクシーがあったのにも関わらず、別々のタクシーに乗り込んだ。


 食事と聞き、私はてっきりファミレス辺りを連想していた。だが、車が止まったのは料亭という言葉が相応しい立派な和風の建物の前だ。晴実も私と同じ心境だったのか顔を引きつらせ、辺りを見渡している。


 中に入ると着物を着た女性が出てきて私達を出迎えてくれる。その人は百合のお父さんが名乗る前に「北田さん」と彼らの名字を言い当てていた。


 彼女は私達を奥にある個室に案内する。壁には掛け軸かかけられ、その脇には壺が飾ってある。立派な外観に圧倒されていたからか、ものすごく高価な品に見えた。


 晴実が端に座り、私が真ん中に、その隣に一馬さんが座ることになった。テーブルの向こうには百合とそのお父さんが並んで座っている。この並び順になったのもスムーズにというわけにはいかなかった。


 百合は最初、一馬さんの前に座らされそうになっていたが、それを嫌がり晴実の正面の席に座っていた。一馬さんも私や晴実、百合のお父さんには声をかけるが、肝心の百合とは目線さえも合せない。私が感じた違和感が徐々に大きくなっていく。


 その時、着物を着た女性がメニューを持って入ってくる。メニューを確認しても、何が良いのか分からず、百合の勧めで彼女と同じものを注文した。


 食事はおいしかった。だが、一馬さんと百合のいつもと違う雰囲気に味を楽しむ余裕はなかった。


 お店を出て、百合のお父さんが支払いをしているとき、晴実が私の傍らに来て、そっと囁いた。


「やっぱり何かあったのかな?」


 私も首を横に振るしかなかった。気にはなったが、二人にとても聞ける雰囲気ではない。



 その後は、一馬さんと百合のお父さんは用事があるとかで二人でその後どこかに行ってしまった。そして、二人が去ったことで、百合の表情が少し和んだことにほっと胸をなでおろしていた。




 それから、私たちは駅に戻ると電車に乗り、買い物に行った。私の家の近くでは見かけないようなお店がたくさんあったのだ。そこで可愛い洋服を売っているお店を見付け、入ってみることにした。晴実はその店が気に入ったのか、セール中だったことも重なり、何着か試着すると購入していた。そんな晴実を見て百合は苦笑いを浮かべる。


「向こうでも似たようなものが売っていると思うよ。わざわざ荷物になるのを買わなくても」


「この膝丈がいいんだよ。ぴったりなサイズってなかなかなかったんだよね」


 晴実の言う微妙な違いは私にはいまいち分からなかったが、彼女には拘りがあるようだ。


 彼女はどんな洋服でも着こなせるのは本当にすごいと思う。それを可能にしているのが彼女の容姿に加えて、程良い身長とスタイルの良さだろう。ぱっと見て分かるほど、足が長い。


「晴実は何でも似合うよね」


「由佳だって可愛い柄のはめちゃくちゃ似合うじゃない。そのワンピースだってめちゃくちゃ似合ってるよ」


 晴実は笑顔で言葉にする。


 晴実にそう言われるとなんだか照れてしまう。


 晴実は私に似合う洋服を選んでくれたが、手持ちに余裕がなかったので諦めたのだ。


「百合も試着したら良かったのに。絶対似合うと思うよ」


 私たちは晴実の洋服を選ぶだけでは飽き足らず、百合に似合いそうな洋服を見繕い彼女に差し出した。だが、軽くあしらわれてしまったのだ。


「それにあなた達の持ってきた洋服はレースだったり、フリルだったり、そんなものばかりじゃないの。私はシンプルなのが好きなのに」


「絶対似合うから着て欲しかったのに。どんなものを着せても似合いそうだんだもん」


 晴実は百合をからかってたが、一馬さんの名前は一言も出さなかった。それは今笑っている彼女の笑顔を消したくなかったからからかもしれない。


 百合の家に戻り、彼女が夕食を作り終わった時、百合のお父さんが帰ってきた。彼女は昼間とは違い普通に笑顔で父親と話をしている。だが、二人の会話の中に一馬さんの話題が一言も出てこないのが、逆に不自然さを醸し出していた。




 太陽が水平線に沈み、辺りは闇に包まれる。私達は日が変わる前に眠ることにした。


 夜中、物音で目を覚ます。窓から差し込む月明かりを頼りに室内を見渡すと、いるはずの少女が一人駆けていたのに気付いた。


「百合?」


 名前を呼んだが、返事はなかった。電気をつけて見るが、三つ編みにしてすやすやと眠る晴実がいるだけで、彼女の姿はない。夜、目を覚まし散歩に出かけたか、別の部屋にいる可能性もある。


 時刻は夜の一時を回っていた。お節介かもしれない。そう思っても、今日の百合の暗い表情が気になり、電気を消すと部屋を出た。


 近くを探してみて、彼女がいなければ部屋に戻ればいい。


 玄関のドアに触れると、鍵はかかっていなかった。


 私は音をできるだけ立てないようにして、家の外に出る。外に出たとき、立ちすくむ一人の少女の姿を見つけた。


「百合」


 私が彼女の名前を呼ぶと、彼女は体を震わせ振り返る。私はその時、彼女の目元が光るのに気付いてしまった。


「一馬さんと何かあったの?」


 百合のふっくらとした唇から言葉が零れる。


「好きだって言ったこと忘れてくれって」


 その言葉をすぐに理解できなかった。理解して、思わず百合を凝視していた。


「何かあったの?」


 幼稚園の頃から今まで百合に片思いをしてきた彼が今更百合に別れを告げるなんて考えにくかった。そうせざるおえない何かが二人の間にあったんだろう。


「私のお父さんと、彼のお母さんが再婚するかもしれないの」

「兄妹になるってこと?」


 百合は頷いた。


 だが、不自然さも残る。百合を好きだった一馬さんがショックを受けるなら分かる。でも、百合がこれほど強いショックを受けている理由が解せない。


 自分の父親の再婚を嫌がってるのだろうか。なら、もっと父親に対して冷たい態度を取ってもおかしくない。そう思うと、私は一つの結論にたどり着く。木原君の言っていた百合の好きな人の話が脳裏を過ぎったからかもしれない。


「一馬さんのことが好きなの?」


「笑っちゃうよね。木原君のことが忘れられないから、あの人の気持ちを受け入れられないと思っていた。でも、違ったの。私は彼と付き合って、嫌われるのが怖かっただけなんだって。そう言われてやっと自分の気持ちに気付いたの」


 彼女の声は震えていた。こんな弱々しい百合の言葉を聞くのは初めてだった。


「一馬さんに伝えたの? 伝えないと、手遅れになっちゃうよ」


「言えない。一馬さんに言えるわけない。だって、あの人はお母さんが苦労するのをずっと見てきたのだから。私も知っているから、本当なら笑顔でおめでとうと言わなきゃいけないのに、まだ心の整理がつかないの」


 彼は百合の気持ちを知れば嬉しいと思うだろうか。それとも困るだろうか。私には分からない。


「でも、一馬さんは百合の気持ち知らないんだよね」


「誰にも言わずに片をつけたかった。そうしたら、誰も傷つくことはないから。でも、苦しくてたまらなかった。こんな話をしてごめんなさい」


 彼女の声が消え入りそうな程小さくなっていく。


 彼女の瞳から涙がこぼれ、頬を伝っていく。


 でも、ただ一つだけ分かることがある。誰も傷ついていないわけがない。目の前の彼女は戸惑い、傷ついていた。私はその現状に唇をかみ締めることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ