リカ、ブラックジョークで窮地に追い込まれる???
呼吸を整える。
そして軽く準備運動。
ふーーーーっ。
……。
よし。
「配達ならフロントに。新聞の契約も宗教の勧誘も、料理がヘタ過ぎる“美少女”も、今は結構だ。で、オタクの用件は?」
と、ピタリと急に止まる部屋のベル。不気味な静寂が訪れる。
壁に身を寄せて、ジッと耳を澄ませる。
ドアの向こうで微かな気配。足音を殺し、注意深く慎重に、
こちらの動向を窺っているのが分かる。
――しばらく、そのまま時は流れ、スッ……と、
ドアの下に白い厚紙が差し込まれる。
「先日は部下が失礼しました。それは“お詫び”としてお納めください」
身を屈め、差し込まれた“モノ”を素早く回収。
丁寧に封をされた便箋の中に、
大手銀行のロゴが刻印された小切手が入っていた。
その気になる金額は……金貨でなんと“一千枚”。
「ご確認いただけましたか?」
たまらなくイヤな予感が一瞬の内に全身を駆け巡る。
ドアの向こうの相手の、ビジネスライクな口調が、
俺の危険センサーをさらに激しく煽り立てる。
「“コイツ”は返す。帰って親分に伝えな」
「まさか……ご納得できませんか?」
「そッちの都合が悪いってンなら、好きに使っていいぜ。串焼きがオイシイ小料理屋なら、“このボロアパートを出てすぐ”だ。ちなみに営業は〈夜〉からだ。開店時間までは、まだまだあるから少し運動をして」
おっと。
ちょくちょく宣伝を挟む俺。別にカネをもらってるワケじゃない。
タダの親切心だ。
「――とにかく。受け取るようなことを俺はしてない。もしも誤解があったようなら、代わりに謝っておいてくれ。以上、解散」
「そうもいかないのです。お願いです、このドアを開けてもらえませんか? 直接会って、リカオンさんとオハナシしたいのです」
そして隣人が壁をドン!
思いっきりコブシを叩き付ける音が俺の部屋を震わせる。
隣人は、かなりお怒りのご様子。
「なあ、そこに居られるとホント迷惑なんだ。このボロアパートは壁が薄くて、となりの部屋の会話が筒抜けになる。これ以上は、俺のイメージが大幅ダウンするだろ。その責任を、どう取ってくれるんだ?」
しん、とする。
また訪れる不気味な静寂。
俺の洗練された自虐的なブラックジョークは、
相手を黙らせる効果があるらしい。
さて冗談はこの辺で。
ヤツらの強行突入に備えて、まずはバリケードを――
「出せ」
お気に入りのソファーベットを引っ張り出して、ドアの前に素早く設置。
そして俺の相棒である〈携帯端末〉を
サイドテーブルから手繰り寄せ、それから武器になるモノを――
ガタン! バタン!
なにかを蹴破る物々しい音が、俺の部屋を両サイドから震わせる。
それは順番に、この階層に小気味良く波及していって、
男どもの情けない悲鳴がアパート全体にこだまする。
ひやあ――とか、ほわあ――とか。
さらに連れ込んだオンナの悲鳴も入り混じって、
もう廊下が大変なことに……。
「これでオハナシできますか、リカオンさん? どうかお願いします!」
冗談じゃない。ヤツらは、いつだってマジだ。
ユーモアセンスの欠片もない。
俺は諦めてソファーベットを脇に退けると、
部屋のドアをイヤイヤ開いた。




