# 第五話 学校には行けないけど、配信はできます!
前回、初配信でパソコンの電源ケーブルを抜いてしまった猫野クロ。
今回は、ちゃんと最後まで配信できるのか……!?
少しずつ動き始めた黒猫VTuberの物語、第五話です!
朝、目覚ましの音で目が覚めた。
「……ん」
スマホを手に取り、時刻を確認する。
午前七時。
いつもと同じ時間だった。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。階下から物音はしない。お父さんもお母さんも、もう仕事に出かけたのだろう。
私はベッドから起き上がり、制服の掛けられたクローゼットを見た。
今日も、学校がある。
分かっている。ちゃんと分かっているのだ。
起きられないわけじゃない。
体調が悪いわけでもない。
ただ、学校に行こうとすると、どうしても足が動かなくなる。
「……今日も、無理かな」
小さくつぶやいて、視線をそらした。
誰かに責められたわけじゃない。
それでも、学校に行けていない自分のことを考えると、胸の奥が少し重くなる。
私は制服から目をそらし、部屋着のまま階段を下りた。
朝ご飯は……どうしよう。
冷蔵庫を開けると、昨日の残りのごはんと卵が目に入った。
「……卵かけご飯でいっか」
自分の分だけの朝ご飯を用意して、ひとりで食べる。
食器を洗い終えると、家の中はまた静かになった。
学校に行っていない私には、昼間に話す相手もいない。
……まあ、ゲームはするけど。
私はスマホを手に取り、VTubeを開いた。
おすすめに表示されたのは、昨日の自分の配信アーカイブ。
『猫野クロです……!』
画面の中では、黒猫のアバターが元気に動いていた。
昨日の私は、コメントをもらうたびに大騒ぎしていたっけ。
『クロちゃん、ナイスエイム!』
『悲鳴とエイムの温度差で風邪ひくwww』
『ドヤ猫きたwww』
「うぅ……今見ても恥ずかしい……!」
思わずスマホを伏せる。
自分の声を聞くのって、どうしてこんなに恥ずかしいんだろう。
……でも。
「……楽しかった、な」
ぽつりとこぼれた言葉に、自分でも少し驚いた。
配信中は緊張するし、コメントが来たら頭が真っ白になるし、敵に撃たれたら叫んじゃうし。
それなのに、配信が終わったあと、またやりたいと思っていた。
誰かが自分のプレイを見てくれている。
自分の言葉に反応してくれる。
自分の配信を楽しみにしてくれる人がいる。
それが、なんだか不思議で。
……少しだけ、嬉しかった。
「……よし!」
私は勢いよく立ち上がった。
「今日も、配信しよう!」
言ってから、すぐに座り直す。
「……いや、待って。まだ心の準備が……」
誰もいない部屋でひとり、うんうんとうなずく。
よし。大丈夫。
たぶん。きっと。おそらく。
私はパソコンの電源を入れ、配信ソフトを起動した。
配信タイトルは――
『【NEXC】猫野クロです! 今日も生き残りたい……!』
「うん、これでいいよね……?」
配信設定を確認する。
公開設定、よし。
マイク、よし。
ゲーム画面、よし。
配信終了ボタンの位置、よし。
そして、電源ケーブルには触らない。
「……よし。完璧!」
私は深呼吸をして、配信開始ボタンを押した。
「こ、こんにちは……! 猫野クロです……!」
数秒後。
《配信を開始しました》
コメント欄に、さっそく文字が流れた。
『クロちゃんきた!』
『こんにちはー!』
『今日はPC抜かないでねw』
「そ、それはもう言わないでぇぇぇ!!」
思わず叫んだ。
『開幕悲鳴www』
『いつものクロちゃんで安心した』
「い、いつものって何ですかぁ……!」
そう言いながらも、口元が緩んでしまう。
……なんだろう。
前より、ちょっとだけ話しやすい気がする。
もちろん、緊張はする。
コメントが流れるたびに、何を返せばいいのか迷う。
でも、ここにいる人たちは、私の失敗を笑っても、私自身を否定したりはしなかった。
むしろ、次の配信を楽しみにしてくれていた。
「えっと……じゃあ、今日もNEXCやっていきます!」
ゲームを起動し、いつものフィールドへ向かう。
探索をしながら、物資を集める。
今日は平和だなぁ、なんて思っていた、そのとき。
――バババババッ!!
「うわぁぁぁ!? ちょ、待って待って待って!! 敵いるんだけどぉ!?」
画面の向こうから銃声が響く。
私は慌てて物陰に隠れ、敵の位置を確認した。
右側の建物、その二階。
窓の奥に、敵の姿が一瞬見えた。
狙って、撃つ。
パァン!
《敵を撃破しました》
「……え?」
思わず手が止まった。
『えっ、今の当てた!?』
『エイムえぐwww』
『悲鳴上げながら一瞬で倒すの草』
「い、いや、今のはたまたまです! たまたま!」
『たまたまでヘッドショット出るんですかねぇ……』
「うっ……!」
反論できない。
いや、だって本当にたまたまだし!
敵を倒せたのは嬉しいけど、自分がどれくらい上手いのかなんて、私にはよく分からない。
ゲームをしているときは、ただ必死なのだ。
敵に見つかったら怖い。
撃たれたら痛い。
だから、撃たれる前に撃つ。
……うん。普通だよね?
「ふぅ……生き残れた……」
『出た、生き残れたw』
『この人、毎回ギリギリで生きてると思ってそう』
『なお敵は次々と消えていく模様』
「えっ!? ち、違うんですか!?」
コメント欄が一気に流れた。
『違うと思いますwww』
『クロちゃんはそのままでいて』
『今日も平和だなぁ』
「平和じゃないです! さっきめちゃくちゃ撃たれたんですよ!?」
そんなやり取りをしながら、私は次のエリアへ進んでいく。
気づけば、配信を始めてから一時間が経っていた。
「えっ、もう一時間!? 早くない!?」
『楽しい時間はあっという間』
『今日も面白かった!』
『また次も来るねー!』
「……っ」
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
また来る。
次も来てくれる。
私の配信を、楽しみにしてくれる。
そんな人がいるんだ。
「……ありがとうございます!」
いつもより、少しだけ大きな声が出た。
「また、次の配信で会いましょう!」
配信終了ボタンを押す。
画面が切り替わり、部屋は再び静かになった。
私は椅子の背もたれに体を預け、天井を見上げる。
学校には、今日も行けなかった。
明日だって、行けるかどうかは分からない。
でも。
「……次も、配信しよう」
今の私には、楽しみにできることがひとつある。
それだけで、今日は少しだけいい日だったと思えた。
私はパソコンの画面を見つめ、ふにゃりと笑った。
――いつか、もっとたくさんの人を笑顔にできたらいいな。
第五話を読んでいただき、ありがとうございます!
今回は、クロの日常&配信回でした!
少しずつ配信に慣れてきた詩乃。
まだ学校に行くことには不安がありますが、配信が少しずつ楽しみになってきたようです。
そして今回も、しっかり悲鳴を上げております(笑)
次回も、猫野クロの活動を見守っていただけると嬉しいです!




